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12 魔の森

 置き手紙はちゃんと置いてきたし、準備も整った。

 夜、影渡りで堂々と屋敷の正面から私は抜け出した。厩に行って馬を引き、そこから馬で国境まで一気に走り抜ける。

 誰も、こんな夜中に人が国境を越えるとは考えないようだ。夜には魔獣が活動的になる。馬と自分には薄く結界を張ってあるから大丈夫。結界を通り抜けるような強い魔獣など、ここいらにはいない。

 国境を越えれば隣領イースラン領だ。前回の遠征ではイースランの領都へは、入らなかった。今回は行って見よう。私の事など誰も知られていないから冒険者を装えば何とかなるのではないかしら。何度か野営をしてやっと領都へ着いた。

 私は男性に扮している。十四歳になって、背丈は百六十五センチに急成長していたし、胸は相変わらずなので、十分男の子で通るはず。

「馬も預かってくれる宿はどこにある?」

 冒険者組合へ行って組合員になり、そこの受付嬢に聞いて見ると、

「この冒険者組合に併設されている宿なら、馬も預かりますよ。ここの冒険者は馬を持っている方が多いんです。君は何処から来たの?」

「・・・・・隣の領だ。じゃぁここに泊る。個室にしてくれ」

「まぁ、お金は持っているの? 個室は高いわよ坊や」

 ムッとして金貨を見せると、受付嬢は驚いて直ぐに個室へ案内してくれた。

 取り敢えず三日泊まることにして、ここの冒険者の動向を探ってみる。

 冒険者達は殆ど魔の森へ行くようだ。魔の森に生息している魔獣を狩ることは、国で奨励されているのだという。

 宿はそんなに高くはないが食糧はマルス領の三倍の値段だった。然も品質も悪く料理は不味い。贅沢は言っていられないので何とか食べたが、この国の食糧事情は深刻だ。こんなに土地が広いのに、安全な食糧が手に入りにくい。殆どが輸入に頼っているようだった。

「これでは食糧を仕入れるのは辞めた方が良さそうね。こんなものが高い値段で取引されているんだもの」

 手に持ったリンゴはしなびて、少し腐っている。直ぐに八百屋の親父に買わないと言って返した。

 ヤーガイ国は魔法が発達しているので、冒険者にも魔法を使える人が多いと思っていたが、どうやら違ったようだ。魔法を使える平民は殆ど国や領地の兵士になるようだ。優遇されて、賃金も多く貰えるのだという。

 魔法は冒険者の方が必要ではないのか? 凶暴な魔獣が一杯いるのだもの。だが、ここでは魔獣の素材は余り高く買取ってくれないそうだ。珍しい魔獣は確かに高いが、そう言う魔獣は森の奥へ入っていかなければ、狩る事が出来ない。命がいくつあっても足りない。と言われた。

 殆どの冒険者が森の外縁の辺りで魔獣を狩って居るようだ。

 ――でも、平民にも魔法を使える人が居ると言う事よね、ここの土地のせいかしら。魔法が発現しやすいのは。

「折角魔法が使えるのに、冒険者になるの? 勿体ないわよ坊や」

 受付嬢と仲良くなって色々聞くことが出来た。私は剣術と初級の火魔法が使えると申告していた。彼女は国の兵士になれとしきりに勧めている。

「特に今は魔法が使える人は優遇されているそうよ。騎士の従士になって、出世も出来るという話だわ」

 たぶん、他国を牽制するために魔法使いを集めているのではないだろうか。国の方針が百八十度変わって仕舞うのだ。

 私は三日過ぎたので宿を出て、森へ行ってみることにした。レオンの消息はハッキリしない。この国の王子が森へ入るとなれば、話題になっていると思ったが、違うようだ。

「レオンは一体どこに居るの? もう森へ入ったのかしら」

 王都の近くから森へ入ったとすれば、森の中で出会うことは、万に一つも無いだろう。この森は余りにも広いのだ。

 森へは馬で一日の距離だ。昼頃街を出て、中間地点で野営し、朝早くに出発して昼には森に着いた。

 冒険者が所々にいたので、森の外縁に沿って南に向かって馬で駆けて森を観察していく。

 冒険者がいない地点から森の中へ入っていった。馬で行けるところまで中へ入り、途中で馬から下りて馬を自由にした。馬は多分危険なこの森から出ていくだろう。マルス領まで帰ってくれれば良いけど。

「ありがとうね。お前は自由よ。鞍を外してあげる」

 外した鞍は収納へ納めて、私は森の奥へと入って行った。在る地点まで行くと、あのデストレントという木が行く手を阻んでいる。

「この木は森をグルリと囲っているようね。これ以上奥には行かせないようにしているのかしら。それとも、ここから人の住む場所を侵食しているかの、どっちなのか」

 どうせ勝手に火は消えるのだ。私は遠慮無くトレントを焼き尽くした。私の周りの木は殆ど燃え尽くしていく。薄く結界を張っているから私には影響はない。結界の強度は目を見張るほど強くなった。濃くしてしまえば前が見え辛くなるため薄くしていたが、強度は変わらないようだった。

 私にトレントの魔力が流れ込んでくる。魔力は結界をも通り抜けるようだ。魔の霧に似ている。

 かなり倒したはずなのに魔力はまだ一杯にならない。トレントの魔力では最早追いつかないくらいに受け皿が大きくなったのだろう。

 燃え尽きたトレントの根元から勢いよく霧状の水のようなものが吹き上がり、火は自然に鎮火していく。やはり森は自分で消火できるようだ。

 トレントの領域を抜け、木々がまばらに生えている場所まで来た。

「前回はここで引き返したんだった。レオンを見付けるのは無理ね。森は広すぎる。私は私のやることをやるだけだわ」

 魔力を吸収して、闇の収斂のレベルを上げる。そしてこの森の中心まで行って見る。多分中心には魔女が住んでいた屋敷があったはず。もう残ってはいないだろうが、あそこに拠点を作れるだろう。

 火事があったせいか魔獣は近くにはいない。疎らな木々の森を奥へ奥へと進み夜になった。

 薪を拾い、火を燃やす。だが直ぐに火は森によって消されてしまった。

「困った。安易に考えすぎ。私はいっつもこうなんだから。野営が出来ない、どうしよう」

 時空間魔法で異空間を作れないか、試してみよう。空間魔法は想像力がものを言うのよ。絶対出来るはず。想像してみる。ここではない空間。私が安心して眠れる場所。ふと、レオンに抱きかかえられて眠った記憶がよぎった。

「よく漫画であるような空間はどうやって作れば良いの?」

 何度考えても無理だった。仕方がないので大きな木の洞を見付け、今夜はここで眠ることにする。

「寝ている間に魔獣に食われたら、それで終わりね。食いたければ食えば良いんだわ」

 強がりを言いながら木の洞に入って、取り敢えず結界を張っておく。意識がなくなれば結界も消えて仕舞うだろうが、気休めだ。

「朝になるまで持って欲しい」

 願いを込めて、眠りについた。朝になって目覚めても、結界は残っていた。

「ビックリだよ。でもこれで野営も楽になった」

 朝食として、パンと作って置いたスープ。そして持ってきた果物を食べた。

 宿で食べた食事よりも断然美味しかった。さあ、今日も頑張って森の奥を目指そう。途中の魔獣は魔力の糧にしてやる!

 一日中歩いて、夕方になりやっと魔獣に出くわした。

「やっと現れた!」

 私は嬉々として魔獣を狩った。影渡りで魔獣を翻弄し、堅い皮膚を少しずつ切りつけて、動きが鈍ったところへとどめを刺したのだ。大きい魔獣だった。

 黒と緑のまだら模様で、毛足が長いアリクイに似た魔獣だった。五メートル以上はある大物だ。前足の爪には猛毒がしたたっている。丁寧に処理をして毒を回収しておく。魔獣はそのまま収納に入れて置いた。皮を剥ぐことまでは出来ないのだ。こんな時、ゴンやマツがいれば助かったのに。

「でも、容量を気にしなくて良いのだから。倒したら総て収納してしまえば良いか」

 森の奥へ進み、魔獣を倒し野営をして十日経った頃、魔力が固まりだした。

 私は急いで結界を張ってそして、闇の収斂を発現した。

 前回よりは長く持ちこたえた。一時間ほどして気を失いそうになる。

「お願い結界、何とか持って!」

 そう言って気を失ってしまった。目が覚めると、私の周りにはまだ結界があった。良かった。結界は消すまで維持出来るようになったんだ。

「また魔宝石が出来ている」

 私の手には直径二センチほどの宝石があった。この大きな魔宝石は、一体いくらくらいになるかしら。この調子で闇の収斂をすれば、私は凄いお金持ちになれそうだ。

 魔女の記憶にこんな小さな魔宝石は無かったような気がする。闇の収斂はまだまだレベルが足りないという事か? 魔女がやっていた闇の収斂は、森中を一週間掛けてやっていた。何かもっと大きなものに集まっていた記憶がある。

「魔女の屋敷が残っていれば分かるかも知れない。どうかボロボロでも良いから残っていますように」

 魔宝石は収納には入れずにコートの隠しに入れて置いた。収納に入れてしまえば勝手に吸収されるかも知れないからだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 森に入って一ヶ月が過ぎた。

「まだ森の中心に着かないの?」

 大きな国の九割を占める森だ。当たり前かも知れない。然も歩きながら、魔獣を倒しながらの旅だ。時間が掛かるのは仕方ないだろうが。これ以上時間が掛かれば、帰りの食料が持たなくなる。あと半月、それでダメなら一旦出直しと言うことになりそうだ。

 魔宝石は、五個になった。段々大きくなっている。今出来たての魔宝石の大きさは、三センチ越えになっていた。

 仕舞っておくポケットが一杯になってしまったので、仕方なく収納に入れて置いたが、吸収はされていない。大丈夫そうだ。

 後もう少しで、闇の収斂はレベルがカンストしそうだった。時間が無ければ、中心まで行かずに、一度闇の収斂の大魔法をやってみても良いかもしれない。そうすれば、魔の森の瘴気、魔の霧は少しは減るのではないか?

 木々がまた密集し始めた。歩くのが難しくなって空歩をしながら、滑るように進む。空歩もすこしだけレベルを上げた方が良いかもしれない。レオンと同じく空を飛べれば良いのだが、私には翼もないし、レオンと違って空間魔法に親和性もない。無理かも知れない。

 そうだ、おじいちゃん先生との約束を違えることになるが、レオンに今度会えたら時空間収納を教えてあげよう。レオンに会えるだろうか? このまま一生会えないなって事は無いわよね。

 今レオンに会えたら少し困るかも。お風呂にずっと入っていないから、かなり臭くなっている。クンクンと自分の臭いを嗅いでみる。自分ではよく分からないが、多分臭いだろう。

 馬鹿なことをやっているなと一人でクスクス笑っていたら、フッと魔獣の気配が感じられた。

「!・・・これが気配察知だろうか? 私にも気配が分かるようになった?」

 影に隠れて、どんな魔獣かを伺ってみる。これも巨体だった。密集している木の間に挟まるようにしてうずくまっている。小山のようだ。

 ――竜に似ている。

 緑色の身体に金のしまが所々にあって案外綺麗だ。翼がないところを見ると飛べない種だろう。大きなトカゲ、竜ではなかった? 七メートルはありそうだ。尻尾を身体に巻き付けているから、尻尾を入れればもっと大きいかも。

「これは魔力も大きそうだ」

 早速、影渡りをして、剣を構え、弱点はどこだろうと見て回る。

 前方に廻って、竜と目が合った。竜は影に入っている私が分かっているようだ。途端に私は焦り始めた。今までこんな事は無かった。見付かってしまうなんて、このトカゲには何かの技能があるのだろう。

 そろそろと後ずさっていくが、竜は動かないで目だけで私を追っている。そして、「キュルルルルッ」と啼いた。

 ――可愛い鳴き声に惑わされるな。動かない魔獣ほどやっかいなんだ。

 以前ゴンが教えてくれた格言だ。ここは退避した方が良さそうだ。

 振り返って逃げだそうとしたら、見えてしまった。足下に小さなトカゲをかばっている。母親なのか? 小さなトカゲは、母親トカゲに寄り添っているが、母親トカゲの首や身体に深い傷があり、そこからかなりの出血が見られた。

 母親はじっと私を見て、また「キュルルルルッ」と啼く。まるで助けてと言っているようだった。

「助けてあげた後に、私に襲いかかるんでしょ!」

 トカゲは悲しそうな目で私を見ている。そんな目で見ないでよ。魔獣でしょう。凶暴な魔獣なんでしょう?

「分かったわよ!助けてあげるわ。でも、恩を仇で返したりしたら、呪ってやるから。私の呪いは怖いんだからね!」

「エクストラヒール」これが精一杯よ。効かなくても、これ以上は無理なんだから。

 だが、流石魔獣だ。あっという間に傷が塞がり始めた。だがトカゲはそこから動かずにじっとしていた。

「じゃあ、さようなら。助けて上げたわよ。お礼は要らないわ」

 トカゲから離れ、また森の奥を目指して行くと、突然、広く明るい空が開け、高い木が無い、低木と草原の空間へ出た。

 その中心に、半径一キロはありそうな湖があり、その真ん中の小島に大きな屋敷が建っていた。屋敷まで行ける様に大きな橋が架かって居る。橋を渡って屋敷まで来た。湖と言うよりは城に廻らしたお堀なのだろうか。

「魔女の屋敷。残っていたんだ」

 屋敷の周りを回って様子を見てみるが、きちんと建っている。壊れた箇所が少しだけ在るが、殆ど昔と変わらない。

「百年以上経っているのに? 何か保存の魔法でも掛かっているのかしら」

 屋敷の周りは畑があったようだが、今は草がぼうぼうだ。魔獣は寄りつかないようだ。これも何かの魔法がかかって居るのだろうか?

「中に入ってみるか」

 ドキドキしながら、玄関のドアを開けようとしたが開かない。当然ね。鍵は掛かっているらしい。

「掃き出し窓があった。そこの窓を壊せば入れそう」

 庭に降りれるようにバルコニーになっている掃き出し窓に手を掛けると簡単に開いてしまった。玄関だけ鍵が掛けてあるの?不用心でしょう。

 そう考えてから自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。一体誰がこの森の奥に来るというのか。泥棒だって敬遠するだろう。

 中に入るとそこは応接間の造りだった。長椅子があり、向かい合ったところには一人用の椅子が二脚、ローテーブルを囲んで置いてあった。

 花瓶に差した花は枯れていたが、百年過ぎたとは思えない。一ヶ月くらいしか経って居ない雰囲気だった。

 薄らと埃が被っているが、それだけだ。後は綺麗なまま残っている。家中を廻ってみてみた。二階建ての家は、ひとつひとつが大きな部屋を取っていて、屋敷の大きさの割りには部屋数は少なかった。

 一階は書斎と書庫が一緒になった大きな部屋と応接間。食堂と調理室、その横にはドアがあり、使用人用の小屋に通じていた。

 後は舞踏室と音楽室。地下もあった。地下は半地下と地下の二層になっていて、保存食が大量に残っていた。ワイン樽も十樽、手つかずで残っている。

 半地下の一室に、魔女が魔法を使った部屋が見付かった。ドアを開けて中を見てみる。十畳くらいの狭い部屋だ。部屋の高い位置に明かり取りの窓がある。部屋の真ん中に台座があり、台座には枯れ枝が刺さっていて、枝に一つだけ魔宝石が残っていた。この枯れ枝に魔の霧を集めていたと分かった。

 この台座は、魔道具のようだ。この屋敷の中枢で、時間遅延もこの台座から送られた魔力によるものなのだろう。魔宝石は屋敷を維持するのに使われていたの? 記憶を探ってみると、魔宝石を魔女が売っている場面が見えた。

 記憶には穴だらけでハッキリ分らなかったが、収入源でもあったようだ。

 二階に上がってみたが、ここには寝室とリネン室があった。寝室は総てスイートになっていた。総てにバスルームが取り付けられている、贅沢な造りだった。

「取り敢えず水が出ればお風呂に入れる。久し振りにさっぱり出来るわ」





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