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第四話②

 2


「カクスケ、お前、なんであんなに強いのに黙ってたんだよ」

 ウェイドがやや落ち込んだ様子で集落に戻っていくのを見送ったあと、俺は早速カクスケに尋ねてみた。全身土まみれになっていたウェイドとは違い、こいつは汗ひとつかいておらずケロリとしている。

「聞かれておりませぬ故」

 つんと言い放つカクスケ。どうも表情が硬い。あまり触れられたくない話題なのだろうか。

 事務所に戻ると、筒原さんが話しかけてきた。

「見てたわよ。おばさん、ハラハラしちゃったわ! でも、カクスケくん、とっても強いのね!」

 そう言って、スポーツドリンクのペットボトルをカクスケに握らせる。これは確か、災害時の備蓄用にいくつか保存していたやつだ。俺たちは元いた世界で地震に巻き込まれたことがきっかけでこっちの世界にやって来たけれど、こんなものを買い揃えていたところで、いざというときにはなんの役にも立たなかったじゃないかと思ってしまった。まあ、俺たちの見まわれた状況が特殊過ぎたというのもあるけれど。

「せ、拙者は……あまりああいったことは好きではありませぬっ」

 そのとき、意を決したようにカクスケが一息で言葉を吐き出した。ぎゅっと目を瞑り、なにか、恐ろしいものにそなえるかのように身を固めている。

「え、そうだったのか!? ……悪かったよ。ごめんな」

 俺がそう言うと、カクスケの体の緊張が解け、ゆっくりと目が開かれた。

「コタロー殿が拙者などに頭を下げる必要はありませぬ。親しくされているウェイド殿の頼みを受け入れただけのこと。使い魔が己の感情で意固地になって、主さまとご友人様の仲に亀裂をいれるわけにはいきませぬ!」

 べつにそこまで大袈裟な事態には陥らないと思うが、俺がけしかけた手前、やっぱり断るわけにはいかなかったのだろう。なんだか悪いことをしてしまったな。

「お許しください、コタロー殿。……ウェイド殿が想定しておられた手合わせとは、時間をかけて互いの技を磨き合う鍛錬のひとつだとは心得ておりました。……しかし、拙者はそれを知らぬふりをして、はやくあの状況から抜け出したいがために、わざとウェイド殿のことを仕留めてしまったのであります」

「あれはなかなか苦しそうだったな……」

 カクスケの足が食い込み、ウェイドのひしゃげた腹の形が脳裏に焼き付いて離れない。あれだけ鍛え上げられた体をもつウェイドが一撃で崩れ落ちたのだ。もし自分がやられていたらと考えたところで、すーっと寒気がした。

 でも逆に考えると、カクスケがあれだけ強かったら、俺の身の安全も保証されるということか。その点では安心だ。

「この白く濁ったお水も、美味しゅうございますね!」

 なにを言っているのかと思ったら、カクスケは筒原さんにもらったスポーツドリンクを飲んでいた。これこそ事務所の中にいくらでも置いてあるから、ぜんぶカクスケに飲んでもらおうか。なんちゃって。


「コタロー、オマエがオレたちを呼んでいたと聞いたが」

 陽が傾いてきた頃、ガークの言ったとおり俺は彼らを呼んだ。カクスケを竜族の集落に寄越し、ガークとサティー、そしてウェイドの三人をこもれびの杜に来させるように命じたのだ。

 カクスケにいざなわれて、三人はすぐに来てくれたようだ。事務所の中に入ってきた三人を、俺は相談コーナーのテーブルに促した。

「おやまあ」

 いきなりどかどかといろんな人たちが現れたことに驚いたのか、それまで毛糸の編み物をしていたばあちゃんがこちらを見て目を丸くした。

「三助の坊ちゃん、いーっぱいお友達を連れてきたんですねえ」

 俺は無視した。しかし、スルーすることができないのはカクスケだった。お前が四六時中そんな格好をしているから、ばあちゃんが勘違いするんだぞと、心の中で毒づく。

「お祖母君、拙者は三助では御座いません、飛脚で御座います」

 オソボギミ……? カクスケはばあちゃんのことをそんなふうに呼ぶのか。俺はカクスケがつかう独特の呼称というか、二人称が毎回楽しみになっている。

「飛脚ですか? まあまあ、だからそんなに引き締まった体をしているのねえ。どうもお疲れ様です。荷物を運ぶのは大変でしょうけど、頑張ってくださいね」

「あー、ばあちゃん、みんなにお茶を淹れてやってくれないかな。ばあちゃんの淹れるお茶は美味いから、みんなに飲んでほしいんだよ」

 ばあちゃんとカクスケを放っておくと、延々と二人で話していそうだから、俺は話をそらそうと企んだ。ばあちゃんは訝しむこともなく、「はいはい、わかりましたよ」と言って、腰を上げて給湯室に引っ込んでいった。

 そのあいだに俺は、カクスケと共に竜族の三人が待っているテーブルに腰を落ち着けた。

「みんなを呼んだのは、初めての仕事が出来たからなんだ」

 俺はそう切り出して、ダインズヴェルシュでの一件を三人に話して聞かせた。三人は俺が話しているあいだ、黙ってそれを聞いていてくれたが、やはり自分たちはなにをしたらいいのか、ピンときてはいないようだった。

「コタロー、オマエが言いたいのは、オレたちでそのロイメンの老人と使い魔の世話をするということか」

「ああ、要約するとそんなところだ。とくにアマドキアさんは寝たきりだから、日常生活のほとんどに助けがいるだろう。飯を食うのも、排泄をするのも、服を着替えるのも、風呂に入るのも、誰かの手が必要だ」

「御婦人は、そのすべてを一手に担っていたということで御座いますね」

 カクスケが口を挟んできたところで、「さあさあ、お茶が入りましたよ」と、ばあちゃんが盆に湯呑みをのせて運んできてくれた。

「ありがとうばあちゃん!」

 俺はばあちゃんから盆を受け取ろうと思ったが、「コタロウくん、この老いぼれはお茶を皆さんにお出しすることしか能がありませんから、ここはババアにやらせておくもんですよ」と自虐めいた口調で窘められてしまったので、こぼして火傷をしてしまわないかだけ気を配りながら、みんなの前に熱い緑茶を置いてくれるのを見ていた。

 竜族の三人は、目の前に置かれた湯気のたつ緑色の液体を訝しげに見つめている。誰も手を着けようともしないから、ちょっと可笑しかった。

「ごゆっくりなさってくださいねえ」

 ばあちゃんはそう言ってぺこりとお辞儀をして、お盆をデスクの上に置いて、元々座っていたところへ戻り、編み物を再開させた。さっきから一言も話さない筒原さんは、相変わらず夢中になって本を読んでいる。こっちの世界にきて、読書に没頭している筒原さんの姿を見ることが多くなったが、読書中は周りをシャットダウンして読み耽る傾向があることに気付いた。

 大抵こっちが話しかけても、上の空の返事しか返ってこないため、俺はそれが分かってからは極力話しかけないようにしている。

 チラリと彼女が読んでいる本の書影をみると、『異世界トラベリング〜五十代おばさんの行くひとりごとだらけのとんでも旅行記〜』と書かれていた。五十代おばさんの割には、表紙に描かれているのは若い女性のイラストのように見えるが、きっと転生して若返った設定なのだろう。若い女性は、子供のゴブリンのような生きものと、筋骨隆々な露出度の高い青年と共に観光地らしきところを観光している様子のイラストが描かれている。

 筒原さんがなんでそんな小説をチョイスしたのかは謎だけれど、きっといまの自分を主人公に重ね合わせているのかもしれない。

 俺は少し前に、自分のホライゾンのアカウントを、事務所のパソコンからも使えるようにした。大量にあるポイントはどうせ俺だけでは使い切れないのだ。それなら、筒原さんにも、ばあちゃんにも、あるいはカクスケやガークたちにも、欲しいものや必要なものがあればいつでも買えるようにしてやったほうがいい。

 筒原さんはきっと、今読んでいる本はホライゾンで注文したのだろう。そうでなければ、ここに向こうの世界の書籍があるはずがない。

「竜族のお前たちの口に合うかは分からんが、折角だから試しに飲んでくれよ」

 俺は、誰も手を着けようとしない緑茶を、みんなで飲むように促した。

「うぅっ……」とガークが困ったように唸って、おそるおそる湯呑みに手を伸ばしたのが面白かった。

「いざ!」

 気合いを入れた渇がとぶ。ウェイドだ。まるでいまから何かに闘いを挑むかのような勢いで湯呑みを引っつかみ、口をつける。

「あっ、熱いから気をつけろよ!」

 ずずずっと音を立てて、ウェイドはお茶を啜った。口に含み、もごもごと咀嚼するように顎を動かしたあと、ごくりと飲み込んだ。

「ガーク様、これはなかなか美味しいですよ!」

 目を輝かせて、ウェイドはもう一度お茶を口に含む。今度はさっきよりも多い量を飲んでいた。

「あ、ああ……」

 ガークは曖昧に頷くと、サティーと目を合わせて、二人は意を決したように湯呑みをあおった。

「あら、美味しい」

「に、苦い!」

 二人同時に味の感想を口にした。ガークは顔をしかめ、舌を出して唸っている。その様子がまるで小さな子供のようでちょっとだけ可愛くみえた。

「コタロー殿、拙者も頂きますね」

 カクスケは俺に断りを入れて湯呑みを持った。おそらく彼は緑茶か、あるいは名前が違うかもしれないが、それに似たものを飲み慣れているのかもしれない。使い魔という立場上、与えられたものに対して文句を言うことはないだろうが、緑茶に対する感想に関してはノーリアクションだった。


 一息ついて、俺たちは本題に戻った。

「コタロー、それで、オレたちはなにを協力したらいいんだ?」

「ああ、そうだった」

 これではなんのためにみんなを呼び寄せたのか分からなくなる。収集がつかなくなる前に話をすすめないと。

「まずは俺が中心になってツヴァルザランさんとアマドキアさんの介助を行う。そのあいだに、みんなには介助のやり方を覚えてもらって、ゆくゆくはローテーションといって、交代で彼女たちの介助ができるようになってほしいと思っているんだ」

 アマドキアには不謹慎な表現かもしれないが、彼一人に対する介助の内容は、いわゆる三大介助と呼ばれる、排泄、食事、入浴すべてを網羅することが出来る。ガークたちに介護の基本を覚えてもらうには、絶好のチャンスだともいえる。まあ、言葉で言えば簡単に聞こえるけれど、実際にやるとなれば大変なことがたくさん待ち受けているだろう。それでも、挑戦してみないことにはなにも始まらない。

 元いた世界では、制度にがんじがらめとなったうえで俺たちは仕事をおこなっていたから、正直窮屈に感じることも多々あったけど、ベリュージオンではそんな概念すらないから、俺たちの好きなようにできるのは気分的には楽だ。

 ベリュージオンでいろいろな事例を積み重ねていって、今はまだ見ぬこの世界に潜んでいるいろんな問題を解決していけたらいいなと、俺は一人で輝かしい野望を胸に、自己満足に浸っていた。

「ではコタロー、さっさとオレたちにそのカイゴとやらを教えろ」

 ガークはふんと椅子にふんぞり返った。

「コラ! ガーク、そんな態度じゃあ、コタローさんに失礼でしょ!」

 サティーだ。ぺしんと音を立てて、ガークの頭をはたく。

「いてえ! 貴様っ! なにをする!」

「ごめんなさい、コタローさん。ガークったら、長老の孫だからって、たまにこんな傲慢な態度になることがあるの」

「な、なにを言うかっ! 不敬だぞ!」

 ガークはサティーに食ってかかったが、彼女はどこ吹く風というふうにガークを無視して、俺に謝罪してきた。サティー、頼むからガークを煽らないでくれ。ほら、案の定、ガークが顔を真っ赤にしてこっちを睨みつけてきたじゃないか。

「図星を突かれたから、バツが悪いのよ」

 サティーはそんなガークをからかうように肩をすくめてみせる。竜族の長老の後継者という、いわば組織のナンバーツーともいえる立場のガークに、そのような軽口を叩けるのは、サティーが彼の幼馴染みだからなのだろう。同胞たちからすれば、ガークには威厳があるのかもしれないが、部族の一員ではない俺には、いつからか彼のことを少し粗暴な一面のある弟のようにしか感じられなくなった。

 フッと笑みがこぼれる。こんなとき、一番に場を取りなしそうなウェイドが騒がないところをみると、こんな二人のやりとりはよくあることなのかもしれない。

「じゃあ、日が暮れる前にもう一度アマドキアさんの家に行って、晩飯や就寝前の介助をしにいこうか」

 あまり大人数で押しかけるのも失礼かもしれないが、最初の顔合わせということで勘弁してもらおう。

 俺は筒原さんに「じゃあ行ってきます。ばあちゃんをよろしく頼みますね」とことわりをいれてから、ぞろぞろとダインズヴェルシュに向かって歩き出したのだった。



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