第三話⑪
それからの数週間は、何事もなく日々が過ぎていった。ばあちゃんもアヴァリュートも落ち着いていた。変わったことといえば、ガークの計らいで竜族の集落にある風呂場を貸してもらえることになったくらいか。シャワーだけなのは嫌だと譲らなかった女性陣の言い分が通ったのだ。
集落の竜族たちは、全員が俺たちを手放しで歓迎してくれているわけではないが、それでも最初の頃に比べれば、だいぶ迎合してくれるようになったと思う。こもれびの杜からの距離を考えれば、ちょうど銭湯に通うようなものだった。
俺もそのおこぼれにあずかり、湯舟に浸かれることになった。ガークやウェイドに、一緒に入らないかと誘われたのだ。
俺が誰かと一緒に風呂に入るのは、学生の頃の修学旅行以来だった。そのせいか、俺は妙にテンションがあがっていた。
「あ〜、気持ちいいなあ!!」
ゆっくりと足を伸ばして湯舟に浸かったのはいつぶりだろうか。ばあちゃんと二人で暮らしていたときは、俺が風呂に入っているあいだに何かがあるといけないからと思って、烏の行水状態だった。
「コタローは風呂が好きなのか」
湯舟は広く、俺たち三人が余裕で入れる大きさだった。五右衛門風呂を巨大にしたような設備で、お湯は竜族の男たちが毎度沸かしてくれるという。
「俺たち日本人は、風呂とは切っても切れぬ関係でな。とくにこんなふうに湯舟に浸かって疲れを癒やすのが至福の時だっていう人も多いぞ。たぶん、ウェイドのお師匠さんも、同じような感じだったかもな」
ウェイドが懐かしそうに表情を緩ませた。
「そうですね。師匠は、ぼくとの稽古が終わると、真っ先に風呂に入るのがお好きでした。お湯に体を浸すだけで疲れがとれるというのは、ぼくにはよくわからない感覚でしたが、師匠のお背中を流したりすると、彼は非常に喜んでくれました」
「ニホンジンというのは、コタロー、オマエの身分なのか?」
ガークはちがうところに引っかかったようだ。俺がタオルを湯に浸して膨らませる遊びをしていたら、面白そうだと思ったのかそれを真似して遊びだしたが、話はちゃんと聞いていたらしい。
「身分……、というか、日本は俺が元の世界で住んでいた国の名前だよ。お前たちがウダイ国に住んでいるっていうのとおんなじだ」
身分なんて聞かれたら、俺はしがない平民さ、と答えるしかない。
「オマエの住んでいた世界にも、国があって、いろいろな種族の者たちが暮らしているということだな」
「まあ、そうだな。……でも、世界を牛耳っていたのはにんげ……いや、ロイメンだ。ガークたちのような竜族だとかは、俺たちの想像上の生きものだと思っていたよ」
ファンタジーっていうんだけどなと付け加えたが、聞き慣れない言葉だととっつきにくいようだ。ガークはそれをスルーした。その代わりに「ものごとは一辺倒に考えない方がいいと思うぞ」と、至極当たり前のことを指摘されてしまった。
「それよりコタロー、オマエはもっと体を鍛えたほうがいいな。それなりに筋肉はあるようだが、オレたちに比べると細っこい」
「そういわれても、おまえらみたいに誰かと戦うわけじゃないからな」
言い訳をしながらも、ガークとウェイドの体と、自分の体を比べてしまう。こいつらの体格の良さと分厚さを見てしまえば、自分が情けなくなってくる。男としては、やはり自分は誰よりも強くありたいと思うもんな。
「それともなんだ。ガークは俺にも戦えっていうのかよ」
「状況によっては、そういうこともあるかもしれないな」
半ばやけくそになって言った言葉を、マジのトーンで返されて俺は慄いた。ヒュッと体が少し飛び上がり、水面がゆらゆらと波打つ。そんな俺をみて、ガークはケラケラと笑った。
「大丈夫ですよ。万が一そうなっても、ぼくたちがいますからね」
ウェイドが真面目くさった顔で言った。たぶん、ガークは冗談のつもりで言ったのだろうが、ウェイドはそう思っていないようだった。ただ、戦うことに対してなんのよどみもなく、自分たちが先陣をきって驚異に立ち向かうという考えをもっているのは、頼もしくてちょっとだけ安心したのだった。




