第3話 大星誠志郎
「――大星誠志郎。ただいま推参仕りました」
バーチャル空間の中でさえ劇的すぎるほどの光景に、ルナはただ圧倒されていた。
大星誠志郎――そう名乗った青年は、刀を鞘に納め、ゆったりした足取りで歩み寄り、
「立てますか、月白ルナさん」
「えっ……あ、はい……」
ルナが慌てて立ち上がると、誠志郎は眉尻を下げて申し訳なさそうに微笑み、
「すみません。本当は女性モデライバーが対応するべきだったのですが、今夜は『ネオステージ』十二期生の周年記念ライブの方に人手が回されていまして」
「い、いえそんな……! 助けて頂いて、ありがとうございます……!」
思わず素で受け答えしてしまい、ルナはハッとして自身のリスナーカメラを見る。小さな月の側に浮かぶコメント欄は相変わらず盛り上がりを見せていた。
・モデライバーきちゃ!
・トロールざっこw 調子こいてる奴どんどんBANしてけw
・なんかやらせっぽいな。仕込んでたんじゃねえの?
・は? もう終わりかようそだろ女まだ生きてんじゃんさっさとつぶせよ無能どもがよ
蠢く黒い気配を感じ、ルナは視線を転じる。誠志郎の遥か後方に、一体のトロールがぽつんと立っているのが見えた。
「あ、あそこ! まだいます!」
ルナは指を差して言ったが、誠志郎は振り返りもせずに応えた。
「ああ、あれはまだ襲ってきませんよ」
確かにそのトロールは妙な動きをしていた。こちらを気にするそぶりを見せながらも攻撃的な動きは見せず、むしろどこか不安げに辺りを見回している。
「他のトロールが来るのを待っているんです。トロールは大抵、数を頼みにしてから襲ってきます。集団同調というやつですね。……まあ、たまに一人で暴れまわるようなトロールもいますが。あっははは」
何が面白いのか誠志郎はからからと笑った後、落ち着いた笑顔に戻り、
「ところで月白さん、あなたのログアウトポートは破壊されてしまったのですか?」
「あ、はい……『ホーム』と一緒に、その、炎上してしまったので……」
街路の奥で赤い熱気を空に放っている家を悲しげに見つめ、ルナは言った。
「なるほど。では『セントラル・テラシティ』へ向かいましょうか。そこで『マザーAI』に認証してもらえばすぐにでもログアウトできるはずです。トロールがまた群れる前に、急がないと」
「は、はい……!」
ルナは踵を返して走り出した。足に全方向性トレッドミルの駆動を感じつつ、個性的な外観の家々を視界の左右に流しながら駆け、ふと不安に思って問いかける。
「あの、モデライバーさん! もしかしてこのまま走ってセントラルまで向かうんですか……ってあれ⁉」
誠志郎がいない。足を止めて左右を見るも、長身の侍の姿は無い。
慌てて振り返ると、遥か後方で誠志郎は両手を腰もとに当て、えっちらおっちらと歩いていた。傍らを漂う提灯型のリスナーカメラが、誠志郎の情けない笑顔を照らしている。
「……すみません。僕は走れないんです」
「は、はいぃ⁉」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまったルナだったが、その歩き方を見てある可能性に思い当たる。
「もしかして……旧式のトレッドミル使ってるんですか⁉ 腰の所ハーネスで固定するやつ⁉」
「あっははは。配信中にそういうことを言うのは野暮というものですよ」
旧式の全方向性トレッドミルは転倒防止のため、腰を固定具に縛り付けた状態でしか使用できない。そのため、走ったり屈んだりといった姿勢変更はほぼできないのである。
「おや、ちょうどいいものが」
ふと誠志郎が前方の路肩を見ながら呟いた。
ルナが振り向くと、そこには一台の乗り物が置かれていた。メタリックな外装を持つゴンドラのような外観。左右の壁は高いが屋根はなく、内部には座席が一列ずつ。さっき無惨に散った二人のモデレーターが乗ってきたものかもしれない。
ルナはさっさとドアを開けて乗り込み、やきもきしながら頼るべきモデライバーを待った。その誠志郎はのそのそと入ってくると前方にあるコンソールに向かい、音声でコマンドを入力し始めた。
「モデライバー権限により、この『ステラボート』を借り受けます。目的地はセントラル……」
振動と衝撃音に、言葉が途切れる。いつの間に集まったのか、新たに数体のトロールがすぐそこまで迫って来ており、一体がステラボートの後部に手を掛けていた。
〈逃げても無駄なんだよクソ女。どこまでも追い詰めて潰してやるからな〉
船尾の縁を掴んだその手から、粘着質の液体が沁み出してきている。
ルナは小さく叫んで前方に身を寄せた。誠志郎は動じず音声入力を続ける。
「……は、後回しにして、ひとまずワールドを巡りましょう。粘着してくるトロールをどうにかしなければ」
外装に何本もの光の筋が走り、船体が浮かび上がる。周囲の景色が下がり、視覚フィードバック効果で誠志郎の長い後ろ髪と羽織が風にはためくように揺れる。
ステラボートはホームタウン上空に飛び上がり、光のラインを残して星空を滑るように進んだ。誠志郎とルナを乗せ、さらに数珠つなぎのように後尾に連なったトロールの群れを引き連れて。
「モ、モデライバーさん! トロールが、なんかベタベタ引っ付いてます!」
「まあまあ、トロールは粘着するものです。それよりもせっかく配信中なんですから、リスナーの皆さんと一緒に景色を楽しみましょう」
ステラボートが高いエンジン音を発し、ワープ演出が入る。
景色が一変した。
『みんなー‼ 今日はライブ観に来てくれて、ありがとー‼ 私達ネオステージ十二期生は、これからも突っ走り続けるからねー‼』
星空を揺るがすような大音量の音楽とMCは、眼下の大都市にどっしり鎮座する大型ドームから発されている。それだけでなく、ドームの周囲には大小様々のライブハウス、スタジオ、屋外ステージなどがひしめき合い、とりどりの歌声と音楽が響き渡っていた。
Vライバー達が日々磨き上げたパフォーマンスをリスナーに届けるためのステージ都市、『スターライブシティ』である。
ステラボートは再び高速移動。景色がまたがらりと変わる。
『さあHP残りわずか‼ あとワンヒットという所まで追い詰められました‼ おっとしかしここでジャストインパクト‼ からの……⁉ ファイナルアーツ決まったァああああ‼ チーム『家内安全』‼ 見事二回戦進出です‼』
アナウンサーによる実況がぶち上げられているのは七色のネオンに彩られたゲーム大会専用アリーナ。その他、ゲームセンター風のラウンジ、ソロプレイ用の個室スタジオ、最新ゲームの試遊やプレゼンが行われるステージ施設など、全てが目くるめく虹色の光に照らされている。
ゲームを愛する全てのライバーのための街『レインボー・ゲーミングシティ』であった。
ステラボートは高速と低速を交互に繰り返し、様々なワールドの上空を駆け抜ける。
強盗、窃盗、銃撃戦、何でもありのカオスな無法都市『グランド・シーフズ・アルカディア』。
ライバーが全てのオブジェクトにインタラクトでき、自由に建築物をクラフトできる『ユア・クラフティア』
野球・サッカーなどの定番スポーツからオリジナルの競技まで、様々なレクリエーションが体感できる『アスリート・ストリーマーズ・フィールド』、などなど――――。
万華鏡のような世界を翔け抜けるステラボート。その後尾に掴まりながら粘着質の手を伸ばしてくるトロール達。ボートの上で身をよじってその手を避ける月白ルナ。
舳先に屹立する大星誠志郎は、そんな混沌とした情景の中で、不意にこちらを――もとい、リスナーカメラの方を向き、微笑みながら言った。
「初見さんですね。お初にお目にかかります。大星誠志郎と申します。……へえ、この世界自体が初めてなんですか。ようこそおいでくださいました。この世界は――」
この世界の名は、ステラバース。
世界初にして最大規模の、Vライバー専用メタバース。
そして人間の感情から生成される特異な力、『エモティック・エネルギー』、通称エモエネの実用化が、最初に行われた場所。
ライバー達はこのステラバースから様々な配信を通して現実のリスナー達に『エモさ』を届け、リスナー達はポジティブ感情因子『エモ因子』をステラバースに送る。その力はアバターの表現力強化、ワールドの自律運営、超速・超容量通信などに利用され、それによってライバーはさらなるエモさを発信し、さらなるエモ因子を集積できる――このような好循環によって現実と仮想、二つの世界が結ばれる。そういう願いを込めて創られた世界。
だがかつての動画配信サービスがそうであったように、実際の環境は創設者が夢見た理想とは程遠い。
エモエネのもう一つの側面、ネガティブ感情因子『アンチエモ因子』は、現実よりも仮想の世界において、より容易く、より凶暴に牙を剥く。
ライバーに向けられた悪意の言葉は、ステラバースではトロールという怪物の形を取って具現化し、その言葉通りの攻撃性、凶暴性を以て襲い掛かって来るのである。
アンチエモ因子の塊であるトロールをBANするには、相反するエネルギーであるエモ因子を集約し、それを武器として用いる他はない。しかし運営の管理員モデレーターにその術はないと言ってよく、ゆえにその役割は一部のライバーに委ねられている。
それがモデライバー。エモ因子をエネルギー源とする特殊ガジェット『ライブギア』を武器に、具現化した誹謗中傷と戦う者達。
およそ三千人のVライバーが綺羅星のごとく集うステラバース、その守護者たる少数精鋭のモデライバー。
大星誠志郎は、その一人であった。
「いやだなあ、よしてくださいよ。僕はただ……自分の志を果たすべく動いているだけです」
「あ、あのモデライバーさん! リスナーさんとお話するのもいいですけど、こっちのことも気にしてほしいかなって! なんか移動する度にトロールがくっ付いて来てるんですが!」
「おっとそうですか。では、そろそろ降りましょう」
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