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第四話⑫


「アマドキアさんのお連れ様」

 俺たちの周りにいた患者が続々と入れ替わって、癒舎に滞在している時間が長くなった頃、『受付の殿方』が俺に話しかけてきた。

「貴方はロイメンですか? アマドキアさんとはどういったご関係でしょうか」

 付き添いのヘルパーです、とひとこと言えば分かってもらえる世界ではないだろう。俺は言葉に詰まったが、あまり黙っていると不審に思われそうなので、頭をフル回転させて語彙の中から適切な表現を探した。

「彼とは縁があって、少し前から身の回りの世話をさせてもらっているんだ」

「そうですか」

 受付の殿方は、それで納得したようだった。

「アマドキアさんの状態ですが、どうやら腰の骨を折っているようです。しばらくこちらに滞在していただき、療養すれば時間経過で治る症状ではありますが、如何なさいますか?」

「主さまにとって、最善の方法を選択したいと思います」

 ツヴァルザランは不安げに揺れていた眼差しを、そのときはしっかりと殿方に向けて返事をしていた。


 元いた世界でも同じようなことがあった。受け持っていた利用者が急変したときに直面した場合、救急車の手配から病院への付き添いを、家族の代わりに担ったりする。

 俺は救急車に乗るのが苦手だった。ただでさえ乗り物には弱いからすぐに酔うというのに、サスペンションのあまり効いていない車両に、しかも進行方向とは横向きに乗せられてノンストップで揺られるのだから、病院に到着したときには、利用者より俺のほうがグロッキーになっている……なんてこともしょっちゅうだった。

 それはさておき、俺が出来るのは、病院まで付き添って、直近の様子を医師や看護師に伝えるのみで、入院の手続きやら、今後の対応までは口出しが出来ない。血縁関係にない俺たち介護職は、利用者の人生の行く末を選択する権利はない。

 そしてそれは、ベリュージオンでの常識が俺たちのものと同じだとするならば、ツヴァルザランも同じなのではないだろうか。アマドキアの今後を決めるのは、本人、あるいは疎遠になっている家族でしかない。いまはアマドキアの意識もはっきりしているから、彼の意思が率先して反映されるのだろうが、この先、そうもいかなくなる可能性だってある。そのときに備えて、いくら疎遠といえども、家族がいるのなら、その人に繋げるパイプを準備しておくのに越したことはない。


 ツヴァルザランから、今日は主さまと一緒に癒舎に泊まりますと言って、丁重にお礼を言われ、俺たちは解放された。森に帰る途中、一同は口数が少なかった。サンスケとオケは俺たちと途中で別れて、森とは違う方向へと歩き去っていった。

「明日もお会いしますでぃすよ!」と、オケは空中でグルグル回りながら言っていたが、目が回ってしまわないのだろうかと心配になった。

 結局、アマドキアとは会えずじまいだったなと思う。死んではいないようだから、その点ではとりあえず安心だけれど、年寄りが転んで骨折をしたとなれば、若者が同じ目に遭うよりも深刻な状況に陥る場合もあると、俺は身に沁みて経験している。不安や予感なんて、考えるだけ無駄だと、自己啓発の話を聞くときによく言われることだけれど、それでも俺は、不確定な未来のことをくよくよと、考えてしまう。

「空野くんは、意外と石橋をたたいて渡るタイプなのね」と、こもれびの杜にいたパートのおばちゃんたちに言われたことがある。『意外と』といわれるということは、それまでは反対のイメージを持たれていたのだろう。自分の中に、猪突猛進な一面があるのは認めるが、ちょっとだけ、なんともいえない複雑な感情を持ったのは内緒だ。


 こもれびの杜に戻ると、筒原さんは事務所の中で読書をしていた。ばあちゃんはカクスケと将棋をして遊んでいる。こもれびの杜の戸棚に置いてあったものだ。利用者さんから譲り受けたという結構本格的な造りで、年期の入った代物だった。

俺は自分が将棋のルールも知らないくせに、「とても面白い遊びだから、ぜひカクスケもルールを覚えて、ばあちゃんの相手をしてやってくれ」と、カクスケに頼んだ。いや、この場合、カクスケからすれば『主から命じられた』という解釈になるのだろう。

彼はばあちゃんに駒の動かし方を教わり、なんとルールを一瞬で覚えてしまった。カクスケと出会ってからひそかに思っていたが、彼の能力は、実はかなり高いんじゃないだろうか。

「コタロー殿! おかえりなさいませ」

 きらきらと緑の目を輝かせて、カクスケが言った。例えるならば、エメラルドのような瞳といったところか。

「ああ、ただいま」

 筒原さんが読んでいる本の表紙をチラリと見る。『社畜だったワイ、転生したら森の奥でゆるっと農業ライフ〜魔獣と畑を耕し、ほのぼのスローライフを満喫〜』と、タイトルがやたらカラフルな文字で書かれている。角の生えたイタチみたいな魔獣と、主人公らしき容姿端麗な青年がニコニコと笑いながら畑仕事をしているイラスト。この人が『社畜だったワイ』にあたる人なんだろうなと思った。

「筒原さん、スローライフでもやりたいんですか?」

「ん〜。別にそういうわけじゃないんだけどね。私たちと同じような目に遭った人たちって、どうしてるんだろうと思って」

 まるでノンフィクションの物語を読んでいるみたいな物言いだ。あまり筒原さんの邪魔はしないほうがいいと思って、俺はカクスケの隣に腰掛けた。

 カクスケの背筋が、ピンと伸びる。横目で俺をチラリと見て、すぐに盤面に視線を戻した。

「おいおいカクスケ、そんなにびくびくしなくてもいいだろ」

「滅相もございません! せ、拙者は普段通りであります!」

 カクスケは意外と負けず嫌いそうな一面がある。ウェイドとの模擬戦のときといい、勝負事には手を抜かなさそうだ。しかし、此度の相手は俺のばあちゃんだ。忖度をして手を抜くのも嫌だろうし、かといって俺の手前、ばあちゃんを立てておかねばならないと考えているのかもしれない。だけど……。

「ほうら、褌のお兄さん、王手、ですよ」

 うふふと笑いながら、ばあちゃんがパチンと、盤面に飛車を置いた。かつてはカクスケの陣地にあった駒だ。

「あっ……」

 カクスケは短く息を吐くように呟いて、そして「参りました」と、頭を下げた。心なしか、その表情は悔しそうだ。やっぱり勝負事には手を抜かない質なのか。

「あなたもなかなかの腕前でしたよ、褌のお兄さん。ところであなたは、コタロウくんのお友達ですか?」

「コ、コタロー殿は拙者の……」

「ばあちゃん、カクスケは俺の友達だ。だからちょっと借りるぞ」

 わたわたと身の上を語ろうとしたカクスケを遮って、俺はばあちゃんにそれだけを言うと、カクスケの腕を引っ張って事務所の外に出た。扉を閉めて、カクスケと向き合う。

「いいか、カクスケ。ばあちゃんに、お前が俺の使い魔だってことを説明しても、すぐに記憶が飛んじまう可能性が高い。お前がいくら『拙者はカクスケと申します』と言っても、ばあちゃんは『褌のお兄さん』と言い続けているだろう?」

「コタロー殿の仰るとおりで御座います。拙者はその度に、どうお答えすればいいのか分からなくなりまする」

 困惑した様子で瞳を揺らすカクスケを見て、俺はそういえばカクスケにはばあちゃんの認知症のことなどを詳しく説明していないと気付いた。

「カクスケ、よく聞いてくれ。これから話すことは、カクスケが俺の使い魔としてこれからもやっていくなら、よく覚えておいてくれ」

「承知いたしました!」

 カクスケの表情がきりりと引き締まる。頭ひとつ分、身長が高くなったかのように、さらに背筋を伸ばした。



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