2 魔法の勉強
「サラ様の属性は、闇ですかな。かつて隣国にいたという森の魔女と同じ特別な属性ですな。これは使い方を知っている者は少ない。有効な使い方は余り無いのです。言葉は悪いが、影の仕事に向いている属性でもあります。言い伝えでは、魔の霧を引き寄せて固めておくことも出来る様ですが、私には分からないのです。他には、火、水、風、土、空間、雷、光等が知られております。一人で何個も属性を持つ物もおりますが、そう言う人間は器用貧乏になりやすい。ですがサラ様くらいの魔力があれば、もう一つくらいは、属性を覚えても大丈夫でしょう。空間魔法を覚えることが出来れば自分で異空間を作れますぞ」
魔女と同じ属性なのは知っていたが、後から属性を増やせるとは知らなかった。おじいちゃん先生によると、属性はあくまで親和性の問題で、幾らでも増やせるのだという。ただ、増やしすぎれば、どれも中途半端な魔法しか使えなくなってしまうそうだ。魔力を大きくすれば問題は解決するはずだが、硬化症になりやすくなる。痛し痒しの問題だ。
しかし私が教えた方法を使えれば、これから属性を増やす者が出てくるかも知れないと言うことだった。
「今はまだこれで十分な魔力量ですが、成長したら、魔力を増やす事をお勧めしますぞ。魔力が増えれば、サラ様ならもっと属性を増やせますぞ」
魔力の増やし方は、魔獣を倒し、魔獣が死ぬ間際に放出する魔力を浴びれば良いという事だった。弱い魔獣からは無理だが、強い魔獣を倒せば良いと教えてくれた。
――そんなことは出来そうに無い。私は今のままで十分だわ。
「先生。だったら、狩人や冒険者達は大きな魔力を持っていることになりませんか?」
「魔力があると言うことはすなわち、受け皿があると言うことでな、受け皿が無ければ魔力は増えぬ。受け皿を持っていること自体が希有な事です。これは血縁に多分に受け継がれるものでな、親族に魔力持ちがいなければ可能性は無いですな。冒険者になるような輩には少ないでしょう」
そうなんだ。貴族には昔から、魔力持ちを取り込んだ過去があるため平民よりは魔力持ちが多いと言うことだった。それでもかなりの少数派らしい。
「過去に、騎士に魔力持ちがいましてな、彼は剣術にも優れておりました。もっと魔力を増やしたいと考えた騎士は魔獣を次々と倒していきましたが、硬化症になって歩けなくなり直ぐに亡くなったそうです。大人でも掛かる怖い病です。それからは、魔力持ちはなるべく後衛で控えているに限ると言うのが定説になりました。サラ様のやり方が浸透すれば、魔力持ち達はこぞって前衛に出てくるかも知れませんな」
おじいちゃん先生からは、魔法の基礎理論を習うことが出来た。殆どが知っていることだった。文字は書けるけど、その事は黙って素直に授業を受けていった。一年が過ぎる頃、「サラ様は、物覚えが宜しいですな。教える事が無くなった」と悩んでいた。
「明日からは魔法の講義では無く実践を少し取り入れますぞ」
楽しみだ。闇の魔法はおじいちゃん先生は教える事が出来ないが、空間魔法は教えてくれると言うことだった。自分だけの空間を持てるなんてわくわくする。闇は既に使えるのだから闇魔法の教師など必要は無いのだ。
「空間魔法は、想像力が大事でな、この属性を持っていても使える者は少ないのだ。未だにはずれ属性などと揶揄する奴もおるくらいだ。サラお嬢様は想像できますかな。この世界の他にも違う次元があると言うことを」
出来る。簡単だ。私は正しく違う次元から呼び込まれてきたのだから。
次元の狭間には、考えられないほどの広い空間が存在し、そこに自分の空間を創造すれば時間さえも超越した空間と繋がれるという。質量は最早意味をなさなくなり、幾らでも空間に納めることが出来てしまうそうだ。
私はその空間に通ずる道を作れば良いだけなのだ。「異空間」アクセスするための言葉はシンプルだった。
私が目を閉じてその言葉を唱えると、目の前に拳大の黒い渦が出現した。
「おおーーーっ。出来ておる。もう出来てしまった」
おじいちゃん先生は、驚いていた。自分が長い時間掛けて辿り着いた魔法が僅か九歳の子どもに出来てしまったのだ。
「先生の教えの賜物です。ありがとうございました」
「いや、いや、サラ様の才能ですぞ。まだ出入口は小さいですが毎日使っていればもっと大きくなります。後はサラ様次第ですな」
おじいちゃん先生はそれから一週間で、もう教える事は無くなったと言って屋敷を出て行った。
「サラ、凄いことを成し遂げたそうだな。だがそれは他言してはダメだ。人に知られればサラは、一生荷物入れとして囲われてしまう。分かったな」
「ハイ、パパ、違った!お父様」
「は、は、は、家にいる間はいつも通りでいいさ。だがこれからは言葉遣いにも気を付けなければな」
父には、おじいちゃん先生から私の属性は闇魔法だと告げられていた。
「闇魔法を使える教師をこれから探さ無ければならない。だが、これを持っていても表に出さない人が多いのだ。見つけ出すのに時間が掛かるだろう」
私は父に光魔法を教えて欲しいと頼み込んだ。
大きな魔法は使えなくてもいいでは無いか。器用貧乏でも良い。闇などと、人には言いにくい属性よりは、光をチョットだけ使えるだけの方がいい。
父もそれが良いと思ったようだった。それからは父に教師になってもらい、魔法を習うことになった。
空間魔法は簡単にできてしまったのに、光魔法はなかなか物にすることは出来なかった。
「私の教え方が悪いせいかもしれないな」
父はそう言ってガックリしている。だが、私の持っている闇の属性のせいかも知れない。光と闇は相反する物だ。闇を持っているが故、光を習得できないのでは無いか。
そんな日々を過ごし半年ほど経ってしまった。
書斎で父は仕事をしている。私は隣の書庫で読んでみたい本を探していた。 本を探しながら、ぼんやりと昔読んだ本を思い出していた。
「光があるから、影が出来る。光あってこそ、闇が生れる」
光と闇は表裏一体。コインの表と裏だという。なら、私は使えるはずでは無いのか? そう思った瞬間、今まで父に教えて貰ったことがピタリと穴に収まるような感覚があった。
「ヒール!」
発動言語を唱えた瞬間、私の掌から金色の光があふれ出た。出来た!!!
「パパ!パパ!」
父が慌てて部屋に駆け込んできた。
「どうした。何かあったのか? どこか怪我でもしたのか!」
「違う違う。見ていて」
私は今出来たばかりの光魔法を使って見せた。父は凄く喜んで、
「流石私の娘だ」
と言って、私を抱き上げて、盛大なキスをしてくれた。今では私も父の過剰なスキンシップに馴れていたので、イヤがる事は無くなった。むしろ嬉しかった。父は私の愛すべき大切な存在になっていた。
少々面倒くさい性格だが、それでも一生懸命私のことを考えていてくれる。以前の世界で、私の事をこれほど心配し、愛してくれた人はいなかった。
実の親でさえ、コミュ症の私に手を焼いていたのだ。おまけに死にかけた人に呼ばれて、暗い性格に拍車が掛かってしまった。精神を病んだ事もあった。そんな人間には人との触れあいはハードルが高かったのだ。
この世界に来て、私の性格は変わって仕舞った。多分サラの元々の明るい、物怖じしない性格が入り込んだせいなのだろう。
私の属性は光と言うことで申請することにした。十歳になれば、私は正式なマルス伯爵の後継者となるだろう。
この世界でも、男尊女卑は根強かったが、魔法の力が有れば、それを凌駕することが出来る。然も有効的な光魔法だ。次代に受け継がれたとなれば、辺境伯の称号も夢では無くなると言う事だった。
兄も奥方も魔力がない家系だという。兄の実の父親だとされている叔父は、先代とは年の離れた弟で、先代マルス伯も弟も魔力は無かった。魔力があったのは、先代の奥方だった男爵令嬢だという。先代の奥方の魔力は少なかったが、それでも魔力があると言うことで伯爵の正妻になることが出来たのだ。
父は一人っ子だった。兄弟がいないせいで少し我が儘で、さみしがり屋の傾向もあった。父の正妻になったのは、叔父と恋仲だったともっぱらの噂があった侯爵令嬢だ。自己愛の強い父親は、その事が許せ無かったのだ。
一時は荒れて、魔の森に魔獣を倒しに出向いた。そこでサラの母親に出会ったという。若い伯爵が、可憐な少女に恋をしたのは分かるような気がする。あのキツそうな奥方は伯爵の弱い心を慰めてはくれないだろう。
父はコッソリ教えてくれた。奥方とは一度も契りを結んだことは無かったと。八歳の子どもに言うことでは無いと思ったが、内心、父の言った事は正しかったと思った。やることをしないで子どもが生れれば、そりゃぁ気持ちが萎えるし、冷めるだろう。それでもいけしゃぁしゃぁとしていられるのは侯爵の娘という強みがあったからなのだ。
頑なな性格の伯爵に業を煮やした奥方は、サラを消そうとしたのだ。その結果サラは死に、私が変わってここにいることになった。「なんかドロドロしているな」とは思ったが貴族とはそう言う物らしい。
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アスレート国の王都はとても大きな港湾都市だ。
湾に沿って街が形成されていた。小高い丘の上に王城がある。王城を囲むように貴族達の屋敷があり、その一つがマルス伯爵の屋敷だった。段々畑のような街の造りは、以前見たことがある地中海沿岸の世界遺産に似ている。
王都から少し離れた小さな島には塩田があり、ここで採れる塩はこの国の特産にもなっていた。海産物が豊富で、見たこともない魚や大きなエビ、蟹、貝、海藻、食物は多種多様で豊かだった。
王都に来れば、父は兎に角忙しい。毎晩のように夜会に呼ばれて、この頃は朝食を共にすることが無くなった。昼夜逆転の生活になって仕舞ったようだ。 父と顔を合わせる機会が減って仕舞った私は、共の者と行動するようになった。
私は、従者やメイドと一緒に港まで行くことが増え、少しだけ自由を得た。
港には大きな軍の帆船や、商人の船が所狭しと並んでいて壮観な眺めだった。ここに来ることが楽しみの一つになっている。
港が見えるカフェテラスに座り、軽食をとりながら午前中ずっと眺めていても飽きなかった。
「お嬢様、ここは治安が宜しくないのですよ。丘の上の森や貴族街にも愉しい場所が沢山ございます。今度はそちらへ行きませんか?」
メイドはそう言うが、私はここが好きなのだ。他の国へ行く船は、私にとって自由の象徴のように映った。
「マンナ、今度市場へ行って見たい。連れて行って」
「いけません。とんでもないことを・・・・市場など。旦那様に知られたらお叱りを受けてしまいます」
マンナとは私につけられた58歳のメイドだ。
この度再びメイドとして屋敷に上がることになった。子どもから手が離れ孫までいる。ご主人は二年前に神に召されたそうだ。マンナの孫は今、父の従者について従者見習いとして修行している。行く行くは私の側近となるらしい。
マンナは以前王都の屋敷専属のメイドをしていたが騎士に嫁いでブランクがあった。父親の乳母も務めたことがある信頼の置ける人だそうだ。なかなか厳しい躾をするので、少し窮屈になることもある。
従僕の一人が、窓の外を見ていて「おや? あれはサムでは無いか」
と言った。私も従僕に釣られて外を見ると、確かに十二歳くらいの少年が大人に取り囲まれている。
「サムに似ていますが、そんなはずないわ。サムは野党に襲われて、死んだと聞いたのだけれど」
マンナも怪訝な様子で外で繰り広げられている騒ぎを見ている。
「モンダン。チョット見てきて。何があったのか気になります」
「はい」
マンナに言われ、従僕は店の外へ出て行った。私はその様子をじっと観察していた。
従僕のモンダンは、周りにいた野次馬に話を聞いている。そうしている内にサムに似た少年は男達に取り押さえられ、連れて行かれてしまった。モンダンが帰ってきて事情を話して聞かせた。
「あの少年は商船に売られた奴隷だったようです。逃げ出したのを捕まえられたと言う話でした」
奴隷。この世界で初めて聞いた言葉だった。
「奴隷というのは?」
「借金の肩にされたり、犯罪者が奴隷に落されたり、自分で売り込む場合もあると聞きます」
自分で奴隷に落ちると言うこと? 私には考えられないことだった。だが食い詰めた人はそうしなければ生きていけないのだと、マンナが話してくれた。
「多分、あの少年はサムでしょう。私の顔を見て驚いていた。それから抵抗しなくなって連れて行かれてしまった」
モンダンは元、同じ屋敷にいた少年のことが気に掛かるようだった。私は意を決してモンダンに言った。
「モンダン。サムを買い戻してきて。サムに聞きたいことがあるの。お金ならこれを売れば何とかなりませんか?」
父から貰ったブレスレットを腕から抜き取ってモンダンへ渡そうとしたが、
「それには及びません。私が何とかしましょう」
マンナがモンダンにお金を渡したようだ。モンダンはそれを持って店から走り出ていった。
「お嬢様、サムとやらに何を聞きたいのですか?」
マンナは、領都でサムが私にしたことは知らない。多分私しか知らないことなのだ。死んだはずのサムが何故奴隷に落ちたのか、それを聞きたかった。だが、マンナには言えなかった。言えば父に知られて、サムは今以上の酷い目に遭わされるだろう。
「以前よく遊んで貰ったのです。このままでは気の毒でしょう。だから助けたかっただけよ。聞きたいことなんて無いの。お金を使わせてしまって悪かった。ごめんね」
「いえ、大した金額ではありません。旦那様からお預かりしている物ですから。お嬢様のお金ですもの。旦那様からのプレゼントを渡すより余程増しです」
長いこと待って、やっと店にサムが連れてこられたようだ。