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5 丹羽敬助にとって気合いとは

 そもそも、漫画やゲームのようにテストの結果が大々的に廊下に張り出され、不特定多数の目に触れる──なんてことは、個人情報の扱いが北極圏の寒さ並みに厳しい現代において、地球温暖化と言えども、まずあり得ないだろう。

 そんなことをすれば、『モンペ』と呼称される、衣服なのかモンスターなのか判然としない保護者たちが、我が子可愛さに学校へ乗り込み、傍若無人に暴れ出すのは想像に難くない。


 では、なぜ小野寺(おのでら)大和(やまと)が学年一位の座を守り続けている事実が、これほどまでに知れ渡っているのか。

 その答えは──丹羽(にわ)敬助(けいすけ)、その人である。

 個人のテスト結果は一人ひとりに返される。長方形の紙に記載されているのは、科目ごとの自分の点数と、全体の平均点。そして、総合点と、学年での順位だ。


「大和、また今回も一位じゃねぇだろうな⁉」


 と、結果が返された瞬間に、丹羽は大和に問いただす。


「オレは安定の順位だった」


 好成績を思わせる丹羽の笑みである。

 ──あるのだが。


「丹羽、お前が気合いで乗り切れるのはスポーツだけだって、いい加減に気づけ」


 大和は親切のつもりで忠告した。

 見せられた丹羽の成績は、学年全体の三百六十六人中の三百六十五番だった。

 早い話が、下から二番目。

 だが、正確に言えば、最下位の生徒は体調不良でテストを受けられず、追試もまだのため、実質、丹羽が最下位ということだ。

 つまり、これは学年一位と最下位が成績を披露し合っているという、ある意味、涙なしには見られないシーンである。

 しかし、楽天的と言うべきか、能天気と言うべきか、丹羽は自分の成績を意に介さず、


「うぉー! すげぇっ、また大和一位じゃん!」


 まるで自分が学年一位になったかのように大声で騒ぐものだから、大和の成績は人から人へ、さらには隣のクラスから学年全体へ、そして最終的には学園全体へと知れ渡っていくのであった。


 丹羽は、陸上のスポーツ推薦で星豊学園に入学した。彼の口ぐせは『気合い』。

 気合いは丹羽自身を象徴する言葉でもあり、気合いで成績をどうにかできないとしても、彼にとって重要なのは、『気合いで走ること』──それに尽きる。

 陸上があるから居場所があるのだし、陸上さえあれば成績が悪くても居場所は失われない(実際にはそんなわけはないが)──丹羽はそう思っている。


 放課後、練習着に着替え、グラウンドに向かう途中の水道で顔を洗う。濡れた顔は拭かずにそのまま。肌に水を叩きこむように頬をバチンと打ち、気合いを入れる。丹羽の部活前のルーティンだ。

 海のなかのように滲む視界を開くと、目の前に千葉(ちば)真琴(まこと)が立っていた。

 腕を組み、じっと丹羽を待っていたらしく、目が合うとすぐに真琴は口を開いた。


「丹羽くんって大和くんと仲いいよね?」


 大和?

 きょとんとして考える。そういえば──。

 以前、真琴が教室までやってきて、大和に「ちょっと顔貸してもらえるかな?」と言っていたのを思い出す。

 あのとき、丹羽は友人である大和を置き去りにして逃げたに等しいが……都合の悪い記憶は封印しておくことにした。


「仲はいいと思うけど……」


 答えると、真琴は一歩距離を詰めた。


「小野寺大和の長所を五つ挙げなさい」


「……は?」


「いいから」


 なんなんだ、いったい。丹羽はあごに手をあてて考える。


「いいところ……真面目で、面倒見よくて、偉ぶらなくて、真面目で、頭が良いところ?」


「そんなことはわかってるの! だいたい、真面目が二回入ってるじゃない!」


「そうだった? てか、なんで大和のこと訊くの?」


 そう言うと、真琴は伏し目がちに身じろぎした。


「最近、うちのあすかと大和くんが仲いいでしょ……だから……」


 ごにょごにょとした語尾までは聞き取れなかったが、丹羽は直感した。

 以下、丹羽の心情である。


 こ、これは!

 要するに、あれだ。あれってことだ。

 大和と白井あすかと千葉真琴の三角関係‼

 長所を知りたいって、つまり好きな人のことをもっと理解したいって意味だろ。

 うわー。大和って何気にモテるもんなぁ。いい奴だしなーわかるわかる。

 でも大和はどっちが好きなんだろう?

 白井さんもキレイ系だし、千葉さんも可愛いって男子がよく噂してるよなぁ。羨ましすぎるぜ。

 いや、でもオレは、大和のためにオレにすがってきた千葉さんを応援する!

 ごめん、白井さん!


 等々。

 思いきり勘違いしたをした丹羽であった。

 丹羽は、脳みそまで筋肉でできていると揶揄される、いわゆる『脳筋』である。

 なんでも恋愛と結びつけたがる傾向があるくせに、脳筋のせいなのか、人の感情の機微には疎く、見当違いな解釈をすることがしばしばあった。

 丹羽は濡れた手を練習着で雑に拭い、真琴の両肩に力強く乗せた。


「千葉さん、オレは千葉さんを応援する!」


「……え?」


「心配しないで! オレ、大和が千葉さんに相応しい男だって証明して見せるから!」


「う、うん。なんかわからないけど、お願いします」


 さきほど一歩距離を詰めた真琴だったが、今度は丹羽の気迫に圧倒されたのか、二歩後ずさった。

 そんなことにはまるで気づいていない丹羽は、使命に燃え、ニッコニコである。

 日常の中に新しいミニゲームが追加されたとでも思っている。


「じゃあ、オレ部活行くね」


 去り際、丹羽がグッと親指を突き上げると、真琴もつられたように親指を立てた。こうして、奇妙な同盟が爆誕したのであった。

 丹羽は夕陽に向かって走り始め、夕陽に向かって「気合いだーっ!」と叫んだ。

 濡れていた前髪も、疾走する風を受けて乾いていく。


 丹羽敬助にとって気合いとは、

 どんなときでも自分を奮い立たせ、前に突き進むための魔法の呪文である。

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