14
ベラ――ベラドンナは帝国の端にある山間部産まれの薬師だった。
もちろん本名ではない。
けれども、本名ではないのも理由がある。
薬は時に――毒にもなる。
帝国子飼いの薬師な一族だった。
ベラドンナは一族の中で、ほどほど優秀で。
その日、里長から任務を告げられた。
「毒娘?」
それはまた久しぶりな。
少し前。
帝国のごたごたの前の時代だ。
帝国がまだ、今よりも小さかった時代に――むしろ帝国がその策略を食らい、そうした暗殺方法があると知ることになった。
けれどそれを秘匿もしたのは――こうしたときに、今度は帝国側が使うため。
時代とはこんなものだ。
やったらやりかえす。
またやりかえされたら、またまた。
またまたまたまた。終わりなく。
そうしてこの薬師の里にもその「作り方」は伝わり。
過去に五人ほど製造された。
そのうち二人は毒に負けて早々に死に、成功した完成品の三人は――それこそどうなったか。
あの帝王ディートリヒの政敵に使われたというが、はてさて。
そうしたことでベラドンナは帝国から離れて、とある小さな国に、その貴族の家に潜り込むことになった。住み込みで。
「これを使え」
そう渡されたのと一緒に。
これ――紫がかった青い瞳の幼子と。
わざわざ、孤児院から探し出してきたそうな。
その家の――死んでしまった本当の娘と同じ色と年頃を。
手間暇かけるなぁ。
王弟の執念深さにむしろ呆れるベラドンナだった。
そんななら手元に引き取りゃ良かったのに。
正式に娶った高位貴族の奥様の手前、自分の身が、立場が、可愛かっただけだろうに、と……。
だから。
ベラドンナは手を抜いた。
馬鹿正直に「毒娘」を作るのなんてやなこった、と。
その体液に触れただけで死ぬような――正しい毒娘。
実際、そんな娘は長生きしない。
本人の内臓もぼろぼろになる。
話に残る完成品の三人だって……外見の美しさのかわりに――。
それにそんなに危ない娘を学園に入れろだなんて無茶振りもされた。そんなのテロ行為でしょうに。これだから現場を知らない偉い人たちは。
帝国には「出来損ないちゃんなんで」と、ロベリアの毒の薄さをそう報告した。
「もしも焦ったりしたら死んぢゃいますねぇ。計画終わっちゃいますねぇ。これまでの全部無駄になりますよぉ」
飄々と、しれっと。
実際のところ、ロベリアは十分毒娘にはなっている。
かわいそうだが、ベラドンナも仕事はこなした。
毒は蓄積し、彼女の身体を蝕み――やがて彼女の愛する人を、殺すだろう。
「でも、あと十年かそこら、もう少しくらいまでなら生きれるんじゃないかしら? 私も仕事だし、人質とられてるからごめんなさい、だけどね……」
なんせ出来損ないだから。
「はい、あのまま孤児として生きていたらわたし、もうとっくに死んでたと思うので……」
それを言われるとさすがに心臓あたりがギュッとなるが。
ロベリアは毒娘になって良かったと、笑う。
孤児のままなら、こんな温かな布団で眠れなかったし、温かいご飯も食べられなかった。
毒はしんどかったが、長生きの代わりに――温かな生活と、温かな家族をもらえた。
本当のロベリアには申し訳ない。
その分、父と姉に孝行したい。
彼女は笑顔でそんな望みを言う。
笑顔で。
まったくの曇りない笑顔で。
姉マーガレットは、ロベリアを虐めたとあるが。
ときに大事な薬を捨てたり――妹自身も、修道院の前に捨て置くなどもしたという。
真夏の暑い最中に。
真冬の寒い最中に。
小さな荷物鞄一つしか持たせず、家から追い出そうとすら。
すべては、毒を捨てようとしてベラと攻防を繰り広げていたのだし。
鞄に自分のありったけの手持ちの金や母の形見の装飾品を詰め込んで、逃がそうとしたのだ。
妹を毒娘というのにしたくなくて――殺したくなくて。
優しいなぁ、と。
本当の妹ではないと気がついていたのに、変わらず「ロベリア」と呼んでくれる。
ベラドンナはそんな姉妹を愛い子たちだなと、微笑んだ。
ベラドンナ自身はマーガレットを嫌いじゃない。むしろ良い子だと好感を持っていた。お貴族さまのガキんちょにしてはなかなかやるじゃん。
彼女が風邪を引いたりしたときはよく効く薬を煎じてやったりした。めちゃくちゃ苦くしてやったのは高価な薬を捨てられたお返し。まぁ、帝国持ちだったから良いけど。
マーガレットのためにも――手を抜いたのだ。
だから彼女はまた飄々と罪を被った。
マーガレットは冤罪。
すべては妹こそが被害者。姉は、正義。
義母にわざと毒を盛られていたのを知って、守ろうとしていたのだと。
もちろん毒娘の製造は明らかにされず――そんな非道は。
世間は、ただの腹痛や熱が出る程度を飲まされて苦しめられた、程度のだろうと思いもすれ。
けれども幼い子供には少しの熱とて命取り。
怒りは、同じように子を持つ親たちが。
義母はロベリアを看病することにより、同情を引いていたのだと。離縁されないよう、理由作りに妹を利用していたのだ……そう、明らかにされた。
実はそんな非道い義母であったのだ。
マーガレットこそがロベリアを本当に守ろうとしていた――新たな美談。
まぁ、本当に、そうでもあるし。
そうしてマーガレットも無事、冤罪を晴らされて。
修道院からも近いうちに戻れるだろう。
そうして真の悪。
後妻ベラは離縁され、国外追放の刑を。
ヒューリック家のベラは、後に国の歴史に残った。
ベラと、産まれた女児に名前をつけることが無くなったほど。
この様な悪女、後妻がいたのだと……――。
「いや、本当に、王子の婚約者になるだなんて吃驚しかなかったんだけども……」
ベラは――ベラドンナは、十年以上暮らした国を後にした。また飄々と名前を変えて。まさかその名前が歴史書に残るだなんて思いもしないで。
彼女は何だかんだ任務を完了したから、帝国からもきちんと報奨を受けとって。帝国は、やっぱりロベリアにお役がまわって来たのが驚きであったのか、ずいぶんと色をつけてくれた。
けれど小さくまばたきをした。目がどうしてか潤んだのだ。
そう、ロベリアは薄くとも……出来損ないでも。
毒娘だ。
その身はやがて――彼女の愛する人を、殺すだろう。
エセ代理ミュンヒハウゼン症候群的な……。と、いうことにして。マーガレットを助けたベラドンナさん。(実際にやっちゃ駄目、絶対です!)
本来は飄々とした姐さんなベラドンナさんでした。
でも、仕事だから。やらないと彼女の一族も……だったから。
歳の離れた弟が、まだ故郷にいる設定でしたが、それはまた、別のお話。
実際のところ、マーガレットとはさすがにあれだったけど、ロベリアとは仲良かった。ベラドンナ自身はマーガレットを嫌いじゃない。ミヒャエルとは完全にビジネス夫婦、寝室も別。でも亡き奥さん、ごめんなさいね。
こうした人ほど、実は情が深いと思います。彼女も悩んだり苦しんだりだったかと。
どうしても書いときたいひとでしたベラドンナ。そのうち若さの秘訣を尋ねられたりする超絶凄腕美魔女クラスになったら嬉しや。