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プロローグ⑥

そんなこんなで俺はようやく職場に到着した。

『ケアセンター こもれびの杜』

 道路に面して建てられた平屋建ての建物は、薄い緑色の壁に、濃い茶色の屋根をかぶっている。たしか、事業所名にあやかって、木をイメージしたデザインにしたらしい。

 引き戸を開けると、俺が見慣れた光景が飛び込んできた。ここは二十畳ほどの空間を事務所として使っており、部屋の真ん中に、オフィス用のデスクが四つ並んでいる。パソコンや書類の束、事務用品が置かれているものの、とっ散らかっている印象は少ない。

 入口から向かって右側には、パーテーションで仕切られた来客用のテーブルと椅子が置いてある。介護に関する相談事や、スタッフ同士のミーティングを行う場所として活用しているスペースだ。部屋の奥には給湯室とトイレがあり、壁に沿ってたくさんの書棚が並んでいる。そこには利用者の情報ファイルや、介護の勉強をするための書籍などが置かれている。

「あら、空野くん、今日は休みじゃなかったっけ」

 給湯室から顔を覗かせたのは、俺の直属の上司であり、事業所の責任者の筒原冬美さんだった。筒原さんは、俺が生まれるよりも前に介護の仕事に就いた、この道一筋の大ベテランだ。今年還暦を迎えるとのことで、俺が冗談めかして「じゃあ、赤いちゃんちゃんこを送りますね」と茶化したら、「どうせならブランド物のアウターにして頂戴」とわりと本気で言ってきたのは、つい先週のことだ。

「ちょっと忘れ物をしちゃって」

 制服を……とは言わないでおいた。「あらあ!」と、声色が変わった筒原さんの興味が、ばあちゃんに移ったからだ。

「こんにちは、恭子さん。久しぶりねえ」

「あらあらどうも、ご無沙汰しております」

 俺の後ろに立っていたばあちゃんは、丁寧にお辞儀をしてみせたが、多分、相手が誰だか分かっていないはずだ。視線は筒原さんの方へ向けてはいるものの、どこかぼんやりとしている表情をしていた。この人は自分の名前を知っている。それならば、見覚えはないけれど、何処かで顔を合わせたことがあるのだろうと、結論づけたようだ。

「じゃあばあちゃん、すぐ済ませるから、椅子に座って待っててよ」

「あいすみません。では、そうさせていただきますね」

 ばあちゃんはペコペコと頭を下げながら、俺が引いた椅子に腰掛けようとした。その時だった。

 事務所にけたたましい音量で、サイレンが鳴った。音を出しているのは、俺のスマホと、筒原さんのスマホ。不気味な音がふたつ折り重なって、わんわんと鳴っている。それも微妙に音がずれているから余計に不快感を逆撫でさせてくる。


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