13
ヨアヒムは、皆に望まれた通りの子であった。
望まれたとおり――敏かった。
「なるほどね?」
自分が、一目惚れした少女から――あれよあれよと、理解していった。
本当に、「いつから?」と尋ねられたのを、ヨアヒムは正しく答えていた。
どこにきっかけが落ちているかわからないものだ。
「長期戦だなぁ……あ、それだけ恨まれたのね? っても、どっちもどっちだねぇ……」
そして彼は小さく微笑んだ。
ロベリアも頑張ったんだねぇ。
「僕を殺すために」
もしもロベリアが彼の目に触れなければ、こんなことにはならなかったろう。
一目惚れは間違いなく、であったのだから。
帝国も吃驚した。
ロベリアは――毒の娘は、あまり当てにされてない計画の端にある、何かに使えたら良いね――程度だった。ひと一人と、その家族の人生を使いながら。
それがまさか、計画のど真ん中になるだなんて。
歴史あり、忠臣のヒューリック家の娘ならば、王家に侍女としてあがることもできるだろう。
そうして潜り込むのを想定していた。
お茶出しなどの機会があれば良し。
さらに――もしも、ヨアヒムが好色で、閨に呼ばれることがあれば。
ロベリアにとっては命がけなその計画は――ところがところが。帝国も吃驚、まさかの婚約者。
学園にて見初められた。
帝国も本当に、吃驚。
ヒューリック伯爵も吃驚。
一番吃驚したのはロベリアだ。
ヒューリック伯爵家にその旨の書状が届き。
「え? 貴方が婚約者? え、え? え? 婚約者?」
え? を何回かくり返し。
「……どうしよう。貴方の毒、そんなに強くないのに」
育ての親のベラの。いつもは冷静な彼女が「えぇー?」と。頭を真っ白にしているのを初めて、見た気がした。
「……わたしが、婚約者? 毒。どうするの? わたし、出来損ないなんですよね……?」
くり返してしまったロベリアも頭が真っ白だった。
ここで辞退することはヒューリック家にもできない。
親戚などからは気の早い祝福も届いていて。亡きヴィオラのご実家なんかは、今から輿入れに必要なものの援助は惜しまないとドレスや宝飾品の商人に声をかけまくっちゃってるらしい。
あれよあれよと、外堀が埋まっていく。
――そうして、ヨアヒムの手のひら上で転がされていたのだ。
ヨアヒムは一目惚れしたロベリアのお家に。
ヒューリック家はやたらと帝国とつながりがあるなと気がついて。
定期的に荷物が届くし。それは一見、薬草とかのお薬の材料で。確かにロベリアのためのお取り寄せ、でもあったのだけれども。
――薬も時に毒になる。
調べればあっさり。
自分が幼い頃に亡くなった父とその正妃であったというエリーゼの、その後ろ盾に気がついた。
どうして、仲の良かった母と婚約を無しにしてまで、男爵家の娘を妃にしたのか。
――妃にできたのか。
学園で見初めたという美談なんかには、彼は騙されなかった。
父の、そのまた父の残された日記なんかも見つかった。
王子としての特権をフル活用してあちこち秘匿も調べれられた。
父と正妃のことは薄っすらとしか覚えていないけれども。
二人とも、ヨアヒムのことは可愛がってくれていたと思う。
正妃にも、嫌なことをされたり言われた記憶もない。
ただ「わたしもお母さまと呼んで?」とおねだりされて、応えたらすごく喜んでいた記憶が、ある。
「悪い人じゃなかった……んだろうな……」
悪い人ではないが、残念な人ではあった。
ただ、そう思った。
――気の毒に、と。
父が父でありながら、祖父と兄弟でもあるとは――祖父はなんとも、大変なことを。
そこまでして血を、繋ごうとした祖父には、悪いことしてしまうなぁ、と。
父亡きあと、母を助けて政務を頑張ってくれていた姿は、しっかりと瞼に残ってる。
そんな祖父は、きっと知らない。
そこまでしてもうけた息子を殺したのが、その最愛の人であったことを。
知らない方がきっと幸せ。
祖父は葬儀のとき、どこかホッとした死に顔だったから、自分という後継に満足はしていたのだろう。
そう。
彼はまた、彼らを殺したのが母であるとも知ってしまった。
「……うーん」
これは困った。
これは母か自分の首を差し出さなければ収まらないところだ。
いやたぶん――母の首では駄目だ。
母の首で良いのならば、話はとっくに終わっているはずで。
帝国が何故にこんな悠長で手間のかかることを、しているのか。
――ヨアヒムは、本当に敏かった。
「……僕かぁ」
ヨアヒムが成長し、幸せの真っ最中に。
毒で。
父と――というか、妃と同じように。
そうしてなによりも。
ガブリエーレに仕返しするのが、帝国の目的なのだ。
ヨアヒムは本当に、敏く、聡く――そして王子だった。
…覚悟、完了。