05
憔悴していたロベリアは、修道院に行きたいと口にしているという。
残りの人生を、ヨアヒムの冥福を祈り暮らしたい、と。
ヨアヒムが贈ったという、彼の瞳色の深い青色の小さな宝石がついた指輪一つ、それだけを両手で握りしめながら。
まだ若い娘が、修道院に自ら出家したいとの話に誰しも涙した。
ガブリエーレも自分が同じ色の指輪をユリアンに贈られたことを思いだし。それは息子の瞳色でもあったと、偲ぶために久しぶりに指にはめた。
ガブリエーレも息子の死は哀しい。しかし、王妃として――王族として彼女は休んではいられない。
そんなときに。
「……わたしに毒見をさせてくださいませ」
ヨアヒムは本当に良い娘を見初めたものだ。
自らの上で夫を亡くしたのだから、その憔悴は仕方ないだろう。
回復した彼女をどうするかとガブリエーレが悩むところ、ロベリアはなんと自ら修道院行きを願ってきた。
寝込んでいた間に、ロベリアには月のものが来た。
ヨアヒムの子を孕んではいない。
そんなところまで父親に似なくても良かったのに。もしも初夜で孕んでくれていたらと、ガブリエーレは密かに期待していたのに。
しかしながら、もう処女ではなく――それも褥を共にした王子が死んだ曰く付き。誰が下賜を願うものか。
再婚は難しいと、彼女自身が悟っているのだ。
だから修道院に。
そこに向かうには、まだ時間がかかる。
王子妃になったロベリアの出家ともなると――そしてまだヨアヒムが毒を飲まされた経緯もわからないままだ。
誰に。
どうやって。
いつの間に。
それらが判明するまで、何かしら糸口が見つかるまで、ロベリアにもまだ城に留まって欲しい。
たかが伯爵令嬢でしかなかった彼女に、こんな状態で王子妃として、王族として働けと、酷なことは言えない。
ガブリエーレは引き続き、政務に励む。
そんなだからか。
役立たずの己にもやれることがあるとロベリアから提案――いや、頼まれた。
ガブリエーレの毒見を自分にさせて欲しい。
ヨアヒムは本当に、良い娘を選んだ。
なんて殊勝な娘であろうか。
どこに毒があるかわからない。
ガブリエーレとて身の危険を感じていた。
役立たずな己が口惜しくなる気持ちもわかる。己に来る前に毒見はされているようなものだが、その最後の確認程度を任せてることにした。
王子妃にもなるはずだった存在を、まだ危険にもさらせない。
そうして、ロベリアも孕んでいないことも判明して――やはり後継ぎの問題が起きた。
ガブリエーレが夫であるユリアンの後を引き続き、「王妃」として政務に関われたのは、ヨアヒムという存在があったからだ。
ヨアヒムが妃を娶り、子を成せば、ヨアヒムが王位を継げることになっていた。
ユリアンもヨアヒムが産まれたことで王位を継いだ。この国は後継ぎがいることが――その機能が働くことを証明されて――王位継承の条件のひとつだ。
ガブリエーレのバルグレラ家は、かつて王弟が興した家であり、その後に姫が降嫁したこともあり、王家の血を引いている。
だから彼女が中継ぎを認められた。
宗主である――帝国から。
後継ぎの問題に、帝国より口出しがあるのは当然のこと。
他にかつて王家と縁付いていた家たちは、もしかしたら我が家から新たな「王」が選出されるかもとそわそわしていたが……それは夢絵空ごと。
帝国より、第四王子が送られることが決まった。
側妃腹ではあるが、歴っとした王家の血筋を。
その側妃とて、生まれは王弟の娘のひとりで、また血筋正しいお方だ。
この国は帝国の属国であり。
かつて姫が何かのおりに皇帝に嫁いだこともある。
帝国の中にもこの小さな国の血が流れていることは誇りでもあり――今、その血を戻そうとされることも、また誇りと受け取らねばならない。
ガブリエーレは、肩の荷が下りた気持ちだ。
最上の血統がこの国を繋いでくださる。
ほっとして、ロベリアが自ら淹れて毒見をしてくれた紅茶を飲んだ。
「――コホッ」
小さく咳き込むのは、疲れからか最近風邪気味だからだろう。
それを知っているからか、蜂蜜を入れてくれた紅茶は身体に染み渡る。
「美味しいわ」
礼を言えばロベリアは控えめに微笑んだ。
お越しになる第四王子とロベリアの再婚話がないわけではないが、ロベリアの気持ちはやはり修道院にあるという。
ヒューリック伯爵も、娘のその願いを後押ししている。このまままた王妃になれば、生家も栄誉を受けように。真とに、忠臣の家だ。
ヨアヒムのことをそんなにも愛してくれた娘に、ガブリエーレは王妃としてより母として、また礼を言った。
「姉に会いたいのです……」
虐められていたというのに、健気な娘だ。
ロベリアの姉マーガレットは、ロベリアを虐げたとして、反省のために今は修道院に預けられていた。
それがマーガレットのアリバイだ。
地方にあり女性しか入れず、しかも面会にも制限がかかっている。マーガレットが修道院に入ってから、出入りの商人とすらも話をしていないと確認がとれている。
ロベリアはその修道院に入りたいようだった。
ガブリエーレはその想いにまた涙した。
その涙を浮かべた瞳が――驚愕に開かれる。
新たな統治者として訪れた第四王子の瞳が。その色が。
星が散ったような――まるで黄玉のような……――。
ふーぅ!(ここまで来たぜ…