学院入学式
大ホールの扉が、重々しい音を立てて開く。
入場の瞬間――視線を奪うのは、この私。
悪役令嬢マニュアル88版・第一章『初登場で心を掴め』。
背筋は針金のように真っ直ぐ、顎はわずかに上げ、片手には漆黒の扇子。
階段の中央からゆるりと降り、赤い絨毯のど真ん中を独占する。
コツ、コツ、と響くヒールの音に合わせ、ざわめきが波紋のように広がった。
私は扇子の陰で、ゆっくりと微笑む。
(――はい、視線の独占、完了)視線をゆるやかに巡らせたその先――前列中央。
そこに、柔らかな茶色の髪を揺らす少女がいた。
大きな瞳は宝石のようにきらめき、唇は緊張でわずかに結ばれている。
その姿は、まるで「誰かに守られる」ことを前提に生きてきた物語の主人公そのもの。
(――あれが今世のヒロインね。瞳がきらきらしてて、“護られ待ち”のオーラ全開)
私はわずかに口角を上げ、扇子でそれを隠した。
ふふ、今回の舞台相手は、なかなか可愛らしいじゃない。
式の中盤、壇上の扉が開き、一人の青年が現れた。
陽光を思わせる金髪、湖のように澄んだ碧眼。
端正な軍服姿に、会場のあちこちからため息が洩れる。
――第一王子、セドリック・アルフォンス・グランディール。
次代の王として、文武両道、絵画のような美貌の持ち主。
「新入生諸君、入学おめでとう」
形式的な新入生歓迎の挨拶――になるはずだった。
だが、彼の視線は壇上から一切動かない。
正確には、私から一切外れない。
周囲がざわめき、ヒロイン候補の少女までも振り返る中、私は扇子で口元を隠した。
(……え? もうフラグ立ってる? ヒロイン差し置いて?)
レオナは不思議そうに首をかしげた。
その表情は、まだ誰も気づいていない小さな波紋を映しているかのようだ。
私は軽く目を細め、扇子で口元を隠す。
――ふふ、察してはいないけれど、今日の空気は少しだけ違う。
(これは……今までと何か違う予感)
胸の奥でくすぐる違和感に、ほんの少しの興奮を覚えながら、私は次の一手を考える。