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第4話 「Cat's Eye」

 水色とオレンジが混じり合った空の下、マリンは学校からの帰り道でとある小さき命と出会った。


「おやおや、これは……」


「ミャ~……」


 そう弱々しく鳴くのは小さな黒い猫であった。

 幼さの残る顔立ちから子猫だろう。

 事故にでもあってしまったのか。道端に倒れており、今にもその命の灯火は消え入りそうであった。


「……君はまだ死ぬべきではない」


 マリンは迷わずすぐに子猫を抱え上げる。

 信頼なのか諦めなのか、子猫は特に抵抗することなくその身をマリンへと預けた。


「いい子だ」


 マリンはそう言って子猫の背を撫でながら回復の魔術の詠唱を行う。

 すると、マリンの手が淡い光に覆われ、撫でる度にそれが子猫の体に染み渡るように広がっていった。


「……スゥスゥ」


 暫くすると子猫は気持ち良さそうに寝息を立て始める。

 その呼吸は小さかったが、先程までの如何にも息絶える寸前のようなものとは明らかに違い、生きる力が感じられた。


「ふぅ、取り敢えず命の危機は脱したかな?」


 少なくとも外因的な損傷については治療出来た筈であると自負する。


「あとは……」


 マリンは子猫を抱えたまま近くの公園へと向かった。

 到着すると、夕暮れ時だけあって子供たちの姿も殆どない。この公園は、かなりの広さを有しているものの、少子化の影響なのか利用者はあまり多く無いのだ。この時間帯になると場所によっては更に人がいなくなる。


「……みゃあ」


 子猫は眠りから覚めたようでまた微かに鳴き声を漏らしていた。


「さて、と」


 マリンは水飲み場まで歩を進めると、蛇口を捻る。


(こうするだけで当たり前のように清潔な水が出て来るというのは改めて凄いものだな。毎度のことながら驚いてしまうよ)


 そんなことを頭の片隅に思いつつも、片方の小さな手で水を掬うと、それを子猫の口元に持って行った。


「肉体も回復したことだし、その状態ならば水も飲めるだろう?水はどのような世界でも生きるために必要だからね。飲みたまえ」


 マリンは子猫に水を飲ませ過ぎぬように気を付ける。すると、子猫は小さな舌をチロチロと出してはその水を口の中へと運んだ。

 マリンの掌の中の水が無くなる頃には子猫も喉が十分潤ったのか、またスゥスゥと寝息を立て始める。それを見るとマリンは懐かしむように子猫の頭を優しく撫でてあげた。


「……ふふ、君を見てるとガーティを思い出すよ」


 前の世界で使役していた使い魔のガーティ。

 忌々しき死の教団の教祖ガイ・グランに命を奪われた相棒であり、無二の親友とも言える存在。


(そう言えば、ガーティの魂は何処へ行ったのだろうね?僕と同じか、それより前に転生は完了したと思うのだけれども)


 この世界も前の世界に負けず広い。また、死者の数だって多いだろう。

 であるならば、同時期に転生したとしても、その魂の行先が大きく離れてしまっていてもおかしくはない。


(彼の魂はどの肉体へ行き着いたのだろうか?)


 マリンの場合は人間の赤ん坊であった。

 それが偶々なのか、それとも望んだ生物へと狙って行くのかについては、まだ検証が必要な段階と言える。


(……つくづく、分の悪い賭けをしたものだと思うよ。もしかしたら、そこらの羽虫に転生してたのかも知れなかったと思うと、ね。それを考えたならば、ガーティもまたどういった生物に生まれ変わっているか分からないということでもある。つまりは人間として生まれ変わってる可能性も十分にあるというわけだ)


 仮にそうであった場合、マリンと同じように記憶が生前から維持されてるという前提ならば、邂逅した時に何か分かるかも知れない。


(……そもそも、ガーティはこの世界にいるのだろうか?)


 前の世界で転生した可能性。

 或いは、こことも違った別の世界で転生した可能性。

 マリン自身が観測した結果が一つでしかない以上はそういったことも考えられる。


(転生したガーティと今生にまた出会えたならば、それは奇跡……と思った方がいいかもね。そんな上手いことはそうは起きないだろうから)


 そんなことを思いながら、マリンは子猫を地面に優しく下ろした。


「さあ、僕が助けてあげられるのはここまでだ。行きたまえ」


「ミャアミャア」


 だが、子猫はその場を立ち去ろうとせず、じっとマリンを見ている。

 マリンが背を向けると、悲しそうに鳴き声を上げ、彼の足元へと駆け寄ってきた。


「……うぅむ。どうも懐かれてしまったみたいだねえ」


 猫は気紛れな動物とよく言われる。

 だが、実際には世話をしてくれた者には相応の愛を返すし、恩義も感じるのだ。


「すまないねえ……。僕には君を飼うことが出来ないんだよ」


 「はばたきの園」に養って貰っている以上、勝手な判断で連れて行くことが出来ないのは勿論だが、頼んだとて子猫を飼う許可を得ることは難しいだろう。

 施設自体が金銭面等で決して余裕があるわけではないことに加え、今のマリンは中身はどうあれ小学一年生であり、客観的に見ればその小さき命を預かるに足ると評価される身分ではない。


「ミャア」


 だが、子猫はそんな事情など知る由もない。

 もしかしたら、命を救ってくれたマリンのことを親に等しい存在と認識している可能性もある。


(このまま去ろうとしても付いてきてしまいそうだなあ。僕の見えないところでまた事故にでも遭ってしまったらいけないが、だからと言って隠れて飼う……なんてのは現実的ではないかな。『はばたきの園』の敷地内にこの子を入れたとして、ずっと隠し続けるのは物理的にも難しいだろうし、隠蔽の術か或いは認識阻害の術を用いたとしても今の僕ではそれを何日も維持し続けるだけの魔力は残念ながら無い)


 ふと、視界の隅に園内で捨てられていた段ボール箱が入る。近寄ると、丁度いい大きさで中は空であった。


「……あまり賢しい選択ではないが仕方ないか。ちょっと失礼するよ」


 マリンは段ボール箱を拾い上げ、子猫を段ボール箱の中に入れた。


(取り敢えず今日のところはここに居て貰おう。ここならば、そこらに放つよりは幾分か安全だ)


 それに公園であれば、誰かが拾ってくれるかも知れない、という算段もあった。


「いいかい?これは、一時的な君の家だ。僕はこれから『はばたきの園』に戻り、廃棄予定のタオルとかを持ってくるから大人しくそこで待ってておくれよ?」


「ミャア!」


 子猫はそう鳴くと段ボール箱の中で大人しく鎮座し、マリンが公園から出ようとしても追い掛けては来ないようであった。


「ふふ、僕の言葉が分かっているやらいないのやら」


 そう言いながらもマリンは満更ではない顔をしていた。



 先程の子猫でガーティを連想したからだろうか。「はばたきの園」へ向かう道すがら、マリンはふとこの肉体の本来の持ち主について思いを馳せていた。

 魂だけの時にすれ違った小さな光のようなもの。

 あれは恐らくこの肉体に元々入っていた魂だったのだろう。


(『転生の魔術』は、肉体を一から作って生き直す魔術ではなく、空の肉体に魂を移す魔術という可能性が高い。あの瞬間、魂の離れた肉体……つまりは死んだ者に僕は憑依した形になるのだろうね)


 実際にマリンがこの世界で目覚めた時には、あちこちの骨は折れ、かなり衰弱していた。

 通常の赤ん坊であるならば、それが原因で亡くなっていてもおかしくない状態であったのは間違いない。


(死した肉体を魂のみで動かす……というのは、彷徨う不死者(ゾンビ)のようだな。だが、この肉体はこうしてちゃんと成長しているし、機能も正常。確実に一度は死に至っている筈なのに不思議としか言いようがないね)


 マリンは生命の研究を何百年にも渡って行なっていたが、その全てを理解出来ていたかと言われると自信を持って頷けはしなかった。

 或いは、それだけの時間を掛けても生命の一端しか理解出来ていなかったのかも知れない。


(魂とは肉体を動かすエネルギー……それもただのエネルギーではなく超越的なものということか。そう言えば、前の世界では不老不死になっていたけれども、今とは逆に肉体の衰退を魔術で無理矢理止めていたようなものだったね。魂と肉体の関係性……また一つ研究したいことが増えたな)


 あの時、ガイに捕らえられ、魔術を使えないようにされて幽閉、監禁でもされていたならば、こんな風にワクワクする機会すら奪われていただろう。


(全ては転生の魔術とこの体を与えてくれた前の持ち主のお陰だね)


 マリンは自分の手を見つめる。今、動かしているこの体はその彼のものなのである。


(名前さえ与えられることなくこの世を去ることになった君はとても無念だったろう。或いは無念と思う前に事切れてしまったのかも知れない。君を産んだ母親が君をどう思っていたのかは、さしもの僕にも分からない。やむを得ぬ事情があったのか、それとも邪魔に思ったが故の愛情の欠片すらない凶行なのか……)


 マリンは自身の本当の両親のことを回想する。


(父も母も僕が幼い時にはこの世を去ったが、短い時間でも人並みの愛情を受けていたとは思う。数百年以上前ではあるけれども、心の何処かにはまだその残滓が残っているからね。魔術の知識以外は、比較的最近のことですらまるで覚えていない時もあるのに、不思議なものだ)


 どれだけ時が経っても子供にとっての親とは得てしてそういうものなのかも知れない、とマリンは思った。

 それだけに、その親の愛情を受けることなくこの世を去らざるを得なかったその小さき命が可哀想でならない。


(……例え、何があろうとも僕だけは君のことを忘れずにいることを誓おう。それがこの体を使わせて貰っている礼でもあり、義務だと思うから)


 そんな風に考えてるといつの間にか「はばたきの園」に辿り着いていた。


「……さて、今はあの小さき命をどうするか、だね」



 ──数分後。



「……………………」


 公園へと戻ったマリンは絶句していた。


「おう来たな!」


 そこに居たのは、いつもちょっかいを出してくる悪ガキ連中であった。

 だが、今回は「ちょっかい」などという軽い言葉では済まない


「……………………」


 子猫は物言わずぐったりとしている。

 その幼気で小さな体は無残にも小太りの男児に踏み躙られていた。

 

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