11 闇の収斂
「そっち行ったぞ、確実にやれ!」
「OK!」
「何だよ、置けって?」
「気にしないで。分かったって言うことだから」
デストレントのある区画の手前でも虫系の魔物は強いと聞いて、今日は無理をしないでここで狩りをしている。森を横に横にと進んで、虫退治だ。六匹は倒しただろうか。
今、五メートル越えの蜘蛛の魔獣を追い込んでいる。蜘蛛だから、ネバネバの糸をお尻から飛ばしたりして大変だけど、もう足は三本しか残っていないし、とどめを刺すのは時間の問題だ。ただ、虫系はなかなか死なないため注意が必要だった。大概の魔獣は首を落せば死ぬけど、虫はそれでもしぶとく生きているんだよね。
「火を使う!離れて!」
ゴホーーーーッという音と共に、火が蜘蛛に纏わり付く。蜘蛛は足と身体を縮め、動かなくなった。私は急いで蜘蛛の側へいって魔力を浴びることが出来た。
「ああー、固まってきた!『闇の結界』」
私の周りには濃い霧が立ちこめた。今までの結界とは違う。闇の霧が渦を巻き私を被って居る。
――この結界ならかなりの攻撃も防げそう。でも、まだ魔力が残っている。
「闇の収斂!」
闇の収斂を試した瞬間、自分の身体から魔力が急速に抜けていく。余りに抜けすぎて、身体が縮まっていく錯覚をする。私は気を失ってしまった。
気が付くと私は自分のテントに寝かされていた。いつの間にか、ここまで運ばれたようだ。随分長く気を失っていたことになる。
身体は大丈夫だ。意外にスッキリしている。側には心配そうな顔をしてレオンが付き添っていた。
「闇の収斂、出来ていた?」
「よく分からないんだ。だけど、周りから灰色の霧が結界の中に吸い込まれていた。君が真っ黒な結界を張ったままだったから、中で何が起きているのか分からなかったんだ。結界を解こうとしたけど弾かれて仕舞って・・・・・僕は・・・心配で堪らなかった」
レオンは私を抱き寄せてきつく目を閉じている。
「レオン。もう大丈夫よ。気分は凄く良いの。あれ?」
「どうした? どこか苦しいのか?」
自分の手の中に何か堅いものが握られている。掌を開いてみると、灰色とも虹色とも見えるビー玉くらいの球が握られていた。
「これって、もしかして魔の霧を収斂したもの?」
「そうなのか? 随分綺麗なものだな。まるで魔宝石みたいだ」
「魔宝石? 聞いたことないけど。それは何?」
「滅多に見られない珍しい宝石だ。赤や、青など色んな色がある。偶に魔獣が持っていることもあるが、殆どは地中深くの鉱石から、ごく僅かに見付かるだけなんだ。貴族の間では、結婚の誓いの指輪に使う事もある。滅多に取れないが、錬金術師はこれで魔道具を作るんだ。これくらいの大きさなら、大きな屋敷が買えるくらいだろう」
「ヘェ、凄いんだね。レオン、これ欲しいならやるよ。貴方の未来の奥様にプレゼントしてあげて」
「・・・・・それってどう言う意味で言っている?」
レオンは怖い顔で私に詰め寄った。私は、タジタジとなった。レオンも、父と同じで威圧のようなものが使えるのだろうか? 貴族や王族には、そんな技能が備わっているようだ。
「闇の収斂が完成したんだもの・・・・・これからは国を切り売りしなくても良くなるんだよ。まだレベルを上げないと完全には霧を収斂できないけど。私が何年かかってもやり遂げてみせる。レオンは、王族に戻れるよ。そうなれば私より、もっと相応しいお嫁さんが必要になるでしょ」
「君は、僕が王族に戻っても気にしないのか?」
まただ。もう、私に威圧を放つのは辞めて貰いたい!
「レオンは良い王様になれると思う。国民を助けたいと思っているんでしょう? レオンならヤーガイ王国を立ち直せる」
「分かった。君の気持ちは・・・・・」
威圧が急に解けて、身体からふーつと力が抜けた。
レオンはテントから出て行ってそれきり二度と私のテントには来なかった。
私達はもう領地へ帰らなければならない。ここに来てから一ヶ月経っていた。食糧がなくなってしまったのだ。
レオンはヤーガイの王宮へ帰ることにしたようだ。暫くはこのイースラン領に残り、イースラン領から南にある王宮へ帰るという。だから、私達とは別行動をする。私はレオンとここで別れてマルス領へ帰ることにした。
「レオン、これでさよならだね。頑張って良い王様になってね。私、今は帰るけど、またここへ来てレベルを上げながら、闇の収斂をしに来るから」
「君も元気で。さようなら」
マルス領へ帰り、婚約解消をしたことを手紙に書き王都にいる父へ送った。
「婚約をまた解消して、どうなさるおつもりですか?」
マンナはまだ私がゴードンに未練があると思っているようだ。確かにゴードンに未練はあるが、恋とは違う感情だと思う。憧れだ。『推し』とはそう言う物なのだ。
「レオンを王族に返してあげただけよ。聞けば、無理矢理マーガレットに連れて来られたようなんだもの。王子を誘拐までして自分の愛を貫く強かさには引くけどね」
凄い情熱だとは思うけど、そんなマーガレットは好きになれない。奥ゆかしい日本女性の私には理解できない。まあ、本当は奥ゆかしいとは違うでしょうけれど。只のヘタレか、意気地無しなだけ。それが本来の自分だった。
ゴードンが好きなら、あの時点でごねれば良かったのだ。マンナには立派だったと言われたが、私は立派なんかじゃない。ただ自分に勝てる自信が無かっただけだ。
サラに乗り移って、少し性格が明るくなったけれど、根っこは変わらないようだ。自分に対して自信がないし、強く主張しても後から自己嫌悪に陥ってしまうのだ。
「また、新しい婚約者を用意してくれるでしょ。国が」
今度ヤーガイへ魔獣退治に行くときは、一人で行ければ良いのだけど。無理だろうな。何か良い方法はないかしら。
程なくして、父が領地へ帰ってきた。
「まずは理由を聞かせて貰おう。何故婚約を解消した?」
「レオン・・・レオパルド王子は、無理矢理連れてこられたと分かったからです。王宮からは音沙汰無しで、不思議ですが。でもよく考えれば、王子をここの婿にするなんて可笑しいでしょ。だから、帰って貰いました」
「確かに変だとは思っていた。ヤーガイへ書面で問いただしたのだが、全く返事がないのだ。だから正式にはお前達は婚約はしていないことになる。だが、勿体ないことだ。王子は魔法を使えるのだろう?」
「ええ、使えました。でもお父様、魔法に拘らなくても良いのでは? この際誰でも良いからお相手を見付けてください。ダメなら暫くは一人でここを治めていきます」
「お前がそう言うのなら構わんが。まだ十三歳だ。ゆっくり探そう。王には話してある。国同士の取り決めがお前に負担を掛けたのではないかと気にしておられた。いっそのこと国内の男を探そうか?」
「その方がいいかも。でも暫くは探さないで。私、やることがあるの」
「やることとは何だ。危険な事は許さんぞ! マンナも愚痴をこぼしていた。私が居ない間、随分羽を伸ばしていたようだな。これからは大人しく屋敷にいなさい。分かったね」
「・・・・・」
これでは、一人で魔獣なんて倒しにいけない。マンナも目を光らせているし、父が居なくなってから、実行に移そう。
だけど、父は王都へ行く気配が全くなかった。
「リオーネルに任せているから、一年くらいならここでお前と過ごせる。問題が起これば王都へ帰るが、大丈夫だろう」
一年も! また不自由な生活が・・・・・。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は一年も魔獣を倒しに行けなくなりそうだ。父は領地に引きこもって、何やら忙しくしている。本当にゆっくりするために帰ってきたのだろうか?
以前も似たようなことがあった。王都で、奥方が画策していた暗殺計画を探っていたときだ。若しかすると、また似たような事が起きているのでは無いかしら。
私の毎日は剣術の稽古と、貴族女性としての礼儀作法の勉強だ。剣術指南は何時もの先生だが、礼儀作法は貴族の奥方が来てくれた。彼女は二十八歳で背が低くて可愛らしい人だ。数年前にご主人を亡くされ、私の教師としてやってきた方だ。
――この人、若しかしたらお父様の恋人ではないかしら?
偶に顔を赤くして執務室からでて来るのだ。私の新しいお母様になるかもね。父もまだまだ現役だろうし。
「サラさん、考え事は後でなさってください。手が疎かになっておりますよ」
礼儀作法の勉強なのに、何故刺繍をしなければならないのか? 不器用ではないけれど、小さく細い針と糸で一寸ずつしか進まない刺繍は退屈だ。ちっとも面白くないのだ。
「デリラさん、私刺繍は苦手だわ。飽きてしまう」
「まあ、サラさんは貴族の奥様になられるのですよ。刺繍は出来なければだめです。旦那様のハンカチや、小物にマルスの紋章を刺繍するのが奥方の大事な仕事になるのですよ」
「専用のお針子がいるのに、なぜ?」
「心を込めて旦那様の身近にある物に、刺繍することが大事なのです。女が外へ出て行くことはないでしょう? 戦いに出ていく殿方の無事を祈って刺繍する、それが始まりですね。さあ、手を動かしましょう」
「デリラさんは、もう一度結婚はしないの?」
「・・・・・私なんて、誰も必要としませんわ」
「そんなことは無いわ。お父様も独り身だし、丁度良いかもね」
「・・・・・まあ! 恥ずかしい。大人をからかわないで」
真っ赤になって仕舞った。初心な方なのだ。ロリコンの父とはお似合いなんだけどな。ついでにもう一人子どもを、出来れば男の子を産んでくれたら、私は自由になれるのに。
そんな日常を過ごして居たある日、父に書斎へ呼ばれた。
――若しかしたら、デリラさんとの結婚の事かしら? 私は大賛成よ。
「サラ、ゴードンのことは知っているな?」
「・・・・・ゴードン。私の婚約者だった方です。それが何か?」
「彼が、今、ヤーガイの王として名乗りを上げたと、影から報告があった」
「え! ゴードンが? レオパルドが王様の跡継ぎではなかった?」
レオンはどうなるの? 確かにゴードンも王族だから、資格はあるはず。おかしな事ではないけど、何となくゴードンはそんなことを望んでいるようには見えなかった。マーガレットの差し金?
「そうだが、レオパルド王子は表には出てこない。王様とゴードンが敵対している構図だな。ゴードンにはツェレッペン公爵が後押ししている。王にとって親族の離反は痛手になるだろう」
やはりマーガレットの公爵家が後ろ立てになっていた。彼女の望みは国のトップに君臨することだったの? ゴードンをその為に利用したのかしら。そんなに上に立ちたいのなら、自分が王になれば良かったのに。何となく嫌なやり方だ。自分は安全な影に隠れて、婚約者を表に出す。でも、貴族の女というのはこんなものなのかも知れない。ゴードンが納得しているのなら、私は気にすることでもないのだ。
「レオパルドは、どこに居るのかしら」
「王宮で軟禁されていたが、何故か魔の森にこれから、籠もるらしい」
「魔の森ですって! 一人ではないわよね。王子様には護衛が付くはずだもの。でも、昔から一人で行っていたって話していたし・・・・・」
「サラ、おかしな気は起こすなよ! お前がどうこうできる問題ではないのだ。ただ・・・・・そのレオパルドから知らせが来た」
父から手紙を渡された。
『サラ、君にとっては意外だろうがゴードンが王に名乗りを上げた。私の父は王ではなくなる。然もマーガレットにはゴードンとの間に十歳の子どもが既に居るらしい。その子が次代になるようだ。僕と弟のダンカンは継承権が下がる事になる。だけど僕はそれで良かったと思っている。彼なら国を立て直してくれるだろう。僕は影で支えることとなるだろう。君に教えて貰った闇の魔法はまだ、完成できていないが、きっとやり遂げてみせる。君に期待された王様にはなれなかったが、それでも僕は国の為に力に成ることが出来る。これからの僕は君に会うことは出来ないだろうが、君の幸せを祈っている。出来るならもう一度君に会いたかったが、国が混乱している。ヤーガイはまだ情勢が不安定だ。こちらには来ない方がいい。魔力を上げるのは当分控えた方がいいだろう。ヤーガイと君の国は、国交が途絶えることになるかも知れない。マーガレットは国の土地を他国へ差し出すのを強硬に反対していた一派だった。ヤーガイはこれから、なくした土地を取り戻す方策に転じるはずだ。国としては悪手な政策だと思うが、僕にはどうすることも出来ない。兎に角これだけは言わせてくれ。君と一緒に居た時間は僕にとって宝物だった。ありがとう、サラ』
レオンは魔の森の霧を収斂するつもりだ。闇の収斂の方法が分かったと、マーガレットやゴードンに話したのかしら。だから、国土を取り戻す政策に移行したのか? でも、彼に出来るだろうか?
魔法の属性とはやっかいなものだ。親和性が無ければなかなかレベルが上がらない。私の光はこれ以上は無理だと思う。属性は増やせても、親和性がレベル上げのネックになるのではないのか?
私なら闇に親和性がある。闇の収斂はレベルが低いがもう出来るのだ。私ならあの森を復活させられる。そして私にはそれをしなければならない義務があるのだ。
私は書斎を出て、これからの計画を練った。父には知らせても分かって貰えないだろう。ここからそっと出て行かなくてはならない。
ゴードンやマーガレットが国を閉鎖してしまう前にヤーガイへ入りたい。直ぐ隣だから簡単に入る事が出来るだろうが、この屋敷から出て行くのが一番難しい。それに食料はどうすれば良い? 一旦森へ入れば食糧の調達が大変だ。レオンは領地から調達すれば何とかなるだろうが、私の場合他国の人間だ。以前のようには行かないだろう。 魔法鞄は時間が止らないのだ。日持ちのする食糧を持っていったとしてもせいぜい二週間くらいか?
これはよく計画を練って準備していかないとダメだ。
「レオン、貴方それで本当に良いの?」
レオンの手紙を読み返しながら、これからどうやって屋敷を抜け出そうかと考えていた。レオンにくれてやるつもりだった魔宝石は、時空間収納に入れっぱなしだ。私の収納は、魔宝石と毒消ししか入っていない。全く使えない収納だ。
時空間収納を発現して、小さな入り口を見ながら『もっと大きければ使えるのに』と考えていた。
収納が出来たときは凄く喜んだけれど、レベルを上げていなかった。これが使えれば、問題の半分は片づくのだ。「もっと大きくなって欲しい」
大声で叫んだ途端、拳大だった入り口が一メートルほどの大きさになった。
「なんで? いつレベルが上がった?」
時空間収納の中身が頭の中に表示され、毒消しだけしか入っていない。魔宝石が無くなっている!
「魔宝石の力? それで成長したと言うこと?」
そう言えば、レオンは、魔宝石は錬金術師が使うと言っていた。魔宝石は魔法の力を増幅させるのだろうか?
「ダメだわ。考えてもよく分からない。錬金の知識なんてないもの。レオンがいれば、何か教えてくれるでしょうけど」
でも、問題の半分は解決した。食糧はふんだんに持って行ける。着替えだってテントだって何だって持って行けるのだ。
私は、ゴンとマツを連れて、森に獣を狩りに行った。彼等には狩った獣を捌いて貰う。毛皮や牙は彼等にくれてやるが、肉は私が貰う。
「坊ちゃん、こんなに肉を持ってどうするんだ? 魔法鞄に入れても腐っちまうんだ。俺が売ってこようか?」
「いいえ、使い道があるの。協力してくれる?」
彼等には魔法鞄に肉を入れてもらい、後から店に持ち込んで調理してもらおう。それを私の収納へ入れてしまえば時間が止る。パンや果物も買い込んだ。これだけあれば三ヶ月くらいなら十分だろう。もっと持っていきたいが、これ以上買い込めば父やマンナにバレる恐れがある。ヤーガイの領地へ行ってから買い込めるかも知れない。お金は沢山持っていかないと。