20
ロベリアは姉とは入れ違いで修道院に入る予定だった。
それがヨアヒムがロベリアの望みを聞いて、立ててくれていた筋道。
良い修道院を選んでくれていた。
海の近くにある小高い丘に建てられていて、余生を暮らすには――ヨアヒムを想い、暮らすには、本当に。
その海を見れば、いつでもヨアヒムを思い出し――祈れる。
マーガレットは冤罪を晴らされ。ヒューリック伯爵家の跡取りとして再び明るい世界に戻る。
ロベリアは、静かに終わりを待つ――ヨアヒムの後を追う。そのはずで。
その前に姉と少しでも。父ともできたら。育ての親は……無理だろうか。会いたい。
それが今生の最後の願いであった。
けれども一夜なりとも「王子妃」となった娘の扱いは難しい。
そうしてロベリアは未だ城に留められていた。
途中、王妃の毒味に駆り出されたり――その後、王妃が何故か自分の代わりに修道院に入ることになり。
その海が見える修道院に。
――彼の人の瞳の色。
帝国よりこの属国に第四王子が統治に降され――彼が連れてきた側近の一人に引き合わせられたロベリアは、その珍しい、紫がかった青い色味の瞳を丸く見開いた。
彼のその胸には、黄泉路で目印になるはずだった――そのロベリアの瞳色の宝石が。
ルドルフがその瞳を見て、この色を探すのは大変だったろうなと小さく感想を言う横で。彼はルドルフには容赦なく肘打ちしながら、ロベリアに優しく微笑んだ。
垂れ目気味の、その海のような深い青い色をした瞳で。
「……。」
ヨアヒムは眩しいと、目を開けた。
ここで、「天国か地獄は医務室みたいなんだな」てボケを期待したのにと、不満をあとから言われたけれども知ったことではなく。
「……なんで僕、生きてんです?」
自分の顔をみて嫌そうにしたヨアヒムに、ルドルフはニタァと、なんとも嫌らしい笑みを浮かべた。とても王子さまとは言えない顔だ。
「ざーんねんでーしたーぁ」
簡単に楽になんかしてやるもんか。
「こんにゃろ……」
それはかつてヨアヒムがルドルフに言わせた言葉。
ざまぁと楽しげに笑う王子に、頬を引き攣らせ死に損なった王子。
似た者同士って、気が合わないんだなぁと――この数日、新たに側近で護衛となり、あれこれとルドルフの手足となって動いていたハーゲンは一人小さく、ため息をついた。
でも内心では、喜んでいた。
いつか殺される定めの王子だった。祖父母にはそう覚悟して仕えるようにと――帝国からの指示を受けていたが。
けれども、それでも。
ヨアヒムは良い奴だったから。
彼は敏いし、優しい。彼がいつか本当に王様になってくれたらと、どれほど望んでいただろうか。
それに何より、幼馴染みだ。
共に学んだし、共に悪戯だってした。時に護衛を撒いて下町に行かれたりするのには腹が立ったり。
けれども、それでも――やっぱり。
殺したいとは、ずっと思っていなかった。
ヨアヒムがロベリアに惚れたことにより、彼女が主流となった王弟の計画だが、それがなければ毒を盛るのは身近にいた自分になっていた可能性が高かったから。
そのための、幼馴染み。
思惑込みの関係だったのに、ヨアヒムは死ぬときまで、自分を幼馴染みとして側に置いた。
……それどころか。
「……良かった」
ハーゲンは、小さくため息をつきながらも。心の底から、小さくも本音でつぶやいた。涙で前が見えなくて、一度袖で拭った。
ヨアヒムが王妃と同じく、自分のような近い者たちのことをも、ルドルフにこっそりと後を頼んでいたのを知って。そんなことするなよ。それなら自分の心配して足掻けよと――怒るのは、泣くのは、もうこれで終いだ。
これからは、もう……。
ルドルフはヨアヒムに自分が差し伸ばした手を「絶対いやでーす」と、あっさりと振られたとき。
むしろ「絶対助けてやるぞ、この野郎」と、逆に。
「……ああ、僕、優秀ですからね? 使い道たくさん? 死なせるには惜しい奴な?」
「まあ、そうだけど、自分で言う?」
うん、たまにいるのだ。
こういう、敏い奴。鋭い奴。
妙にカンが良い奴。
自分の身近だと祖父の――帝王のディートリヒだろうか。
だから彼は一番、敵になったら面倒くさい、弟を味方にしたのだろうし。
そういえばこの国も、元を辿れば帝国の末か。
遠い遠い親戚か。
似たような奴がいたって、不思議じゃないのかも。
それを言うならお前もだろうと、ルドルフの兄たちがため息と苦笑をするだろう。
すでにハーゲンが似た者同士と見ているように。
ルドルフに対して兄たちがもやもやしていたように。ヨアヒムに対しては兄の気持ち知らずな彼だった。
「キミ、頭も良い、腕っぷしも良い、しかも下町やあちこちの顔役にも好かれてるしさぁ」
しかも顔も良い。一番憎らしいところかも。しかも彼女(いやもう奥様?)も美少女だし。こんにゃろめ。
そんな優秀な奴、さっさと死なして楽になんてしてやるものか。
あっさりとこの国を押し付けやがって。
「僕は気楽な四男坊として生きてくハズだったんだから。その予定崩されたんだから、キミ、手伝ってよね?」
しかしヨアヒムはせっかく助けた――助かった命に不満そうだった。
だからルドルフは手持のカードを差し出した――人質、でもある。卑怯かもしれないと、内心では。
「だってロベリアもまだまだ長生きするよ? させるよ? キミ、彼女を長いこと……うーん、ひとりぼっちでキミが黄泉で待つことになるよ? ロベリアを長い間ひとりぼっちにするて言うべきかも……あ、それとも他の男に譲る――」
「ちょっとそれ、詳しく?」
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