第三話⑧
俺たちが話し合っていた隙に、サティーが集落に戻って、仲間を呼んできてくれた。アヴァリュートが外に出て暮らすことを賛成してくれた者たちのことだ。
アヴァリュートは、俺たちのやりとりを静観していた。話をしながらも、俺は彼の状態を気にかけていたが、やはり陽があるうちは認知症の症状が抑えられているように感じる。今の彼は、孫たちの動向を優しげに見守る好々爺といったところだろうか。
サティーが連れてきたのは、ジュヴァロンとザンドラを含む、五人の竜族だった。ザンドラは、俺の姿を見るなり、足早にこちらに駆け寄ってきた。
「すまねえ!」
開口一番にそう言われたものだから、俺は面食らった。
「昨日、お前に失礼な態度をとっちまった。冷静になって考えて、お前は長老やオレたちのことを思って色々やってくれたんだって気付いた。だから詫びというわけじゃないが、お前に協力させてくれねえか」
猪突猛進な性格は、こういうときにも発揮されるんだなと思った。おそらくザンドラは自分の感情がするりと言葉になって出てきてしまうタイプだ。だとすると、これまでも結構、大変な目に遭ったんだろうなと推察した。
「ありがとう、ザンドラさん。そう言ってくれて嬉しいよ。竜族の中にも味方ができたみたいで、正直すげえ助かる」
味方が少なくて、八方塞がりになりかけていた状態に、光明が差したような心地になる。
ザンドラはたぶん、見た目から判断すると、ガークの親くらいの年齢だろう。そうすると、千年近く生きているのかもしれない。アヴァリュートがまだまともだった頃のことも知っているだろう。事態が落ち着けば、昔の話を聞くのもいいな。
とはいえ、俺の目標は、ここに住む竜族全員に、アヴァリュートのことを認めてもらうことだ。
「まずはなにをしたらいいんだ?」
ザンドラに問われて、俺はガークと顔を見合わせた。そうだなあと、腕組みをする。
「アヴァリュートさんがここで暮らせるように、住居を作りたいんだ。あと、畑も」
「なんだそれ、おもしろそうじゃねえか!」
ザンドラの顔がぱあっと輝く。「おい、ジュヴァロン! 俺たちの出番だぜ!」
ジュヴァロンも嬉しそうに頷いた。彼は、頭が竜の形をしているから、人型の竜人よりも表情筋があまり動いていないようにみえる。
「コタロー、ザンドラとジュヴァロンは、オレたちの集落の建築を一手に担っている。だからきっと、役に立ってくれるはずだ」
そこからの展開は早かった。ガークが言ったように、まずは建物を建てるための木材の調達だ。森の中の木を切り倒して加工する。ザンドラが大工道具を集落まで取りに行っているあいだに、ガークとジュヴァロンが木を切っていく。切り倒された木は、アヴァリュートが整理をして一カ所に積み上げられていく。ガークもザンドラもジュヴァロンも、動きに無駄がない。手慣れているんだなと、感心するほかなかった。
木材を加工したのはザンドラだ。彼は様々な形の木を組み合わせて、釘や金具などの道具を使いながら器用に建物を組み立てていく。
手持ち無沙汰にしているのは俺だけだった。こんな森の中で建築作業なんてしたこともないし、手伝っても足手まといになるだけだろう。
俺は筒原さんとばあちゃんとサティーをつれて、畑を耕すことにした。鍬を使って土を掘り起こす作業は重労働だったが、こっち側の男手は俺だけだったので、汗をかきかき畝を作り上げていった。
「コタロウくんは、なんでもできますねえ、さすがアタシの孫です」
ばあちゃんはえらく得意げだが、おれがやったことといえば、森の土を混ぜ返して畑っぽく硬めただけだ。なにも大したことはしていない。
『ロイメン、これでどうだ』
一息ついて鍬を地面に突き刺し、シャツの袖をまくり上げていたときだった。不意に頭に響いてくるアヴァリュートの声はびっくりする。声の方をみて、俺はもっと驚愕した。
すでに建物の骨組みが出来ていたのだ。
だが、自分が過ごす空間になる場所だというのに、アヴァリュートは俺に意見を求めてくるのはどうしてだろう。
骨組みは、高さも幅も、こもれびの杜よりも二倍ほど広いものだった。流石に形は無骨だったが、短時間でここまで出来上がっているのは凄い。竜族と分類されているいきものたちの膂力が、ここまでの技を可能にしているんだろうなと思った。
竜族は、建物に対して、防音や通気性は重視していなさそうだから、このまま板を貼り合わせていけば、建物は完成するだろう。アヴァリュートがここで寛ぎ、寝起きを行う、彼専用の家がいよいよ建てられるのだ。
「大丈夫そう。あとは壁をつくるだけか?」
「コタローが土を耕しているあいだに、こちらも土を掘り、地盤を補強した。切り倒した木材を加工し、梁や柱を立てたんだ」
ガークはさらりと言ったが、人間がこれを作るとなると、何ヶ月もかかるはずだ。
「とはいえ、本格的な建築じゃねえぞ。早急に長老が雨風を凌げる場所が必要だったんだろ。まあ、簡素な掘っ立て小屋みたいなもんさ」
ガークの後ろからひょっこりと顔を出して、ザンドラが言った。それでも、あの湿っぽくて暗い洞穴よりはましなはずだ。
『なんだ、これは儂のための建造物なのか』
おいおい、今更かよ! とツッコミたくなったが、作業の合間に記憶が忘却の彼方にとんでいってしまったのかもしれない。自分がなにをしているのかは分からないけれど、とりあえず周りに合わせて自分も建築を手伝った……という感じだろう。
「そうだよ、じいちゃん。もう、あんな陰気くさいところで過ごさなくていいんだ」
ガークの声は優しい。自分の思い通りに事が進んでいるいまの状況に、安心しているようにみえた。
「懐かしいですねえ。土いじりは若い頃から好きでしたよ。コタロウくん、耕してくれてありがとうねえ」
ばあちゃんは、畑の畝の一角にしゃがみ込んで、素手で土をいじくっている。俺には建築の知識も農業の知識もないけれど、形だけでも畑のようになっただろうか。
自分の身長くらいの長さの畝を四つ作って、俺の体力は尽きた。木々の隙間をぬってそよいでくる風が、汗ばんだ肌を撫でていく。ここにはエアコンも扇風機もないけれど、充分涼しかった。
「コタローさん、集落に保存してあった苗をお裾分けさせてね」
いつの間にか姿を消していたと思っていたが、サティーが両手に取手のついた麻袋を提げて戻ってきた。
「アカメトゥとムラプラっていう野菜の苗だよ」
テイトウイモがジャガイモそのものだったことからすれば、おそらくこれも見慣れた野菜がなるんだろうけど、名前をきいただけでは見当もつかなかった。
「あら、これはトマトとナスの苗ですね、お嬢ちゃん」
ばあちゃんが俺の傍から顔を出して、麻袋の中をのぞき込んだ。
「おばあちゃん、あなた達のいた世界では、そう呼んでたのね」
「そうですよお。それ以外になんの呼び名があるというんですか」
年寄りは新しい言葉を受け付けないのか、そもそもばあちゃんがサティーの言葉を聞いていなかったのか……。
「じゃあ、植えていきましょうねえ」
ばあちゃんは手慣れた様子で麻袋を持ち上げ、よっこらせ、よいしょよいしょと呟きながら、畑に戻っていった。
「コタロー、こっちはいいから、おばあさんを手伝ってあげてくれ」
ガークに言われなくとも、建築に関して俺が手伝えることはなにもない。ばあちゃんはいつもより足腰の調子がよさそうだ。昔の勘を取り戻しているのだろうか。俺は筒原さんとともに、ばあちゃんのあとについた。
「シャベルはありますか、コタロウくん」
「事務所にあるわよ、とってくるわね」
返答に困った俺のかわりに、筒原さんが答えた。そういえば、元の世界では、建物の周りに花を植えていたから、そういう用具もあるんだろう。
事務所の中に入っていった筒原さんは、シャベルと軍手を三つずつ持って戻ってきた。
「あらあら、お嬢ちゃんにばっかり面倒をかけさせて、あいすみません」
ばあちゃんはそう言って、いそいそと軍手をはめて土いじりをはじめた。
俺がまだ学生だった頃、ばあちゃんは家の庭で花や野菜をたくさん育てていた。
「あんなにいっぱい育てて、めんどくさくないのかよ」と聞いた俺に、「そうねえ、コタロウくんとちがって、ばあちゃんは一日が暇でしょうがないからねえ。ボケ防止にもなるし、野菜も獲れて節約にもなるし、面倒だと思ったことはないねえ」と、獲れたてのぐにゃぐにゃのキュウリを愛おしそうに撫でながら言っていたっけ。
とてもスーパーの商品棚には並びそうもないいびつな形のキュウリだったが、冷やして浅漬けにすると美味かった。トマトやナスも育てていたっけ。俺が学校に行っているあいだに、ばあちゃんは馴染みの園芸店に顔を出し、季節ごとに花や野菜をせっせと買い込んでは畑に植えていた。
俺が中学三年のときに、その園芸店は店主が高齢だったことと、売り上げが低迷していたことを理由に商いをたたんでしまった。俺たちなら、じゃあホームセンターとかで買えばいいという考えに至るけれど、ばあちゃんたちの年代の人たちは、「これはここで買うものだ」と決めてしまい、他の選択肢をなくしてしまうことがある。ばあちゃんも例に漏れず、園芸店が店をたたんだのをきっかけに、土いじりはやめてしまった。今となって思えば、それも認知症を加速させてしまった原因のひとつなのかもしれない。
たとえば俺が代わりにホームセンターに行って苗や種を買ってくるとか「やろうぜ」と誘ってみるとかしていたら、ばあちゃんは今も趣味を続けていたのだろうか。
だめだ、だめだ。過去のことを思い返してあれこれ考えてもなにも変わらない。心に湧いた小さな後悔を拾わないことにする。負の感情は溜め込むとよくないからな。
「空野くん、まためそめそと考えてたでしょ」
「えっ!? ああ、いや……まあ、そうっすね」
「恭子さんのことで悩んでたのなら、この世界で貴方の思うように、残された時間を一緒に過ごしてあげなさい。それでも最期のときが訪れたときは、もっとああしてやればよかったとか、こうしていればよかったとか、絶対に思うの。正解なんてないものごとには、私たちがどんな対応をしたとしても、後悔はつきものよ。でもね、恭子さんと一緒に過ごせるいま、あれこれと悩んだ挙げ句に怖じ気づいてなにも出来なかった未来より、貴方ができることをやったうえでの後悔なら、貴方もいずれ納得するでしょう」
——後悔はあしたの自分に任せて、貴方が正しいと思ったいまを歩いていきなさい。
筒原さんが言ったことは、いままでに彼女が読んできた本からの受け売りかもしれない。そうであったとしても、俺の心には、尊敬する上司の言葉として残った。
「わかりました! いやー、筒原さんの教えはやっぱ、ひと味ちがうっすね。なんかスカッとしました。これが年の功ってやつかな」
「人を年寄り扱いしないの」
筒原さんはそう言って苦笑した。「さあ空野くん、私たちも畑を作るわよ」
「はいっ!」
俺はこくりと頷くと、背中を丸めてシャベルを土にさしているばあちゃんのもとに駆け寄って、三人で一緒に次々と苗を植えていったのだった。




