✧雨のクリスマス・イブ
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クリスマス・イブの朝。
朝からシトシトと雨が降っていた。
俺より先に目覚めたシュートが、パジャマのままリビングへいきベランダのカーテンを開けた。
開口一番──
「パパおそと、あめがおちてるよ!」
シュートが大声でいった。
「うん……雨、イブなのに?」
雨、イブに珍しいな。
俺は、のそのそとベッドから起きた。
途端、室内の空気が冷え冷えして震えるほど寒かった。
「うあ、さぶ……」と俺はすぐさまガウンを羽織り、足早に寝室のガスストーブを付けた。そのままリビングへ歩き、真っ先にエアコンのリモコンを押した。
「うっ!」
その途端、ズキンズキンと頭が痛くなった。
俺は気候のせいか、雨が降ったリすると時々片頭痛が起きる。
──やばいな、今夜はクリスマス・イブだってのに、はやめに薬飲んどこ。
俺はトイレの後、リビングからベランダを見てるシュートに目がいく。
シュートは兎ちゃんのスリッパは履いていたが、パジャマ姿だった。
「おい、シュート寒いだろう、早く着替えなさい!」
「パパ、あめ、シトシトきれいだね!」
とシュートは雨が降ってる外を指さしてはしゃいでいた。
シュートは雨が好きだった。
雨が降るとお気に入りの黄色い雨ガッパと、黄色い長靴がはけるからだ。
「おそとを見るのは後で、風邪ひくから!」
俺はシュートの園児用のスモックやズボンなどを、バタバタと寝室から持ってきてシュートの着替えを手伝った。
外を見ると灰色の雲が空一面、覆われている。雨も本降りだった。
「あ!」
俺はハッとした。
「ヤバい。シュート急ごう!」
「パパどうしたの?」
そうだ、久々の雨ですっかり忘れていたが、雨の日はシュートが走れない。
長靴で走ると幼児は転びやすいからだ。
普段なら保育園はシュートの足でも10分で着くが、雨だと最低15分はかかる。そこから5分で最寄りの駅と近いが、田舎なので電車の時刻も15分おきだ。
いつも乗る時間の電車に乗り遅れたくはない。
通勤の朝、15分の差はとてつもなく大きい。
「こうしちゃいられん!」
俺は急いでスーツに着替えてエプロンをつけた。
両側に大きなポケットが付いていて、ポケットには桃色のキリンのアップリケが可愛い。
生前、妻の雪奈がいつも使用していたエプロン。
アップリケも雪奈が縫って付けたものだ。
シュートはことの外、この桃色のキリンが付いたエプロンが気に入ってる。幼くして亡くなったママのエプロンなんて覚えてないだろうに。
エプロン姿の俺を見たシュートが『パパ、ママみたい!』と喜んだ。
それ以来、料理の時は必ずこのエプロンを身に付けた。ちと恥ずかしいが、家では息子と2人きりだし誰もみてない。
男がエプロン付けたって別にいいよな。
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2人きりの暮らしになっても、朝食は必ずシュートと食べた。
いつも朝はパンと決めてる。
トースターで食パンを焼くだけだから男でも簡単だ。
焼けたパンにバターやジャムを塗り、ハムかベーコン、チーズをのせる。
食卓にはオレンジジュースが必ずある。
野菜嫌いなシュートに、最低ビタミンCは取らせないとな。
他にシュートはホットミルク。
俺はブラックコーヒーとビタミン剤は必須だ。
シュートはトーストをはぐはぐ食べながらいった。
「パパ、あめは、ゆきになるってホント?」
「そうだよ、気温が下がると雪になる、よく知ってんな」
「うん、きなちゃんがいってた!」
──こいつ必ず、口を開けば、きなちゃんかリサちゃんしか出てこんな。保育園では女とばかり遊んでんのか?
俺はなんとなく気になった。
シュートは園児の女の子から人気があると、保育士さんが前いってたし──。
「もしかしたら雪に変ってホワイト・クリスマスになるかもな」
「わあい!ボク、ほいくえんで、ゆきだるまつくる!」
「ゆきだるま?」
俺はスマホで天気予報を確認した。予定では日中は雨、夜は雪の可能性ありとあった。
「う~ん、ゆきだるまは無理だな、昼間はずっと雨だと!」
「ええ~つまんないの!」
シュートは頬をぷうっとタコのように膨らます。
「いいから早く食べなさい!もう時間がない!」
「はあい!」
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そもそも俺と雪奈がこのマンションに引っ越したのは、まだ婚約したばかりの頃だった。
7階建ての新築マンションはピカピカに輝いていた。
俺たちは3階に住んだ。
間取りは3LDK。
リビング&キッチンが約20帖で、洋室8帖と洋室6帖、あと和室6帖だ。
双方の親も泊まりにくるように和室もあった方がいいと、新婚3人で住むには十分すぎるほど広かった。
当初俺たちは未だ学生だったし、もっと駅から遠い安価なマンションを探していたのだが、お互いの両親が婚約祝いでけっこうな額が入った通帳をそれぞれプレゼントしてくれた。
多分、合わせると1年くらいは働かなくても生活できるレベルの額だ。
大盤振る舞いの御祝儀は、雪奈のお腹にシュートが身籠っていたことも大きい。
父さんは俺が一人っ子だからか、俺が雪奈とデキ婚するって打ち明けた時も怒るどころか『こんなに早く孫ができて嬉しい!』といたく喜んでくれた。
雪奈の両親も、俺が大学1年時から娘の恋人と公認の仲だったので、ゆくゆく結婚すると以前から思ってたようだ。
お腹にシュートが出来た時──。
『すみません、俺たちいい加減に付き合ってません。だから直ぐにお嬢さんと婚約させてください』と、雪奈の両親に頭を下げにいった時も快く歓迎してくれた。
しかし、俺と結婚して3年も経たずに、雪奈は病であっけなく逝ってしまった。
なんとなくだが、俺は雪奈の両親に後ろめたい思いがある。
もしかしたら、雪奈は俺と結婚しなかったら、いまも未だ生きていたのかもしれないなんて。
雪奈の運命を狂わせたのは俺か?とたまにひとりで悩むこともあった。
──よせよ、今さら考えたって仕方がないだろう。
そうだ、今は、俺がしっかりシュートを育てあげれば、雪奈の両親だって喜ぶんだ。
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「シュート、食べ終わったか、そろそろ行くぞ!」
「うん、ごちそうさま」
「今日は帰ったら、家でクリスマス会するからな。パパ、時間休とったから4時頃迎えにいくからな」
「うん、ぼくもおおきいクッキー、ちいさいクッキーつくってまってる」
「あ、そうか!」
──そうだった。今日はケンちゃんとみっちゃんが、手作りケーキを持って家に来る手はずになっている。
その時、コンビニの予約ケーキは悪いがキャンセルしてもらった。
かわりにケンちゃんの、つてで手作りケーキを持参してくれるという。
──いったいどんなケーキなんだろう?
俺はケンちゃんの自信ありげな言い方がかえって気になった。
まあいいや、なんとかしてくれるんだろう。
仕事が終わったらクリスマス会の準備で、部屋の掃除と飾り付けしたりと会の準備で、忙しくなるなと、一層気を引き締めた。
──片頭痛なんていってられんぞ!
朝食後、俺はいつものビタミン剤と一緒に頭痛薬もグッと飲み干した。




