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プロローグ

 気が付くと私は知らない部屋にいた。

小汚いカーテンが掛かった窓から日の光が差している。

「ここにいつ来たんだろう? バイトしていたはず・・・」

起き上がろうとしても、身体が思うように動かない。

――ああ、また異世界へ来て仕舞ったんだ。

 今回はどんな人の身体に憑依してしまったのだろう。動けないところを見ると病気か、怪我をして死にそうなんだと思う。

 私には、何度も異世界人に憑依した経験がある。霊媒体質ならぬ、転移憑依体質とでも言おうか。

 大抵は、憑依した身体が死にかけていて、私に最後の言葉を言わせたくて、呼び込まれるようだ。その人の言葉を伝えれば、私は解放されるのだ。

 現世に戻れば、また私は普通の生活に戻れる。何時間異世界にいても元の世界の時間は三十分しか経っていない。

 でも、その間私は気を失っているため、注意が必要だった。寝ている間に呼び込まれれば問題は無いが、車を運転しているときに異世界に呼ばれてしまったら、大事故になるだろう。だから運転はしない。

 一度仕事仲間と呑んだ帰り道に呼ばれて、道ばたで気を失っていたこともあった。何もなかったから良かったが、気を失っている間に不埒な輩に出会っていたら大変な事になっただろう。

 お風呂も要注意だ。なるべく湯船には浸からずシャワーだけで済ますようにしている。

 海水浴や、プールなどは危険なので行けない。仕事も慎重に選ばなければならない。責任ある仕事を任されたとき、この体質のせいで時間に遅れ、大きな契約を壊して仕舞ったことがあった。勿論会社は首になった。だから今は、バイトで食いつないでいる。

 本当に私の生活は不自由で仕方がない。私が死ぬまで、この面倒な事態から解放されないのではないか? 

 この身体の持ち主、ベンの奥さんが、部屋に入ってきた。

「貴方、気分はどう?」

 どうやら今回は狩人だった男の身体に入っているようだ。魔獣に噛みつかれ、その毒が全身に廻ってしまった。彼はもう直ぐ死ぬだろう。

 彼の言いたいことが口を突いて出てきた。

「メルザ、君に言い残したことがある。俺が死んだらトマスと一緒になれ。彼奴はずっと君の事を好いている。彼奴から君を奪う形になって仕舞ったことを後悔している。トマスと幸せになってくれ。今までありがとう・・・」


 ベンが死に、私の意識は自分の身体に戻る事が出来た。

 周りにはバイト仲間がいて、救急隊員が私の処置をしている真っ最中だった。何事もなく立ち上がった私を見て、皆ホッとしている。

「取り敢えず、病院で検査をしてください。今は大丈夫なようですが、また同じような事態になる恐れがあります」

 私は、素直に救急車に乗って、病院へ行った。だが、結果は分かっている。今まで何度も検査したのだ。どう調べたところで異常なしとなるのだから。

「これで二十五回目。一年に一度の頻度で憑依していたから、もう二十五年以上になるのね」

 初めは、十四歳の時だった。生れたばかりの新生児の身体に入ってしまったと理解したときはパニックに陥ってしまった。私は泣きわめく子どもになっていたのだから。

 次は、五歳の子どもだ。親に捨てられ、森の中で猛獣の餌になって食われそうになっていた。哀れなその子の体験を頭に押し込まれ、「ぎゃあああアーーー」と叫んで、元に戻った後は、暫く精神が可笑しかったのを覚えている。PTSD、心的外傷後ストレス障害になって通院したのだ。

 それから暫く何事もなかったが、三回目の憑依で、自分が異世界に来ていると気が付いた。

 死にかけの魔女に憑依し、彼女の記憶が怒濤のように押し寄せてきた。

 魔法・・・・・魔法がある世界と言うことは、異世界に違いない。そしてこの世界は『トーゲン』と呼ばれていることも知った。魔女の住む地はトーゲンの中央に位置し、魔の霧が濃く漂って居る深い森であると言うことも。

 魔の森を取り囲むようにある大きな国が、ヤーガイ国。とても大きな国で、トーゲン世界の中心に位置している。そこの王子と恋仲になったが、彼に毒を盛られた。魔女の口と喉は毒で焼けただれ、呪文をとなえる事は出来そうになかったのに、私が憑依する一時だけ声を発することが出来る様になっていた。

 魔女は自分を殺した恋人に呪いを掛けるため、最後の言葉を私に託した。

『王子の子々孫々、総てをこの呪いで苦しめてやる。魔に侵された獣は森から溢れ、国は荒れ、作物は穢れ、子どもは奇形で生れる。卑怯で嘘つきな裏切り者め!思い知るが良い』

 魔女は愛する王子のために、今まで押さえていた魔の霧を森から解放した。

 彼女の身体から、煮えたぎるようなドロッとした物が溢れ出し周りに流れ出していった。魔女の身体は段々溶けて行く。私はその苦しみも共有していた。

 気が付いたとき、私は気持ちが悪くなって吐いてしまった。毎回死の瞬間を共有していたが、この時ばかりは耐えられなかった。いくら口を貸しただけと言っても、自分が禍々しい呪の言葉を吐いたことは変わらないのだ。

 その時私はまだ高校生だった。多感な年頃に、恋人に裏切られた記憶や、恋人との睦言まで知ることになって仕舞った。そして呪い・・・。

「こんな事、二度としたくない」

 そう、深く願ったが、私の悲痛な願いも空しく、それからは何度も異世界に呼ばれ憑依してきたのだ。この頃は諦めの境地に陥っている。

 私は自分の充実した人生を生きることを諦めた。憑依による精神的苦痛は、私を疲弊させ他のことに目を向けることが出来なくさせたのだ。結婚も、仕事も楽しみも諦め、ただ、日々を生きることで精一杯だった。

『どうか、バイトを首になりませんように』

 この仕事をして三年になるが、その間三度、今回のような事態に陥っている。オーナーは私の事を気味悪く思っているのではないのか。いくら安い賃金で働き、店の夜間の管理までしているとは言え、もう首にしたいのでは無いのだろうか。

 この仕事を無くせば、住む処がなくなってしまう。ここは住み込みで雇って貰えたのだ。レストランの三階の部屋を格安で借りて仕事場からも0分で着く。危険な通勤時間を取らなくて済む、私にとっては願ってもない、理想の仕事場なのだから。

 ここに来てからは老人の最後とか、先ほどのベンのような人など、比較的心穏やかな死に立ち会っている。若しかすると、ここの仕事がそれほどキツい物で無かったせいかもしれない。ゆったりと仕事をする事が出来たせいで、私の心が落ち着いているせいなのかも知れないのだ。だから何とか、首にだけはなりたくなかった。

 だけど、今日とうとうオーナーから、店を閉めることになったと言われてしまった。首ではなく、店自体がなくなってしまうのだ。

 目の前が真っ暗になって仕舞った。いくらごねても、こればっかりはどうしようも無かった。

 ガックリと肩を落し、自分の部屋へ上がっていく。三階までの急な非常階段を上がっている途中で、私はまた、異世界へ呼ばれてしまった。意識の片隅で、自分の身体が階段を転げ落ちていくのが分かった。

『階段の上り下りにあれほど気を遣っていたのに・・・今回気落ちして気を配ることを忘れて居た・・・』



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