04
ヨアヒムは本当にできた子だった。
皆が望んだように、期待のとおりに、賢く正しく。
ユリアンのことがあり懸念して婚約者を作らないまま学園に入学させたが、まあまあの娘を自ら見初めた。
心変わりなどされては、政略を結んでいたらたまったものではないと考えていたし。下級貴族や平民を妻にしたいなどと言われたら、上級貴族に申し訳がなくなるし。
ガブリエーレは――自分の様な存在が生まれることが恐ろしかった。
ロベリアは伯爵令嬢ではあるが。
そのヒューリック伯爵家は歴史あり、財もあり、忠臣の家であった。
建国から続く歴史ある家なのは良い。数代前に王弟が興したバルグレラ家よりも長く国にあったことは、真に良い。
現当主でロベリアの父は、ユリアンと同い年であっただろうか。あまり目立つ存在ではなかったが、成績も良く、同じく高位クラスだったそうだ。親の代も、良い。
一つ気になるとすれば、今いる「母」は後妻であるということくらいだろうか。ロベリアが産まれたころ、ヒューリック伯爵の妻は亡くなり、幼い娘たちのために再婚したのだという。
まぁ、それは良くある話だ。
ヨアヒムがロベリアを気に入ったことにより改めてその後妻も調べられたが、この国の宗主たる帝国の貴族の末だが、ヒューリック伯爵家の遠縁で。子が出来ぬから実家に帰されたところを縁によりヒューリック伯爵家へと――母を亡くした子らのために後妻として入ったそうだ。
まぁ、本当に良くある話だ。
帝国の貴族ならば下手をすればこちらよりも家格が高いかも知れない。藪蛇とならぬよう。
そして両親は――その母は、病弱だったロベリアにかかりきりになり、マーガレットが妹を虐げる理由となったのだという。
再婚が仇になったのか。いや、病弱な妹を思いやれないマーガレットの性根が卑しいのか。
まぁ、一番はヨアヒムが気に入ったことだ。
水面下で何人か打診していた婚約者候補もいたことはいたが。バルグレラ公爵家の配下の家などに。
マーガレットとロベリアも候補の中にいたから――本当に、まあまあ、許容範囲。
ロベリアが自ら「予備」のことを提案したときに、良い娘だとさらに。ヨアヒムの選ぶ目を褒めた。
そう――エリーゼははじめ、側妃を娶ることをごねたという。
しかし三年も自分が身籠れなかったことに――あきらめた。
産まれたヨアヒムがユリアンに似ていたことに、喜んだようだ。
先の王妃が産後の肥立ちが悪く亡くなったことも、ガブリエーレが難産で苦しんだことも、何かしら考えることがあったのだとか。
気軽に「次は」とガブリエーレに言うようになった。
エリーゼには避妊薬が盛られていたから、仕方がない。
――男爵家如きの血を、王家に混ぜられるものか。
エリーゼは確かに見目も良かった。
髪色こそありきたりな栗色であったが、はっと目を引くのは瞳の、星が散ったような鮮やかな黄玉色だった。
その瞳で見つめられたら、不思議と彼女に好感を持ってしまう。
しかし。やはり男爵家だ。平民や商人などとも血を繋いできたような家だ。
尊き血を。
王家の血を。
そんな下賤なもので穢すわけにはいかないだろう。
ガブリエーレのバルグレラ家だけならず、王家に近しい家ほど、そうした危機感でユリアンとエリーゼの婚姻を反対した。
けれども王が――許した。
何故か?
王家こそが血をもっとも尊んでいるはずでは?
そのくせ、エリーゼが子を孕むことがないとわかったら、ガブリエーレを側妃にと、王こそが願いに来て。
わかっていたから――ガブリエーレには三年経っても新たに婚約者がいなかったわけだけれども。
ガブリエーレはユリアンから婚約を解消された後、婚約者を作らずにいた。
ユリアンに捨てられた女と、皆からの腫れ物扱いによる屈辱も、三年間。耐えたのは――そうした話が来ることを見越していたからだ。
彼らより、二年年下なことも幸いしていた。
もしも同い年であれば、同じ日々を学園で過ごしていたとしたら。
どれほどの屈辱を味あわせられたのだろう。
――なんて悍ましい。
世は、ユリアンが学園に先に入学したことで心変わりしたことを、きちんと理解してくれていたから。
ユリアンたちがエリーゼと楽しく過ごす日々を、多くの者たちが見ていたのだから。
それゆえ、ガブリエーレが側妃として召されたことは同情のような目も向けられた。捨てられ、それなのにユリアンに振り回された存在として。
振り回された――それは本当に、だったから。
だからヨアヒムに婚約者を早くに決めなかったことは、その当時を知る者たちは納得した。
多くは、己の家にも王家と繋がる機会が来たと――身の程しらずな家も、あったようだが。
――そう、エリーゼのような。
それを思えば。
ヨアヒムは本当に、本当に――良い娘を選んだ。
さあ、風呂敷を広げたから…包んで、畳んでいこうか。