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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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27.エピローグ

 高層マンションの窓の外には、秋の気配を纏いはじめた名古屋の街が静かに広がっていた。

 湿気は和らぎ、夜風はどこか乾いていて心地よい。

 この街で確かに夏が終わったことを告げるように、灯りの色もどこか穏やかだった。


 ここは、ジェイムズ・ウィルソンの私邸──名古屋市内、栄エリアの一角にあるマンションの最上階。部屋の造りは広々としていながらも、無機質で洗練されたインテリアが整然と並び、生活感はほとんど感じられない。まるで、誰かの隠れ家のようだった。


「……四名が行方不明か」


 低く、ジェイムズが呟いた。ラグの上に置かれたローテーブルには、タブレットと古い紙資料が並べられている。

 目の前で報告を読み上げていたのは、中部支部所属の調査班構成員──梶原諒。彼もまた、今回の横浜合同作戦に裏方として関わっていた人物の一人だ。


「はい。本部派遣の調査班構成員四名が、横浜にある『神の檻』の施設にて消息を絶ちました。中部支部からの二名は負傷しましたが、脱出に成功。現在は入院中です」

「ただのカルト宗教団体にしては思ってた以上に厄介そうだな。それで、何がわかった?」

「無事だった調査班構成員の入手した教団の文書の断片には、『始祖の血』、『神胎の器』という語句が繰り返し出現しています。魔術的な形跡も典型的な召喚術式などではなく、変質した屍霊魔術に近い物だと見られます。それに──」

人形師(ドールマスター)か」

「ええ、人形師(ドールマスター)の関与が伺えるような痕跡がありました。まず、施設内で発見された異常な“遺体”です。生きたまま体組織を魔術的に改変されたと見られる人間が三体──いずれも意識と自我を奪われた状態で、保管(・・)されていました」

「保管、だと?」

「はい。冷却保存されていたうえ、各個体には共通して脊髄の中枢に魔力誘導管を埋め込む処置が施されていました。これは人形師が過去に使用した、『術者の意思によって操作可能な依代』に酷似しています。さらに、逃げ延びた構成員(エージェント)によれば、施設の奥部には人体の一部を素材とした『神像』が祀られていたとの証言もあります」


 ジェイムズの眉が微かに動いた。

 彼の視線は夜景から離れ、テーブルに置かれた紙資料の中の一枚を手に取った。


「これは──構成からして、あの男の術式か」

「一致率は87パーセント。意図的に変則化されていますが、核となる構造は人形師が中東で取引された加工体に施された術式と同系統です。……つまり、今回の教団の背後には、彼が直接関与しているか、あるいは教義に取り入れられるほどの影響を与えた模倣者が存在する可能性があります」


 ジェイムズは紅茶を口にしながら、目を細めた。


「自在に操れる器を作ろうとしている……というわけか」


 外の夜景を見つめながら、しばらく沈黙する。


「日本本部は?」

「慎重な構えです。自分たちの人間が巻き込まれたにも関わらず、『更なる深入りは避けるべきかもしれない』との声明を」


 鼻で笑ったような音が漏れた。


「……予想通りだ。本部はこういった問題には極力触れたがらない。扱えば、自分たちの統制が破綻しかねないからな──それに」


 ジェイムズは言葉を切り、テーブルの上の一枚の紙資料を再び見つめる。それは、教団の祭壇で発見された文書の一部──手書きの儀式記録と思しきものだった。


「この世に神は降りず、神は器として降る……。どうやら、あの教団は『神胎』とやらを本気で造るつもりらしい」

「ええ。さらに気になるのは、文書内に前回の失敗を繰り返すなという記述があることです。……つまり、今回が初めてではない。人形師の技術が、どこかで既に応用された過去があると考えられます」


 ジェイムズの表情が僅かに険しくなった。


「応用、ね……。じゃあ神胎の原型は既に存在していて、それを完全なものにしようとしている段階の可能性があるか。……まったく、恐ろしい時代になったものだ」


 窓の外では、名古屋の街に灯るネオンが風に揺らいでいた。都市の明かりは絶え間なく続く営みを映しながらも、その奥に潜む異形の存在を知らぬままだ。


「本部が動かないのなら、中部支部として独自に動くしかないな。梶原、お前には準備を進めてもらおう。必要ならば夜咲く花々の廷とも連絡を取る」

「了解しました。……彼女達を巻き込む形になりますが、大丈夫でしょうか?」

「今更だ。彼女達はすでに戦場の渦中にいると言って良い。ならば、いずれ選ばされる。──どちら側の世界に立つのか、をな」


 ジェイムズは紅茶を飲み干すと、立ち上がり、窓辺に歩み寄った。ガラス越しに広がる都市の光を眺めながら、静かに言葉を落とす。


「この神の檻という団体がしている事は、この『現代』を素材として見ている様子がある。人間も、都市も、文化さえも。その創造は破壊の先にある。『神』という虚構の下で、何かが本当に生まれかねない。……その前に、止めなければならん」


 どこかで、電子音が静かに鳴った。タブレットの通知だったが、ジェイムズは振り返らない。

 彼の目は、もう別の戦いを見据えていた。

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