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第四話⑦

「さあ、できたっすよ」

 やがて、マルクが調理した魚料理の数々がアマドキア邸のダイニングテーブルに並べられた。オケがお盆代わりとなって、台所とテーブルの間を行き来して食器などを運んでいく。便利なやつだ。

 彼らはどうやって食事をするのだろうかと思っていたら、ガークが手づかみで焼き魚を取り、頭からかぶりついた。

「なんだコタロー」

 じっとその様子を見ていたから不思議がられたのか、ガークはぼりぼりと骨ごと咀嚼しながら俺を見つめ返してきた。

「いや、食い方がワイルドだなあと思ってな」

「わいるど? またお前は訳の分からない言葉を使う。もっと相手に分かりやすく話そうと心がけたらどうなんだ」

 がぶり。一匹の魚が、もう半分になっている。けっこう大きかったと思うが、俺たちのように可食部をほじほじとつつきながら食べるよりも美味そうに見えるのは、俺だけだろうか。……俺もやってみるか?

 自分の喉に魚の骨が刺さる想像をして寒気がした。

 俺は、ちまちまと自分に振る舞われた分の魚を食べながら、みんなの様子を観察していた。

 アマドキアはツヴァルザランに身をほぐしてもらって、それを黙々と食べている。ガークとウェイドは豪快に頭からかじりついていて、サティーは魚の頭と尾を持って、背中を囓っている。カクスケは俺のほうをチラチラと確認しながら、箸を動かしている。「主さま」がちゃんと自分と同じように食事をしているか、心配なのだろうか。サンスケは「美味い美味い」と言いながら、煮魚を食べていたが、面白かったのは、煮汁を別皿に取り分けていて、オケがそれをぺろぺろと舐めていたことだった。

「ぼ木はべつになにも食べなくてもいいんでぃすけどね、坊ちゃんが一緒に飯を食おうってうるさいもんでぃすから、いつも食事は一緒にしていますでぃす」

 俺の視線に気付いて、オケはそう言った。食べたものはいったいどこに蓄積されて、消化されているのだろうかと疑問に思ったが、ややこしくなるから、あまりそういうことは考えないようにしよう。

 食事の光景ひとつとってみても、みんなそれぞれ個性があらわれて面白い。安心したのは、アマドキアの食欲が旺盛だったことだ。刺身や煮物、焼き物など、マルクが作ってくれた魚料理はバラエティーに富んだものだったが、そのすべてを所望し、舌鼓を打っていた。

 自分がどんな目に遭っても、どんな状態にあっても、飯を食ってしっかりと眠る。それさえできていれば、いきものである俺たちは生きていける。なかには、色々な事情でそれが難しくなってくる者たちもいるけれど、根本的に生きる活力を得られるのは、きちんとした食事をしっかり摂ることだと、俺は思っている。

 人生の最期を急に迎える人たちは、たとえば病気になってしまい、自力で食事を摂ることができなくなり、体の中に満足に栄養が行き渡らなくなったり、認知症になって「食事を摂る」という行為そのもののやりかたを忘れてしまったり、自分はもう駄目だと落胆して、気分が塞ぎ込み、食欲が落ちてしまったりと、色々なことが理由となってどんどん弱っていってしまう。

 俺たち介護職がつかう言葉に、「短期記憶の欠如」というものがある。認知症の人が、飯を食ったあとに「今日の晩ご飯はなんですか」と言うやつだ。

 短期記憶とは、数秒前から数十分前におこった出来事や感情なんかを覚えておく能力だが、それが出来ない状態のことを指している。

 たとえば認知症の人が何かの理由で飯を食えなくなったとき、本人は「なぜ自分が食事を摂れないのか」ということが分からず、体がどんどん弱っていってしまうから、「なんだかわからないけど、しんどい」という不調に陥ってしまい、「しんどいから食欲がない」という悪循環に陥ってしまうことがある。そんなとき、誰か他の人から、「なんで食べないの」と指摘されても、「なんでっていわれても、食欲がないんだから仕方ないでしょう!」と思ってしまい、不穏になることがある。

 じゃあ、どうすればいいのかというと、俺が簡単に思いつくのは、本人の好きなものを用意して、まずはそれを食ってもらって元気になるのを待つ……ということくらいだが、たとえば食事に集中できる静かな環境を整えてあげたり、献立の見た目や彩りをよくするとか、香りや味に工夫を加えてみるとか、そうすることで食欲が湧くこともある。

 食事量が減るのは、年齢を重ねたことによる自然の成り行きだと受け入れて、あまり気にしなくていいという見方もある。その場合は、水分補給をしっかりと行うよう心がけるといいけれど、何にせよ俺たちは、ひとつの事例について、決めつけを行わず、視野を狭くせずに、あらゆる方法を試してみて、本人がより良い余生を送れるように支援をおこなえるように考える必要があるということだ。


「コタロー殿、魚料理というものは、米が食べたくなりますね」

 俺があまり喋らないのを気にしてか、カクスケがこっそりと耳打ちをしてきた。まるで初めて魚料理を口にしたかのような物言いだと思ったが、まさかそんなことはないはずだ。それにしても、カクスケはいったいこれまでどんな生活を送ってきたのだろうか。

「カクスケは米……というか、塩むすびが好きな印象しかないぞ」

「うぅ……コタロー殿がくださったあのときのおむすびが、至極美味しゅう御座いましたから……」

 カクスケの顔が真っ赤になる。俺はそれを見て、ちょっと可愛いと思ってしまった。カクスケは個性的なやつだけれど、俺に弟がいたらこんな感じなんだろうか。

「カクスケさん、おむすび、召し上がりますか?」

 聞こえていたのか。ツヴァルザランの言葉に、カクスケはさらに顔を赤くした。茹で蛸のようだ。うう、ああ、と唸って返事にならないものだから、俺が代わりに「もし良かったらお願いできるかな」と答えた。

 ツヴァルザランはにっこりと微笑んで承諾の意思を表すと、よっこらしょといって立ち上がる。

「あ、場所だけ言ってくれれば、俺がやります!」

「そうじゃないのよ。さすがにここは、わたくしの能力が必要だと思うわよ」

「魔術っすか?」

 ええ、とツヴァルザランは頷いた。カクスケが物を運ぶのが得意なように、あるいはマルクが無機物に命を吹き込むことができるように、魔族という種族のうちの使い魔であるツヴァルザランにも、なにかに特化した力があるということだ。そういうファンタジックな話、男なら、心がときめかないわけがないよな。

 俺はツヴァルザランの指示を受けて、米を研いで水に浸した。米の入れ物は「ぼ木がやります!」と、オケがとんできたので、彼を水で綺麗に洗い、器代わりにつかうことにした。釜に入れなくていいのかと思っていたが、ツヴァルザランは「大丈夫です。わたくしの言うとおりにしてくださいな」と言ったので、オケの頭には、水に浸かった米が入っている状態になった。

 オケはシンクからふよふよと浮かび、ツヴァルザランの目の前に着地した。その頭上に、ツヴァルザランが手をかざす。

「おお、すげえ便利だ……」

 ツヴァルザランの能力を目の当たりにした俺は、一瞬にして炊き上がった米をみて、感心するほかなかった。

「わたくしの得意とする魔術は、『時間付与』。いきもの以外のあらゆる物体に対しての時間を操ることが出来ます。これを応用すれば、瞬時にお湯を沸かしたり、このようにお米もすぐに炊き上げることが可能です」

 ツヴァルザランによれば、時間を進めるだけではなく、戻すことも出来るそうだ。たとえば何かを壊してしまったとき、わざわざ修理をしようとしなくとも、この能力を使えば、一瞬にして元の状態に戻すことが出来るらしい。

「その代償に、わたくしの体力が枯渇するほどに奪われてしまいますから、歳を重ねた今となっては、無闇やたらとは使えなくなってしまいましたわ」

「え……大丈夫っすか?」

「まあ、米を炊き上がった状態にするくらいなら、大したことはありません。お気になさらないで」

 俺はマルクが渡してくれたしゃもじを受け取って、何個もおにぎりを握った。ガークが手を伸ばして、握っているそばから食らいついていくものだから、いっこうに数が溜まらない。

「ガーク、お前、もうちょっとみんなに気を配れよ」

「なんだ、オマエが握り飯を作るのが遅いんじゃないのか」と開き直る始末だ。俺はガークにとられる前に一個だけカクスケに渡してやった。

「かたじけのうございます」

 うやうやしく頭を下げながら、丁重に受け取るカクスケがちょっと可笑しかった。

 結局ガークも、周りの雰囲気を察知したのか、両手におにぎりを持ったまま、それ以上はなにも取らないことにしたようだ。


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