8 美しい鬼
ゴードンが森へ行って3日が過ぎた。私は彼の身が心配で仕方なかった。
「魔獣に怪我をさせられて、動けなくなっているのじゃあないわよね。私が一緒に行けば良かった。エクストラヒールも使えるし」
「お嬢様より、慣れていらっしゃるのですよ。安心して待っていれば良いのです。全く、親子揃っておかしな性癖の持ち主で・・・」
何よ。おかしな性癖って! 私は普通よ。お父様みたいな気持ち悪いロリコンとは違うわ。それに、大人の男って雰囲気で素敵じゃないの。ゴードンの角だって、強そうな鬼に見えてまるで、ファンタジーから抜け出しだしようだ。
そんな時、屋敷にヤーガイ国から使者が来た。
「私は、ヤーガイ国のツェレッペン公爵第三子マーガレットと申します。我が従兄弟がこちらヘ滞在していると聞き及び、伝言を持って参りました。ゴードンはどちらにおりますか?」
凄い美人だ。背丈は百八十センチ位だろう。足はすらりと長く、色白で銀色の目は涼やかな切れ長、髪は緩くウエーブが掛かった栗毛色。にこりと笑ったとき犬歯が見えた。耳はとがっている。この人も魔の森の呪いに掛かっているのだろう。私は思わず額を見てしまった。額は髪型を工夫して見えないようになっている。少しだけ盛り上がった部分はあったが、言われなければ分からない程度だ。年齢は二十五歳は超えているようだ。大人の女の空気が漂って居た。特に胸当たりに・・・・。
「ゴードンさんは、森へ行って魔獣退治に行っています。まだ帰っては来られないはず。私が承っておきましょう」
「・・・それは・・・。直接伝えたかったので。ここで暫く待っていたいのですが。よろしいかしら?」
「そうですか。マンナ。お部屋へご案内して差し上げて」
「畏まりました。お嬢様、どうぞこちらへ」
マーガレットには従者が付いてきていた。従者はまだ若い感じでフードを目深かに被っている。
――彼も呪いに掛かっているのかしら。
ゴードンのことがあるので、フードを下ろせとは言えない。きっと見せたくないほどなのだろう。
騎士も五人随行していたが彼等は普通の人間だった。王族にしか呪いはなかったのならば、この従者は王族と言う事になる。
「王族なのに従者? ヤーガイでは王族でも従者になるの? それとも地位が低い王族なのかしら」
一応マンナには従者にも失礼のないように、きちんとした部屋を宛がって貰うように言いつけておいた。
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「ゴードンはヤーガイからあふれ出た魔獣の討伐に出かけてしまったようです。帰ってきて私を見たなら、彼は何と言うかしらね。レオパルド」
「マーガレット、今から心配したって始まらないよ。来て仕舞ったんだもの。後は君の気持ちを伝えるだけだ。僕はその手伝いをする為に僕を誘拐して連れて来たんだろ?」
「ごめんなさいね。レオパルドには悪いと思っているわ。第一王子が国を出たとなれば、今頃王宮では騒ぎになって居るわね」
「ああ、そうだろう。だけど君が言っていたことにも一利はある。無理矢理連れてこられたけど今は理解しているよ。国を出て国民のために出来ることをするとゴードンは言った。だが、彼がいなければ国は困るんだ。ここのご令嬢は僕では不満だろうが我慢して貰おう」
「不満だなんて思うはずがありません。見れば、彼女はまだ子どもではないですか。彼女にはゴードンは年が離れすぎです。貴方の方がお似合いよ。きっと喜んでくれますわ。私、ゴードンと二人で国を立て直して見せます。国の為に私達は力を合わせて貴族達を纏め、きっと元通りにしてみせるわ」
マーガレットは長年待っていた相手を横からかすめ取られて憤慨していた。この領地の跡取り候補に上った僕とゴードンの二人の内、選ばれたのはゴードンだった。父は王子が他所の国の然も、臣下に落ちるなどと絶対に許さなかった。王族に残った男は僕とゴードンそれに、まだ赤子のダンカンだけだ。外戚のゴードンに白羽の矢が当たったのだ。だが今、彼が国からいなくなれば、国の重鎮を抑える者がいなくなってしまう。僕では力足らずだ。
ヤーガイ王国の継嗣は私だが、弟王子のダンカンが居る。ダンカンは少し奇形が強くでてしまったが、消される程ではなかった。私は一見普通の見た目だが、やはり呪いは身の内に巣くっている。
だから、別に王族の血に拘る必要はないのではないか、と、この頃僕は考えるのだ。次代は呪いが及ばない貴族の方がいいのでは無いか。僕がいなくなって、父上が考えを改めてくれるなら、その方がいいのだ。
マーガレットは、何か考えがあるようだが、余り危険な事ではないことを祈るしかない。ゴードンがいるから大丈夫だとは思うが。
一時期、謀反を起こしたあの貴族達の言っていたことは半分は正しかった。
だが、彼等がやろうとしていたことは間違っている。他国をこちらへ引入れれば、他国までもが呪いに犯される恐れがあったのだ。
彼等に国を任せても、森の瘴気は晴れないだろう。作物は瘴気に犯され、このままでは国民が死に絶えてしまう。そうすれば国など意味が無くなってしまうのだ。
王族は、他国に自身と土地を切り分け、そして自国へ還元するしか使い道はないのだから。
この領地と隣接している、ヤーガイの広大な耕作地が一緒になれば、国民は助かる。豊かな食糧をヤーガイ国民へ届けることが出来るのだ。相手はゴードンだろうが僕だろうが、構わないのだ。
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四日後、ゴードンは帰ってきた。総ての魔獣を倒してきたそうだ。
「この領地には毒持ちの魔獣は居なくなりました」
疲れた顔でそう言った。余程無理をしたのか、身体も汚れたままだった。
「先に身体を洗ってゆっくり休んできたら? お客様が来ていますよ」
彼にマーガレットが来ている事を告げると、青い顔をして、マーガレットの部屋へと急いで行ってしまった。
「ゴードンさんとお似合いのマーガレット様。これは大変な事になりますよ。お嬢様」
マンナが何やら不穏なことを言い始めた。
「それはどう言う意味? 私ではゴードンに不釣り合いだと言いたいの?」
「そうですね。全くお似合いではございませんね。お嬢様はまだ、おぼこくて、ゴードン様には物足りないでしょうね」
酷い。私は、精神年齢は結構行っているのよ!見た目まだ子どもなだけだわ。もう少し身体が成長したら、きっとお似合いの二人になれるはず。
でも、マーガレット様は綺麗だった。大人で、胸も立派・・・・。ゴードンは大きな胸が好みなの? いえ、私は婚約者だもの、大丈夫。胸だって大きくなる、その内・・・・・。
客間で、何が話し合われているか気になって仕方がない。私はゴードンの婚約者なのに、見向きもされなかった。
その日の晩餐で、マーガレットや彼女の従者、ゴードンが一緒に食卓に付いた。そこで話された言葉に私は耳を疑うごとになった。
「サラディアーヌ様。申し訳ありませんが、婚約は解消していただきます。私とゴードンは、昔から許嫁の間柄でした。王様によって解消されてしまいましたが、私の我が儘でどうしてもゴードンを諦めることが出来ませんでした。私達は愛し合っています。どうか分かって」
「・・・・・」分かりたくなかった。
でも、やはりゴードンは、私では物足りなかったのね。ゴードンはさっきから、誰とも目を合わせずにじっと宙を睨んでいる。
――こんな綺麗な人が相手では勝てるはずもない。
私は、ガックリと肩を落すしかなかった。
「代わりにと言っては失礼ですが、レオパルドを婚約者としては貰えないかしら。彼の方が貴方と年頃も釣り合いが取れましてよ」
突然、レオパルドと言う従者が婚約者候補になって仕舞った。フードを脱いだ彼は黄緑色の髪と、薄青い目の色の可愛い普通の少年だった。私の考えは間違っていたようだ。王族ではなくの貴族の子息なのだろうか。でも、一緒のテーブルに付くの? 従者が付くのはヤーガイでは普通なのだろうか。
大好きなゴードンは、心が私に一ミリもなかったのだ。もうこの際誰でも良いのでは? どちらにしても婚約はしなければならないのだ。国が間に入って取り決めた婚約だ。父も言っていたではないか。相手に不満があれば次を選べば良いと。
「分かりました。私は構いません。良いようになさってください」
『推し』の為なら身を引くことも辞さない。私は『推し』の為なら身を引くことが出来る。『推し』の・・・・・ゴードンが、一番幸せなら良い。グスン。
「お父上には私から謝罪をしてくる。私のような異形でも優しくしてくれたサラディアーヌ様には、今後何を置いても助けに参る。どうか勝手な私を、許してくれ」
「いえ、私からお断りした、と言う形にした方が騒ぎにならないと思います。それに・・・異形だなんて思っていませんでした。私・・・本当に好きでした。でも、ゴードンが幸せになってくれた方が、私も嬉しいです・・・。もしゴードンが、何か困ったことがあったら、私が助けに行きます! 凄い魔法が使えるようになって絶対に助けに行きます!」
未練タラタラね。馬鹿な私・・・・・。つい口から出てしまったんだもの。
「「「・・・・・」」」
皆、唖然として黙り込んでしまった。
マンナも私を見て呆れた顔をしている。でも、マンナの言ったとおりになった。年は伊達にとってはいないというわけだ。
「一つだけ僕、私のことを言わせてください。私はヤーガイ王国の第一王子でした。私は国王の許し無く出てきてしまいました。ですので、ここに暫く滞在しなければなりません。ご迷惑をおかけすることになりますが。どうか匿っていただきたい」
ああ、王子様ね。だったら一緒のテーブルにも着く筈か。まあ、今更驚きもしない。ゴードンだって王族だったし。マーガレットは公爵令嬢だ。この中で私が一番地位が低いって事ね。ゴードンとマーガレットのために王子が犠牲になったという訳か。他国の貴族に嫁ぐにはオーバースペック過ぎる気がするけど。王族でなければダメな理由があるのかも知れない。呪いのせいか?
皆が食堂を後にし、私は一人書斎へ行った。あそこで失恋の痛みを流そう。
考えてみれば生れて初めて恋をして始めて振られてしまった。初恋は実らない物だと言うけど、本当の事だった。
長椅子に座り、膝を抱えてじっと考えていると、マンナがお茶を持って入ってきた。
「お嬢様のは恋なんかじゃぁないです。只のはしか。子どもがよく掛かる病気です。直ぐに忘れてしまえる、小さな小さな病気ですよ」
「・・・・・そうなのかな。こんなに苦しいのに」
「そうですとも。若い内は感情が高ぶると、大げさに感じてしまう物です。その内に本当の恋をすれば、今のことは良い思い出、笑い話になります。マンナの言うことに間違いはありませんよ」
「マンナにも若いとき、こんな経験があった?」
「当たり前です!誰でもあります。今は悲しくても、良い思い出になることは経験していますよ」
「・・・・・そう。その内に思い出になるのか・・・・・」
「マンナは、お嬢様が大人の決断をしたことを誇りに思います。あの時点でよくきっぱりと決断なさいましたね。普通は修羅場になりますよ。知らない間に成長なさっていました。流石です」
マンナと話をして少しだけ癒やされた。以前の世界には居なかったおばあちゃんが、側に居るような感じだ。
口うるさくて躾が厳しいけど、何時も側にいてくれる安心出来る存在。
少しロリコンで気持ち悪いけど、私を一番愛してくれる父も居る。
ゴードンは私の理想の人だったけど、きっと結婚しても上手くいかなかっただろう。ゴードンには、他に愛する人がいたんだもの。幸せにはなれなかった。心がすれ違うのは今の辛さの比ではないだろう。これで良かったんだ。
そう思ったら、本当にスッキリしてきた。
でも、私の決心は変わらない。魔女が垂れ流している呪いは、ヤーガイ王国に暗い影を落している。王子も普通に見えるが、呪われて居ないはずがない。
相手は変わって仕舞ったけれど、王子を支えて生きていこう。
魔女は裏切った王子に恨み辛みを言いながら、呪い続けて死んでいったのだ。かなり執拗な呪いだろう。それを解くことは出来ないけれど、魔の森の霧は何としても収斂しなければならない。もう恋に浮かれることはしない。
目が覚めた。目的に向かって行こう。