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第五話③


「コタロー、オレをどこまで連れていくつもりだ」

 オフィリアの先導のもと、俺たちは森を抜けて、ダインズヴェルシュを素通りするかのように歩いて、街のはずれにやってきたが、ふと思いついたかのようにガークが囁いてきた。

「拙者は、ここでお待ちしております」と、つい先程、カクスケがその場から動かなくなったから、一旦別れた直後だった。ちょっと心配になって振り返ると、カクスケは直立不動のまま、道の端に立ち尽くしていた。きっと俺が戻るまで、あのままなんだろうな。

「なんだ? まさかガークたち竜族も、ジェインズに入れないって言うんじゃないだろうな」

「たわけたことを抜かすな。我ら竜族が、エルフなどに劣るはずがないだろう」

 竜族としての矜恃と、年相応の言葉遣いが綯い交ぜになったかのような物言いだった。エルフより竜族のほうが格上だと言いたそうなガークだったが、それは彼の偏向的な思想だろう。

 オフィリアに俺たちの会話が聞こえていないわけがないだろうが、反応はなかった。俺もそれ以上は答えずに、彼女のあとを着いていく。次第に見えてきたのは、巨大な樹木だった。

 広大な草原のど真ん中に、一本の木がそびえている。切り倒せば、株に俺が百人は座れそうな太さの幹だ。風が吹くたびに揺れる枝葉が奏でる音は、まるでざわめきのように聞こえる。——それが単なる木ではないということが分かったのは、近くに寄ったときだった。幹に扉がある。

「こちらが、わたくし共エルフの住む、ジェインズです」

 首を直角に曲げて、さらに腰を反らさないと、てっぺんが見えない。今の季節が何なのか、そもそもベリュージオンに季節なんていう概念があるのかどうかは分からないけれど、夏に青々と茂る若葉のような葉のせいで、視界が緑に覆われていた。

「木の中に、町があるのか?」

 自分で言って、勝手にわくわくしていた。

「わたくしたちは、外界で暮らすことを避けてきた種族でございます。故にこのように、巨木の中を拓いたり、水底などで暮らしております」

「コタロー、余所の世界から来たオマエは知らんだろうが、エルフ族が司る魔法は、我ら竜族の武力に等しき力を持つ。故に悪しき者にコイツらの身が渡れば、この世を脅かすような事態が引き起こされるかもしれんから、無闇に迫害を受けぬよう、日頃目立たぬように暮らしているのだ」

「でも、こんなに巨大な木の中で暮らしているなんて、そのほうが目立つんじゃないのか」

 俺がそう言ったとき、ガークは嘲笑するかのようにフッと口角を上げてみせた。

「この樹木はエルフ族の強力な結界によって護られている。我らの炎でも、此処を焼き尽くすことは出来ん。それに部外者は中に入ることすら叶わぬ。あの木の扉を開けようとしたが最後、その者は忽ち、身を滅ぼすことになるだろう」

 ガークが言わんとすることは、こうだ。エルフは、竜族と比べて肉体は軟弱だが、彼らが操る魔法の力は竜族の武力に匹敵するほどだ。木の中にはエルフたちと、彼らに許された者しか入れない。エルフたちは自らの魔力の庇護のもと、その身が脅かされないように生きているのだ。

「そちらの竜族の少年の仰るとおりでございます。わたくしどもの加護を受けぬ部外者は、ジェインズの領地に立ち入ることは叶いません。強引に入ろうとすれば、魔法が発動し、生命が脅かされることとなるでしょう」

 薄々感じていたが、ベリュージオンに住むやつらは、生きものの命に関わることを平気で口にする傾向にあるような気がする。平和に暮らしていた俺とは違って、生死の境目がはっきりと見えているからだろうか。

「その加護ってやつがあるなら、俺の使い魔のカクスケも、その恩恵に預かれるんじゃないのか?」

 もしそうだとしたら、すでに今頃カクスケは俺の隣にいるだろうと、言いながら思ったが、尋ねるだけなら問題ないだろう。

「使い魔たちは、わたくしたちが最も警戒すべき存在。貴方さまの使い魔に穢れがなくとも、こちらには立ち入ることは出来ません」

 オフィリアはそう言って、エルフと使い魔とのあいだに生まれた確執を簡単に教えてくれた。遠い昔、エルフと使い魔は、身分の差はあっても互いに手を取り合い、共存する関係だったという。しかし、とある使い魔が反逆を企てた。魔法がなければ『弱い』エルフは、絶滅寸前にまで追いやられたという。それがきっかけで、エルフと使い魔のあいだには繕うことも難しい歪みが生まれて、ジェインズは使い魔禁制の場所となったそうだ。

「エルフのみんなが身を守るためには、仕方のないことなんだよな……」

 なんだか虚しくなった。俺の知っている使い魔——カクスケやツヴァルザランは、オフィリアたちに手を上げることはないだろう。だが、それは俺の主観であって、オフィリアたちエルフにとっては使い魔というだけで、忌まわしい過去を思い出させる要因となってしまうのだ。

「……でもちょっと待てよ。さっきオフィリアさんは、俺たちこもれびの杜のことが書かれたチラシを、通りすがりの使い魔から貰ったって言ってたよな。……ジェインズ以外の場所で使い魔と関わるのは、問題ないのか?」

「一度の諍いが、後世にまで尾を引いていることなど、多分に有りましょう。エルフと使い魔の関係も、そのうちのひとつです。ジェインズが部外者禁制なのはわたくし共の積み上げてきた歴史の産物。しかし現状は過去のものとは違うことくらい、わたくしにも分かっております。他者の害の有無くらいは、わたくしにも分かりますよ」

 オフィリアは言葉を切って、俺の顔を見た。

「わたくしに貴方がたのことを報せてくださった使い魔は、随分と高貴な格好をした青年のような見た目でした。たしか、『サンスケ』と名乗っておられましたよ」

 俺の心臓は飛び跳ねた。思わずガークのほうを向いたが、彼はまるで動じている様子はなかった。

「サ……サンスケ?」

「あら、あの使い魔をご存知なのですか?」

「知ってるもなにも……というか、あいつは使い魔じゃ……」

「コタロー」

 みなまで言い切る前に、ガークに名を呼ばれて制された。なんだよ、とガークを再び見ると、眉をひそめて腕組みをしている。それ以上、サンスケのことを話すな。たぶんガークは、そう言いたいのだろうと思った。

 だから、話は宙ぶらりんになって、そこで一旦中断された。ついに俺とガークは、オフィリアに続いて、ジェインズに足を踏み入れることとなった。

 音もなく、木の扉が開かれる。俺の胴体どころか、ガークの逞しい胴体をいくつも合わせたような太さの幹の中は、不思議なことに、本来の体積よりも広い空間が存在していた。

そこはまるで、町のようだった。

「……嘘みたいだ」

 ベリュージオンに来て、俺の中の常識というものはだいぶ書き換えられてきたと思っていたが、まだまだ新しいものが待ち受けているようだ。子供だったころ、知らない言葉や物事を知ったときに感じたときめきが、心の中に蘇ってきたみたいだ。

「なにを呆けている。先へ急ぐぞ」

 ハッと我に返ると、オフィリアとの距離が幾分空いていて、ガークの言葉が俺の背中をぐいっと押した。

「なあガーク」

 その距離を保ったまま、俺は囁くような声でガークを呼んだ。

「さっきどうしてオフィリアはサンスケのことを使い魔だと言ったんだ?」

「簡単なことだ」

 ガークは、オマエはそんなことも分からないのかと言いたそうに、得意げに胸を張った。「あの魔族は、他者に己を使い魔だと思わせたいから、『サンスケ』などという偽名を名乗っているのだろう」

 サンスケには、イルムという本名がある。今朝出会ったときは、「今日は三助のサンスケではなく、イルムとして対応しなければならないことがあるんだ」と言っていた。

 自分の立ち位置というか、身分を快く思っていない様子なのはなんとなくわかっていたけれど、『サンスケ』と名乗ると、それがどうして使い魔だと思われることに繋がるのだろう。

「オマエの使い魔の名を言ってみろ」

 俺がまた疑問を口にすると、ガークはそう言った。

「え? カクスケだろ」

 カクスケとサンスケ。よく似た名前だとは思っていた。

「そうか。オマエは余所からきたロイメンだから、知らないのか。ならばオレが教えてやろう。有難く思うがよい」

「ああ、ありがとう」

 俺が反射的に、心にもない礼を言うと、ガークはなぜか顔を赤らめた。

「ベリュージオンに存在する雄の使い魔の名には、必ず最後に『スケ』という音が付く。あの魔族は、その法則を利用して、使い魔のフリをしているのだ。理由はヤツにしか分からぬ。飄々としたヤツだが、コタロー、オマエが尋ねれば、理由を話してくれるかもな」

 ガークの言ったことを、頭の中で少し考える。学生時代、同じ部活の仲間に、『シュンスケ』という名前のやつがいた。他にも同級生には、ダイスケだとか、ケイスケなんかもいた。つまりあいつらがベリュージオンに転生してきていたとしたら、名を名乗った瞬間に使い魔だと認識されてしまうということか。

 なにかひとつ、誰かの想像もしていなかった一面を知ると、見る目がぐるりと変わることってあるよな。俺はそのとき、オフィリアやガークの背中を追いながら、頭の中ではサンスケがなぜそんな不可解な行動をしているのか、そればかりが気になっていたんだ。


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