表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/16

悪役令嬢マニュアル発動

王立魔法学院の庭園に面した白亜のテラスは、午後の陽光を受けてきらきらと輝いていた。

遠くでは噴水が涼やかな音を立て、頭上の木々では小鳥がさえずりを響かせる。

壁際のパラソルの下、人気のない一角に、銀髪の令嬢が優雅に腰掛けている。

テーブルには湯気の立つ紅茶と、香り高いスコーン。

通りすがりの生徒たちはちらりと視線を向けるが、その距離感は自然と開く。

エレオノーラは、ここが人目を避けつつも全体を見渡せる「観察の特等席」であることを、88回目の経験で熟知していた。

入学式の喧騒を背に、エレオノーラはテラスの椅子に腰を下ろした。

その動作一つ取っても、まるで絵画の中から抜け出してきたような優雅さだ。

そっと懐に手を入れ、革張りの小さな手帳を取り出す。

金の箔押しで刻まれたタイトル――『悪役令嬢マニュアル・第88版』。

長い転生人生に寄り添ってきた相棒であり、表紙の角は使い込まれて擦れ、手に吸いつくように馴染んでいる。

(さて……今世のシナリオ、まずは整理しましょう)

銀の睫毛の奥で、サファイアブルーの瞳が静かに輝く。

エレオノーラは、香り立つ紅茶を片手に優雅にカップを傾け、もう片方の手でペンを走らせた。

革張りの手帳のページに、細やかな筆跡が次々と並んでいく。


第1週: ヒロインとの初接触 → 来週予定のお茶会で遭遇。

第3週: 小悪事発動 → ハンカチ踏み・筆記用具隠し・軽い嫌味。

最終週: 断罪式 → 王子と周囲から非難、涙の笑顔で退場。


ページを見下ろし、満足げにうなずく。

(うん、これぞクラシック悪役令嬢ルート。伝統と格式の香りがするわ)

サファイアの瞳がわずかに細まり、扇子の影でくすりと笑みがこぼれた。

背後から、控えめな足音が近づく。

黒髪をきっちりまとめ、眼鏡の奥で鋭い光を宿したメイド――モードが、銀のトレイを音もなくテーブルに置いた。

香り立つ新しい紅茶の湯気とともに、彼女は小声で問う。

「お嬢様、今世は……どのくらい派手に行きます?」

エレオノーラはペンを止め、ほんの数秒だけ考えるふりをする。

そして、サファイアの瞳にきらめきを宿し、唇の端をゆっくりと吊り上げた。

「――今回は、クラシック路線よ。扇子パタパタ、高笑い、そして涙の去り際。

 ……伝統芸は、時に一番効くものよ」

エレオノーラは椅子の背にもたれ、指先で扇子を軽く弾きながら宣言した。

「今回はクラシック路線よ。

 扇子パタパタ、高笑い、そして――涙の去り際で幕を閉じるわ」

モードは無言で小さく頷き、手元のポットから紅茶を静かに注ぎ足す。

その一連の所作には、長年の経験で培われた落ち着きと、

「はいはい、またいつものパターンですね」という暗黙の了解が、

湯気のようにふわりと漂っていた。

エレオノーラは「悪役令嬢マニュアル・第88版」のページをぱたんと閉じた。

視線を遠くへ向ければ、庭園の小道を茶髪の少女――今世のヒロイン――が、

小鳥のような足取りで歩いていくのが見える。

(……でも、さっきの王子の反応が想定外。

 少し、アドリブも用意しておきましょうか)

午後の風がテラスを抜け、手帳の栞をひらりとめくった。

まるで次のページが、彼女の運命を書き換えるかのように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ