第4話 カラミティ(以下略)
誠志郎とルナを乗せ、船尾に十体以上のトロールをくっ付けたステラボートは、ひと際広大かつ煌びやかな巨大都市へ向けて高度を下げる。天を衝くようなタワービルを中心に、星空に負けない程の光源を放つビル群と市街地。そこがステラバースの中央『セントラル・テラシティ』である。
タワービルを取り囲む物々しい施設から少し離れた場所にある噴水付きの広場へと、ステラボートは光の急流を滑り降りるように着陸した。粘着していたトロールの群れも引きずられながら地に降り立ち、すぐさま爪を開いて攻撃態勢を取る。
広場のあちこちで『お散歩雑談』や『ストリート歌枠』を行っていたらしい数人のVライバー達が、トロールをリスナーカメラに見せないようにそそくさと離れていった。
誠志郎はのっそりと動いた。ボートを降りつつ手を腰の刀に――近接格闘系ライブギア『流星一ノ字』に手を掛け、鯉口を切る。リスナーカメラからエモ因子が流れてくるのを感じながら刀身を抜き、船の後方にたむろすトロールの群れへとひた歩く。
黒い爪が縦横に飛び交いながら襲い来る。誠志郎、あるいはその魂は、現実世界で腰を固定するハーネスの呪縛を感じながらも重心を一歩前へ。同時に上半身を許す限り捻りながら両腕を振り下ろす。蒼い剣閃が縦に走り、黒い輪郭を斬り裂いた。間を置かずトレッドミルの上で足を捌きながら斬り上げ、もう一体を屠る。これらの動き、船上で呆然としているルナの目にはまさに現実離れした芸当として映っていた。ここが仮想世界という点で当然ではあるが。
ともかく船尾に粘着していたトロール達は、誠志郎の蒼い剣技によって残らずBANされた。
だが――
〈なんか色んな配信で映ってんの見えてクソうざいんだけど。そんなに叩いて欲しいの?〉
〈運営の犬に守ってもらってイキってんじゃねえぞ乞食女が〉
〈悲報。例の女Vさん、正当な批判に対し男モデライバーを雇って弾圧させる。報酬は枕か?〉
噴水の影、木立の根元、広場の奥など、あらゆる場所から次々湧き出る黒い靄。新たに多数のトロールが呪詛の言葉を吐きながら姿を現す。
停止したステラボートの上に佇む月白ルナは、悲しみに堪えたように目を伏せた。
「いけませんよ。首を垂れては」
誠志郎は刀を構えてトロールに対峙したまま、背中を寄せて声を掛けた。
「あなたは恥ずべきことなど何一つしていません。あのチャリティ企画、僕はとても勇気づけられましたよ」
ルナは顔を上げた。誠志郎の横顔が、優しい笑顔を向けている。
「あなたの企画で救われたという人は、僕の他にも必ずいます。たとえそれが数人であったとしても、その価値はあんなトロールどもが何百体雁首揃えたとしても敵いませんよ」
「え……っと……」
元気づけようとしてくれているのは確かなようだが、その裏に滲むトロールへの敵意もまた確かに感じられ、ルナは反応に困った。
「あなたはただ、善意と勇気を示しただけです。恥じ入るべきなのは……」
誠志郎は顔を正面に向け、蒼い刀の切っ先を黒い群れに向ける。
「……僻み嫉み妬みから生まれたエネルギーを己が力と勘違いして振り回し、卑小な自尊心を慰めたいがためだけに縁もゆかりもない他者の人生を破壊し、挙句そんな自分の醜い姿にすら気付かない……あの哀れな怪物どもです」
トロール達が機械音声でどよめいた。
〈は? 急にイキリだして草なんだけど〉
〈調べたらこの大星とかいうの登録者8万人ちょっとじゃん。ザコすぎワロタ〉
ルナはおずおずと誠志郎の背中に声を掛ける。
「あ、あの……そういうこと言うと、ヘイトが……」
「あっははは。望むところですよ」
乾いた声で笑い、誠志郎は声のトーンを一段階下げて言った。
「一体でも多くのトロールを斬る――それが、僕の志ですから」
今やトロール達の敵意は総じて誠志郎の方へ向いている。突然、その一部が黒く盛り上がったかと思うと、他の個体より一段と大きな体躯を持つトロールが群れを乱暴に掻き分けながら進み出てきた。
〈調子こいてんじゃねえぞ運営の犬がよ。てめえもどうせ金で動いてんだろがカス。Vなんか俺らのおもちゃでいいんだよジャマすんなボケが。つか死ねよいっぺん死んどけやゴミカス〉
黒く盛り上がった筋肉、長さと鋭さを増した爪、目と耳はますます埋没し、反対に口は大きくなり牙も増えている。
「……『先鋭化』ですか。本質を言い当てられて頭に来たようですね」
誠志郎は口調に軽蔑の色を込めて言った。
メキメキと音を立て、そのトロールの身体がさらに大きくなり、見た目と言葉の凶暴さが増していく。
〈クソ男がゴミ野郎が有害物質の塊がよぶち殺すぞ絶対殺す住所特定したからな今すぐ行って殺してやるよぶっ刺して燃やして爆破してやるからな覚悟しろよお前絶対殺すからな〉
「…………ふん」
誠志郎は、笑った。
それは諦念、憐憫、嘲笑か。少なくともポジティブな感情は一欠片もない。積み重なった敵意の奥底にある暗い穴から滲み出てきたような、そういう笑いだった。
『先鋭化』したトロールの体高は誠志郎の1・5倍ほどにもなっている。黒木の幹のような腕が上がり、絡まり合った爪が不気味に鳴り、先鋭化トロールの剛腕が誠志郎の頭上へ襲い掛かる。
誠志郎は笑みを消した。『流星一ノ字』を下段脇に構え、旧式トレッドミルが許す限りの動きで前へ。唸りを上げて迫るトロールの腕を睨みながら地面すれすれをなぞるように刀を走らせ、機を見出したその刹那、気を発しながら斬り上げ一閃――
「はっは――――ァ! 伏せろ大星誠志郎ッ!」
そこに突如響いた頓狂な叫び。誠志郎は咄嗟に身体を開いてトロールの腕を避ける。
直後、連続した銃声。流星群のような無数の蒼い弾丸がトロールの巨躯を貫通し、誠志郎のすぐ近くの地面に吸い込まれていく。
塵となって消える先鋭化トロール。誠志郎とルナが視線を上げ、残ったトロール達も振り向き、叫び声と攻撃の主を探す。
果たしてそれはすぐに見つかった。広場の中央、噴水の頂点に堂々と彼女は立っていた。
機関銃を持った異世界の王族少女。一言で表すとそういう外見である。軍服風ドレスとでもいうべき衣装に小さな王冠のアクセサリー。小柄な体格に不釣り合いなベルト給弾式機関銃を携え、近くを浮遊するリスナーカメラは、愛らしくデフォルメされた小さなドラゴンの形をしていた。
少女は噴水の上から自身に満ち溢れた表情で睥睨し、またしても高い声で叫んだ。
「コスモカンパニー所属! モデライバーセクション1stクラス! 『TRⅰGGER』の弾幕担当ッ! 追放されても我こそ国主! 見ていろ故国アムステラ! 今は暴君、いつかは名君――――!」
とうッ――! 少女は気合と共に高く跳んだ。しかし妙に不自然な動きで――アバターそのものを空間の中でドラッグ&ドロップしたような――動きで着地し、よいしょ、と小さく言って身体を起こし、機関銃を肩に担いでビシッ‼ と大見得を切ってさらに叫んだ。
「カラミティ=カリギュラ・カルロッタ・カレンカレン・カロリーヌ! いざ世直しだーッ!」
次回は明日、17:00頃投稿予定です。