13 魔女の家
魔女の家は快適だった。百年経った保存食も気にせず食べてみる。大丈夫だ。やはり時間経過遅延みたいな魔法が掛かっているようだ。
水も問題なく出るし、魔道具になっているのか湯まで出る。二階の一番小さなスイートを自分用に確保して、そこに寝泊まりして一週間になる。自分が持ってきた食糧は帰りの分として取っておく。
ここに来た次の日、森との境目に、あのトカゲが、来ていた。こちらをじっと見て何かを置いてまた森へ入って行った。暫く待ってから、何を置いていったのか見て見ると、魔獣が置いてあった。まだ生きているが、虫の息だった。私はそれにとどめを刺し、魔力を吸収した。三メートルほどのサルだった。結構な魔力が吸収出来た。
「お礼は要らないって言ったのに。でも、助かったわ、ありがとう」
死骸を収納しようとして、ふと考えた。もしかしてこれはトカゲの食糧だった?
そうかも知れないと考え、死骸はそのままにしておくと次の日、死骸は無くなっていた。代わりにまた同じサルが虫の息で横たわっている。同じようにして置くとまた次の日も持ってくる。
若しかするとあのトカゲは魔女とも知り合いだった? 魔女のレベル上げに関与していたのなら、この事も納得できる。私のレベルも、もう直ぐカンスト出来そうだもの。あのトカゲは、もしかして本当は竜なのかも。竜は寿命が長そうだ。百年以上は生きるだろう。
そんなことをしている内に大魔法が出来る様になった。レベルが最高値に達したのだ。
「さあ、やってみましょう。一週間我慢できるかが問題だ。食事やトイレの時間は取れることは分かっている。眠ることは出来るだろうか。多分出来るはずだ。魔法を維持すれば良いのだから、結界と同じだと考えよう」
地階へ降りあの小部屋で大魔法をしよう。
台座の枝に残っているのは五センチの魔宝石だ。台座に手を添えて「闇の収斂」と唱えると、台座に霧が集まってきてどんどん吸い込まれていく。
「これが本来の闇の収斂だったようね。これから一週間この魔法を維持出来れば、それで一旦マルス領へ帰ろう。父もマンナも心配しているだろう」
魔法は維持出来ている。自由に動き回れるようだが、魔力は持つだろうか?
食事をしながら外を見るとまた竜が獲物を持ってきていた。
――そうか、このために竜は魔女に協力していたのだ。
私は急いで、竜の所へ行き、持ってきた獲物の魔力を吸収した。今回竜は大きな魔力を持っている違う獲物を持ってきていた。鳥に似た人型の魔物だった。大きさは二メートルと、今までの魔獣より小さいが、魔力は桁違いに大きかった。素早くとどめを刺して魔力を吸収する私を竜はじっと見ていた。そして死骸を咥えて森へ帰っていった。
竜は何時もこうやって魔女に協力していたのだろう。竜は毎日獲物を持ってきてくれた。そのお陰で、私は魔法を七日維持出来たのだ。
色とりどりの魔宝石は五センチほどの大きさの物が二十個程枝にぶら下がっていて、大きめな魔宝石は枝から落ちてしまっている。私は落ちた魔宝石を拾って、森を出ることにした。
森に差し掛かると竜が待っていた。
「何? 何か欲しいものが・・・・・」
突然魔女の記憶がよみがえった。竜に魔宝石を与えている記憶だ。
「そうか、貴方の命の元がこれなの?」
竜に魔宝石を三個与えると、美味しそうにボリボリと食べている。小さなトカゲも一緒に食べていた。食べ終わると竜は金色に輝きだした。これが本来の竜の姿だったのだろう。竜は私にありがとうというようにペロリと人舐めして森の奥へ帰っていった。闇の収斂は一年に一度だけのイベントだが、もっと頻繁に収斂すれば、ヤーガイ国は元に早く戻れるはずだ。来年またここに来る時は、長く籠もれるように準備してこよう。父も説得しなければダメだろう。
そしてまた闇の収斂をして、竜に魔宝石を食べさせてあげよう。
収納には五センチ超えの魔宝石がまだ二個残っている。レオンに見せたら驚くだろうか。
「このまま、マルスへ帰っても叱られるだけだ。また外へ出して貰えなくなるわね。だったら、南の王都を見てから帰ろう」
結界を張って、魔の森を駆け足で走り抜ける。木の根が張っているところは空歩を使い、南を目指した。
木々が疎らなところでは立ち止まり、太陽の位置を確認して、南へ軌道修正しながら走る。レオンが教えてくれた森での歩き方だった。二十日ほどすると大きな屋敷が建ち並ぶ廃墟に辿り着いた。
「ここは旧王都ね。レオンがいるかも知れない」
蔦に絡まれた建物が建ち並び崩れ落ちた物もある。石で堅牢に作られている物は、まだ健在だった。王宮がある辺りは、大概残っている。貴族街だったのだろう。大きな屋敷が続く辺りを隈なく探し回った。
「やはり、居るとしたら、王宮ね」
王宮の巨大なホールへ入っていくと、人の気配かあった。
「レオン!居るの? サラよ、来たのよ」
大きな声で叫ぶと一室から人が何人か飛び出してきた。騎士達だ。
「貴様は何者だ!何故ここに来た。立ち入り禁止区域だぞ」
「貴様、どこの間者だ」
私を見て間者だなんて、失礼しちゃうわ。
「レオパルド王子の知り合いです。いますか? サラが来たと伝えてくれれば、誤解が解けます」
「王子と知り合いだと? 何を馬鹿なことを! 引っ捕らえて慰み者にしてやれ。男でも楽しめるさ」
「丁度良い憂さ晴らしになるな。可愛い顔してやがる」
私の周りには薄い結界が張ってある。騎士などの剣で打ち破れるはずもない。こいつら男でも女でも構わないなんて! 変体!
だがこの騎士達は魔法が使えるようだ。私が結界を張っていると分るや否や、次々と土の槍や、火の玉、氷の槍で攻撃してきた。
魔力を込めて結界を黒く強くした。
「こいつ! 闇の使い手だ! 思いがけない拾いものだ。どうしても生きて捕らえよ。マーガレット様の土産になる」
その言葉を聞いて私は、不味い人達と出くわしたことに漸く気が付いた。
仕方がない、火魔法を放ち、目くらましにして素早く影渡りと空歩でその場から立ち去った。
王宮の二階の一室に逃げ込み、激しく鼓動する心臓を必死に宥めた。
――流石魔法の国ヤーガイ王国。騎士が殆ど魔法が使えるなんて。でも、レベルは私より低かった。私の初級の火魔法でやられるなんて、鍛錬が足りないんじゃぁ無いの?
影に隠れて彼等を見ていた。火魔法で騎士達は戦力が半減していた。殆ど動けなくなってしまい、応急手当で何とか生きている様子だった。
二階まで逃げてきたので、一階ホールの騎士達の様子が丸わかりだ。
「クソッ、どこに逃げた! 相当な使い手だ。なんとしても見付けろ。役立たずの代わりだ」
騎士の中でも筆頭なのだろう。怪我人を追い立て、可哀想に、やっと起き上がれているのに蹴りを入れられていた。
――何て乱暴なの。あんなのが騎士だなんて!
でも、今気になる言葉を言っていた。「役立たずの代わり?」誰の事かしら。誰か捕らえられているのかも。
捕らえられていると言うことは地下牢にいるに決まっている。でもこのお城の地下牢はどこにある? 余りにも古く大きなお城だ。彼等は何故ここに居たのか。城の見張りにしては、王宮の豪華な一室に固まっていたのだ。
コッソリその部屋を見まわしてみたが、誰かが捕らえられていた形跡は見えない。
そろそろと一階に降り、地下に続く階段を探して廻った。しかし、なかなか見付からず諦めて王宮を出て、高い塔がある場所まで来てみた。
「地下牢でなければ、この塔が怪しいんだけど」
塔の窓はぽっかりと空いている。レオンなら飛んで入れそうな塔だ。ここに誰かが捕らえられているかも知れない。入り口は厳重に閉じられている。
ゆっくり空歩で上を目指した。途中で落ちそうになり慌てて開いた窓に掴まる。もっとレベルを上げなければ、レオンみたいには使えない。
窓から中に入り、塔の壁に付けられて居る石段を使って上へ上がっていく。途中の部屋を覗きながら、誰も居ないのにがっかりして、また上を目指していった。もう直ぐ最上階、と言うところに来て漸く人が囚われている部屋に辿り着いた。ドアは、厚い木で出来て補強までされている。だが、かんぬきで止められているだけだ。外からは簡単に開けられる。
かんぬきを外し、ドアを開けると、中に男の人が寝そべっていた。
「何度来ても承諾はせぬぞ。帰れ」
「ゴードン!」
寝そべっていたゴードンは私を見て怪訝な顔をした。
「お主は誰だ?」
「嫌だ、元婚約者を忘れてしまった? 私よ、サラよ!」
「私をおちょくっているのか。男だろうお前は?」
ああ、ゴードンと別れてから私は十センチ以上背が伸びた。この数ヶ月でもっと伸びたかも知れない。男の格好をしているのだもの、そう見えるのは仕方がない、そうでしょう?
「サラディアーヌです! 大きくなって分からなくなった?」
「!・・・サラか。本当に大きくなったな」
「ねぇ、王様が何故ここに囚われているの?」
「私は王になどなった覚えはない! 彼奴等が画策していただけだ。然も子どもを囮にして私を騙して連れ出したんだ。マーガレットは私の子だと言うが、本当かどうか、今では確信が持てない」
チョットショック。確信が持てないと言うけど、そういう事実はあったんだよね。少し幻滅した。
「兎に角ここを抜け出しましょう。でも魔法が使えるのに何故大人しくここに居たの」
「魔法は使えない。この首輪が見えるか? これに奴隷紋が刻まれている。私は今では隷属されている。魔法を使うなと言う命令が刻まれているらしい。ツェッペリン公爵の差し金だろう。ふつうの隷属魔法は私には効かない。だから首輪を嵌めたのだろう。クソッ油断していたんだ、私は」
「マーガレットは助けてくれなかったの?」
「さあな。私に王になれとしきりに言ってはいたがな。王の名乗りを上げさせて、謀反の罪を着せるつもりなのか」
何て言うことを。酷いことをするのねマーガレットは。愛していたのではなかったの?
「私が外してあげられる? どうすれば外せるの?」
「君には無理だ、闇の魔法『隷属解除』が使えなければこれは外せない」
闇の魔法は使えるけれど、隷属解除は知らなかった。闇は本当に暗い使い方が多い属性なんだ。隷属だなんて、あ、若しかする魔宝石で何とかなるかも。空間収納だってレベルアップできたんだもの。
隠しに入れていた小さな魔宝石を出して首輪に当てて魔力を流してみる。すると、魔宝石が光リ首輪から魔力を吸い出し始めた。だけど残念ながら、使い方が頭に入ってくることはなかった。そりゃそうだよね、簡単にはいかない。ダメか。
「な、なにをした!」
「何とかなると思ったけどダメだったみたい。ごめんね」
「いや、今、隷属主が君に変わった」
「え? ええーーえーーっ! ゴードンのご主人様になったの? 私が?」
「そうだ。さあ、命令してくれ。魔法を使えと」
「そ、そうね魔法を使っても良いよ。ゴードン!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゴードンはしげしげと魔宝石を眺めて、高価な物だと言った。これを持っていればゴードンの隷属主になれてしまうらしい。私はゴードンに魔宝石を渡してあげた。
「これで、貴方は自由になれるんでしょ」
「ああ、済まない。君を助ける約束が、逆に助けられたな」
「良いの。私ゴードンの役に立てて嬉しい」
隷属の首輪は外せていないけど、問題は無くなった。二人で塔を抜け出し旧王都からも離れることが出来た。これからゴードンは王都へ戻ってマーガレットとその一派を排除するらしい。一人で大丈夫だろうか。
「そう言えばレオンはどこに居るの?」
「レオン? レオンは君と婚約したのではないのか? 私はここに来てから外の事は全く知らされていない。直ぐに隷属され、蚊帳の外に置かれてしまったのでな」
だが、魔法が使え無くされただけで、他の命令には抵抗できたと言った。闇の使い手がレベルが低いせいでそれ以上は無理強いできなかったようだ。
「レオンとは婚約を解消しました。彼は王都へ帰って国の役に経つために魔の森でレベルを上げるって手紙があったの。だから、あの場所にいると考えたんだけど・・・・・」
「そうか。若しかすると、森で魔獣を倒しているかも知れぬ。だが、魔の森は広い。探すことは無理だろう。君はマルス領へ帰りなさい。私が何とかしよう」
ゴードンは「私にも支持者はいるから心配するな」と言った。
王都に入り、ゴードンの屋敷に案内された。屋敷の皆は心配そうにゴードンを見ていた。まだ首に隷属の首輪があったせいだが、ゴードンの説明を聞いて安心したようだ。屋敷の物が急いで闇の使い手を探しますと言っている。
魔法使いが見付かればゴードンは首輪を外すことが出来るだろう。
私はゴードンから馬をもらい、それに乗ってマルス領を目指した。