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第三話⑭

 7


 


 ザンドラとジュヴァロンが中心となって、集落に住む竜族には事の顛末が語られた。俺はえらそうに啖呵をきった手前、うまく対応できなかった非礼を詫びた。実害が出たのだから、非難囂々となるかもしれないと覚悟を決めて臨んだが、ウェイドをはじめ、怪我をした人々が大ごとにはしなかったため、俺の対応の不手際を責められることはなかった。ただ結果的にそうなったのは、ザンドラたちがうまくあいだを取りなしてくれたからだと思う。


 竜族のなかで、今回のことをきっかけに、一族みんなでもっと結託してアヴァリュートを支え合わないといけないという想いが芽生えたらしいのは、不幸中の幸いだった。


 みんな、怖かったのだ。かつては一族を先導し、集落やこの国を守ってくれていた偉大な存在が、老いを迎えることによって、どんどんおかしくなっていってしまった。どうすればいいか分からず、そのおかしさに対応することから逃げ、目を背けるように長老を幽閉したことにより湧き出てきた罪悪感。知らないふりを続けて、やがてそれが常態化してしまった。


 俺たちがベリュージオンにやって来てガークたちと出会ったことによって、彼らの抱えていた問題が解きほぐされ、俺の存在がなにかの役に立つのなら、これからもできる限りの手助けを続けていきたいと思う。




「コタロウくんコタロウくん、ちょっと来てごらんなさい!」


 ばあちゃんが素っ頓狂な声をあげて、俺を呼んだのは、アヴァリュートの騒動があってから数日後の昼下がりのことだった。昼食を終えた俺たちは、ばあちゃんの畑仕事を手伝うために庭に出ていた。


 庭。こもれびの杜の建物が建っている森の中に、ガークたち竜族が、俺たちで自由に使ってもいいという場所を作ってくれた。建物を中心に、アヴァリュートが過ごす小屋も含めて、結構な広さの土地を囲う柵を建ててくれた。俺はそこに、いずれ自分たちの家を建てようかと企んでいる。こもれびの杜の建物で、最低限の生活はできるけれど、やっぱりなんだか職場に寝泊まりをするというのは変な気分になって落ち着かないからな。


「なんだよばあちゃん」


「ふんどしのおにいちゃんが倒れていますよお、コタロウくん」


 また作話か幻覚がはじまったのかと思った。俺はため息をついて、ばあちゃんが必死で手招きをしているほうへ駆け寄る。


 ばあちゃんは畑仕事の合間に、切り株の上に腰掛けて急須で入れたお茶をすすっていた。俺が最後にその姿を確認したのがつい三分程前だから、そのあいだに立ち上がり、森の奥へと続く道の方へ歩いていったのだろう。


「げえっ! おい、どうした!?」


 ばあちゃん、疑ってごめんな。俺はばあちゃんの足元に転がっている物体を目にとめた瞬間、慌ててその場に走っていった。どういうわけか、赤いふんどしを身につけた少年が、森の小道に倒れていたのだ。


「おにいちゃん、おにいちゃん、いったいどうしちゃったんですか?」


 ばあちゃんがしゃがみこんで、少年の背中を叩いている。真っ黒に日焼けした張りのある背中は、文字通りぺちぺちと音を立てながら、ばあちゃんの掌を押し返していた。


「おいっ! 大丈夫か!?」


 俺も少年に向かって声を張る。ばあちゃんと俺の呼びかけが功を奏したのか、やがて少年の瞼がぴくぴくと動き、うっすらと目を開けた。


「……み、みず……」


 やっとのことで喉から絞り出したようなかすれ声で、少年はただ一言、言葉をこぼした。




「かたじけない」と、少年が言った。ばあちゃんが座っていた切り株まで少年をおんぶして運び、座らせ、水を汲んできて与え、一息ついたときだった。


 少年は湯飲みに入れた水を合計三杯、ごくごくと勢いよく飲み干した。水分量は六百ccと、無意識に頭の中で記録する。


 少年は湯飲みをおいて、切り株の上に正座をすると、坊主頭をこすりつけるように勢いよく土下座した。


「拙者はカクスケと申します。此度は命をお助けいただき、恐悦至極に存じます! かたじけない」


 随分と古風な話し方をする少年だと思った。そういえば見た目も、古い。古いどころか、ふんどし一丁で過ごしているやつなんて、俺は祭りのときくらいにしか見たことがない。


「なんでこんなところで倒れてたんだ」


「はい、拙者、こんななりをしておりますが、主を見つけ、その方に使役する『使い魔』であります。しかし、いまから七日前に、仕えていた主から突如暇を出されてしまい、路頭に迷っておりました。それから飲まず食わずで、あてもなく彷徨っていたゆえ、ついに力尽きて倒れてしまった次第で御座います」


 使い魔。その言葉から連想するのは、魔物。だとすると、カクスケは人型の魔物だということか。そういえば少しつり上がった猫のような目は緑色をしている。


「なんというか、あんまりこの辺りでは見かけない風体をしているけど、理由があるのか? ……たとえば、あまりいい扱いを受けていなかった……とか」


「滅相もございません!」


 カクスケはぶんぶんと首を横に振って、強く否定をした。口を開くと、ガークと同じような牙が生えているのがみえた。


「拙者のような使い魔が、かつて仕えた主さまのことを口外するのは、禁忌行為でありますゆえ、それ以上のことは申し上げられません」


 仮にちゃんと人並みの扱いを受けていたとしたら、突然クビになって路頭に迷うこともないとは思うが……。話せないなら仕方ない。


「ただ拙者は、主さまの命で、この身ひとつで荷物を運ぶ使いを頻繁におこなっておりました。拙者がこの世に生を受けたときからずっと、生業としてきた役目です」


 ふんどし姿なのは、飛脚だからということか。


「おにいちゃん、時代劇の中から出てきたんですか?」


「はあ、ジダイゲキ……」


 きょとんとした顔で、カクスケはばあちゃんの言葉を拾った。意味が分かっていないのだろう。


「ばあちゃん、この子はカクスケっていうんだ。時代劇の登場人物でもなんでもないからな」


「はあ、そうですか。それにしてもまるで時間旅行をしてここに現れたようなお坊ちゃんですねえ」


 カクスケが目を白黒させて戸惑っている。


「なあ、カクスケ、ずっとなにも食っていないってことは、腹減ってんだろ。なんか食わせてやるから、ついてこいよ」


「いえ、拙者は水をいただけただけでも」


「いいからこいよ」


 俺の腕よりも細いカクスケの腕を掴んで立たせた。痩せ型だが、しっかりと筋肉はついている。飛脚として長距離を走るためにしっかりとつくりあげた体なのだろう。


「ばあちゃんも湯飲みと急須を洗おうぜ」


「はいはい、わかりました。じゃあおせんべいでも食べましょうかね」


 カクスケはとくに抵抗することもなく、俺に引っ張られるがままについてきた。こもれびの杜の事務所に入ったとき、本を読んでいた筒原さんと目が合ったが、「また変な奴を連れてきて……」と思われたに違いない。だから俺は、それは誰だと聞かれる前に事情を説明した。


「ドラゴンの次は、飛脚の使い魔……」


 筒原さんはやれやれというふうに呟いた。俺はその飛脚の使い魔に、昼に作って残っていたおにぎりと味噌汁を出してやった。


「いまはこんなもんしかないけど」


「にぎりめし! こんな殊勝なものは久方ぶりに目にしました! 拙者ごときがこれをいただけるんですか!?」


 塩むすびだけで随分と大袈裟なやつだ。なんとなく、こいつが受けていた扱いについて想像できてしまうが、それは考えないようにした。


「遠慮しないで食えよ」


 カクスケはまた丁寧にお辞儀をすると、ちょこんと床に座り、「いただきます」と手を合わせた。


「お、おい椅子に座っていいぞ」


 当たり前のように床に膝をついたものだから、そのままやり過ごすところだった。


「なりません! 拙者のような不束者が、皆様とおなじ高さのところに腰掛けるなどっ!」


 塩むすびをかじりかけたカクスケは慌てて手に持っていたものを皿に戻し、そう弁明した。硬くて冷たい床に座るなど、せめて座布団でも敷いたほうがいいんじゃないだろうかと思ったが、カクスケにはその理屈は通じないだろうと思った。


 俺がそれ以上なにも言わないでいると、カクスケは申し訳なさそうに眉を下げて、もそもそと食事を摂っていた。ウェイドに似た雰囲気を感じるが、あいつよりも謙虚な気配がする。


 米粒を一粒も残さず、味噌汁もしっかりと飲み終えたカクスケは、ご馳走様でしたと、また低頭した。


「ありがとうございます。これで拙者、あとしばらくは生き延びられそうです」


 そんな大袈裟な……と思ったが、魔物は俺たちみたいに一日に何回も飯を食わなくても大丈夫なのかもしれない。


「それで、御礼を……と言いたいところなのですが、生憎拙者は荷物を運ぶことしか能がありません。なにかお役に立てることはありませんか」


 うーんと考える。ベリュージオンでの俺たちのつながりなんて、今のところガークたち竜族の集落のやつらだけだから、運ぶ荷物も情報もない。言いにくいが、カクスケの出番は今のところ皆無といえる。


「行くあてが無いなら、ここにいればいいじゃない。なんなら、空野くんの使い魔にでもなっちゃえば?」


 筒原さんは、食べ終わったあとの食器を回収したついでに何気ないふうにそう言った。


「つ、筒原さん、なにを言ってるんすか……」


「だってそうでしょ。主のいない使い魔なんて、どう考えても誰かが拾ってあげないといけないじゃない。変な人の手に渡るより、安全なここにいて、空野くんのために働くのがベストなんじゃないかしら。これもなにかの巡り合わせだと思ってね」


「そんな、勝手に話を進めて……ほら、契約とかするにしても……俺の血とかいるんじゃないっすか?」


「貴方の血なんて、ちょと指を噛めば出てくるでしょう」


 やっぱり筒原さん、自分の意見を押し通したいときは、そこに理論など存在しないかのように強引に話を進めようとする節がある。


「んなこと言うんだったら、筒原さんがやればいいじゃないですか」


「いやよ、貴方のほうが若いんだから、こんな老い先短いババアと契約をしても、カクスケくんは心許ないでしょ」


 さあさあと、筒原さんは俺の背中を押す。カクスケは目をきょろきょろと泳がせて、どうしたらいいか分からない様子だ。


「カクスケ、おまえはどうなんだ。もし、俺たちがここにいてもいいぞって言うなら、そうするか?」


 ひいっと、カクスケは甲高い声をあげた。


「拙者、このままでは野垂れ死ぬのが目に見えておりまする。一刻も早く新たな主を見つけ、使い魔としての役割を果たさねば、魔力もなくなり、拙者の存在価値がなくなってしまいます」


 それは遠回しに俺に主になれと頼んでいるようなものじゃないか。


「ほら、空野くん、カクスケくんを助けると思って」


「筒原さん、絶対面白がってますよね」


「そんなことないわよ。さ、食器を洗わないと」


 言うだけ言っておいて、筒原さんは事務所の奥に引っ込んでいった。


「なあ、カクスケ。……仮に俺がお前を使い魔にするとして、その、契約とやらは簡単にできるものなのか?」


「はい、主さまと拙者共使い魔との契約は、拙者がもっている魔導書に、主さまの御名前を頂くのみです」


 じゃあ、べつに指を切ったりして、血を使わなくてもいいってことか。でも、だからといって気軽に契約ってわけにもいかないよな。


「おまえと俺が契約を結ぶことによって、俺が気をつけておかなければならないことはあるのか」


「お見受けしたところ、ソラノ殿はロイメンですよね。ロイメンの皆様は、平均的に拙者共よりも、寿命が短う御座います。……拙者があとどれくらい生きられるのかは分かりませぬが、それでもソラノ殿よりも長く生きながらえるかと。よって、特に心配することはありませんが、使い魔より長く生きる種族の主さまは、ご自身の寿命にご留意いただく必要があります」


 うーん、こんがらがってきた。地頭の良くない俺は、聞き慣れない文語体のような喋り方と、初めて聞く話の内容に、脳みそが引っかき回されているような感覚に陥った。


「使い魔よりあとに死ぬなってことか?」


「さようでございます。我々使い魔は、主さまの最期を看取り、弔う役割を担う義務があります」


「じゃあ、おまえら使い魔が先に死んじまったらどうするんだ。たとえば、なにか事件や事故とか、争いに巻き込まれてしまったり、不測の事態が起こるってのはありえるだろ」


「姑息な使い魔は、自分の死期を隠して誰かに近づき、主従関係を結ぶ者もいます。主さまより先に最期の時を迎えた使い魔は、主さまの残りの寿命をいただき、生きながらえることとなります。それほどの代償を抱えて契約を結ぶわけですから、拙者共が一度主さまと主従関係を結んだあとは、どんな扱いを受けても、それを受け入れなければなりません。でも、ご安心ください。拙者共も、おいそれと簡単に命を奪われたりはしませんから、ソラノ殿が普通に過ごしていれば、拙者とは良き関係を築けるかと思いますよ」


「お前は、自分がいま言ったような、『姑息な使い魔』じゃないっていう証明はできるのかよ」


「僭越ながら、それは拙者を信じていただくしかありません」


 言葉遣いや態度から感じるカクスケの印象は、とても相手を欺いて寿命を奪おうとしているようにはみえない。俺がこれからも普通に生きていって、そのまま死ぬのであれば、使い魔との契約はノーリスクだともいえる。


「俺が契約をしないといったら、お前はどうなる」


「主さまのいない使い魔に、生きる価値はありません。独りになって、七度目の月を見たとき、拙者共の体は消滅いたします」


「おい、さっきお前、主から暇を出されたのは七日前だって言ってなかったか?」


 俺の問いかけに、カクスケは「はい」と頷いた。平然としている。とても命のタイムリミットを間近に迎えているやつの所作とは思えない。


「お前と主従関係になったところで、俺にメリットがあるのかはわからない。でも、このまま放っておくと、お前は死んじまうっていうのを知っているのに、見て見ぬふりもしたくない。……ああっ! くそっ! ……わかったよ。なんか嵌められた気がしなくもないが、なってやるよ、お前の主に! それでいいんだよな!」


 半ばヤケクソだった。納得のいかぬまま、怪しい商法に巻き込まれたような気持ちと、どうせ一度死んだ身だ、どうにでもなれと、スリルを楽しみたい気持ち。あれこれウダウダと考えるより、やってみるしかないよなと思ったのだ。


「あっ、ありがとう、ございます!!」


 カクスケは虚を突かれたような表情で、目を丸くして俺を見た。一瞬、俺がなにを言ったのかよく分からなかったような、そんな様子にもみえた。


「あれ、コタロウくん。その子を養子に迎えるんですか? そうするとばあちゃん、孫が出来たことになるのねえ」


 ばあちゃんは俺たちから少し離れたところにちょこんと座り、黙って話を聞いていたようだけれど、ばあちゃんの頭の中ではそう結論づけたらしい。


「早速ではありますが、契約の魔導書を召喚させていただきます」


 正座をしたままのカクスケは、自分の胸の前で手を組み、拝むような体勢となって目を閉じた。直後、カクスケの声で、俺には聞き取れない不明瞭な発音の文言が聞こえてきた。組み込んだ手をほどき、カクスケが手のひらを天井に向けると、何もない空間から突如、紫色の表紙の分厚い本と、金色の羽根ペンが現れて、カクスケの手の中に収まった。


「魔法……なのか?」


「ロイメンの皆様は、なぜか一様にそう呼ばれておりまする」


 カクスケが言った。彼の手の中にある魔導書は、ちょうど文庫本ほどの大きさのものだった。紫色の表紙には、俺には読めない言語のような文字と、中心あたりに円が描かれていて、円の中に飛脚が荷物を運んでいるような形の模様が刻まれている。


 カクスケが空中に浮かんだままの羽根ペンを手に取り、俺に渡してきた。すると、魔導書がぺらぺらと捲れ、空白のページが俺の前に示された。少し黄ばんだような、茶色がかったような色の紙だった。


「ソラノ殿、こちらに記名を」


「あ、ああ……」


 言われるがままに羽根ペンを走らせる。こんな筆記具は使ったことがないから、ボールペンを使うかのように何も考えずに名前を書き始めてしまったけれど、たしか羽根ペンってインクが要るんじゃなかっただろうか。


 不思議に思っていたが、ペンの先からはちゃんとインクが出てきた。血の色のような深紅の文字で、俺の名前が紙に記されていく。


 名前を書き終えたときだった。


「いでっ!」


 左の上腕に一瞬、鋭い痛みがはしった。シャツの袖をめくって、その箇所を確かめる。


「拙者とソラノ殿との主従契約が結ばれた証で御座います」


 魔導書の表紙にあった飛脚の紋様と同じものが、俺の上腕の皮膚に現れていた。さすがに金色ではなかったが、それは羽根ペンのインクと同じ色で描かれていた。


「これで契約は完了です。ソラノ殿と拙者は紛うことなき主君と従者の関係。今後とも何卒、よろしくお願い致しまする」


 今日一日で、何度カクスケの頭頂部を見たことか。こうして俺は、侍のような喋り方をするふんどしを身につけた少年の姿をした使い魔の主となったのだった。

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