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第1話 「darkness into brightness」

 マリンは不思議な居心地の中で意識を取り戻した。

 完全なる闇の中で肉体の感覚が全て消え失せ、思考のみが働いている。


(……そうか。これが!)


 マリンは今、魂のみの存在と化していた。


(取り敢えず、成功したということかな?)


 マリンが行使した魔術、それは「転生の魔術」。

 魂のみを維持し、今の肉体を捨てて新たな肉体で生き直す。

「生命」の研究の過程でマリンが生み出した魔術であった。

 尤も、行使するのはこれが初めてであったが。


(自身が死ぬことで発動する、それが『転生の魔術』)


 件のキーワードは、不老不死の解除と同時に魂を砕く魔術を行使するもので、つまりは自死の魔術。

 先程のような事態に陥った時を想定して「転生の魔術」と共に仕込んでいた言わばロックを解除するための術式であった。


(実際に死ぬこともそうだけど、転生後は元に戻れないだろうから、この術を試すことが出来なくて心配していたのだけれども、どうやらそれは杞憂だったようだね)


 他の人間、或いは動物での実証実験をマリンはしなかった。自分の研究のために他者を犠牲にすることはあまりしたくなかったからだ。被験者が自らの意思で受けるというならば話は別であったが、そんな都合の良い者は現れるわけもなかった。

 故に、失敗する確率も殆ど無いという確信を得る程に魔術的な理論を完璧に近付けたのだが、だからと言って試行回数がゼロの魔術に懸けるのは、些か博打が過ぎていたと言える。


(……今考えたら、無茶ってレベルじゃなかったな。仮に僕が第三者としてそんなことをする奴を見たならば、呆れてものも言えないといった感じになっただろうね。それだけ、あのガイ・グランという男に追い込まれたことが悔しかったのかも知れないな)


 荒事が嫌いなマリンとて、数百年の研鑽を積んできた自分の力には自信を持っていた。大概のことは何とか出来ると自負しており、実際に幾度ともなく何とかしてきたのだ。

 それが、不意打ち的な強襲で多勢に無勢だったとはいえ、自身の十分の一も生きてないであろう若造に言いようにされたのは彼のプライドをいたく刺激したのだろう。

 相手の思い通りになってやらないことで一矢報いてやろうという気持ちに強く動かされたのであった。


(……自分でも驚いたよ。まさか、まだこんな未熟な感情が残っていたとはね)


 数百年も生きていれば、精神面は否応なしに成熟していってしまう。枯れると言って差し支えない。

 マリンも「生命の魔術の研究」という指針こそあったものの、何時からか生きることそのものが惰性になっている自覚はあった。

 刺激を求めて外界に出ることも稀にあったが、数百年経っても進歩の少ない世界を見ては落胆するばかりで、生物的には生きているのに精神的には死にかけと言っても良かった。

 そういった部分が、今回遅れを取った遠因だったのかも知れない。


(それに、ガーティのこともある)


 悠久とも言える時を共に生きてきた使い魔、ガーティ。

 見た目は猫のようだが、魔獣の一種で、人語を話すことも出来る。弱っていたところを気紛れに保護し、使い魔として契約したのだ。

 恐らくその時の自分は寂しかったのだろうとマリンは回想する。実際にガーティは魔獣が故に寿命はとても長く、彼の孤独を癒してくれる存在であった。


(ガーティは僕を守って死んだ。僕は不老不死だというのに……)


 魂だけになった今もガーティが自分を庇って死ぬ光景が浮かんでくる。


(時たま口が悪くなることはあったが、本当にいい奴だった)


 ガーティの死を目の当たりにした時、悲しみと同時にどす黒い何かが奥底で燃え上がるのをマリンは感じていた。

 遠い過去にもう枯れ果てていた感情の泉が再び湧き上がる。

 そんな感覚であった。


(もしも数百年前の僕ならば、きっとあの瞬間に奴らを全員皆殺しにしていたかも知れないね。いや、そうすべきだったと僕の心は言っているような気がする)


 マリンは争いごとが嫌いだ。

 報復に報復を重ねること程愚かしいことは無いと思っていた。

 だが、それは大事なものを奪われてまで貫くようなものだったのだろうか。

 と、魂だけになった今は思い始めている。


(……そう言えば、彼にも『転生の魔術』を施していたのだけれども)


 もしも自分が死んでしまっても再びマリンの元で使い魔になりますと、ガーティは自ら望んで「転生の魔術」を受けた。

 だが、少なくとも、今マリンの側にその気配は感じられない。


(全く同じ術をかけている僕がここにいるということは術の失敗ということは無いと思うのだけれどもね)


 魂だけの自分が存在することの出来るこの場所。

 もしかしたら、ガーティの魂は今も何処かにあるのかも知れない。


(或いは、僕よりも先に転生したのか……)


 そうであれば、転生した先でまた再会出来る可能性があるかも知れない。


(願わくば、次の生ではガーティとの再会を……)


 神など信じなかったマリンもこの時ばかりは神へ祈りを捧げる。



(……はてさて、ここからどうなるのか)


 これから起こること全てが未知で初めてである。

 新しきに飢えてたマリンにとってはある意味では待ち望んでいた時間とも言え、自分のことながらも久方ぶりにわくわくしていた。


 それが起きたのは、そこからすぐだったのか、それとも永き時を経てからなのか。


 時間の概念すら曖昧な状態であったので定かでは無いが、突如マリンの魂は何かに引っ張られた。


(!?)


 激流にでも身を投げたかのようにマリンの魂は物凄い勢いで移動している。

 どうやら、新しい肉体へと導かれているようであった。


(こ、これは、なかなか味わえないスリルだね。目が回りそうだ。目どころか体そのものが無いんだけどね!)


 今この魂の状態で感じているこれは一体なんなのだろうか。


(興味深いね……。転生の魔術をまた使うことがあったら、今度はそこを注視してみようかな?まあ、そんな機会が訪れること自体避けなければならないんだけども)


 そんなことを思いながら流れに身を任せていると、ふと何かが横をマリンを横切って行ったのを感じた。


(何だ?小さな光……だろうか?)


 すれ違った光はとても小さく、幼く弱い……そんな印象であった。

 あれは何だったのだろうと考える間もなくマリンは意識を失った。




(……………………ん?)


 マリンが再び意識を取り戻した時に、そこはまたも闇の中であった。

 先程、魂のみだった時と異なるのは、肉体の感覚があること。だが、その肉体を動かそうにも上手くいかない。


(……自分の体の筈なのに自分の体じゃないみたいだ。魂がまだ肉体に定着しきっていないからか?)


 無理に動かそうとすると今度は激しい痛みが襲ってくる。


(いや、それ以前にこれは肉体を損傷しているな。骨にヒビが入ってるか、或いは折れているのかも知れない)


 マリンは取り敢えず肉体を治癒する魔術を使おうと詠唱を試みた。しかし、言葉が上手く紡がれない。


(声が出ない……というわけじゃない。声は出る。でも、言葉が言葉として機能しないという感じだ)


 これも魂がまだ肉体へ定着しきっていない影響だろうか。

 取り敢えず、ある程度馴染むまで痛みに耐えながら待ってみることにする。


 時間が経ってくると、今いるのがとても狭い箱のような場所であろうこと、そして自分がそこに入るくらい小さいことに気付いた。


(これはもしかして、赤ん坊の体なのか?で、あるならば確かに上手く体を動かせないことや言語を発せないことが腑に落ちるが……)


 目の前すら把握出来ぬ程の闇の中。故に、どのくらい時間が経ったかの感覚が曖昧であるが、未だ目が闇に慣れぬのも赤子の未熟な眼であるからかも知れない。


(……弱いながらも魔力(マナ)はある。魔素(まそ)も無いわけじゃないが、薄い。これじゃあ、魔術を使えても初歩中の初歩のものしか使えないだろうね)


 それでも、今ここにいるというだけで感じている苦痛を和らげるには十分であろう。

 ふと、マリンにある考えが浮かんだ。


(魔術の詠唱は一言一句正確に言わねば、最大限の効果は得られない。だが、言い方を変えれば最大限じゃなくても効果を得られるということでもある。試してみる価値はあるか)


 マリンは無理にでも口を動かし、言葉にならぬ言葉で初級治癒魔術の呪文を唱えてみた。

 すると、ごく僅かに淡く弱い光が彼の体を覆う。


(……おお!痛みが引いて少しではあるけども楽になってきたぞ)


 マリンは自分の考えが当たっていたことに歓喜する。


(そして、この体でも魔術は使えることは分かった。やはり、魔術の根本は肉体ではなく魂に付随する部分が大きいのだな)


 もしも魔術の大元が肉体に依存するのであれば、この未熟も未熟な赤ん坊の体で魔術を行使することは出来なかったであろう。

 魂に根付いたものが、記憶の中の知識によって引き出されたからこそ弱くとも治癒魔術を行使出来たのだ。


(なるほどな。いやあ、転生してみるものだな。仮説の一つを自らの体で実証出来る機会なんて、極めた魔術に適応した前の肉体では訪れることは無かったろうね)


 こんな状況でもこういう風に考えてしまうのは根っからの研究気質が故だろう。

 ネガティブなことを考えても事態は決して好転しないのだから、ある意味では正しい。


(……しかし、このままでは先行きがよろしくないのも確かだな)


 一方で、リアリストな一面も表層化する。

 今のマリンは不老不死ではない。

 明らかに水も食料もない、そもそもあったとてそれを自らの手で口に入れることすら叶わぬこの状況下では遠からず衰弱し、死に至るであろう。


(飢えや乾きは辛いが我慢は出来る。しかし、体力の低下はどうしても避けられないし、現状大幅に回復する見込みもないときた)


 魔力を消費すると体力もある程度は消費する。

 魔術師は虚弱のイメージがあるが、上級の魔術師は体力もいっぱしの戦士並みには鍛えてあるのだ。無論、本職の極めた者には遠く及ばぬが。

 だが、今のマリンは赤ん坊。体力もその小さき体で生きるだけで精いっぱいの分しかない。


(……ねむ…………い)


 必然と、その体は生きるために消耗した体力を回復しようとする。


(……寝て体力を回復するのは賛成だ。平時であればね。けれども、今のこの状態で寝てしまったら、最悪それが最期になる可能性がある。僕はそれが怖い(・・))


 死への恐怖など何百年ぶりだろうか。


(フフ……怖い(・・)か。そんな人間らしい感情を抱いたのは、これまた何時以来だろうねえ?)


 マリンの意識は抗い切れない眠気に呑み込まれていく。


(もし、次に目を覚ませたならば、その時は……)


 やがて瞼は閉じられた。





「新白夜駅北口コインロッカー44番の中から生後間もなくと思われる嬰児を発見、保護!至急、救急車と女性職員を回して下さい!現場は確保中。なお、周囲に保護者無し!遺棄事案の可能性大!繰り返します……」

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