4 王様との謁見
十歳になった。今日は王宮へ行く日だ。心臓が口から飛び出そうになっている。夕べは気持ちも高ぶって眠れなかった。
「サラ、王様といっても気にすることはないぞ。気安い、フランクなお方なのだよ。私は以前、王の側近を務めたこともある。だから心配はいらない。いつも通りにやれば良い」
そんなことを言っても、私はこんな場所は生れて初めてだ。以前の世界ではそもそも貴族や王などいなかったし、皇室はあったが、一般人ではテレビで見る程度なのだから。緊張して手足が旨く動かない。周りにいる大人達は私の姿を見て硬い表情だ。皆、着飾って謁見の間に勢揃いしている。
私はガクガク震える身体を何とか動かして王の前で正式な挨拶の姿勢をとった。よくテレビで見ていたカーテシーとは違う挨拶だった。
男でも女でも同じように、片膝を付き胸に両手を開いたまま交差させて、頭を垂れて待つ。
十歳になったためドレスの裾は少しだけ長くなった。だけど、まだ足首は見えているから、気を付けなければならない。ドレスに足が旨く隠れるようにふわりと広がるようにしなければならなかった。
不安定な姿勢で、暫く頭を垂れて待っていると、王様からお声が掛かった。
「苦しゅうない。面を上げよ」
この言葉が掛かれば、立ち上がらなければならない。そして王に軽く一礼して、目を合わせないように王の胸のあたりに視線を置く。片手だけを胸に置きそのまま待っていると、
「そなた、サラディアーヌ・ド・マルスは魔法の属性が開眼したそうだな」
「はい、まだ拙くはございますが、開眼いたしました」
「宜しい、我が許す。ここで発現させてみよ」
私は前もって練習した通り「ヒール」を唱え、王の御前で金色の光を発現させる。
「幼いながら、良い魔法であった。褒めて使わす」
それで、謁見は終わりだった。思っていたよりは普通に出来た。王宮の一室に戻り安心して寛いでいると、父と王が部屋に入ってきた。
私は慌てた。何でこんな処に王様が来たのよ! ドレスを着てはいたが、椅子にだらしなく寄りかかっていたのだ。マンナは何も言ってくれなかった。マンナを睨んで見たが本人は知らん顔だ。王様は、
「ここでは普通にして貰って構わない。楽にしていなさい」
そう言って自身もだらしなく服の首回りを緩め、ドサリと椅子に腰掛けてしまった。どうすれば良いか分からず、オロオロしていると、父が、
「王よ、余りいじめないで貰いたい。私の大事な一人娘ですぞ。早く安心させてやってくれませんか」
「は、は、そうであったな。サラディアーヌよ、其方の父と私は古い友人でな。気が置けない中というのか、そんな関係だ。其方も余り気を張らずとも良い」
「・・・・・はい」
「ところで、ラファエロ、奥方が、其方の娘の暗殺を企んでいるというのは確かなのか? 下手をすれば侯爵を敵に回すことになるぞ」
「はい、証人は確保しております。それに影からの指示が侯爵からあったことは確認済みです。証拠も今そろえている最中です」
なんか、大事になってきた。奥方の親の指示でサラを消そうとしていた?
「そうか、侯爵は今面倒なことになっていると聞いておる。其方の金が必要なのだろう。其方も気を付けないと危険だぞ」
「はい、十分気を付けて対処しております。私の資産からも侯爵に流れているのを突き止めております。ワンド侯爵は色々と暗い仕事も手がけているようですし。このままにしては置けないでしょう。下手をしたら、他国との密約もあるやも知れません。王よ、かねてよりの決め事、よろしくお願いします」
「ああ、もう手続は済んでいる。サラディアーヌを跡取りにすることは、別に問題は無いであろう。今日皆の前で力を見せつけたのだ。誰も文句は言えまい。だが、一日も早く婚約を取り付けた方がいいぞ。さすれば侯爵も手出しが出来なくなるはずだ」
「はい、もう候補は頂きました。その中から選ばせていただきました」
なに? どう言うこと。まだ十歳の女の子に婚約者? 私が固まっていると、
「サラ、お前の婿に王族の外縁が来て下さることになった。王様の計らいだ。これからもっと忙しくなるぞ」
「でも、お父様、そうなればお兄様はどうなるのですか?」
「ああ、あれは家臣に落す。もうリオーネルには話してあるのだ。彼奴も自分の出自を知っている。母親の奇態を十分見て育ったようだ。母親には気持ちがないようだぞ。それを確認したから、リオーネルに代官を任せることにしたのだ」
知らない間に父は色々と走り回って、手を回していたようだ。忙しかったはずだ。
「そうですか・・・・・」
私にはもう自由はなくなったのだ。将来がどんどん決められていく。サラの人生を生きると決めたのだから、貴族のしきたりに従うしかないだろう。
王様は暫く父と雑談をして帰っていった。
「お父様。婚約者とは?」
「王の母親の兄弟の子だ。ヤーガイ王国の血縁と言うことだ。訳あって外には出られないと言うことだが、私の領地にはうってつけの魔法持ちだそうだ。婚約が決まれば、我が領は辺境伯の称号を受けることになる。領地もヤーガイ国から分けて貰えるのだ。サラ、お前の納める領地は広大になるだろう」
ヤーガイ王国の血縁・・・。私は知っている。もし、あの王子の血縁ならば、呪いが掛かっているはずだ。どのような呪いなのかは定かではないが、「訳あって外には出られない」と言うことは、酷い呪いなのではないのか?
自分が下した呪いの結果、自分が責任を取る形になったと言うことか。
――因果応報。諦めて受入れなければ。
何という事なのか。折角魔法も使える面白そうな世界に生れたのに、過去の呪いの結果を見せつけられることになろうとは。もし私に子どもが出来れば、その子も呪われるのだろうか。
私の将来に漠然とした不安が漂って居る。魔女の呪いと、その結果生れた子ども。その人に一生、私は償っていくことになるのだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何だかんだいっても私はまだ十歳だ。結婚するのは早くても五年後。それまでは自由にさせて貰おう。
「お父様、もうお暇になった?」
「どうした、何か欲しいものでもあるのか?」
「船に乗せて欲しいんです」
「ああ、約束していたな。春になったら船で少し旅をしよう。サラを西の島に連れて行ってあげよう」
思ってもない船旅が出来ることになった。この世界の海を渡って、知らない土地へ行ける。春になるのが楽しみだ。あと二ヶ月ほどで春になるだろう。それまでは魔法を鍛えて、沢山の荷物を収納できるようになっておかなければ。
私の魔法の鍛錬は、他人に見られない場所で行う。マンナでさえも来られない場所、探すのは一苦労だ。
伯爵の屋敷には屋上がある。屋上といってもただ、屋根の上なのだが、ここには誰も来られない。私だけの場所だ。マンナは高所恐怖症の気があるため、屋根の上までは来ないのだ。何時も屋根に上がる私を怖そうに見ているだけ。私はすいすいと屋上までの細い急な階段を上がっていく。
「お嬢様、危のうございます。降りてきて下さい」
「大丈夫よ。ちゃんと柵が張ってあるもの。マンナも来なさいよ」
「いえ、私は、ここでお待ちしております」
やっと一人になれた。ここには誰も来ない。上り口でマンナが見張っているし、柵があるから下からも誰にも見えないだろう。
やや傾斜してはいるが、広いスペースが確保できた。
「闇のかげ」「闇の結界」「闇の呪い」「闇の収斂」「闇渡り」魔女の記憶にある闇の魔法だ。「闇の収斂」は魔の霧を集めて固めておくもの。
これをなるべく早く覚えなければならない。知識があっても使ったことが無いのだ。どれくらいの魔力をどれくらい強く使えば良いかは分からなかった。そして呪いだ。呪いを解く方法は分からない。使い方は分かっているが。
あの、魔女の最後の呪いは恐ろしいほど大きく、強い呪いだった。自分の身体を溶かしてまで、広く深く呪っていた。あれほどの呪いを解く方法はあるのだろうか。やはりもっと知識を広めないとダメだ。本があれば良かったのに。
今は、闇の影と闇渡り、そして闇の結界の練習をしよう。
闇の影は初歩の魔法だ。簡単にできた。影の中に入ってじっとしていれば、誰にも見付からない。影渡りはその応用だ。影を渡り歩けば、コッソリ見付からずにどこにでも行けてしまう。欠点は影がなければ渡り歩けないこと。夜には効果が発揮される便利な魔法だ。闇の結界も似たような物だが、相手からは黒い影として認識されてしまう。しかしこの影の結界は、少々の剣や槍弓矢でも貫通しない強度がある。魔力の強さで強度が変わる魔法だ。魔力が多くないと発現出来ない。今の私では弱い結界しか張れないようだ。属性を増やしたせいかもしれない。これ以上の闇の魔法を使うとすれば、魔獣を倒して、魔力を上げなければ無理のようだ。
「属性を増やした弊害が出てしまった。でも魔獣を倒すなんて今の私には無理。空間魔法も同じだ。拳大の大きさの物しか収納できない」
いくらやってもレベルは上がらなかった。魔力が足りないようだ。光魔法も、ヒールだけしか使えない。
「無理だわ。これではとてもでは無いが闇の収斂は使えない。本格的に剣の鍛錬をして魔獣を倒すための準備をした方が良いかも知れない」
私は父に剣の教師をつけて貰いたいとお願いした。
「サラ、何を考えている? お前が戦う必要なんて全くないんだぞ」
「お父様。魔法の先生が言っていたことを覚えていますか? 属性が増えたせいで、私、器用貧乏になって仕舞いました」
「それでも良いと話し合ったではないか。それなのに今更?」
「私の婚約者は・・・・・お体が弱いのでしょう? 何とかしてあげたいでは無いですか。今の私は初級のヒールしか使えません。魔力が足りないみたいです。魔力を上げるには魔獣を倒せば良いと聞きました。魔獣を倒すには剣術が出来ないとダメです」
闇の魔法のことは言えない。苦肉の策で婚約者の身体のことを持ち出してみた。
「サラは、まるで大人のような言い方をするな・・・・・」
「あ・・・そうでしょうか? ただ、可哀想だなとおもって・・・・」
「いや、冗談だ。サラが婚約者のことを既に考えているのに嫉妬したのだ。まだまだ結婚はしないのだから、そんなに大人になろうとするな。パパは寂しいぞ」
「はい。でもパパ、剣術は習いたいの」
「分かった。良い教師をつけよう。鍛えておけば、サラの身の安全に繋がるしな」
何とか剣術は習えるようになった。頑張って魔獣を倒せるようになろう。そして闇の収斂を使える様になって、ヤーガイ国の憂いを一つだけでも解消しよう。呪いを解く方法は見付からないのだから。
魔法の鍛錬は、これ以上やっても成長は見込めない。私は剣術の先生について基礎からじっくり習うことになった。
騎士だった人で、片足がない先生だった。四十五歳で、魔獣と戦って片足に噛みつかれ、毒が回る前に自分で切り落としたそうだ。怖すぎる話だった。
「お嬢様が剣術を習う目的が魔獣を倒すためと聞き、耳を疑いましたぞ。女子が、ましてや貴族の令嬢が魔獣と戦うなど言語道断です。考えを改めることをお勧めいたします」
私も辞めたくなってきた。魔獣が毒を持っていることは知っていた。以前その毒で死んだ人に憑依したことがあったのだ。暗い顔で考え込んでいると、バルスという騎士は、じっと私を見てからもう一度私に聞いた。
「どうですかお嬢様。怖くなり、辞めたくなりましたか?」
「はい。辞めたくなりましたし怖いです。でも、私は魔力を増やさなければダメなのです。どうか、剣術を教えて下さい。もし私に才能が無いのなら、剣術でなくてもいい。近くで魔獣を倒すやり方を教えて欲しい」
「難しいことを仰る。弓矢なら何とか魔獣を仕留められるが、近くで魔獣を倒すとなると、魔術か剣術しかないでしょうな」
「魔術で? 私はヒールしか使えません。無理です。魔法を強くしたいのに・・・魔法が意味をなさない」
「では剣術ですな。では基礎体力をつけて貰いましょう。これから私がいなくても続けなければいけません。一日も怠ってはなりませんぞ」
もう直ぐ船旅が待っている。船の上でも休んではいけない。体力をつけ、筋力をつけ、それから始めて剣の基礎が始められると言うことだった。