10
それは行く行くは新たなる王と王妃となる二人の結婚式の夜。
そわそわとしていたのは花嫁の父親。ヒューリック伯爵。
愛娘が嫁いだのだから仕方ないだろうと、祝いの席にいるものたちは微笑ましくみていた。
やがて準備のために花嫁が退出し――宴もお開き。花婿たる王子もさがられた。
友人や親戚や、彼の後見になる有力貴族たちから、かなり飲まされていたようだが大丈夫だろうかと、宴を下がるものたちは、笑いながら。
何とめでたい。
この国には今は王はいない。
その残された王子が成長するまで、その母である王妃に政治を許されていた。帝国も、後継ぎが産まれていたならば、彼が成長するまで――と。王が亡くなったときには、いまだ先王が復権できたのもあり。
そうしてようやく。
王子は成長し、結婚式まで挙げられるお年になられた。
彼に子ができれば、戴冠となる――。
――彼に、子ができれば。
その宴の数時間後。
――その王子の死が。
ミヒャエルは報告に崩れ落ちた。
誰もが彼の心情を思い、震えて泣く彼に、声もかけられなかった。
うずくまる彼が、歓喜に震えているとは思いもしなかった――いや、哀しみにも震えていた。
「ああ、ユリアンさま……エリーゼさま……」
――仇は討ちました……!
ミヒャエル・ヒューリックは目立たない男だった。
成績は良く、高位クラスには所属していたが、そんな中にいても平凡な容姿で。性格も真面目さだけが取り柄だった。
彼は学園を卒業後、家を継ぐために準備をし。一つ歳下の婚約者の卒業をまって結婚した。
婚約者のヴィオラはその花の名前のように可愛いかった。
愛していた。
ヴィオラはやがて女の子を二人も産んでくれた。
初めの子は自分に似てしまったが、その素朴な感じが可愛いと妻に言われて嬉しかった。自分に似ていることが――妻には喜びであると愛しさがあふれ、マーガレットと名付けた。
マーガレットが産まれたことでヒューリック伯爵家を継ぐこともできた。
次の子はヴィオラに似て可愛らしい顔立ちをしていた。
淡い茶色の髪は自分とマーガレットと同じであっても、顔立ちが赤子の頃から整っていた。
妻から続き、花の名前が良いかと悩みロベリアと名付けた。その愛らしさには合うと思い――。
――その花に毒があるとは、なんて偶然か。
実はヴィオラは生来あまり身体が強くなかった。けれども彼女自身が子を望んだこともあり、強く反対できなかった。
結果、ロベリアを産んだあとに体調を崩しがちになり、ヴィオラは亡くなった。
ミヒャエルやマーガレット、そしてロベリアに愛を伝えて。
学園にてクラスメイトであった、なんと王子のユリアンとその妃のエリーゼからも悼むお手紙を頂戴して。
お二人は結婚しても子ができず――エリーゼ妃にはなんとお労しいことか、側妃を娶ることになったというのに。
学園であんなにも輝いていた二人が。
ここに、美談を信じるものがいた。
ミヒャエルは平凡で、成績だけが良い男だった。
もし、二人と同い年でなければ――あの輝かしいクラスでなければ、暗い人生になっていただろう。
現に、学園に入るまでは、同世代の集まりでは弾かれていた。軽く虐めにもあっていた。伯爵家の跡取りという地位がなければ、もっと酷い目にあっていただろう。
けれど不和を嫌う王子殿下が、良く気を払い、何かと手助けしてくださった。高位クラスで浮かずにすんだのはユリアンと――明るく、朗らかで、クラスの中心にいたエリーゼのおかげだ。
エリーゼもまた、よくミヒャエルに話しかけてくれた。男爵令嬢だから馴れ馴れしいと怒る声もありはしたが、ミヒャエルにはエリーゼに話かけられることは有難かった。
いつかその恩に報いたい。
ヴィオラにそう語って、よく笑われたものだ。それは応援な意味の笑みで。
幼い頃からの付き合いの婚約者が、虐めにあい卑屈にならないかヴィオラは心配していたのだという。
「学園に入ったらわたしが守らなくちゃ、て!」
一年遅れを悔しがっていたら、ミヒャエルは案外平和に過ごしていて。
ヴィオラはミヒャエルから話を聞いて、彼女もユリアンとエリーゼに感謝をしていた。
ヒューリック家は長く王国にあり、忠義厚い家なのだから。
王と王妃に忠誠を尽くそう。国のために。
その誇りをもって、ミヒャエルは家を継いだのだ。
けれども彼の決意を、一番応援して、支えてくれていた最愛の妻が亡くなった。
そして彼女が残してくれた、また愛しき我が子まで……――。
…虐めから助けられたら、神さまよりもそのひとを崇めてしまうかもです。それが…。
悪いひとではないのです。誰も。
ネタバラシもすんだので、タグに毒娘、追加しました。




