第5話 突発コラボ
…………
まるで一時停止を押したように誰もが動きを止め、微妙な沈黙が流れた。
誠志郎は仁王立ちする少女にいそいそと歩み寄り、苦笑いを浮かべて声を掛けた。
「カラミティ……さん。どうしてここに? ライブ会場の警護は……」
長い名前を持つ女性モデライバー、カラミティは輝く大きな目をさらに見開き、
「閣下と呼べ大星誠志郎ッ! ネオステージさんのライブならついさっき終わったところだ! 貴様がトロールを引き連れてあちこち飛び回っているのが見えたから来てやったのだ! 感謝してひれ伏せッ!」
「あっははは。そうしたいのは山々ですが、僕は伏せられないんですよ。さっきの銃撃も、ちょっと危ない所でした」
「え? ……アッそうだったスイマセ……! アッ違うそうじゃなくてッ! と、とにかく我に感謝しろってことなのッ!」
アバターの感情表現技術を遺憾なく発揮し、表情を目まぐるしく変えながらカラミティは言った。
誠志郎の後方で、月白ルナが慄いたように呟く。
「『TRiGGER』のカラミティ閣下……!? トップモデライバーの一人が、ここに……!?」
チャンネル登録者数87万人、同時接続数2・6万人、などの輝かしい数字が並ぶステータス画面と、怒涛のごとく流れるコメント欄を表示するリスナーカメラを引き連れたカラミティは、一度咳払いして表情を落ち着かせ、
「……まあいい! それより仕事の仕上げだ! こいつらを片付けるぞ!」
未だ残る黒い群れに機関銃を向けた。トロール達は動揺から立ち直り、口々に悪罵を吐きながら攻撃態勢を取り始めている。
誠志郎は呆れ笑いを浮かべながらも、刀を構え直した。
「……仕方ありませんね。では、突発コラボということで」
するとカラミティは両目を山なりに細め、いささか不気味な喜色を浮かべた。
「うっひひ……。というわけだ臣民のみんなッ! 貴様らのエモ因子、我が『†黒龍のアギト†』に託してくれッ!」
丸々とした小さなドラゴン型のリスナーカメラ、その側に浮かぶコメント欄内で、ドラゴン風の『ファンマーク』と、投げ銭コメント『スターギフト』が入り混じりながら凄まじい勢いで流れる。
・いったれ閣下!
・一人で来ちゃってるのは大丈夫なんかな
・¥50000 飲みながら見てます。養わせろ
・長文失礼致します。単刀直入に申しますと男性ライバーとの絡みは極力控えて頂けないでしょうか。私はガチ恋勢ではありませんが、しかし閣下が女性ライバーである以上、いわゆるアイドル売りは避けられないものであると《さらに表示》
リスナーカメラのドラゴンが懸命な表情で口を開く。するとそこから蒼い弾帯が現れ、ぐんぐん伸びてカラミティの持つ機関銃『†黒龍のアギト†』の給弾口へ繋がる。エモ因子消費量の多い射撃系ライブギア、しかも機関銃型のそれを扱えるのは、87万人ものチャンネル登録者を擁する人気モデライバーならではであった。
「よっしゃ行っくぞー!」
引き金に指をかけるカラミティ。その横で足を踏み出す誠志郎。トロールの群れも呼応するように敵意を剥き出す。だが、
「待て待て待てええい! その喧嘩、俺らも加勢するぜい!」
男性の声が突然割り込んできた。しかしその威勢の良さとは裏腹に、声の主はなかなか姿を現さない。誠志郎、カラミティ、そしてトロール達が首を動かし、声のした方角を見る。
「えっほ、えっほ……。I’sプロダクション所属、新星組二番隊組長、星久良新之助! ただ今参上ってな!」
濃紺色のだんだら模様の羽織、流れる茶髪に活発そうな童顔、そして手には蒼い穂先の槍を持った男性ライバーが、例によってのろのろと歩いて来ていた。
さらにその隣には、
「……同じく、三番隊組長、星討アキラ……だ」
こちらは短い黒髪で厳つい顔、大太刀を肩に担いだ筋骨隆々の男だった。もちろん、二人の側にはそれぞれ「二」、「三」と書かれた提灯型のリスナーカメラが付いて来ている。
「星久良さん、星討さん……! 配信予定時刻はまだ先のはずでは……!」
誠志郎が驚いて声を掛けると、星久良新之助はいたずらっぽく笑い、
「いやなに、誠の字が気張ってトロール退治してるって聞いたんで、すっ飛ばして準備してきたのさ、なぁ星討さん」
「うむ……急遽前倒し……だ」
轡を並べる三人の男性モデライバーを前にして、カラミティは気まずそうに後ずさる。
「え待って、新星組さん勢ぞろい……!? ちょとあの、なんかあの、スイマセン……」
それより問題はトロールの方だった。度重なる闖入者に業を煮やしたのか、一体のトロールが何やら奇妙な動きを始めた。
〈詐欺女一人のためにこんなにモデライバーが集まるのはどう考えてもおかしい〉
そう言った直後、トロールの輪郭が二重になって見えたかと思うと、すぐ隣に鏡映しのようにトロールの姿が形作られた。
〈同意。絶対裏に何かあると思う〉
さらに近くに別の似姿が現れ、
〈ほんそれ。月白と運営と裏で黒いことやってるのは確実〉
つまりは一体のトロールが次々と己の分身を作り出しながら、会話しているように見せかけているのである。
「『マルチアカウントシェイド』……! 気を付けてください! 複数のアカウントを使ってアンチエモ因子を送り込んでいます!」
誠志郎が身構えながら呼び掛けると、星久良新之助は蒼い槍を煌めかせて、
「なぁーに、所詮は劣化コピーの群れよ! まとめてBANしちまえばいいだけのこと!」
星討アキラも大太刀で空に蒼い軌跡を描きながら、
「うむ……御用改め……だ。準備はいいか……大星」
「もちろんです。お二人も油断なされぬよう……!」
誠志郎は『流星一ノ字』を正眼に構え直した。
「大星誠志郎……推して参る!」
新星組の三人は一斉に足を踏み出した。星久良新之助が繰り出す蒼き槍は真っ直ぐトロールを貫き、星討アキラの大太刀も唸りを上げて敵をなぎ倒す。しかしやはり二人とも腰や足の動きに制限があるのは否めない。そんな中でも誠志郎の剣技は随一であり、トロールの群れは着実に数を減らしていく。
ところでカラミティはというと……
「いや、だってさ……あっち三人揃ってんのにさ……そこに我が入るのってなんか……なんか違うじゃん……『一人で勝手に来たのが悪い?』ねえそんなこと言わないでよ臣民~! お前らはいつでも我の味方でいろよ~!」
離れた場所でひっそりとリスナーカメラのコメント欄相手にくだを巻いていた。
「おわっ! いちち……!」
突如、星久良新之助が鋭い叫びを上げた。右上腕にトロールの爪が掠ったらしく、そこから白く光る粒子が宙に舞っている。アバターを形作るエモエネが傷付けられ、飛散しているのだ。
誠志郎は助太刀を思ったが、この忌々しい足の遅さでは間に合いそうにない。
「カラミティさん! 救援をお願いします!」
とっさに叫んだ誠志郎。カラミティはびくりと肩を震わせたが、すぐ満面に喜色を浮かべて、
「っしょ~~~~がないなぁああああああああ! むぁっかせっとけー!」
うきうきしながら機関銃を構え、今度こそ引き金に力を込める。
だが、またしても――
「こらー! カラミっち! 一人で飛び出しちゃダメって言ったでしょ!」
「ふぎぃッ!」
上空から降ってきた女性の声に、カラミティは妙な叫びを上げて固まる。
直後、一発の銃声。目にも止まらぬ蒼い弾丸が、星久良新之助に襲い掛かっていたトロールを正確無比に撃ち抜いた。
スポットライトのように強烈な光が降り注ぎ、広場にいる全員の視線が上空に向けられる。そこには浮遊するステラボート。そしてその上には四人のシルエットが星空をバックに並び立っていた。
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