16
「いやキミ、足掻こうとは思わないの?」
そうしてハーゲンの伝手――というか、勝手にヨアヒムが手を伸ばしたというか、届いてしまって呼ばれたのはルドルフだった。
ヨアヒムの亡き後、この国の統治を押し付けられる予定の。
ルドルフ自身は気楽な四男坊として、帝国でのんびり生きて、何か趣味でも作って――兄弟たちの敵にならないように長生きする予定であったのに。
今のところ趣味は馬の遠乗り――と、いうことにしてある。
そうしてあちこちと出かけるために――いつでも全てを投げ出して逃げられるように。
その実、愛馬は可愛い。一番のお友達。らぶ。
ルドルフのポケットには常に角砂糖と岩塩の袋が入っている。馬用に。
愛馬とともに、田舎を走ってきまーすと帝国を出て――田舎と、帝国が馬鹿にしているあちこちを走っている。
ちなみにこの国も帝国からは田舎扱いされていたりする。
「まぁ、逃げるつもりはないけど。今のところ」
実際、兄たちとは仲が良い。ありがたいことに良い人たちだ――今のところ。
現状では正妃腹の長男で玉座は決まりだ。他の兄弟たちも彼を尊敬している――と、思う。
祖父の時代は血で血を洗うような玉座の取合いがあったのに。
……だからいつでも逃げる用意のルドルフなのだけれど。
祖父ディートリヒは敏いというか、頭が良いひとだと、孫たちは思っている。
玉座に座ったあとに、きちんと後継者を見極め、指定して。
長男を飛ばし次男を後継者にした理由も「この子はきちんと人の話を聞くから。我らが父と違って」と。
その理由に、誰もが黙って、頷いたという。認めたという。
それはディートリヒたちの父が配下の話を聞かない、いわゆる「暴君」であったから。
彼は自分の治世――自分が好き勝手したいがばかりに、後継者をなかなか決めなかったし、娶った多くの妃たちを、その関係者をのさばらせた。
妃たちの管理をあえてしないで、自分からの寵を競わせることを楽しんでいたのが、害悪であった。
そうして帝国は麻のように乱れた。
その辺りを語ると長くなる。
それを制したのは長男ディートリヒ。現在の帝王にて――その弟ヴォルフラムが、ルドルフにとってのもう一人の祖父。母方の。
母方の祖父ヴォルフラムは兄である帝王ディートリヒに味方したのだ。その関係は現在でも良好。
――だからヴォルフラムは帝国でも未だに力を持っていて。
祖父ディートリヒは父親の二の舞を踏まないように、己の次男を後継者としてきちんと見定めていた。
長男である、ルドルフにとって伯父に当たる人は、統治には向かないとご自分でも言っている。伯父は言うなれば歴史オタクで、今日も嬉々として帝国の奥深くにある古書を読み耽っているだろう。
「こういう時ばかりは帝王の息子で良かった良かった」
王族しか読めない禁書を読む伯父は、何気に度胸だけはしっかりと王族レベルだと思う。
彼が時たま歴史書から馬鹿にできないほどの発見や、遺跡の場所を――財宝を――当てたりするから、適材適所ではある。
趣味があると良いなぁと、ルドルフが思った理由の人だ。
彼はその価値がある――そして玉座に興味をもたないから、生かされてもいる。
そしてある意味で長男から玉座を押しつけられたのが自分たちの父だ。
父は政略含めて正妃と、そして側妃を何人か娶っている。
その側妃の一人が、王弟の昔からの許婚で現在の妻の娘であり、父と従姉妹にしてルドルフの母――腹違いのエリーゼの妹。
この属国の正妃はエリーゼであった。
だから、甥に当たるルドルフにお鉢が回って来てしまったのだ。
ルドルフはなんで僕が、とため息つきながらヨアヒムに会い――思わず尋ねていた。
伯父は自分を殺すのは損だと皆に示して、それを逃げ道にして。
自分はまだ何もわからない未来だけど、逃げる算段を常に考えているのに。
己が殺されることを受け入れている王子に。
――一番最後の逃げ道を既に選択している。
「いやキミ、足掻こうとは思わないの?」
もう既に、どうしてあれこれ覚悟完了してるのさ、と……。
――この子、怖ぁ……。
…哀しいほど、怖くて。




