19 白井あすかにとってファミレスとは
大和とは駅前で待ち合わせをしていた。
先に到着していたのは大和のほうで、あすかは少し小走りに駆け寄った。
「ごめん、待たせちゃったね」
「全然。俺もいま来たところだよ」
なんだかデートみたいだ……。あすかは本来の目的を見失いかけた。
今日は文化祭で使う備品を購入する、至極真っ当な買い出しの日なのだ。
シャツに黒のパンツ。大和の私服はシンプルで特段の洒落っ気はない。
それでも普段の制服姿とはやっぱり違う。学校生活を外れた非日常のなかにいる感じがして、あすかは買い出しの最中もずっと緊張しっぱなしであった。
「えーと……必要なものは全部買ったかな」
メモと紙袋の中身を交互に確認する大和。
「買い出し終了?」
「うん。学校には俺が持っていくよ。あすかも、休みの日なのに付き合ってくれてありがとね」
あすかが目線を落とすと、腕時計の針がちょうどお昼を指していた。
買い出しが終わったら大和くんとごはんでも食べてくれば?
真琴の言葉が浮かぶ。
ごはん? ごはんに誘う? どうやって? そんなの恥ずかしすぎて無理!
ショートしそうなあすかの思考を、大和はあっさりと断ち切った。
「あすか、お腹空いてない? 時間あるならなんか食べてく?」
「行く!」
即答である。
「食べたいものとかある?」
「うーんと……あっ、レストラン! レストランがいい!」
「レストラン?」
腕を組んだ大和がしばらく悩んだ結果、二人は駅近くのファミレスにやってきた。
四人掛けのテーブルに案内されると、あすかは慣れない空間をきょろきょろと見まわしている。
「もしかして……あすかってファミレス初めて?」
「ううん。ガストは初めてだけど、ロイヤルホストならたまに行くよ」
「ロイヤルホスト……俺片手で数えられるくらいしか行ったことないな……」
大和は肩を落としている。
「でも、来てみたかったんだよね。ガストとか、サイゼリヤとか」
はしゃいでいるあすかがメニューを開くと、空腹の身には眩しい料理の数々が目に飛び込んでくる。
「ハンバーグおいしそう! でもオムライスも捨てがたいし……」
あすかの優柔不断はファッションに限った話ではない。外食の際にも決めきれずに悩んでしまう。
いつもなら真琴がそれとなく促してくれるのだが、今日はひとりだ。
「決まった?」
「うーん……」
あすかは左右のこめかみを強く押しながら、
「オムライスにする」
と、苦渋の決断を下した。
注文してしばらくすると、
『お料理を持ってきましたニャー』
運んできてくれたのは、猫型の配膳ロボット。
「なにこれ⁉ 可愛すぎない⁉」
あすかは思わず何枚も写真を撮り、すぐに真琴に送信した。
「あー、ロイホには配膳ロボットっていないか」
大和は慣れた手つきで受け取った料理をテーブルの上へ並べた。
「大和はハンバーグ頼んだんだね」
「うん。俺も食べたかったし──」
そう言って大和は鉄板を押し、ハンバーグをあすかの前まで滑らせた。
「あすかも食べたかったんでしょ、ハンバーグ。少し食べていいよ」
「え……」
以下、あすかの心情である。
まさか、これって──
試されてる⁉
ひとの料理を盗み食いするような人間性なら風紀委員にふさわしくない、とか。
そうだ、そうに違いない。これは試練なんだ。こんな些細な罠に引っかかっていたら、風紀委員なんて務まらない!
等々。
あすかは、大和の純然たる厚意を罠と判断した。優しさは時にひとを疑心暗鬼にさせる。
「い、いい。オムライス、食べられなくなっちゃうから……」
あすかが申し出を拒否すると、大和は「そう?」と、気にする様子もなくハンバーグを自分の手元まで戻した。
家族でも身内でもない人と、しかも二人きりで外食なんて初めてのことだ。
食事中というのは無防備で、食べ方には人となりが表れる。しかも向かい合わせ。
意識すると緊張が戻ってきて、あすかは食べながらどんどん食欲がなくなっていくような気がした。
したのだが──。
「おいしかったー!」
食欲は空腹には抗えなかったようだ。ぺろりと完食し、緊張などとうに忘れ去っている。
「デザートは?」
コーヒーをブラックで飲んでいる大和が尋ねた。
「え、食べていいの?」
「女子って、甘いものは別腹なんでしょ」
「じゃあ頼む!」
あすかは注文用のタブレットに触れた。さっきは大和が頼んでくれたので、今度は自分で、と意気込んでいる。ロイヤルホストでの注文は店員に伝える方式だ。
「大和ってきょうだいいる?」
「いないよ」
「なんかさっきのセリフ、妹かお姉さんがいそうな感じだったから」
「あぁ、母親がよく言ってるから。『甘いものは別腹』って」
「ふぅん」
大和の母親。大和に似て真面目なんだろうか。でも母親を女子って言ってたな。
考えながらデザートを決める。注文のボタンをタップすると、会う機会はないであろう大和の母親のことはもう頭から抜け落ちてしまい、猫型の配膳ロボットがどこから現れるのか、そればかりが気になった。
「あすかって、この前スタバ初めてって言ってたよね。あんまりカフェとかスイーツの店とかは行かないの?」
待ちかねていた秋限定パフェが届くと、大和は向かいからグラスのなかの層を下からひとつずつ観察している。
「スイーツはね、真琴と結構食べに行くんだよ。千疋屋とか」
「千疋屋⁉」
大和ははじかれたように顔を上げた。
あすかは、まただ、と思う。こういうことは中学時代にも時々あった。
自分の話をすると驚かれて、驚かれた理由は自分ではわからなくて、そのうち相手が距離を取ってきて、だからあすかも距離を取るようにした。
大和はどうだろう。やっぱり、同じようにするのかもしれない。
パフェの頂上を柄の長いスプーンで崩して口に含む。ソフトクリームとモンブランのクリームと一緒に、秋の気配が溶けていく。
「おいしい?」
そう訊かれて、あすかは真琴に対するのと同じように、
「おいしいよ。少し食べる?」
と、つい言ってしまった。
だから、
「うん」
と返ってきた頷きに、すぐに反応することができなかった。
以下、あすかの心情である。
え、これって──
まさか……また試されてる⁉
今度は誰とでも間接キスするような女かどうか、テストされているんじゃないの⁉
そういうはしたない女は風紀委員にふさわしくない、とかそういう話⁉
だけど「食べたい」と思っている大和の欲求を足蹴にするのは、ひととしてどうなの?
むしろ、試されてるのはそっち⁉
等々。
あすかはさらに疑心暗鬼に陥った。
「はい、どうぞっ」
ぶっきらぼうにパフェのグラスを大和の前に置いたあすか。『あーん』してあげる、という発想は微塵もなかったようだ。
間接キスなんて、別に今どきどうってことないでしょ。なんでこんなに心臓うるさいの。変態か、私は!
悶えているあすかなど意に介さず、大和はソフトクリームをすくって食べた。
「うん、うまい。俺、バニラアイスよりソフトクリームが好きなんだ」
「へぇーそうなんだー」
あすかは戻ってきたパフェをバクバクとかきこんだ。そこには食後のスイーツを楽しむ優雅さは無く、まるで三日ぶりの食事のような猛烈な勢いであった。平然を装ったつもりで、かえって狼狽が際立ってしまっている。
最後の一口がスプーンの上に収まると、ふいにあすかは寂しくなった。
食べ終わることも、大和とのお出かけが終わってしまうことも。
距離を取られたから、自分もそうしたことを。
もし、大和も同じように、自分を遠ざけてしまったらどうしようと思ったことも。
そしてなにより、大和が自分を試すような人間じゃないと、まだ信じ切れていないことを。
全部をかき消すように、あすかはパフェをきれいに平らげた。
友達とファミレスに来るのも、猫型の配膳ロボットも、真琴がいないのも、今日は初めてのことばかりだ。
初めてはこわい。
だけど、その分だけ新しい自分になれている気がする。
だから、初めては楽しくもある。
甘さの余韻を味わうと、あすかはスプーンをそっと置いて、大和に笑いかけた。
「ソフトクリーム好きなら、今度千疋屋に行こうよ。千疋屋のソフトクリーム、すっごいおいしいから!」
「千疋屋か……バイト代出たらね」
「大和ってバイトしてるんだっけ? というかバイトって禁止じゃなかったっけ?」
「あれ、あすかにバイトの話してなかったっけ?」
知らないことは星の数ほどある。
でも、知らなくていいと思うのはもうやめよう。ひとつひとつを、「初めて」に変えていきたい。
小さな決意を胸に、あすかは追加のデザートを頼むことにした。タブレットでの注文にも、もう迷うことはない。
白井あすかにとってファミレスとは、
試練と成長を同時に味わう舞台である。




