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第四話⑧

 食事が終わってみんなで片付けをしたあと、アマドキアをベッドに連れて行き、横になってもらった。

「じゃあ、明日また来ますから、今日はゆっくり休んでくださいね」

「今日は久々にたくさんの若者たちの顔を見られて楽しかったよ。ありがとうね、コタローくん」

 アマドキアやツヴァルザランに見送られて、俺たちは彼らの屋敷を後にする。

「いやあ、なんだか逆に俺たちがもてなされちゃったな。マルクくん、ありがとうな」

「ぎゃっ!」礼を言われると思っていなかったのか、マルクは途端に叫んで顔を赤らめた。驚いた拍子に首が浮いたように見えたのは、気のせいではないだろう。「大丈夫ッス! オイラのことは気にしないでいいから」

「じゃあ、オイラは明日も早いから、これでお暇させてもらうよ」

 そう言ってマルクはそそくさと荷台を引いて立ち去っていった。なんだか悪いことをしたかな……と罪悪感に囚われたが、たぶん、あいつはガークから早く距離を置きたかったのだろうと気付いた。

「今日はみんなにアマドキアさんのことを知ってもらうために全員で押しかけちゃったけど、明日からは当番を組んで、交代で訪問しよう。ローテーションを今日中に決めておくから、また明日からもよろしくな」

 俺の言葉に頷いた竜族の若者たちの顔は、キラキラと輝いてみえた。ああ、元いた世界でも、こうして仕事に意欲的な若者ばかりなら、俺のいた業界も、もっと活気が溢れていたのかもしれないな……。


 竜族の集落に戻った俺たちは、ガークたちの厚意で大浴場を使わせてもらうことになった。張り切りだしたのはサンスケとオケだ。

 俺はカクスケと一緒に、一旦こもれびの杜に戻って着替えなどを準備してから集落に戻った。そのときに、一応筒原さんやばあちゃんも誘ってみたが、二人とも遠慮しているのか、「貴方たちだけで行ってきなさい」とのことだった。

 集落にもどったときは、すでに男たちは浴場に入っていた。サティーはさすがに一緒に入らないようで、「ゆっくりしていってね」と、すれ違いざまに微笑んできた。

「ガーク様のお背中も、ウェイドくんのお背中も、逞しくて洗い甲斐があるでぃすよ! ぼ木がもうひとり、欲しくなりますでぃす」

 オケがガークたちの頭の上をふよふと浮かびながら、きゃんきゃんと喚いている。

「僕もガーク様も、心身を鍛えるための鍛錬を欠かしませんからね。筋肉がつくのも致し方ありません」

 いかにも真面目な口調で、オケに答えているのはウェイドだった。

「オマエの住んでいる石造りの建物に、妙な灌水装置があったが、そちらでも体の汚れが落とせるだろうに、オマエたちロイメンは大袈裟な風呂が好きなのか?」

「か、かんすい……そうち?」

 聞き慣れない言葉に、俺は首をかしげる。その隙にカクスケがオケの頭から手拭いをとって俺の背中を擦ってきたため、「あっ、ぼ木がやりますから、カクスケくんはコタローくんの横で座っていてください!」と言われていた。

「コタローくんも、カクスケくんも、ぼ木がお背中を流しますからね! ああ、忙しい忙しいでぃす!」

 多忙を嘆きながらも、オケは随分と嬉しそうだ。

「妙な形の管から、水が飛び出てくる部屋があるだろう」

「ああ、あれか」 

 事務所のシャワールームのことかと合点する。「たしかに俺たちの事務所には、簡単な『カンスイ装置』はあるけれど、やっぱり風呂は大きい方がいいからな。ガークたちのこの大浴場は、温泉みたいですげえ気持ちいいし、出来れば毎日入りたいくらいだよ」

 俺が手放しに褒めるので、ガークは気を良くしたようだ。満足げにニヤニヤと笑いながら、「そんなに大したものではないが、オマエがそういうのなら、毎日入ってもいいぞ」と胸を張った。

「ところでコタロー、イルムはなんで自分のことを名乗るときに、『サンスケのサンスケ』などと、同じ言葉を二回も繰り返して言っているのだ? アイツと知り合ってから、ずっと疑問に思っていたのだが」

 ぶはっと笑ってしまった。いまはウェイドの体をごしごしと洗っているサンスケのほうを見ると余計に笑ってしまいそうなので極力視界に入れないようにする。

「まあ、分かりづらいよな。あいつはイルムという名前だけど、自分の職業を仮の名前として名乗っているんだ。理由は知らないけどな。ガークが、たとえば名前を知られたくないとかの理由で、『竜族のドラゴンだ』と言うのと似たようなものだと思ってやればいい」

『サンスケのサンスケ』ことイルムは、さすがにそれを商いとしているだけあって、体を洗うのが上手かった。汚れや垢をそぎ落とすかのように、丁寧にごしごしと洗ってくれる。あまりにも気持ちよすぎて、体を洗われた者はそのまま寝そうになっていることがある。

「そうだガーク、さっきアヴァリュートさんに食事をもっていったからな。今日も穏やかに過ごしていたぞ」

 アヴァリュートの餌付け(と言ったら怒られるだろうか)は、俺と筒原さんが交代で行っている日課だ。ザンドラやジュヴァロン親子が集落から持ってきてくれる食事を、時間になれば俺たちがアヴァリュートのもとへ届けるのだ。焼いた肉や果物など、その日ごとにメニューは違っていて、俺もたまに食べたくなったりする。

「いつもすまないな、コタロー」

 ガークの頭は、泡だらけになっている。俺がシャンプーを貸してやったのだ。

 以前、「しゃんぷーとはなんだ」と問うてきたガークの頭につけてごしごし洗ってやると、その泡立ちに感動したらしく、それ以来一緒に風呂に入ると、毎回所望してくるようになったのだ。そんなにお気に召したのなら、ホライゾンでまとめて買って、ガークにプレゼントしてやろう。

「さあさあ、お次はガークさんの番っすよっ!!」

 サンスケがこちらにやってきて、おどけて言った。さっきまで俺たちがこそこそと彼の噂をしていたことには、気付いていない様子だった。

 体を洗い終えたウェイドは、オケに頭からお湯をかけられている。

「ガークとウェイドは、昔から、その、戦友みたいな関係だったのか?」

「気になるか?」

 にやりと笑ったガークの頬を、お湯の雫が流れ落ちていく。俺が頷くと、ガークは「しょうがないな」と呟き、昔の彼らのことをぽつりぽつりと話してくれた。


 *


 オレとウェイドは、いわゆる幼馴染みというやつだ。オレたちがこの世に生を受けたとき、ベリュージオンはまだ戦禍のさなかにあった。いまの平和など、まるで想像もつかない、血で血を洗うような争いが、ベリュージオンの全土で勃発していたのだ。

 オレたちは子供のうちから戦争にかり出された。オマエが言うには、ロイメンは何年も親の庇護や寵愛を受けながら、慎重に育てられる場合が多いそうだが、竜族の子供として生まれたオレたちは、生まれて間もなく自立を強要される。とくに当時は、オレたちの集落でも一族総動員で戦っていたから、悠々と子育てをしている場合ではなかったのだろう。

 ウェイドはいまでこそ立派な戦士であるが、子供の頃は、そうではなかった。


「ガークさま。僕、ぜったいにガークさまが傷つくような目には遭わせませんからね!」と、そのくせ、口だけは立派だった。膝をガクガクと震わせながら、賢明に勇気を振り絞ってオレを守ろうとしてくれていた。戦士としての片鱗をみせていたといえば聞こえはいいが、当時のオレは「弱虫が。粋がってんじゃねえよ」と思っていたな。

 竜族の長として威厳を奮っていたじいちゃんは、自ら戦場に君臨するドラゴンとして他の種族からは恐れられていた。魔術をもってしても、剣や槍、大砲などをもってしても、全身を覆う鱗は剥がせず、呼吸をするかのように吐くブレスが、敵を圧倒した。

 じいちゃんがいれば、竜族の戦況は安泰だと思えたが、それでも戦いの規模が大きくなっていくにつれて、じいちゃんだけでは到底まかないきれぬ戦禍が、オレたちを襲っていた。だからこそ、オレたちも戦場に立たなければならなかったのだ。


「お、竜族のガキじゃねえか。こいつらの首をとれば、あのドラゴンも、ちっとはおとなしくなるんじゃねえのかあ?」

 やまない戦いに疲弊し、オレとウェイドが森の茂みの中に身を潜めていたときだった。うまく隠れられていたと思っていたが、むしろそこは誰かに見つかりやすいところだったのかもしれない。野盗のような男たちに、オレたちは捕まりそうになった。

「ガークさまっ!!!」

 ウェイドはオレを守ろうと、あいだに立ちはだかったが、声は震え、いかんせん、頼りなさげに腰が引けていた。「こ、ここは僕がっ!!! お、お逃げくださいっ!!!」

「おうおう、随分と勇敢な坊ちゃんじゃねえか。付き従う主君を守り抜き、盾となるってわけかあ? だが、貫禄が足りねえ。そんなんじゃあ、大切なご主人様は守れねえぜ!!」

 ウェイドには悪いが、野盗の言うとおりだと思った。そもそも最初から、オレはウェイドに守られるだけの存在ではないと自分で心得ていた。

 ウェイドは、腰に着けている鞘から短刀を抜きだし、両手で持って身構える。アイツがごくりと唾を飲み込んだ音が、オレにも聞こえた。

 はなからウェイドをおいて逃げるつもりはなかった。たしかにオレは長老の孫であり、一族の中では立場は上の方かもしれない。しかし、ウェイドとのあいだに、そのような上下関係は作りたくない。幼馴染みとして、対等に付き合いたいだけだ

「ウェイド、オレも戦う。一緒にコイツらを倒そう!」

「ガークさま……」

 ウェイドは放心したように呟いた。しかし、その先の言葉は、剣と剣のぶつかり合う音にかき消された。野盗がウェイドに刃を振り下ろしてきたのだ。

 ウェイドは必死の形相で、攻撃に応じた。野盗は魔族の端くれであろうことは分かったが、ヤツらがどんな魔術を使ってくるのか、まだわからない。 オレは自らの拳を武器として戦うことを信念においている。武器をとって戦うのは苦手だ。そんなに頭は良くないし、隙をついて武器を奪われたとき、おろおろと狼狽えそうな気しかしないから、ならば最初から自分の肉体を武器として使えば、本能のままに戦えると思ったのだ。

 オレのほうに向かってくる野盗を牽制し、相手の脇腹に拳を打ち込んだとき、背後でキィン! と、刃が弾かれた音がした。

 オレは瞬時に振り返った。ウェイドが持っていた短刀が、宙に舞い、くるくると回転しているのが見えた。

「あっ……」

 驚愕に息をもらすウェイドの声が聞こえた瞬間、野盗が振り下ろした刀の切っ先が、ウェイドの上半身を切り裂いたのが、スローモーションで見えた。

「ぐっ……ああっっ……」

「ウェイドッ!!」

 今度は焦燥が声になった。ウェイドの顔面が、天を仰ぎ、目を見開いているのが見える。ウェイドの体から噴き出た鮮血が、オレの視界を染めあげた。

 隙が出来てしまった。前のめりにくずおれたウェイドを守るように、オレは二人の野盗のあいだに立ち塞がり、ひとりひとりを倒すことに専念した。


 野盗を倒しても、目の前で仲間が傷ついたことで、オレは自分が思っている以上に動揺していた。地面に力なく倒れているウェイドの半身を起こして、自分の手についたウェイドの血糊を見て、余計に焦った。……まさか、こんなところで死んだりしないよな……?

「くそっ、ウェイドッ、死ぬなっ、死ぬなっ!!!」

 森の中に響き渡るオレの声。人目も憚らずに、感情を吐露していた。

「ガークさま……僕たちは竜族ですよ……」

 オレよりも怪我をした張本人のほうが冷静だった。ハッと我に返る。そうだ。他種族の生きものたちより、体のつくりが丈夫な俺たちは、致命傷を負わないかぎりはまず、死ぬことはない。

 周りで気絶している野盗が、しばらくは動かないことを確認して、オレはウェイドを起こして背負った。

「おやめください、ガークさま。僕は自分で歩けますから」

「うるさい、怪我人は黙っていろ」

 それでも、傷口が塞がるまでは万全の状態でいられるわけではない。出来ることなら安静にしておいたほうがいいのだ。


 あのとき、オレたちはそれぞれで理由の違ったおなじ感情を抱いていた。

 オレは、友が傷つくような戦いを繰り広げてしまったということを、ウェイドは、満足にオレを守ることが出来ず、また無駄に負傷してしまい、迷惑をかけてしまったとそれぞれで悔悟していた。


 ベリュージオン全土で起こっていた戦争の規模からすれば、オレたちが正対した戦いなど、その辺の路上で起こった些末な小競り合い程度のものだっただろう。

 だが、オレたちにとってはそれが世界のすべてだった。小さな争いですらも、生死をかけた戦いで、そこで首をかかれれば、オレのすべてが終わってしまう。こんなところで、終わるわけにはいかないのに。きっと誰もがそう思っているだろう。戦争に参加する者たちは、一様に必死なのだ。

 だからオレたちは、二度と悔しい想いをしないようにと心に誓った。これからも戦いの中に身を投じる運命ならば、周りの誰よりも強くあろうと腹を括った。月並みな言い方だが、血の滲むような鍛錬も、強くなればこそ耐えられるものだ。


 *


 ガークの口から語られた彼らの過去の話は、俺が思っていたよりも凄惨だった。どの世界においても、生きもの同士が争い、殺し合う「戦争」は、そこに住む者たちの自由と生きる権利をことごとく奪っていくものだ。幼い子供であったこの二人が乗り越えなければならなかった生死の境を彷徨うような日常は、一体なにがきっかけで勃発したのだろう。ベリュージオンで何十年、あるいは何百年も続いた争いの火種は、そもそも後世に至るまで、言い伝えられたのか。さもなくば、彼らはなにも分からずに戦っていた……いや、戦わされていたことにならないか。

 膨大な時間の中で、俺の想像もつかないような量の血が流れたこの世界の歴史を垣間見たような気がして、俺はぶるぶると身震いをした。


「ガーク、お前でも他人を思いやることが出来るんだな」

 俺は、ガークが話したことを、所詮は過去の出来事だとはうまく昇華できなくて、わざとおどけてみせた。

「うるさいぞ!!!! コタロー!!!!」

 ガークはムキになって、俺の顔に向かって、オケの中に入っているお湯をかける。

「ひえっ! いきなりなにをするんでぃすか!!!」

 一番びっくりしたのは、オケだったようだ。目を白黒させて、空中でバウンドしながら怒りを表現している。

「すまない、手近にオマエがいたものでな」

「一声かけてください! 次はありませんでぃすよ!」

 そんなに怒るようなことなのだろうか。他人の怒りの沸点は、よくわからないものだ。オケがそもそも他人とカウントされるのかは、個人の判断によってちがうだろうが。

「ふう〜、さすがサンスケは三助なだけあって、やっぱ体を洗うのが上手いな」

 ガークと二人で騒いでいるうちに、洗身の番が俺に回ってきたようだ。サンスケは

「そうっすか? まあ、やつがれはこれくらいしか得意なことはありませんからね! ひとつでも取り柄をもっていないと、やっていけません」

「コ、コタロー殿もすごいですよ! お年寄りの扱いにかけては、右に出る者はいません!」

 カクスケは、俺の功績を称えるために必死に力説している。サンスケに、なにやら対抗意識をもっているようにもみえた。よくわからない。そこまで俺をアゲたいのか?

「うむ。コタローは凄い。竜族のしきたりをぶち壊し、オレたちにじいちゃんと余生を過ごせるよう、取り計らってくれたからな。……感謝しているぞ、コタロー」 

「いっ、いきなりなんだよ、ガーク!」

 自分の声が震えたのが分かった。

「コタローが困っているとき、オレが一番の理解者になってやりたいと、烏滸がましいかもしれないが、オレはいつもそう思っている」

 そう言ってガークは語り始めた。

「強さとは、なにも腕っ節が強いということを指すばかりではない。その定義は曖昧だ。たとえ戦いとは無縁の者であったとしても、『心が強い』と、評されたりする者がいる。オレにはさっぱり分からない理論だったが、最近はコタローが、それに当てはまるんじゃないかと思ったりする。オマエはオレが思いっきり拳を打ち込めば、きっと臓物をぶちまけて即座にくたばりそうな柔な体をしているが、きっと、精神的な強さは、オレの何倍も強いのだろうな」

「さあさあ、体を洗い終えたら、ちゃんと温まるんでぃすよ!!!」

 オケの声が頭上から降ってきた瞬間、大量のお湯が全身にかけられる。ナイスタイミングだ。だって、嬉しいのか、驚いたのか、よくわからずに俺の目から溢れ出てきた涙が、誰にも見られることなく済んだからな。



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