3 サムの事情
「おっとうが逃がしてくれたんだ」
サムと二人にして貰って、サムから事情を聞いた。領都に奥方が来て、またサムにサラを始末するように言ってきたそうだ。
悩んだサムは父親に自分がしたことを話した。二人で暫く悶々としていたが、偶々顔も身体もがめちゃくちゃにされた子どもの亡骸が、森で見付かったそうだ。父親は死んだ子どもは、サムだと言い出し、亡骸をサムとして墓にいれ、その隙にサムを逃がしたらしい。
サムと父親は、王都の知り合いの家で落ち合い、伝手を頼って生きてきたが、父親が身体を壊して仕舞った。お金を借りるつもりで金貸しに行ったが、騙されて売られてしまった。それが事の顛末らしい。
「オイラが生きていると知れば、奥方様はオイラを殺すかも知れない。お願いだからこのまま見逃してくれねぇか? お嬢様」
「仕事はあるの? このままでは、また生活できなくて同じ事になるんじゃぁ無いの」
「・・・・・おっとうが治ったら何とかなると思う。オイラだってもう十三歳だから、狩人に、冒険者にだってなれるはずだ」
「お父様はどこにいるの? 私が治してあげられるかも知れない」
「お嬢様が?」
「ええ、魔法が使えるもの。治癒魔法が・・・」まだ少ししか使えないけど、何とかなるかも知れない。
「・・・お、お願いします。オイラ何でもするから」
問題はマンナの目を盗んで屋敷を抜け出さなければならないことだ。でも夜中に抜け出せばいいのでは無いか? 私には闇魔法がある。もう使えると言うことは誰にも知られていないのだ。コッソリ抜け出すことは可能だ。
「今夜、屋敷の前で待っていてくれる? お父様のいるところへ案内して」
「良いけど・・・皆に止められてしまうだろうさ」
「大丈夫よ。屋敷の裏門の側で絶対待っていて。良いわね」
「・・・うん。お嬢様、なんだか・・・」
「何?」
「何だか、病気が治って、お嬢様はおばさ・・お姉さんみたいになって仕舞ったなって思って」
何よ!今おばさんって言ってなかった? 確かに以前はおばさんだったけど・・・これから気を付けないと変に思われるかもね。
サムは店を出て行った。振り返り振り返り私を見ていたが、暫くして走って行ってしまった。今夜本当に来てくれれば良いけど。案内して貰えなければ、彼等の住んでいる場所が分からないのだから。
「お嬢様。十分お話なされましたか? ではもうお屋敷に帰りましょう」
屋敷に帰ると珍しく父が起きて待っていた。
「また港へ行っていたのか? そんなに船が見たかったら、今度知り合いの船に乗せてやろうか?」
「本当? 嬉しい。だけど、お父様は何時も忙しいから・・・」
「大丈夫だ、暫く夜会はないだろう。やっと解放されたよ」
疲れたような顔をして苦笑いをしている父は、好きで夜会に行っていたわけではなかったようだ。ずっと領地に引きこもっていたため招待が集中したのだと言った。
「私のせいで領地に引きこもっていたんだね。ごめんなさい」
「何を言っている。私はお前が生れる前から領地に引きこもっていたんだ。その間奥方が、有ることないこと言いふらしていたらしい。全く酷い女だ」
何でも、病気になって歩くことも出来なくなっていると言うようなことを言っていたようだ。困った奥さんだ。側室とずっと一緒にいて、自分は見向きもされないとは口が裂けても言えなかったのだろう。
「彼奴はまたもや浮名を流しいていたようだよ。今度は男爵の騎士だそうだ。男とみれば見境無しの女だ。まあ、貴族の女は皆こんな物だがな」
我が儘一杯に育った奥方は、問題児のようだ。貴族とは皆こうだとは思いたくないが、王都にいる貴族は概ね似たような物だと父は言った。
豊かな領地を持っている貴族は湯水のようにお金を使い、狂乱に明け暮れているとのことだった。性格に難があるとは言え、父はかなり増しな貴族だったのだ。
「ところで、死んだはずの庭師の息子が生きていたんだって?」
「え・・・そうみたいね」
「どうした。マンナに聞いたんだぞ。パパにも言えない秘密だったのか?」
「そうじゃ無いけど、お父様が怒ってしまうかと思って・・・」
「何故私がサラを叱ることになるんだ? 何か隠して居るな!ハッキリ、包み隠さずに言いなさい!」
アッチャー!こうなると、梃子でも動かなくなる頑固者だ。父から、威圧のようなオーラが押し寄せてきて、私の身体が小刻みに震えてしまう。仕方がない。正直に話すしかないだろう。
震えが収まり、今までの経緯を時間をかけ、詳しく話して聞かせると、父は烈火の如く怒ってしまった。また、私の身体はブルブルと震え始めてしまった。何かの魔法だろうか? 伯爵の威厳のなせる技だろうか?
しかし、考えてみれば、伯爵の怒りはもっともだ。愛する我が子を殺そうとした実行犯が分かったのだ。
然も、けしかけていたのは、以前から怪しいと思っていた奥方だと、ハッキリしたのだ。
「今夜ここに来るんだな。分かった、私が庭師の病を治してやる。だがこのままにしては置かんぞ。身体が治ったらもう一度ここへ来て説明して貰おう」
サムは約束通り裏門に来ていたが、伯爵の姿を見るなり逃げ出した。しかし、伯爵の光魔法に目をくらまされてころんでしまい、あっさりと捕まって仕舞った。
「旦那様、どうかお許しを」
ガタガタと震えて、サムは土下座をしている。
「許すとは? お前に指示をした奴を言いなさい。そうすれば考えないでもない」
「お、お、奥方様でございます。申し訳ありませんでした。でもオイラは直ぐに怖くなって旦那様に言いに走りました」
「そうだったな。そのお陰でサラは生き返ることが出来た。だがそのせいでお前を疑うことはなかったのだぞ。それがなければ真っ先にお前を疑い、今頃はお前の首は繋がっていないだろう。奥方が、再びサラを消せと命じたとは、誠か?」
「はい、そ、そ、それで、オイラは怖くなって逃げ出しました」
私に屋敷で待っているように言って父はサムと一緒に行ってしまった。
次の日、サムとサムの父親は伯爵に連れられて屋敷にやってきた。彼等は、屋敷の皆に囲まれて縮こまっている。顔見知りも数人いたのだろう、彼等は声を掛ければ良いのか迷っているようだった。
「長らく姿をくらましていた庭師とその息子だ。これから、屋敷の厩番をして貰うことになった。皆面倒を見てやれ」
素っ気なくそう言って父は書斎に入ってしまった。
それからの父は以前にも増して屋敷にいることがなくなった。夜会に行くわけでもなく、あちこちと従者を連れて忙しく走り回ることになった。
「船に乗せて貰うのは、当分無理ね」
私は、屋敷の外にも出して貰えなくなり、窮屈な生活に戻ってしまった。
仕方なくサムの働く厩に日参することにした。
「お嬢様、ここにいらしては・・・伯爵様に叱られてしまいます」
サムはそう言うが、私はやることが無くて閑なのだ。だが、マンナは、
「厩に来るくらいなら、旦那様はお叱りになりませんよ。この際ですから、乗馬を習ってみませんか?」
そう言ってくれたので、乗馬が得意な従僕に習うことになった。
それからは毎日乗馬の訓練をすることになった。私はまだ小さいのでポニーのような小型種の馬に乗る。ポニーは気性が大人しいのを選んでくれたようだ。そのせいかゆっくりしか走らない。それでも愉しかった。
馬は案外可愛い。大きな目で、私を見て、私の髪の毛を咥え甘えてくる。サムに習って馬の世話もして見た。マンナは何も言わず、その様子を見ているだけだった。
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「少し早いですが、貴族としての立ち居振る舞いの教師をつけることにします。午後は執務室での書類の整理の手伝いをして貰いましょう」
マンナは、私が暇を持て余さないようにどんどん一日の予定を詰めてくるようになった。父は未だに屋敷に落ち着いていられないようなので、私が代わりに仕事をするのだろうか? 難しいことは別にない。事務方の男達に交じって、書類を読んでサインをするだけだ。まあ、十歳にもならない子どもに任せられない物は廻っては来ないだろうが、私のサインで大丈夫なのだろうか?
屋敷内の決済が殆どなので、マンナが先に目を通しているのだろう。ままごとの続きのような仕事だ。
貴族の立ち居振る舞いは、少し面倒だった。挨拶の仕方や、目上の人への言葉掛けと、目下の者への対処を繰り返し繰り返し教え込まれる。
跡継ぎになると決めたのだから、しっかり習わなければならないだろう。
だが、偶に兄の顔を思い出し、何となく気まずくなるのだ。私は伯爵の子どもではあるが、中身は違う。私が跡継ぎになって良いのだろうか?
兄は、父の子どもで無いかも知れないが、マルス家の血は引いているのだし、男の彼が跡継ぎになった方が、面倒がなくて良いような気もする。
女が爵位を継ぐというのは、色々手続が面倒だとも聞いているのだ。確かに私は、魔法が使えるが、それだけなのだ。私が死んだら、跡継ぎは兄になるだろうが、彼は私の次で満足なのだろうか? 兄はもう、十六歳位か?
今、彼は領地の代官になる為の勉強して居るという。彼からは、一度も声を掛けて貰えなかったし、目を合わせることもなかった。兄は自分が伯爵の長男なのに、不当な扱いを受けていると思っていないだろうか。
あと半年で十歳になる頃、私のドレスを新調するために王都の有名な服飾店のオーナーが来た。
王に謁見するための特別仕立てのドレスを作るという。私はもう、おじいちゃん先生に鑑定を掛けてもらっている為、神殿で魔法の属性を見て貰う必要は無いそうだ。父と話し合って、闇の属性と空間魔法は隠す事に決めてある。
神殿へ行ってバレないようにしたのは明白だ。それほど、闇や、空間魔法は取り扱いが難しいのだろう。空間魔法は異空間を使えるとバレなければ、知られても良いような気がするが、いくつも属性が有れば、また問題になるという。面倒くさいものだ。
王様の前で、光魔法を使ってみせれば、認定は終わると言うことだった。
普通十歳になって直ぐに魔法を使えることはないそうだ。神殿で属性を調べて貰ってから、魔法の教師をつけて勉強していくのだから。父のお陰で私は八歳から勉強することになった。そのせいで、闇属性が有ることが判明したのは、父にとって良かったと言っていた。そして光魔法が使えるようになったことも幸運だったと。
やはり、闇属性は、余り良い印象はないようだ。確かに闇は、影に隠れたり、呪いを掛けたりと、物騒な使い方ばかりだ。
でも、本当は魔女がやっていたように、魔の霧を集めて固め、周りに影響が出ないようにすることも出来るのだ。私は試したことはないが、やり方はしっかりと頭の中に入っている。魔女の家系は、代々魔の森に住み、そうやって人々の役に立っていたのだから。




