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20 千葉姉弟にとって小野寺大和とは

 学生たちは純粋に青春を謳歌し、卒業生たちは懐かしい思い出を胸に訪れ、学校見学を兼ねた受験生たちは憧れの学び舎で過ごす未来を夢見る。    

 星豊祭──文化祭の当日である。

 楽しそうな人々のざわめきのなか、ある不穏な計画を実行に移そうとしている二人組がいた。 


「いい? 明人(あきと)、あれが小野寺大和」


 廊下の物陰や人ごみに紛れ、小野寺大和を尾行しているのは千葉真琴とその弟、明人である。


「わかってるよ、姉さん。嫌というほど写真を見たからね」


 大和は風紀委員の腕章をつけ、校舎を巡回しているようだ。その背中を二人は忍者のようにつかず離れず追っていく。


「姉さんは一体なにをしていたの? あんな平々凡々な男に、あすかちゃんを取られそうになってるなんて」


「あれでも成績は学年で一番だし、風紀委員ってだけでこの学校じゃもてはやされるんだから」


「そうやって姉さんは周りの評価に流されたの? 小野寺大和が真にあすかちゃんに相応しいか確かめることもしないで? それじゃああすかちゃんと同じ高校に入った意味がないよ」


 明人は真琴と六つ年が離れており、現在小学五年生である。

 あるのだが──。

 その口ぶりは大人顔負けであり、真琴が論破されることも珍しくはなかった。

 そして、いとこである白井あすかに対しての執着(愛情)は、姉に勝るとも劣らない。


「このクソ弟……」


 真琴は小さく呟いたが、図星であるがゆえに反論もできない。

 この学園では小野寺大和を悪く言う人間などいない。その事実が大和の人間性を保証してくれるわけではないのに、近ごろは真琴も、大和とあすかをなんとなく容認する心境になっていた。

 が、それは間違いだったと明人に咎められ目を覚ました次第である。

 この間なんて二人の食事の後押しまでしてしまったのだ。

 あの日、あすかから大量に送られてきた猫型配膳ロボットの写真を見て真琴は立ち尽くした。

 以下、当時の真琴の心情である。


 初デートでファミレスはないっ!

 確かに「レストランがラッキースポット」と言ったのはあたしだけど、ファミレスは違うでしょ!

 どういう神経してるんだ、小野寺大和!

 まぁ、猫型ロボットとあすかのツーショットは可愛かったけど……ってそういう問題じゃないっ!

 

 等々。

 後悔してもしきれない真琴なのであった。

 そんなわけで今、千葉姉弟は文化祭というイベントに乗じて、小野寺大和の人間性を検証しようと息巻いている。


「明人、頼んだからね。あたしは後ろから見張ってるから」


 柱から半分だけ顔を出して様子をうかがう。歩くたびに先輩からも後輩からも声をかけられている大和は、そのひとつひとつに笑顔で応えている。

 清廉潔白がよく似合う。けれど、来年の風紀委員に選ばれるための選挙活動の一環だという可能性を考えれば、純粋な善人とは言い切れない。

 確かめるのだ。小野寺大和の本性を。


「もう姉さんじゃ頼りにならないからね。ボクに任せて」


 明人は小五とは思えない悪い顔で微笑んでいた。真琴は自分の弟ながら末恐ろしくなる。

 タタタッと廊下を走り出した明人は素早くターゲットの背後まで距離を詰め、その左腕の袖を小さく掴んだ。大和が振り返ったので、真琴は柱の陰で身を小さくする。


「あの、お兄さん……ボク迷子になっちゃったんです」


 上目遣いで助けを求める明人の顔は純真無垢な小学生そのもので、さっきまでと同一人物とは思えない。

 弟を劇団か芸能事務所に入らせようという邪念が真琴の頭をかすめる。

 迷子だと信じ切っている大和は、明人の目線に合わせてしゃがみ、


「誰と一緒に来てたのかな? お母さん?」


 と、尋ねた。不安を包みこむような優しい声。

 迷子の最初の対応としては及第点かしら、と、真琴は心のなかで負け惜しみを言った。


「お姉ちゃんと一緒だったんですけど、はぐれてしまって……」


 明人は小学校高学年にしては背が小さい。本人曰く、「これから伸びる予定」なのだそうだが、今回はその身長が功を奏し、迷子という嘘に真実味が混じる。


「お姉さんは、ここの生徒かな?」


「はい、千葉真琴っていいます」


「えっ、きみ、千葉さんの弟?」


「お姉ちゃんのこと知ってるんですか?」


「うん、友だちだよ。えーと、どうしようかな……放送でお姉さん呼びだしてもらおうか」


 大和の提案に明人は、


「いえ、弟が迷子になったなんて学校中に知られたら、お姉ちゃんは恥ずかしくてボクをボコボコに殴るかもしれません。だから、放送はしないでほしいです」


 真顔でこう答えた。真琴はその返答にこそ殺意を覚えたが、計画遂行のための方便だと自分を納得させ、成り行きを見守った。


「そ、そっか……じゃあとりあえずお姉さんのクラスに行ってみようか」


「はいっ」


 大和と明人は手をつなぎ、ひとのあいだを縫うように歩きだした。

 廊下は文化祭仕様に飾りつけされ、派手だが統一感がなく、ごちゃごちゃとしている。そのおかげか、後ろからついてきている真琴の気配に大和は全く気付いていない。


「ボク、千葉明人っていいます。お兄さんはなんてお名前ですか?」


「俺は小野寺大和だよ」


「大和さんは、お姉ちゃんと友だちなんですよね? お姉ちゃん、こわくないですか? すぐ怒るし、年下相手にも大人げないし、よく友だちになろうと思いましたね?」


 これも大和が人の悪口を簡単に言うかどうかの検証である。

 あるのだが──。

 真琴の胸中は穏やかではなかった。

 あのクソ弟、帰ったらしばく!


「まぁ俺も友だちになって日が浅いし、こわいと思ったことがないわけじゃないけど……」


 大和は曖昧に濁した──かに思われたが、続いた言葉は意外なものだった。


「怒ったり、大人げなかったりって、素直というか、自然体でいられるってことだと思うよ。誰に対しても態度が変わらないところが千葉さんの良いところなんじゃないかな。そういう性格、俺はちょっと羨ましい」


 真琴は感激して泣きそうになった。

 言って言って! 毒を吐く弟に姉の素晴らしさをわからせてやって!

 目的を忘れかけた真琴であったが、明人は淡々と役割を果たす。


「大和さんは、あすかちゃんのことも知ってるんですか?」


「あ、そっか。千葉さんの弟ってことは、明人くんはあすかのいとこでもあるんだよね」


「あすか……大和くんはあすかちゃんと付き合ってるんですか?」


 二階に上がる階段の踊り場で明人は立ち止まり、大和とつないでいる手にぎゅっと力をこめた。獲物を逃がさないという意志の強さがうかがえる。


「いや、友だちだよ。同じ風紀委員」


「でも、大和さんくらいかっこいいと彼女の一人や二人余裕ですよねっ」


 明人は満面の笑みで追撃した。

 そういえば少し前、恋愛の達人だとか噂が立っていたが、誰かを好きだとか誰かと付き合っているなんて話は聞いたことがない。真琴は固唾をのんで続きを待った。


「俺なんか全然モテないから彼女もいないよ。そういうの、今の小学生は早そうだよね。明人くんこそ彼女いないの?」


 大和くんがモテない? そうなの? それとも謙遜か?

 真琴が考えあぐねていると、


「いません。ボクには心に決めた人がいますから」


 小学生なりの真剣な眼差しで明人は答えた。

 明人、昔からあすか一筋だったもんなぁ……。けど、それって恋愛対象としてなのか? どうせ大きくなったらあすかのことなんて忘れて、色気づいて、彼女の一人や二人作ってるのはお前の方だろう、と真琴は味方であるはずの明人を内心で揶揄した。

 しかし、


「そっか。本気で好きだって思える人に出会えるのって、すごくラッキーだと思うよ。その人と、うまくいくといいね」


 子供の戯言にも大和は真摯に対応した。

 ライバルであるはずの大和に応援されてしまったら、対抗心を燃やすことだってできない。柔和な笑顔の前に敗北した明人はいたたまれなくなったのか、恥ずかしそうにうつむいた。


 

 真琴のクラスの出し物はお化け屋敷だった。廊下で呼びこみをしていた女子に大和が声をかける。


「千葉さんって今いる?」


 女子生徒が教室を覗きこみ、「真琴いるー?」と大声を出したところを見ると、お客は一人も入っていないようだ。暗闇に包まれた教室からもちろん返事はない。真琴は尾行中である。


「んー、たぶん休憩行ってる」


 真琴の不在を確認すると、大和は女子生徒にお礼を言って明人の手を引いた。

 二人が向かったのは喫茶店をやっている大和のクラスだ。


「二人なんだけど、入ってもいい?」


「あれー大和くん、風紀委員の仕事中?」


 エプロン姿の女子に案内され、大和は装飾された教室のなかへと足を踏み入れた。

 ここまでは真琴の位置から確認できたのだが、中に入っては隠れて後をつけていたことがバレてしまう。

 ここは明人に任せよう、と踵を返したとき、


「真琴? なにやってんの?」


 正面にあすかが立っていた。大和と同じく、風紀委員の腕章をつけている。


「え、えーとね……明人、そう、明人が来てるんだけどはぐれちゃってさー!」


「明人くん? 三階にはいなかったなぁ。迷子の放送流す?」


「ううん。いいの。大丈夫だから」


 どうして迷子の放送なんて原始的な方法に頼るのか真琴は不思議でしょうがなかった。今どき、小学生だってスマホぐらい持っている。兄弟のいない大和やあすかは、そんなことにも気が付かない。

 取り出すより早く、スカートのポケットから振動が伝わった。大和からのメールだった。


『弟さん、俺のクラスにいるよ。休憩終わってからで大丈夫だから迎えに来てあげて』


 知りあいの弟とは言っても、他人は他人だ。風紀委員の仕事だって他にもあるだろう。それでも大和は自分の都合を押しつけたりしない。気遣いの男だな、と真琴は降参のため息をついた。

 本当の本性なんて見抜けるはずがないのだ。

 真琴だって、どれが自分の本性で、どれが自分の本心なのかもわかっていない。答えはひとつだけじゃないのだから。


「さて、可愛い弟のお迎えにでもいきますか」


 スマホを再びポケットに突っこむ。あすかの腕に自分の腕を絡ませ、そのまま大和のクラスへと引っ張っていく。

 すると、大和と明人が座っている席には人だかりができていた。どうやら大和のクラスメイトたちのようだ。


「きゃあ! 可愛いねえー!」「え、千葉さんの弟さん? 目がクリクリだねぇ! お菓子食べる?」「大和くんと兄弟に見えるねー」

 等々。

 女子高生たちは、無垢な小学生の皮を被った明人の虜になっていた。頭を撫でられたり、頬を突っつかれたり、ちやほやされている明人もまんざらでもない笑顔を浮かべている。


「俺も兄弟いないから、このぐらいの子が可愛くてしょうがなくてさぁ」


 言ったのは大和だった。骨抜きにされたのは女子生徒だけではなかったようで、大和が注文したのであろうサンドイッチや飲み物、お菓子などがテーブルの上にすき間なく並んでいる。

 デレデレしている大和を見て、真琴は確信した。

 あの人、間違いなく自分の子供や甥っ子姪っ子に何でも買い与えるタイプだ……!


「明人くん、迷子なのに楽しそうだねぇ」


 隣のあすかは朗らかに笑っている。

 明人は人のあいだから姉の姿を見つけると、


「あ、お姉ちゃーん、ボク大和さんにいっぱい食べさせてもらっちゃったーエヘヘ」


 などと報告をした。

 めちゃくちゃ餌付けされてんじゃん!

 絶句し、立ち尽くす真琴だったが、弟の笑顔につられるように気づけば自分も笑みをこぼしていた。

 星豊祭の喧騒のなか、姉弟の計画はあっけなく瓦解したのであった。


 千葉姉弟にとって小野寺大和とは、

 抗うほどに懐柔されてしまう、不思議な魅力を持ったライバルである。

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