17 ゴードンとの再会
翌日の昼近くまで寝てしまった。外がやけに騒がしい。
――そう言えば祭りがあるって言っていたわね。何の祭りなのか聞かなかった。
宿の食事を取って、また驚くこととなった。凄く美味しくなっている。
「お客さん、以前ここへ来た事あるでしょ」
「ああ何年か前にね。随分美味しくなって驚いたよ・・・え、と、そ、そんなに変わらないかな」
「気を遣わなくて良いよ。確かに前は不味かった。調理方法は同じなんだけどね。素材が違えば味に影響するんだ」
「麦の草原が凄いことになっていてビックリしたよ。こんなに変わるもんなのか?」
「そうだよ。王様が変わった途端にこうなったんだ。私らはその王様に感謝を捧げる祭りをすることにしている。お客さんも見て行きなよ。今日は仕事をしてはいけない取り決めさ。まあ、宿は開くけど、今日は泊まり客は取らない。お客さん悪いときに来て仕舞ったね」
早く出ていけって事かしら。魔女の屋敷に直ぐ帰るから問題は無いか。
追い立てられるように宿を後にし、大通りに来てみると凄い賑わいだった。中央の広場には出店が立ち並び、噴水がある場所に台が設けられていた。そこにはゴードンの石像が作られていて周りが飾り付けられている。
「ゴードンのための祭りだったのか。よく出来ている石像ね」
剣を腰に差し、足を開いて腕を組んだ格好をしたゴードン。額の角が強調されて、まるで魔王のように見える。凄く威厳があった。
――もう十分見たわ。私の努力の成果が見られて嬉しかった。
さあ帰ろう。ここからマルス領へ帰った方が早い。でも、レオンと行き違いになれば心配するだろう。私は真っ直ぐ森の中心に向かって歩き出した。
森の入り口に差し掛かったところに、軍の小隊が駐留していた。四日前は居なかったのに。領都に入れなくてここに居るのだろうか?
私は軍の駐留地を迂回して森に入ろうとしたが、呼び止められてしまった。
「しばし待たれよ。お主は冒険者のようだが、今から森に入るのか? だったら辞めておいた方がいい。今森には竜が出没していると報告があった。危険だから辞めておいた方がいい」
――ヤバっ! 金竜が心配してここまで迎えに来たらしい。
軍から遠く離れて急いで森に入り、金竜を呼んだ。
「キンちゃん!私よ。どこに居るの!」
暫く待っていると金竜がのしのしと近づいてきた。良かった無事だった。いくら竜でも、魔法部隊には苦戦するだろう。相手にも死傷者が出る。何事もなくてホッとした。
竜は私に乗れとしきりに身体を押し付けてくるので、有り難く載せて貰うことにした。三日後森の中央で野営していると、人の気配が近づいてくる。
「キンちゃん、ここから離れて先に帰っていて」
金竜に森の奥へ帰って貰おうと説得しているところに、騎士達が来て仕舞った。仕方がない、竜に寄り添い結界で囲ってじっと騎士達を見ていると、大柄な、甲冑を着た人が声を掛けてきた。
「君! 危ないから離れなさい。今大魔法を放って竜を退治する」
その声は懐かしいゴードンの物だった。
「ゴードン! 私! サラよ。お願いこの竜を殺さないで」
「え?」
ゴードンはそろそろと竜に近づいてきて、私の顔をじっと見た。
ゴードンは甲を被っているため顔は見えなかったが声で直ぐに分かってしまった。彼は、竜を見て危険が無いかを確認した後に、被っていた甲を脱いでもう一歩私の方に近づき、
「本当にサラだ。君はここでなにをしているんだ? 魔の森は未だに危険なんだぞ。マルスとの国境に軍が居なくなったせいで調べに来たのか?」
「そういう訳ではないんだけど・・・・・レベル上げ?」
「女性はそんなことをしなくても良いんだ。もう結婚しているのだろう。こんな事はご主人に任せれば良いんだ」
男尊女卑に侵された言葉ね。まあ、男らしいって言えばそうなんだけど、何となくムッとする。ゴードンは祭りに招待されて偶々ここに居たそうだ。その折りに竜が出たと報告を受けて討伐しに来たと言った。
「マーガレットに聞いていないの? 一年前にマーガレットと会ったんだけど。彼女は今どうしている?」
「マーガレットだと? あれはもう処刑された。彼奴は何も言っていなかった。殆ど生気が抜けて生きた屍状態だった」
うそ! 魔力器が無くなって、そうなってしまったと言うこと?
「じゃぁ、騎士達は? 彼等とも会ったんだけど・・・・・」
彼等は、魔の森の中央に来て、魔女の屋敷を見たはずだ。何故なにも言わなかったのかしら。もしかしてレオンが何かした?
「騎士達は、森に迷ったと言っていた。君に会ったことは一言も言っていなかった。本当の事なのか? サラが嘘を言う理由もないが・・・・・しかし、魔の森で彼等と出会ったと言うことは、サラは一年前もこの様な危険な事を一人でしていたんだな。いけない子だ。さあ、私と一緒にマルス領へ帰ろう。私が送っていく」
レオンは魔女の家を知られたくなかったのだ。考えてみれば当たり前だった。魔女の家には知られたくない秘密もある。高価な魔道具がなくなれば、闇の収斂は難しくなるし、魔女の書庫には危険な精神操作魔法の本まであるのだ。私も読んでみたが、人の心を操作することは何となく嫌だと思って途中で読むのを辞めてしまった。
私は今まで何も考えないで行動していたことになる。レオンがいなければ、魔女の家は国に取り上げられたかも知れないのだ。
でも、マルス領にこのまま帰ればレオンとすれ違いになって仕舞わないかしら。困った。
「ゴードン、私が結婚したってどうして知ったの?」
「去年、君の領地へ行ったんだ。父上に会おうとしたんだが王都へ行っていて居ないと言うことだった。それでマンナに聞いたら君はハネムーンに出かけたと」
「お相手のことは聞いた?」
「いや、そのまま帰ってきたから・・・・・」
「そう・・・・・」
何故マンナは教えなかったのだろう。レオンが生きて居ると知れば、ゴードンは喜ぶはずなのに。今私がレオンの事を言っても良いのだろうか?
そうよ、ダンカンだって居るのよ。それを知らせなかったのなら、態と言わなかったんだわ。
「ゴードン、一緒に帰るけど、金竜は危険な魔獣では無いの。私を助けてくれたことだってあるわ。だから見逃してあげて」
「・・・・・分かった。さあ、帰るぞ」
私は金竜に結界を張ったままにして、森へ帰るように言った。金竜は寂しそうに森へ帰っていった。もう少ししたら結界を解いてやろう。
騎士がゴードンに数人同行して、私はゴードンの馬に一緒に乗せられ、しっかりと捕獲されてしまった。逃げるわけ無いじゃないの。
マルスの領主館に着いた。マルス領は何も変わっていない。穏やかな日常を送っていた。
マンナが驚いている。私はメイドに言いつけて、ゴードンを部屋に案内してもらい、その隙にマンナにコッソリ話を聞くことにした。
「お嬢様・・・いえ奥様。レオン様は帰って仕舞われましたよ。入れ違いになって仕舞いました。何があったのです?」
「ダンカンもつれていった?」
「ええ、お嬢様が是非連れてこいと仰ったのでしょう?」
「そうだった。でもそれで良かったのよ。マンナはゴードンにレオン達の事を口止めされていたんでしょう?」
「そうです。レオン様は以前仰いました。ここに王族が居るとなれば、マルス領におかしな嫌疑が掛かると」
「情勢が変わったの。ヤーガイはもう大丈夫になったと思うのだけれど。帰ってきてレオンは何か言っていなかった?」
「はい、旦那様に口止めをされておりました。このまま死んだことにしておきたいと。生きていると知れればヤーガイに帰らなければならなくなり自由が利かなくなると仰っておりました」
「お父様は? 今はどこへ?」
「奥様とお嬢様を連れて王都へ行かれました。ダンカン様がいなくなったので・・・・・」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
直ぐにゴードンは帰ると思っていたが、なかなか帰らない。国のトップがこんなに長く留守にしても良いのだろうか?
私が執務室でしなくても良い作業をしていると、何時も入ってきて長く居座っている。仕方がないので一緒にお茶をすることになるのだ。
「ゴードン、王様がいなくなってヤーガイは困らない?」
「大丈夫だ。数ヶ月留守にしても、側近が何とかしているだろう。それより君の御夫君はいつ帰って来るのだ? 私は挨拶がしたいのだが」
数ヶ月も此処に居ると言うの! 困った、困って仕舞う。
「あ、挨拶がしたかったの? えーと、その、まだまだ帰れないと思うわ。すっごく忙しい人なの。だから挨拶なんか気にしなくて良いのよ」
「・・・・・サラ、もしかして君は、御夫君に見向きもされていないのではないのか? そんな非道な男と結婚してしまったのか?」
「そんなこと無いわ。すっごく愛し合って結婚したのよ。ゴードンは心配しなくて大丈夫」
「・・・・・君の事を助けると約束した。覚えているか? もし、酷い男なら私が何とかしてやれる。正直に言いたまえ!」
「誰が非道な男だって?」「「!!!」」
振り向くと、ダンカンを連れたレオンがいた。転移してきたのね。
「レオパルド! 生きていたのか。ダンカンまで! 何故ここに? そうか、分かったぞ。マルス領に捕らわれていたのか! いくら探しても見付からないはずだ。サラ、貴様はこんな事をして、私に恨みでもあるのか!」
「辞めてくれ、ゴードン。僕の妻に酷いことは言わないで欲しい」
レオンは私を小脇に抱き寄せてゴードンと対峙した。
「・・・・・! 妻? だと・・・!」
「僕らは二年前に正式な夫婦となった。それから魔の森でサラはずっとヤーガイの為に闇の収斂をしていたんだ。そのお陰でヤーガイは持ち直したんだよ。サラには足を向けて寝られないんだ。ゴードン」
「サラは、闇の使い手だったのか。何故私に隠して居た?」
「サラには、人に言えない秘密がある。そして魔の森にもな。だからこのまま僕達を見逃して欲しい。そうすればこれからずっと、魔の森の瘴気はヤーガイから一掃してあげられる」
「・・・・・分かった。だが、ダンカンは連れて行く。彼は次代の王になる。それが条件だ」
「僕、お城へは行きたくない。ずっとレオンと居たい。サラのママとも居たい。お願いここに居ても良いでしょ」
ゴードンは何も言えなくなってしまった。
「ゴードンが王様なんだから、ゴードンが妻を娶って子どもを作ればいいじゃ無いか。呪いが心配なら、僕が取ってあげられる」
「ダメよ!あんな魔法ではゴードンが・・・・・」
「選ぶのはゴードンだ。自分の子どもに呪いを残すか、魔法を諦めるか」
レオンはマーガレットになにをしたかゴードンに話して聞かせた。そして闇の精神操作で騎士達にしたことまで打ち明けた。
「魔法が使えなくなるのは痛手だ。私は子どもは作らない。そうなれば次代は貴族達から選ぶことになる。だが、国民は納得しないだろう。魔王は国の象徴になりつつあるのだ」
ゴードンの言うことはもっともだ。イースラン領を見てハッキリ分った。
「レオンも、ゴードンも、呪いとは思わなくていいじゃ無い。素晴らしい力を持って生れたのよ。超人になれたのよ、貴方たちは。魔女の呪いはそんなに酷いとは思えない。もっと前向きに考えましょうよ」
「サラ、君には分からない。この見た目でどんなに苦しんだか。君は私を好きだと言ってくれたが、そう言う人は稀なのだ・・・・・だから」
「そうだ、サラは特別なんだ。今更返せと言われても困るからな、ゴードン」
「・・・・・そんなことはしない。私を見くびるな」
「ゴードン、少しだけ待って貰えないか。もう少しで呪いを完全に取ることが出来そうなんだ。そうなれば子どもに呪いを残さず、魔法も使えるままに出来る。だけど、僕達の見た目はどうすることも出来ないだろうが」
見た目が変わって仕舞うのは寂しい。ダンカンがふつうの子どもになって仕舞うのはチョット・・・・・。
「待つことは出来ない。ダンカンの教育がある。ダンカン、以前のお城とは変わったんだ。お前のことは私が面倒見る。どうか叔父のところに帰ってきて貰えまいか。そうすればレオンだって自由にお城へ来られるようになるぞ。サラも父上も罰を受けることはなくなるんだ。このままではマルス領だけでなく、この国と戦争になるかも知れぬのだぞ。ダンカンがお城に戻れば、それは無かったことにしてあげる」
「本当? レオンもサラも叱られないの? 罰せられないの?」
「そうだ、ダンカンさえお城に来れば誰も罰しない。僕達は家族だ。一緒に居よう」
ゴードンは卑怯だと思う。レオンや私を餌にするなんて! 脅しまで掛けて。王様になると変わって仕舞うのだろうか。
私達はそのまま、連行されるようにヤーガイのお城に連れて行かれた。