20 鉱山の影
私に付けられた護衛はガナンだった。
「この間のお詫びだ。ただで護衛してやるよ。これでも上級冒険者だ。護衛料は結構するんだぜ」
「そう、でもそれで済んで良かっただろう。下手をすれば冒険者証を剥奪されていたぞ。貴族に手を出したんだからな」
「っ! お前、貴族だったのか? やっべぇ。俺処罰されるのか?」
「そんなことはしないさ。ところでガナン。君は酒をやめたくないか? もし辞めたいなら良い魔法がある。嫌でなかったら掛けてやるよ」
「そんな都合の良い魔法、あるもんか。何度辞めようとしてもダメだったんだ。もしその魔法が効果あるんだったら、お前の奴隷にでも下僕にでもなってやる。無理だろうがな」
「ガナン!これを見ろ」
ネックレスをゆっくり動かしながら、暗示を掛けていく。本来は催眠魔法の魔力を流すだけで良いのだ。ネックレスは必要無いけど、何となく気分を出してみた。
【酒を一定以上飲むとお前の怪我をした手がまた痛くなる。酒をやめれば痛まない】パンと手を叩いて魔力を切ればそれでお仕舞い。
ガナンは目をぱちくりして、
「何も変わらないぞ。俺をからかっているのか?」
「まあ、後で酒を呑んでみれば分かるさ」
二人は夜も走り続け一日で鉱山の休憩小屋に着いた。とても大きな小屋が五つ建っていた。常時三百人は寝泊まりできるらしい。今は怪我人が出たため鉱山は閉鎖して、鉱山へは入っていないそうだ。
怪我人が収容されている部屋に入るとムッとする血の臭いが籠もっていた。
不潔な処理のせいで敗血症を起こしている者もいる。これは急がないと危ない。
急いで軽くエリアハイヒールを掛け、危険を一時排除した。軽い怪我人はこれで治るだろう。重症患者は個別にエクストラヒールを掛けて行く。
わずか一時間で終わった。
「他に怪我人は居ませんか?」
「い、いえ、これで全員です。すっげぇなあ、おい。ガナン何処からつれて来た?」
「領都に偶々来ていた御貴族様だ。有り難く思えよ」
「ケッ!貴族ナンざぁ信用ならねえ。お、すまねぇ、あんたは違うよ。だがよあの貴族達はおいら達に散々掘れ掘れって言って置いて、今度は掘るなだとよ。おまけに誰かが坑道に細工しやがった。これは貴族の子飼いがやったにちげぇねぇんだ。彼奴は今逃げちまって行方をくらました。くそったれが!」
聞き捨てならない話だった。態々坑夫に怪我をさせて何のメリットがあるというのか。
皆に話を聞いて廻った。この鉱山は領地の大事な収入源だそうだ。作物が殆ど採れないためここいらの山から採れる鉱石は主要な産業だと言うことだ。
ここが動かなくなれば、たちまちルーベンス領へは立ちゆかなくなる。
レオンを追い出す作戦なのでは無いのか? マーガレットの親族は殆ど処刑されたが、それでも少しは末端に残っているはずだ。彼等が画策していると考えるのは思い過ごしでは無いだろう。
「レオン。大変な所を任せられちゃったのね」
でも変だ。食糧が採れないはずは無いのだ。他の領地は皆豊富な作物が採れる様になっている。ここは北国だから、春にならないと作付けは出来ないだろうが春に耕作と作付けをすれば初秋頃には、きっと採れる様になる。
「ねえ、貴方たちの中に農民はいるのかしら?」
「おい、あんた男のくせに女言葉か? 貴族はそうなのか」
「え、あ。兎に角! 農民はいないのか?」
「みんな農家の生まれだ。口減らしの次男坊以下の野郎ばかりさ。税金の代わりに俺達はここに居るんだ。それがどうした」
「魔の森の側の土地が耕作できるようになった。お前達が行って春に耕作してみればどうだ? そうすれば、土地がお前達の物になるのでは無いか?」
「馬鹿言うなよ。作物は採れている。だが、瘴気があるからって、安く買われて仕舞うし、税としても足りねぇ。俺達はそれを食って生きているって言うのによ。農家なんざやってられないんだよ」
「貴族達はヤーガイ王国の今の状況を知らないのか? 瘴気は消えた。他の領地は皆、耕作地を増やして、豊かな食糧を手に入れている。今のうちに土地を確保すれば君たちは豊かな農民になれるはずだ」
「っ! それは本当か?」
「本当だ。私は王都からきたんだ。情勢が変わったことを知らせにな」
嘘だけども、適当に言ってみた。彼等は皆荷物を纏め始めた。ここに居ても仕事は無くなってしまったのだ。春は二ヶ月後に迫っている。急がないと作付けに間に合わなくなる。私は隠しから一番小さな魔宝石を出して彼に渡した。
「これを宝石商に持っていけ。金貨一千枚以上にはなる。これで種籾と家を建てる資金にすれば良い。これは新しい領主からだと思ってくれ」
「金貨一千枚とは豪気だな。然も領主だと? 嘘でも希望が出来たよ。あんちゃん、ありがとうよ」
そう言って彼等は鉱山から出て行った。
――これで私も、ここを出てレオンの処へ行ける。
レオンに会ったら、結界の改良をして貰おう。あの閉塞感には我慢が出来ない。私が考えた複合精神魔法に変えた方がいいと思う。モスキート音と認識阻害の複合だ。分かっていれば我慢して入れるが、分からない人には耐えられないだろう。魔獣には影響しない、人間だけに作用する魔法だ。
酒場の前を通ると中から叫び声が聞こえた。ガナンが酒を飲んで居るのだろう。私は知らんふりをして宿屋へ入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
領都へ帰って、冒険者ギルドに報告を済ませた。ギルドからは金貨二百枚の報償がでた。このお金は何処から出ているのかと聞いたら、
「商業着ギルドからさ。領主からは一銭も貰えていない。冒険者ギルドと商業ギルドは、持ちつ持たれつなんだ。よくやってくれた。ありがとう」
「・・・・・私は領主から頼まれてきたんだ。この金は受け取れない。返すよ」
「そうなのか? 御領主様は俺達の話を気に掛けてくれていたのか」
「そうさ、だから余り領主を悪く思わないで貰いたい。ではこれで失礼する」
その足で領主館へ来たが中には入れて貰えなかった。門の前で観察していると、立派な服を着た男が出てきた。
護衛を引き連れて馬車に乗ってどこかへ出かけて行った。
「彼なら顔パスで入れそうね。私と背格好が同じくらいだし」
私は先ほどの男の姿を頭に思い浮かべ、変身した。何て便利な技能だろう。
難なく領主館に潜入できた。
「そこのお前」
「は、お代官様! 先ほどお出かけになられたのでは? その服装は・・・」
「五月蠅い! 黙って領主の部屋へ案内せよ」
「は、ハイこちらです」
レオンの部屋だという場所までやっと入る事が出来た。
応接間と小部屋があり奥に寝室があった。何処にもレオンはいない。
「仕事かしら。執務室に行けば良かった」
夜になってもレオンは部屋には帰らなかった。レオンのベッドに入って休もうとしたらドアが開いた。帰ってきた! 寝室から応接間に通じるドアを開けようとして、複数人の気配を感じ、小部屋へ移動して様子を見ると、先ほど私が化けた代官と数人の男達が話し込んでいる。
――断りもしないで勝手に入ってくるとはどう言うこと? ここは領主の個人スペースではないの?
影渡りをして代官の居る応接間の隅でじっと彼等の様子を覗った。
「誰も居ないではないか。寝室を見てこい」
「寝室にも従士部屋にも居ません」
「執事は呆けたか。彼奴はお払い箱だな。さあ、帰るぞ」
「新しい領主様はまだお戻りにならないんですか?」
「ああ、お体を壊されて療養されている。引き続き私が代官を続けるように言われたのだ。問題は無かろう?」
「・・・・・」
彼等はレオンの部屋から出て行った。
――どう言うこと? 身体を壊して居る? 魔女の森へ行ったのかしら。
私はこれからどうすれば良いのかしら。ここでレオンの妻だと言って信用されるかしら。挨拶もまだしていない。無理だろう。一旦街へ出て、レオンが森に行ったか確かめにいって見よう。
影渡りで門まで来て、閉まっている門の外に転移する。
一日だけ宿を取って休み、また森へ行ってみることにした。レオンが魔女の家にまだいるかも知れない。
一週間掛けて魔女の家に着いたがレオンは領都に帰ってしまっただろうか。それとも別の場所で代官が言ったように療養しているのかしら。
何処を探せば良いのか途方に暮れてしまう。あの代官が何か知っているはずだ。代官と話して見よう。
「何だかすれ違ってばかりだわ」
暫くしてまた領都へ行こうと森を抜けると、そこに建築資材を沢山積んだ荷馬車が数台あった。彼等はあの抗夫達だった。
「やあ、御貴族様だ。あんたがくれた小っこい宝石は金貨三千枚になったぜ。オイラ、ビックリこいちまった。これで、種籾も家も総て用意出来たんだ。ついでに村から人も集めてきた。あんたのお陰で村長になれそうだよ」
彼等はここに村を作るようだ。領主が直々に許してくれたと言っている。
私の一存で決めてしまったけど大丈夫かしら。彼等があの代官に叱られてしまわないかしら。
「暫くは役人には知らせないでおいて欲しい。この領は少し可笑しいので調べることにしたんだ」
「やっぱりここは可笑しいよな。食いもんを態々高い金で他所の国から買ってくるんだと。オイラの村の作物は瘴気が抜けてきたって報告しても安く買いたたかれてしまう。おいら達どうせ半年は耕作に手を取られるんだ。みんなにも言っておくよ」
一人の老婆が寄ってきて私に声を掛けた。
「あんた、ここの土は肥えているし瘴気も無いし広い。良いところを見付けてくれてありがとうよ」
「いえ、頑張って作物を育ててください。よろしくお願いします」
「ああ、任せときな。あたいら、これが仕事さ。あたいの若い頃は瘴気は少なかったのに。また元に戻れて良かったよ」
彼等の村で作っている作物にも瘴気は無くなったはずなのに、正規の値段では買って貰えない。不足分の税金の代わりに鉱山で働かされていたらしい。
「作物が出来たら領主が買い上げます。税は取られますが」
「ああ、採れた作物から徴収されるのはあたりめぇのこった」
「では、先を急ぐので」
何だか可笑しい。作物を安く買いたたかれて、おまけに鉱山で働かされて二重に搾取されているようだ。ここを任されている代官が何かしているのではないだろうか。
レオンは彼に何かされた? 捕まって仕舞って拘束されているか・・・。
――大丈夫。レオンは生きている。代官を見張っていれば何か分かるかも知れない。
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――クソッ! 油断した。結界を張っておくべきだった。
レオンが捕らわれて居る場所は代官の屋敷だった。まるで領主の屋敷のようだ。贅を尽くした造り。
代官が不正をしてかなりの金が代官に流れていた。こんな処にも屋敷を持っていたとは。領都から離れたこの屋敷のことは知らなかった。
「僕は何故生かされている? 直ぐに殺さないのには訳があるはずだ」
そうか、春にゴードンが視察に来る。その為に生かされているのか。それが終われば始末されるだろう。理由は何にするつもりだ? 多分領地の運営の不始末の責任を取って自害すると言うのが筋書きだろう。まるでマーガレットのやり口そのままだな。
魔法を使え無くされている。困った。魔宝石をもってはいるが、空間収納の中に入っているため取り出せない。何て不用心だったんだ。ゴードンと同じやり口に引っかかるとは。
代官は影の使い手だ。僕の部屋に潜んでいたに違いない。マーガレットよりもレベルが高そうだ。あの代官が黒幕だとすれば、貴族達は皆仲間なのか若しかすると精神魔法で操られているかも知れない。少なくとも子爵はグルだろう。僕を追い出し、私腹を肥やしその内にここはヤーガイから離脱して国を興すかも知れない。
ヤーガイにとってはやっかいな存在になって仕舞う。ここには豊富な鉱山資源があったはずだ。それが総て奪われて仕舞うことになる。
「どうですかなここの住み心地は王子様?」
「其方は何故この様な無体を働く? 理由が知りたい」
「は、は、は。そうですな、王子はもう何も出来ない奴隷ですからな。教えてやっても良いかも知れませんな。まあ、長い話になりますが我慢して聞いて下さい」
代官が一ヶ月ぶりにここへ来た。この際理由だけでも死ぬ前に知りたい。
ここに連れ込まれて、僕の服を脱がし舐めるように眺め回す代官は、男色の気でもあるのだろうか? 今も、僕の身体をじっと見ている。
――見たければ幾らでも見れば良い。背中の翼を特に見ているようだ。
サラにこの事を知らせられるのではないか。彼女は以前の世界で霊媒だった。今は憑依は出来なくなったと言うが、僕の死に際に呼び込めないだろうか。
「私はツェッペリン公爵の影として働いておりました。そして、マーガレット様の情夫でした。私の他にも沢山居たはずですが、私はマーガレット様の初めての男だった。彼女は私との子どもを産んだこともあります。直ぐに処分されそうになって私がコッソリ引き取りました。今はこの屋敷で隠れ住んでおります。見た目が少し魔獣よりでしてね。ですが王族もそうでしょう? 私の娘も王族と同じ血が流れているのですよ。彼女がこの土地の王になってもいいじゃ無いかなと私は思うのです。ツェッペリン公爵の血族はここには居なくなってしまった。私の娘がここの後を継いで何処が悪いのでしょう。その為には資金が掛かる。貴方にここに居座られては困るのですよ。ですから王子様、【王が来たら、彼の目の前で自害しなさい】」
代官は自害用の小太刀をレオンに手渡した。