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第三話③

「竜族の長老ともあろうものが、俺みたいな奴に煽られても、受け流せずにぶちギレてたじゃないっすか。きっとここでずっと寝てるから、ストレスマックスなんでしょ!」


「コタロー、なぜさっきからそんなに挑発的な態度になってるんだ。またじいちゃんの攻撃を食らいたいのか?」


 ガークが小声で尋ねてきたので、俺はにやりと笑ってみせた。


「いいか、ガーク。介護士が利用者さんに対しておこなう行動には、すべて根拠があるんだ」


「リヨウシャ?」


 首をかしげるガーク。おっといけない、また専門用語を使ってしまった。蘇る筒原さんが俺に指摘する声。「ちょっと空野くん! あなた、介護をはじめる前、『端座位』なんて言葉、知ってたの?」


 介護の現場では、医療や介護に関するいろいろな専門用語が日々飛び交っている。意味をわかっていて、職員同士で会話をするときに口にするのはいいけれど、それを家族とか、介護のことを知らない人たちに向かって使うのはやめなさいと、耳にタコができるくらい言われていた。家族に利用者さんのことを説明するときや、記録を書くときは、誰がみても意味が分かるようにしておきなさいと教えられた。


当時、俺は覚えたての言葉を早く使いたくて調子に乗っていたけれど、たしかに『端座位になっていた』なんて書いても、それまでの俺は意味がわかんなかっただろうし、ここは『ベッドの端に腰掛けていた』と書いてあったほうが、だれでもすんなりと文章が頭に入ってくるもんなと納得した。




「俺が、アヴァリュートさんに対してやってることは、ちゃんと理由があるってことだよ」


 ふふんと威張りくさって俺はそう言ったが、心の中では不安だった。アヴァリュートに対しての言葉掛けは、たしかに昨日よりも強気になっている。わざとだ。アヴァリュートは態度も経歴も、威厳たっぷりの人……じゃなくてドラゴンだ。そんな彼とまともに……というか対等に渡り合うために考えた策だった。


 どっかの大企業の社長であろうが、生涯真面目に企業に勤め上げたサラリーマンであろうが、路上生活を余儀なくされたホームレスであろうが、みんなみんな行く末はおなじ。人が誰かを支えるときは、互いに対等に尊重しあわなければならないと、俺は思っている。


「そうか。まあ、コタローなら、むちゃくちゃなことはしないと信じている」


 ガークは静かに一歩引いた。それを皮切りに、俺はアヴァリュートさんに向き直る。


『竜族の長は何事にも動じず、常に堂々としていなければならぬ』


 してなかったじゃねえかよっ!


 俺は心の中で盛大にツッコミをいれる。もしかすると、長老の頭の中では、昨日の出来事が記憶から欠けているのかもしれない。


「堂々としていなきゃいけないのなら、こんな暗がりの中でこそこそ隠れてちゃだめなんじゃないっすか」


『貴様! さっきから黙ってきいていれば、儂の発言のあげ足を取るようなことばかり言いおって!』


 ぐわんぐわんと、アヴァリュートの声が脳内に響く。こいつ、やっぱりすぐ感情的になるな……と分析する。それが認知症の症状なのか、元々の性格なのかはやっぱりまだ分からない。


 今日も話は難航するか……と思いかけたときだった。


『ガーク』


 アヴァリュートの声が穏やかになり、彼はそっと孫の名を呼んだ。


『おまえはこのロイメンを執拗にここに連れてくるが、儂にそんなに外に出てほしいのか』


「そうだよ、じいちゃん」


 これは少し前進か? と、俺は身を乗り出した。


「オレ、コタローがいれば大丈夫な気がする。その……たとえじいちゃんがいつもと違うことになったとしてもちゃんとオレたちがなんとかするからさ!」


 それは竜族の後継者としてではなく、完全なるアヴァリュートの孫としての、ガークの言葉だった。いつの間にかガークもその気になって、アヴァリュートの拘束を解くことを渋っていた様子は微塵も感じられない。


「ほら、お孫さんもこう言ってるんだし、受け入れてやりなよ」


 これは決してアヴァリュートをけしかけているわけではない。家族が言っているから。協力してくれている事業所のスタッフも言っているから。お医者さんも言っているから。俺たちは時として、そういうふうに周りの人たちをダシにして、頑固な年寄りを説得することがある。これには一定の効果があり、それまで頑なに考えを変えなかったのに、突如として思考が柔軟になることがある。


アヴァリュートも例外ではなかった。孫にほだされて、冷静になったタイミングで一晩考えたのかもしれない。ドラゴンの寿命がどれくらいなのかは知らないが、残された時間のなかで、孫と一緒に過ごす時間を大切にしたい。それなら、こんなところに閉じこもっているよりも、外に出てガークと同じ空間で過ごすことを望む。


アヴァリュートのなかに、生きる希望が芽生えたということか。いずれも俺の願望でしかないが、できることならそうであってほしい。


「コタロー、オレたちはどうしたらいい? 集落のみんなに迷惑をかけず、じいちゃんをここから出すには……。そもそもそんな方法があるのか?」


「ガーク、アヴァリュートさん。これだけは言わせてくれ」


 俺は二人(正確にいえば、一人と一匹か)の顔を順に見る。「この場所から離れると迷惑をかける、なんて思うのはやめてほしい。集落のみんなにも、俺たちにも。生きている以上、迷惑をかけるってのはお互いさまだからさ。俺たちロイメンはそういう考え方で、心がしんどくならないように生きているよ」


 沈黙。ガークとアヴァリュートは互いに顔を見合わせた。なんだか歯の浮くようなキモイことを言ってしまったか? と青ざめる。


「かたじけない」と、ガークが言った。急に武士みたいなしゃべり方をするものだから、俺は少し面食らった。


「ほらじいちゃん、コタローもこう言ってくれてる。ここはじいちゃんが譲歩しないといけないよ」


『ふむう……』


 アヴァリュートが唸る。鼻から息を吐いたようで、洞穴を浮遊する埃がぶわっと舞い上がった。


 そろそろ答えが出そうだ。長期戦を覚悟していたが、たった一晩時間をおいただけで、考え直してくれたようだ。


 竜族の長という立場なら、これまでもいろんな決断を迫られてきただろう。自分の意思とは反することであっても、一族の安寧のためならば客観的に結論を導かねばならないこともあったはずだ。ということは、周りの状況に合わせて、柔軟に思考を考えられる一面もあったに違いない。そしていまのアヴァリュートにも、その能力は残っていると捉えることができる。

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