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第三話⑬




「ウェイド、本当にすまなかった。俺の監督不行き届きだ」


 ウェイドが横たわっているのは、こもれびの杜の中に急遽用意した簡易ベッドの上だった。ホライゾンでベッドと包帯や消毒薬などを取り寄せて、串刺しにされた彼の体の応急処置を行なったのだ。俺ではない。俺たち介護職には、医療的処置なんてできないから、実際にその役割を担ったのはサティーだった。


「頭を上げてくださいコタロー様。ぼくが刺されたのは、己が未熟だっただけのこと。ぼくにもっと力があれば、もっと早くに長老様を鎮圧できていたわけですから……」


 仮に力があっても、はじめのうちは長老に攻撃をすることを躊躇っていたじゃないか。


 ウェイドの体をみると、上半身に巻かれた包帯は、先ほど交換したばかりだというのに、すでに真っ赤に染まっていた。


 包帯のストックは大量にある。……いや、そんなことは問題ではない。血を流しすぎて、ウェイドの命に危機が及ぶ可能性があるのだ。


「コタロー様、あいにくぼくは、体が丈夫に出来ています。こんなことくらいで、死んだりはしませんから、どうか安心してください」


 まるで俺の心の中を見透かしたかのように、ウェイドは微笑みを浮かべながらそう言った。油断はできないけれど、いまはこいつの言うことを信じるしかないだろう。呼吸は安定している。痛みを必死でこらえているのかもしれないが、切迫した様子は感じられない。


「ウェ、ウェイドくんのバイタル、測ったほうがいいかしら」


 筒原さん、何を言っているんだ。仮に測ったとして、俺たちと竜族は基準の数値が違うかもしれないんだぞ。


 と、俺が口にする前に、筒原さんは戸棚から血圧計と体温計、それにパルスオキシメーターのセットを取り出して、いそいそとウェイドのもとに駆け寄っていった。


「はい、ウェイドくん、これを腕に巻き付けて、これを脇に挟んで、あとこれを指に挟むわよ。ちょっとじっとしててね」


 そらみろ、ウェイドは目を丸くして、黙っちまったじゃないか。たしかに説明もなしに自分の体にいろんな装置をつけられたら、誰だってびびるよな。


「ウェイド、ごめん、これは俺たちロイメンが元いた世界で、体調を数値化して具合を判断するのに使う道具なんだ。誰かが怪我をしたり病気になったりしたときや、毎日の健康チェックをするときに体に装着する。決して怪しいものじゃないから、安心してくれ」


「わ、わかりました」


 頷いたものの、ウェイドの表情は強張ったままだ。きっと腕を締め付ける血圧計の圧力にまだびびっているのだろう。


「酸素濃度は九十八、血圧は百九十の九十八……体温は四十度……。うーん、空野くん、竜族の皆様の基準値って、どんなものなのかしら?」


「しらねえよ!」


 筒原さんが自分の上司だということも忘れて、俺はツッコまずにはいられなかった。結局、そばにいたガークやサティーにも協力を仰いで、二人の分の数値も測らせてもらった結果、ウェイドの値とそれほど変わりがなかったことから、血中酸素濃度以外の数値は俺たちロイメンよりも竜族のほうが高いのだろうということがわかった。


「流石にアヴァリュートさんのようなドラゴンそのものって感じの方には通用しないけど、みんなのように私たちと同じような形態なら、バイタル測定も有効そうね」


 血圧計のマジックテープの音を事務所中に響き渡らせながら、満足げに筒原さんはそう言った。




「コタロー、腹の痛みもおさまってきただろう。そろそろ教えてくれないか。オマエの真意を」


 ガークに言われて、俺は頷いた。ガークに拳を打ち込まれた俺の腹は、その箇所が赤く腫れ上がっていた。見た目ほど大したことはないが、着るシャツをなくしてしまった俺は、全方位にその腫れを見せる羽目になったので、ガークにはなんだか申し訳ない気持ちになった。


 事務所の相談コーナーとして使っていた場所には、俺と筒原さん、ガークやサティー、それにザンドラとジュヴァロン、その息子たちのジロとライナが並んで座っていた。簡易ベッドに横たわって体を休めているウェイドも、話に耳を傾けている。みんな、アヴァリュートの拘束の解放に、好意的な意見を示してくれた者たちだ。


 それでも、ガークとウェイド、サティーの三人以外の表情が険しい。理由は明白だ。アヴァリュートが集落で大暴れしたことが、彼らの心に暗雲を立ちこめさせているのだ。


「アヴァリュートさんのことで、みんなには折角協力してもらおうと言ってくれた矢先に、危害を加えてしまってすまない」


 だから俺は初めに詫びた。頭を下げるとき、ズキリと腹の殴られた箇所が痛んだ。「俺がアヴァリュートさんの介護をやってやると意気込んでみたくせに、結果的にはみんなに迷惑をかけることになってしまった」


 幸いにも、ここにいない他の竜族たちの安否は、みんなはっきりしていると、ザンドラが言っていた。怪我をした者はいずれも軽傷で、誰一人命に別状は無い。いちばん重傷を負ったのはどうやら、アヴァリュートを食い止めていたウェイドだという見立てだった。


「オレが、じいちゃんを連れ出さなければ……こんなことにはならなかった。どうかみんな、コタローを咎めないでほしい」


 自分を責めるなとガークには何度も言ったが、どだいそれは無理な忠告だろう。俺がガークに出会ってから、一番落ち込んでいる様子なのがいまだった。


「オレらがいくら大丈夫だって言ってもよお、ここにいないほかのヤツらは、そうは思っていないかもしれねえぜ。ああ、やっぱりロイメンが勝手に暴走したせいで、集落の平穏が脅かされたってな」


 ザンドラが口をとがらせる。たしかに実害が出ている以上、彼の言うとおりだ。


「まあ、それはあとで考えるとして、コタロー、さっきオマエはなにを言いかけたんだ?」


 ザンドラに促され、俺はことの経緯を語ることにした。


「アヴァリュートさんが認知症かもしれないっていうのは、みんな納得してくれているよな」


 一同が頷く。


「俺たちロイメンが認知症の人を介護するときには、まず、その人がどんなおかしなことを言っていたとしても、真っ向から否定しないという原則があるんだ」


 竜族のみんなは、ウェイドを筆頭にアヴァリュートの暴走をなんとか食い止めようとしてくれていた。それは彼らなりの精一杯の対応であり、間違ってはいない。


「アヴァリュートさんは、竜族の集落に、何者かが攻め込んできたと思っていた。そう思った理由はわからないが、もしかしたら昔の記憶が蘇っていたのかもしれない。長いこと洞穴に幽閉されていて、突然俺たちがアヴァリュートさんを外に連れ出したことは事実だ。しばらくはおとなしく過ごしていたけれど、突然環境が変わって、彼の中で混乱があったのかもしれない。ガークが集落の近くまで連れていったことによって、その混乱が脳を支配して、一時的におかしくなったのかもしれない。……あ、ガークが悪いと言ってるわけじゃないからな」


 ガークがあからさまに落ち込んだ表情になったので、俺は慌てて言葉を付け加えた。


「まあ、そんなわけで、アヴァリュートさんは、自分で作り出してしまった見えない敵と戦っていた。ウェイドが体を張って集落を守ってくれていたけれど、それがアヴァリュートは敵と認識していた」


「怪我をした他のみんなも、最初はぼくと同じように長老様を制止しようとしてくれていました」


「ああ。だからアヴァリュートさんは、集落がかなり危機に瀕していると思ってしまったんだろう」


 アヴァリュートに立ち向かっていた竜族たちがどんどん離脱して逃げていくなか、ウェイドは最後まで立っていた。アヴァリュートの中では、あとは目の前にいるウェイドを倒せば、集落が陥落することはないと考えていたのだろう。


「だから俺は、アヴァリュートさんの気を、集落やウェイドからそらせることにした。俺が竜族の敵だと彼に思わせて、とりあえず集落から離れるように仕向けたんだ」


 あのときは咄嗟の行動だったけれど、あとになって考えてみると、無謀な考えだったかもしれない。いや、臨機応変に対応できたということにしておこう。認知症の人たちがみている世界に、俺たちが同調し、現実に引き戻すためには、こちらの咄嗟の判断能力と、万が一うまくいかなかった場合に軌道修正ができる思考力が求められる。


 俺たちには見えない物事であっても、当人のなかでは現実なのだ。誰だって、自分の目に見えていることや、事実だと認識していることを頭ごなしに否定されたら、ムッとするよな。


「アヴァリュートさんの見ている世界に俺たちが合わせて、尚且つ彼の暴走を止めなきゃいけない。だから俺は説得力を増すために、ガークを人質にとったふりをして、そのガークが俺の隙をついて反撃をするように仕向けた」


「あのときはすまなかった。痛かっただろう」


「いや、本気でやってくれたほうが、より真実味が増すだろ。俺もそんなに演技はうまくないからさ」


 ガークの拳が俺の腹に沈み込んだあのとき、俺は本気で死ぬかと思った。できれば二度と食らいたくないパンチだった。


 ガークが本気で俺を殴ってくれたおかげで、俺は見事に地面をのたうち回ることとなり、それがアヴァリュートの中で、自分の孫が集落を襲った脅威の元凶を排除してくれたという認識になった。その直後から、凶暴な一面はなりを潜め、彼はおとなしくなったからだ。


 ひとしきりガークを賞賛したあと、全身泥だらけになって地面にうずくまっている俺をみてアヴァリュートはこう言った。


『コタロー、なにを芋虫のように丸まっているのだ。まさか、貴様も竜族のために戦ってくれていたのか?』


 それは、アヴァリュートが正気に戻ったというなによりの証拠だった。


「アヴァリュートさんが集落で暴れていたとき、決して建物には危害を加えなかった。それはきっと、彼の中でなんとしてでも集落を守り抜くんだっていう想いがあったからだと思うぜ」


 窓の外を見ると、雨は小降りになっていた。ひとしきり暴れて疲れたのか、アヴァリュートは小屋の中で眠っている。翼を折りたたみ、手足を投げ出して全身が弛緩している様子がみえた。


「大体のことは理解したけど、今後また長老様が同じことをしないとも限らないだろう。そのときはどうしたらいいんだよ」


 ジュヴァロンが言った。息子のライナを抱き寄せる。「今回、息子は怪我をしなかったが、ウェイドみたいに串刺しにされちゃあ、ライナは体を鍛えてるわけじゃねえから、ひとたまりもねえだろうぜ」


「また同じことが起こるかもしれないし、もう起こらないかもしれない。こればっかりは何とも言えない。だけど、今日のことがあって、竜族のみんながアヴァリュートさんがおかしくなったときにどんな対応をすればいいか分かってくれていれば、混乱も最小限に抑えられるかもしれないな」


「かもしれないかもしれないって、おめえさっきからそればっかりじゃねえか」


「……ごめん、でも、こういうことは断定するもんじゃないから……」


 きっとアヴァリュート本人も、いつどこでスイッチが切り替わってしまうのかなんてわからない。本人に分からないことを、他のやつらに分かるはずないんだ。


 だから俺たちは、不測の事態に知識で対抗する。ひとつひとつの物事について、打開策を構築していく。介護だけじゃない。掃除機の使い方、料理の作り方、車の運転の仕方。世の中のあらゆることについて、俺たちはうまく生きていくために知識をつけていく。介護だけが、特別なことじゃないのだ。


 俺が介護の仕事を始めたとき、筒原さんが言った言葉がある。




「お年寄りひとりひとりのことを、人生の教科書だと思いなさい。どんな状態になっても、彼らは私たちの大先輩であることに変わりはない。みんな、命をかけて、私たちに色んなことを、教えてくださっているのよ」




 まあ私も、先輩からの受け売りなんだけどねと、筒原さんは照れくさそうに笑っていた。

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