変わることと変わらないこと
新しいクラス、新しい学年ということもあって、今日も昼前に学校は終わった。
軽い自己紹介、委員会やクラスの係りの配属を決める。
定番のことしかしなかった。
ただ、定番じゃないのは
「・・・・・・・・・すー」
担任が居眠りしていることだった。
「おい伊勢亀、全部終わったぞ」
「…んぁ?」
「あんま委員長泣かすなよ…」
「…ああ、わかった」
・・・・・・・すかー。
スパコッ。
「…山階。喧嘩売ってんのか」
「それはこっちの台詞だっての。もう全部終わったんだから、書類持って職員室戻れ」
ほれ、と教卓の上を指さしてやる。
「ああ…全く、ゆっくり寝かせてくれ」
「いいから仕事しろ!」
「へいへい…あと、杏子先生と呼べとずっと言ってるだろう」
「それじゃ起きないから名字で読んでるんだろ!」
仕方ない、とばかりに立ち上がり、クラスの役職表と委員会表を持ち教室を出ていった。
ダメな教師だ…。
担任・伊勢亀杏子。
なぜあんなのが教師で、しかも担任まで持てるのだろうか。
まあいい、委員長に頼まれた(というより押しつけられた)仕事は終わった。
帰ろう…。
「有、いつもお疲れさま」
「あの亀、いつか更正させてやる」
「まあまあ…そだ、委員会一緒だね」
「ああ」
どうでもいいことまで郁と一緒というのも、何か恥ずかしい。
しかも体育祭実行委員。
…前期でやる企画会議以外、9月まで仕事無いんじゃないか?しかも体育祭の残務までもが終わったら仕事なくなるじゃん。くそ、去年の内に気付いていれば去年も体育祭実行委員に立候補していただろうに…。
「じゃ、帰って引っ越しの手伝いするね」
「悪いな」
「ん、平気だよ~」
「…」
しまった、と思ったときには、もう遅かった。
「あれ、有士ってば引っ越しするんだ」
「し、はる……」
「何よそのリアクションは」
「あ…」
郁もマズイ、と思ったらしい。
せめて、学校出てからの会話にしておけばいいと、後悔した。
「一人暮らし始めんの?あんた家に不自由してないじゃない」
「まあ、そうだが…」
どう逃げるか考えていると、
「私ヒマだし、手伝ってあげよっか?」
「いいっ!?」
「えっ!?」
それはいかん。非常にいかん。
「なーに遠慮しない遠慮しない!」
「いや、悪いからいいぞ?」
「そ、そうそう。それより部活は今日は無いの?」
「みんなは新入部員の勧誘。私は明日が当番だから、今日は平気~。気にすることないわよ、ほれ、有
士の家にれっつらごー」
と言って、さっさと行ってしまう。
普段はそんなことしないのに、何で今日に限って…。
いや、厚意はありがたいんだが…ありがた迷惑って、こういう事言うんだな。
「(ね、有…)」
「(何だ、郁…?)」
「(紫遥には、言っておいた方がいいんじゃない?)」
「(後でばれるより、いっそ潔く、か…?)」
「(うん…それに親友だし、話しておきたいってのもあるよ)」
紫遥は俺たちの先を歩いていて、俺たちのひそひそ話は聞こえていないようである。
しかしなぁ…。
紫遥は、このことを聞いて素直に理解してくれるだろうか。それとも…。
「(紫遥も有士も、もう昔のことは振り切れてるんでしょ)」
「(…そうだな)」
昔のこと。
中学3年の時だったか。
俺は、紫遥と付き合っていたことがある。
紫遥に好きだと告白されたのだ。
郁のこともあったが、紫遥のことも嫌いじゃない、と言うよりも割と普段から付き合いが多かったから、自然の流れといえばそれだけなんだが。
紫遥の告白に、『俺がお前のことを本当に好きになれるかはわからないけど、それでもいいのなら』と答え、付き合うことになったのだが。
俺はめんどくさがりの部類に入っているため、学校や学校帰りで一緒にいることはあっても、家に帰ってからや休みの日は俺からは連絡することがなかった。
いつも、紫遥のほうからの出かける誘いやらだった。恋人同士というより、性別を越えた親友といった方がしっくりきていたかもしれない。
そんな俺に愛想尽かしたのか呆れたのか知らないが、半年もたずに別れた。
それでもお互いのことは嫌じゃないから、昨日みたいに遊びに行ったり、今みたいに『ヒマなときに一緒に遊ぶ人』の上位には入っている。
そんなことがあったのは郁も知っていて、どうやらそのことを心配しているようだ。
「(大丈夫だと思うが、くれぐれも口外しないように言わないと後が大変になりそうだから、言葉は選べよ)」
「(ん、わかった)」
とてとてと、郁は紫遥の横に並ぶ。
俺はその後ろで見守ることにした。
「?どうしたの、郁」
「あのね、真面目な話だからちゃんと聞いてほしいんだけど…」
「真面目な話?宇宙人が突然やってきて地球侵略を始めて、そして私はその宇宙人たちに拉致られていやーんキャトられ~みたいな?やっぱり私の美しさは宇宙人をも虜にしてしまうのね~!!」
「…アホ」
後ろでツッコミを入れてしまった。
「何か言った?」
呟き程度だったのだが、聞こえてしまったらしい。
「いーえ、別に」
「それって真面目じゃないよ~」
とほー、と肩を落として言った。
「じゃあじゃあ、突然大一個部隊に囲まれたと思ったら実は『紫遥様はイギリス王室の正当な王位継承者です』って迎えに来た無敵艦隊だったり!?いやーん私ってば一気に女王デビュー!?世界の注目の的ー!?」
身振り手振りを添えて、そんなこと言うか?フツー…。
「思いっきり日本人、英王家はまだ続いてる…」
「無敵艦隊はスペインだよ~」
がくん、と肩を落として言った。
ふたりじゃツッコミが追いつかないなぁ…。
「と、とにかくちゃんと聞いて」
「でも、もう有士の家着いたから、引っ越し作業しながらでもいいよね?」
「あ、うん」
くだらないボケを紫遥がかましてる間に、家に着いてしまった。
ま、いいか…。
玄関の鍵を開けて、いざ部屋へ。
さて、結構荷物あるから、大変だ。昨日の内に少し片づけておけば良かった、と考えながら自室の扉を開ける。
「ありゃ?」
「あれー、何にもないじゃん。業者にでも頼んだの?」
「いや、そんなはずは…」
…部屋のもの全部盗まれたってか?
「あら、有士様おかえりなさいませ」
「さ、沙紀さん!?何でいるんですか!?」
「あら、郁様、それに紫遥様ではないですか。どうなされたのです?」
三人して状況を飲み込めないでいる。
それに気付いたのか気付いてないのか、沙紀さんが口を開いた。
「あ、有士様の部屋にあった荷物は全て屋敷へ運ばさせていただきました。お手を煩わすこともないと思いましたので…」
「あ、ああ、それに関しては問題ないんだけど…」
疑惑の視線が、一つ。
「…どーゆーこと???」
こっちに多少の問題あり。
頭上に『?』マークを飛ばさん勢いで、見事に混乱している。
「さっき話そうとしてたことだよ。紫遥ってば話を変な方向に持っていくから、言えなかったんだよ」
うーんと、どこぞの探偵のような仕草で今の状況を理解しようとしている。
「…とりあえず、座って話を聞きますか」
梁瀬探偵、ギブアップ。
「私は邪魔なようですので、お先に屋敷に戻っていますね。あと、お昼ご飯の用意はしておきますか?」
「うん、お願い。おつかれさま沙紀さん」
一礼して、俺たちの元から離れていった。
沙紀さんが帰ってから、とんでもないことに気付いた。
ベッドの下にあったヱ絽本、見られてるよな…。捨てられてるよな…。
何も無い部屋に全員で座り、昨日からの事のあらましを説明した。
「はー、そゆことね」
あまりにも突飛なことで多少の同様はしているようだが、その台詞に、このことを咎めるような意味は含まれてはいないようだ。
「ま、私からはおめでとう、だね」
「紫遥…」
「大丈夫、有士とのことはいい思い出…ばかりじゃないか」
「をい」
「だけど、今はもう特別な感情なんて無いから安心していいよ。それに、わざわざ二人の中を掻き乱すような真似もしたくないしね。二人とも、私の大事な親友だから…」
いい笑顔で、そう言ってくれた。
「でも、二人でいやんばかんやってないで、私の事もちゃんとかまってちょうだいよね!」
茶目っ気たっぷりに、そう付け加えて。
「もちろんだよ、今まで通りで変わらないよね?」
「当然」
「ってゆーか、あまりにも態度変えたりしたらその方が嫌だしね。はぁ、しかし同棲を越えて婿入りねぇ…これでますますヒモ道を開拓する事になる有士でした、マル、と」
「お前ってそればっかりな…」
悪態吐かれたようだが、いつもと変わらないノリに安心した。
「だって、婿入りでしょー?それじゃそう思われても仕方ないんじゃない?」
「んー、世間一般ではそうなのかな?」
地方の権力者の家に生まれた郁には、ちょい分からないところなのかな。
それでも家以外では俺たちとほぼ同じ空間で生活してきているわけだし、単純に分からないだけかも知れない。
「俺にはよくわからん」
「ドラマとかだと大体そうでしょ」
「何のドラマだよ」
「さあ?」
?ってなんだよ…。
「へぇ~…」
「こらこら、郁…。はぁ…俺は良く分からないが、そちらの方々とは環境が大いに違うと思うのだが…?」
「そぉ?」
わざと言ってやがる、こいつ…。
俺は立ち上がり、尻を叩いて埃を落とす。
だが掃除もされているようで、汚れてはいないようだ。
「腹減ったな、何か食いに行くか」
ぐい~っと身体を伸ばしながら、二人に意見を求めた。
ぐきぐきっと、腰や背筋が鳴る。
別にこの部屋じゃなくても、リビングで話せば良かったかな…身体痛くなる事もなかったし。
「沙紀さんが用意しておいてくれるってさっき言ってたから、家で食べようよ。紫遥も一緒に」
「行くよーもちろん。沙紀さんの料理おいしいからね。あ、でもらぶらぶなお二人の邪魔になるかしらん♪」
「態度をあまり変えるなって言ったのはお前だろ。何を遠慮する必要がある」
「…何も普通のツッコミをする事もないでしょうに。もしかしなくても照れ隠しかしら~♪」
…しっかりばれてしまった。
横では、『らぶらぶ』という言葉に反応したのか、郁が赤くなっている。
この手の話題には強いはずなのに、いざ自分の番となるとすっかり弱くなってしまう、というパターンか。
…実にいい。
「ほんじゃあ咲倉紀家へれっつらご~」