悪役令嬢と物語の均衡、どちらが正しいか――決着を見せよ
虚空に浮かぶ赤絨毯の舞台、その中央に女神フェリシアは立っていた。
虹色の瞳が細く絞られ、冷ややかな光を放つ。
そのまなざしは、まず扇子を掲げて微笑むエレオノーラを射抜き、次に椅子を軋ませて立ち上がる悪役令嬢協会の面々へと流れる。
さらに一歩前に出たオスカー、隣でおろおろしながらも手を挙げたレオナ――その姿までも逃さずに見据えた。
ひとり残らずを見渡すその眼差しは、断罪の裁判官というよりも、むしろ舞台を前にした“演出家”のもの。
役者の立ち位置を整え、物語の幕を引き裂く瞬間を待つ、絶対の支配者の視線だった。
虚空の舞台に、女神フェリシアの唇がわずかに開く。
次の瞬間、響いた声はただの音ではなかった。
冷ややかで、けれど厳粛な響きが、虚空そのものを反響板に変える。
言葉のひとつひとつが硬質な鐘の音のように学院生たちの鼓膜を打ち、胸の奥を震わせる。
逃げ場のない響きに、生徒たちは思わず息を呑み、背筋を硬直させた。
それはもはや“声”ではない。
荘厳なる開幕を告げる――神のゴングそのものだった。
女神フェリシアは、静かに、しかし絶対の響きを帯びて口を開いた。
「――ここならば舞台は壊れぬ」
その第一声は、まるで堅牢な鎧のごとき確信を孕んでいた。
虚空に張り巡らされた結界の強度を示すと同時に、観客席に閉じ込められた学院生たちへ無言の保証を与える。
――この劇場は安全だ。お前たちは最後まで“観る者”であれ、と。
続いて、虹色の瞳が鋭さを増す。
「悪役令嬢と物語の均衡、どちらが正しいか――決着を見せよ」
第二声は、もはや宣告に等しかった。
議論ではなく、言葉遊びでもなく、舞台そのものを戦場に変えて裁定するという意思表示。
虚空全体に響くその言葉が、沈黙を切り裂き、開幕の合図となった。
フェリシアの宣告が虚空に溶け落ちた瞬間――。
澄んだ鐘の音が、どこからともなく鳴り響いた。
それは金属の硬質な響きではなく、舞台の幕が上がる直前に鳴る微かな合図のように、透明で、胸の奥を震わせる音。
学院生たちはその音を聞いた途端、誰もが息を呑んだ。
理解してしまったのだ。
――これは試練。
――これは芝居の幕開け。
――そして同時に、審判の始まり。
女神の言葉と鐘の音が重なり合い、歴史に刻まれる「芝居開幕のゴング」として響き渡る。
その瞬間、虚空に設えられた舞台は、もはや“学院の延長”ではなく、“物語の決戦場”へと変貌していた。
虚空に鳴り響いた鐘の余韻が、静かに消えていく。
観客席は――完全な沈黙に包まれた。
ざわめきも悲鳴も、息を呑む音すら呑み込まれ、誰一人声を発せない。
全員が理解していた。いまはただ、舞台の幕が上がるのを待つしかないのだ、と。
光に照らされた赤絨毯は、舞台の主役を求めて眩しく輝いている。
そこに立つエレオノーラが、静かに扇子を打ち合わせた。
――ぱちん。
その音は小さく、それでいて鮮烈に虚空を裂く。
無数の視線が一斉に彼女へと集まり、その一拍がまるで“序曲”の合図のように鳴り響いた。
こうして、舞台は真の意味で動き出す。




