王子の嫉妬混じりリアクション
春の柔らかな日差しが学院中庭を優しく照らす。
噴水の水音が小さく反響し、鳥たちのさえずりが背景に溶け込む。
芝生の上では、生徒たちが談笑したり、ゆるやかに散策したりと、いつもの穏やかな午後の光景。
その片隅で、王子オスカーは少し離れた位置から二人の動向を静かに観察していた。
まるで、この庭全体が、これから始まる“微妙な三角関係”の舞台装置のように――。
中庭の一角。
レオナは両手に持った扇子をぱたぱたと振り回し、時折「ごきげんよう!」と声を張り上げては、立ち姿の練習をしている。
その傍らに立つのは、いつも通り余裕の笑みを絶やさないエレオノーラ。
扇子を片手に優雅に佇みつつ、まるで舞台監督のようにレオナの一挙手一投足を見守っている。
時折「もっと手首にしなやかさを――」などと助言しながらも、その眼差しはどこか冷静で、周囲を観察する余裕すらあった。
一方。少し離れた場所、噴水の影に立つ王子オスカーは、その光景をじっと見つめている。
眉間にうっすらと皺を寄せ、内心で渦巻くのは明らかな苛立ち。
(なぜだ……。なぜレオナは、あの女に懐いているんだ……?)
嫉妬の色を隠しきれず、握りしめた拳が小さく震える。
だがレオナは無邪気に笑い、エレオノーラは微笑を崩さぬまま指導を続けていた――まるで二人だけの舞台のように。
レオナはぎこちなく扇子を振り上げ、声を張った。
「ごきげんようっ! ……えっと、こう……ですか?」
その必死さに、頬は紅潮し、目はきらきらと輝いている。
(ごきげんよう、エレオノーラ様のように……! もっと優雅に、もっと綺麗に……!)
内心で唱える言葉は、尊敬と憧れに満ちていた。
そんな彼女の姿を見つめる王子オスカーの胸中は、穏やかであるはずもない。
(なぜレオナはあの女に懐いているんだ……? 俺が守るべきは、あの子のはずなのに)
噴水のそばで立ち尽くし、唇をかすかに噛みしめる。
対するエレオノーラは、涼しい顔で扇子を片手に構え、ゆるやかに視線を流す。
(ふふ、これは完全に嫉妬顔ですわね……。視線の先が気になるなら、もう少し遊ばせてもよさそうだわ)
夕陽に照らされた三人の思惑は、噴水の水音に溶け込むように交錯していた。
「ごきげんようっ!」
レオナが大げさに扇子を振り下ろすたび、芝生にいた小鳥がぱたぱたと驚いて飛び立ち、近くの生徒たちも「わっ」と肩をすくめる。
「つ、次はもう少し優雅に……! ご、ごきげんようっ!」
再び扇子がぶん、と空を切り、今度は通りかかった生徒の帽子が風圧で傾いた。
(な……何をやっているんだ、あの子は……!)
中庭の一角で見守っていたオスカーの眉がひくつく。思わず足を踏み出し、声をかけそうになる。
「……おい、レオ――」
だがその瞬間、エレオノーラがふわりと扇子を開き、優雅に一歩を踏み出した。
「――その調子。もう少し首を傾けて、視線は流し目に」
声音は穏やかだが、その立ち居振る舞いは完全に“舞台の主役”。
(あら……近づきたいのに近づけない。完全に嫉妬顔ですわね、殿下)
エレオノーラはちらりとオスカーに視線を投げ、わざとらしく間合いを取る。
その仕草は「さあ、どうなさいますの?」と誘うかのようで――。
小鳥が空へ舞い、風に花びらがひらひらと落ちる中、三人の空気はますます奇妙な熱を帯びていった。
オスカーの眉間に刻まれた皺――それは、この学院の空気をほんのりかき乱す新たな波乱の予兆だった。
「なぜレオナは、あの女に……」嫉妬とも焦燥ともつかぬ想いを噛みしめる王子の姿は、これから訪れる揺れ動く人間模様を暗示する。
一方、レオナは必死に扇子を振り回しながらも、少しずつ“令嬢の所作”を身につけていく。ぎこちなさの中に芽生え始めた成長の気配は、彼女が“ただ守られるヒロイン”から変わろうとしている証でもあった。
そして、その二人を余裕の微笑みで眺めるのは、エレオノーラ。
「ふふ……これは面白い駒が揃いましたわね」
その心中には焦りも不安もなく、ただ“状況を愉しむ余裕”が満ちている。
――こうして学院の庭園には、嫉妬・成長・余裕という三つの色が交錯し、物語はますますコメディ調の心理戦へと舵を切るのだった。
中庭に広がる光景は、ひとつの絵画のように鮮やかだった。
――眉をひそめ、どうにも落ち着かぬ様子で二人を見つめる王子オスカー。
――扇子を振るたびに小鳥を飛び立たせながらも、必死に気品を学び取ろうと奮闘するレオナ。
――そして、そんな二人を一歩引いた位置から眺め、余裕たっぷりの笑みを浮かべるエレオノーラ。
三者三様の姿が一瞬の調和を生み出し、それはまるで“次なる幕間”を告げる舞台の終幕演出のようであった。
静かな噴水の水音の下――
小さな波乱が、確かに始まろうとしていた。