09
それは側妃との、ガブリエーレとの蜜なる夜――初夜が恙無く終わった日に。
「ガブリエーレが、私を愛してくれていると……!」
感極まったように内緒話をしてきた息子に、ヨハンは良かったと――。
「いや、まて。愛しているとは言ってはならぬと」
どこに帝国の耳があるかはわからない。
ガブリエーレは「側妃」なのだ。
子ができなかったから、仕方なく、娶ったのだ――その形を忘れてはならない。
「解っていますよ、父上。ちゃんと閨の中だけです。他の誰にも聞こえないように」
そう――ガブリエーレはうなずいた。
愛していると言われて。
うなずかれた。
言葉なく。
返事なく――けれども、うなずいてくれた。
ガブリエーレも解ってくれているのだと。
「彼女は涙を流しながら……」
嬉しそうにしている息子に、良かったなぁと……父親はもほっとした。
嗚呼――ガブリエーレのあの目は、自分の見間違いだったのだ。
あの、亡くなった妻と同じ目は――……。
「どうして? わたしも青色の宝石が欲しいわ?」
ガブリエーレの指に小さな青色の宝石があることに、エリーゼは不満をもった。
それを久しぶりのユリアンとの閨のとき、暗闇で強請った。
ユリアンは暗闇で気がつかれないことを良いことに――声だけ優しく。顔はみせられない。
「許しておくれ。正妃には格が必要だから……君には最高のダイヤモンドを贈らせておくれ」
――誰がお前に。
ユリアンはガブリエーレが側妃になった時に指輪を贈っていた。
飾りの宝石は小さいながらも深く青く、澄み渡った――自分の瞳色を。
自分の心は、ずっとガブリエーレにあるのだと、想いをこめて。
王家の血を同じく引いて、淡くもあるけれど金の髪の。そして母方の薄い空色の瞳をしたガブリエーレに、この青色はなんて似合うのだろうと感激しながら。
バルグレラ公爵家は王家の血を繋いではいるが、濃くなりすぎないよう他家からも伴侶を選んでくれていた。
だからガブリエーレが幼い頃より、ユリアンの婚約者だったのだ。
ユリアンはその空色の瞳が愛しかった。自分の海のような深い青より、天高く気高いその色が。
――自分も、空色の指輪をしたかった。
「ふぅん……?」
格。自分は男爵家の産まれだから、そうしたものもいるのかしら。
それを考えてくれている夫に、エリーゼはさらに愛が深まった。
彼女は最期まで。贈られた大半が輝きだけは、見事な硝子だとは知らないままに。
たかが風邪だった。
「ごめんなさいね、ガブリエーレさま……」
自分を立ててくれる公爵令嬢は、見舞いに来ても優しかった。丁寧に、恭しく。微笑んで。
「王妃の仕事はどうかお気になさらず。休んでくださいませ……」
だから、彼女は最期まで苦しまなかった。
ガブリエーレが優しかったから。
エリーゼは眠るように死んだ。
まさか寝る前に飲んだ薬が毒とは思いもしないで。
それを飲んで眠れば、明日には元気に……――。
そしてユリアンも同じように。
ただ、彼は最期に油断した。
「君が妃になってくれて良かった……愛している――」
言ってはいけないその言葉を。
多くが見守る、その最期の別れに。
そして彼も優しく眠りについた――苦しむことなく。
そうして優しく、終わり――……。
――始まった。
「そして帝国に……お爺さまにバレました」
ルドルフから明かされた真実。
ガブリエーレは真実、自分が、自分こそが愛されていたと聞いて、頭が真っ白になった。
震える指には、青色の宝石。
唯一、自分だけに贈られた。
そして――同じく息子も愛する妻となる娘に贈った色。
人払いをしていた部屋に、静かにその娘が入って来たことに、ガブリエーレは気がついた。
ここは、今は入って来てはいけないと伝えようとしたが、声が――喉が渇いて声がでなかった。
瞳から涙が止まらないのだと、ようやく。だから喉が渇いて――。
「ああ、お疲れ様」
そのかわりに帝国の王子が。けれどもとても気安く。や、と片手すらあげて。
「長の任務、ご苦労だったねロベリア――いや、毒の娘」
嗚呼、どうりで。
どこからも毒がみつからないわけだ。
どうやって運ばれたのかもわからないわけだ。
どうやって飲ませたのかもわからないわけだ。
――ここに、毒の塊がいたのだから。
…と、いうわけでした。
もう察している方もいらしたかと。
毒の娘については私なぞが説明するより、有名漫画や有名アプリゲームの暗殺者にてお調べくださいな。どっちも好き。
そういえば、あの柱のあの方も、つまり…と思ったのが書くきっかけに…。
エピローグまで、どうぞお付き合いのほどを。