第6話 TRiGGERと新星組
「闇夜を撃ち抜く五つの流星! 『TRiGGER』のリーダーやらせてもらってます! アキナ・K・ベネディクトです! ターゲット・ロック……オン・ユー♡」
オーソドックスなアイドル衣装にタクティカルハーネスを装着した正統派な印象の女性モデライバーが、ステラボートから飛び降りると同時にアサルトライフルを連射した。
続いて、
「ウェイウェーイ! 威龍・ラブロックだよー! 今日もぶっぱだウェーイ!」
ブロンズ色の肌にトリコロールの髪色、極彩色のパーカーに隙間なくアクセサリーを付けたこの上なく派手な女性が着地し、すぐさまセミオートショットガンを発射。トロールを吹き飛ばす。
「……SNP―41153……登録名アリーゼ……終わったらご褒美ちょうだい……」
黒いフードマントをすっぽり被った長身の女性。しかし隙間から覗く豊満な肢体には驚くほど布面積が少ない。長大なスナイパーライフルを抱えた彼女はボートからは降りず、片膝をついて狙撃体勢を取る。
そして最後に、
「こんまり~。紅手毬やで~。トロールのお兄ちゃんお姉ちゃんたち、手加減したってな~」
幼女と言っていいほどの小柄な体型。和服をベースにしたワンピース衣装。そして両手にそれぞれ回転式拳銃を持った少女が、ふわふわした動作でボートから降りてきた。
そして繰り広げられる流星のショー。飛び交う無数の蒼き銃弾は狂いなくトロールを貫き、黒い靄は強風に吹かれたようにたちまち晴れてゆく。
ついに最後の一体となったトロールは、それでもなお牙を剥いて何か言おうとしたが、
「シャッダウン!」
TRiGGERリーダーのアキナ・K・ベネディクトの一発で消え去った。
「はいお疲れー! ウェイウェーイ!」
威龍・ラブロックがショットガンを掲げて声を上げ、メンバーが各々ねぎらいの言葉を掛け合いながら集まって来る。
ちなみにカラミティは最後まで所在なさげに立っていただけだった。
キラキラ音が聞こえてきそうなほど華やかな五人の女性モデライバーを遠巻きに見ながら、誠志郎ら新星組の三人はそっと集まって話し合う。
「いいとこ持ってかれたなぁ、誠の字……」
星久良は少し残念そうに言ったが、誠志郎は刀を鞘に納めながら屈託なく笑った。
「あっははは。仕方ありません。何しろあのTRiGGERさんですから」
業界最大級のVライバー企業にして、このステラバースの運営会社でもあるコスモグループが擁する人気モデライバーユニットTRiGGER。メンバー五人のチャンネル登録者総数は360万人にも上る。三人合わせて12万人の新星組などとは比べるべくもない。
「トロールが消えたならそれで何よりですよ。それより星久良さん、傷の方は」
誠志郎が問うと、星久良は右上腕を押さえながら、
「なぁーに平気よ。これくらいなら『マザーAI』がすぐ直してくれらぁ。『幻視痛』も治まったしな」
星討が頷き、深い声で言う。
「うむ……ならば、ひとまず御用完遂……だ」
ひっそりと話し合う新星組とは対照的に、TRiGGER五人組の騒がしい声は誠志郎の耳にまで聞こえてきていた。
「カラミっち! なんで勝手に抜け出したの⁉ 新星組さんにも迷惑かけて! またマネちゃんに怒られるよ⁉」
リーダーのアキナ・K・ベネディクトがカラミティに詰め寄っている。
「いや、あの、スイマセンAK先輩……雰囲気的に、我が抜けてもワンチャン気付かれないかなって……」
「いや気付くよ! 『鳩』すっごい飛んできてたんだからね!」
威龍・ラブロックが派手な髪を揺らしながら二人の間に割って入る。
「まーまー、アっちゃん許してやんなって。カラミんってば、推しの……大星君だっけ? あの人見つけちゃってぶち上がっちゃったんだよねー」
「ふぎいッ! ウェイちゃん先輩!?」
カラミティは哀れなほど慌てふためいた。
際立って背の低い紅手毬がやり取りを見上げてぽやぽやと笑いながら、
「あら~そうやったん? うち知らんかったわ~」
そしてSNP―41153、通称アリーゼが、
「……一応、配信中……」
スナイパーライフルにもたれかかりながら呟いた。
「失言! 失言っすよウェイちゃん先輩! いや、つーか別に推しとかじゃないですし!」
猛然と食って掛かるカラミティに対し、威龍は軽い調子で、
「あれ? アタシまたやっちゃった感じ? あいやーごめんねー」
アキナが自身のリスナーカメラ(翼の生えたハートの形)にちらりと目を遣り、
「と、とりあえず配信締めよっか! ね! みんな、ね!」
何やら流れてくる不穏な空気から逃げるように、誠志郎は他の二人に断りを入れてその場を離れ、とある場所へ向かって歩いた。
「大丈夫ですか、月白さん」
月白ルナは事態の展開に圧倒され尽くしたのか、呆然自失といった様子でステラボート上に佇んでいた。
「あ、大丈夫です……ただ、何て言うか……私のせいで大事になっちゃったみたいで……」
「あっははは。気にしないでください。トロールの出る所、僕らはどこにでも推参しますから」
ルナは晴れない表情で俯きかけた。それを制するように、誠志郎は言った。
「いけませんよ、下を向いては。向くべき方向は……あちらです」
誠志郎は横を向いて軽く会釈をした。ルナがそちらを向くと、
・ルナちゃんが無事でよかった!
・反省はして欲しいけどこっちも言い方が悪かった。ごめんなさい。
・何もできなくて発狂しそうだった。モデライバーさんマジでマジでありがとう。
・元気になったらまた配信してほしいです。ずっと待ってます。
淡く光る月のリスナーカメラに、穏やかなコメントが流れていた。
「『月人』さん……」
ルナは声を詰まらせ、片手で頭上の何かを持ち上げ、もう片方の手で目を擦った。VRヘッドセットの下で涙を拭ったのだろう。手を降ろした時、彼女は意志のこもった目をしていた。
「改めて、ごめんなさい……今回の件のこと……。でも、私はこれからも、活動を続けます……! こんな私のこと、まだ応援してくれる月人さん達に、恩を返したいから……!」
誠志郎は微笑みだけを残し、その場を離れた。
広場ではTRiGGERのアキナと新星組の星久良が互いにお辞儀し合っている。
「すみません、取れ高奪ったみたいになっちゃって……」
「ああいえいえ、全然大丈夫っすよ。むしろ光栄って感じっす。ハハ」
アキナの隣で、カラミティがちらちらと誠志郎の方を盗み見ていた。
そんな彼らを尻目に、誠志郎は己のリスナーカメラに向かって語り掛ける。
「さて隊士の皆さん、お疲れ様でした。そろそろ十時になりますし、今夜の隊務はここまでにしましょうか」
・さすがの美技でございました。誠くんお疲れ様。ゆっくり寝てね。
・いっぱいモデライバーさん来て超楽しかった! 乙でござる!
流れているのは好意的なコメントが多いが、そうでないものも当然のように混じっている。
・ま、いくらBANしても三か月経ったら戻って来るんだけどねw ご苦労様でーすw
・モデライバーの配信初めて見たけど正義面が腹立つ。二度と見ないわ。
トロールとして顕現する程ではないチクチク言葉。誠志郎は目を滑らせてそれらを無視し、より一層の笑顔で言った。
「それではまた、明日の市中見廻り配信にてお会い致しましょう。大星誠志郎、これにて失礼仕ります。……バイバイ」
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