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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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23. 終焉の未来を砕く⊕

『カヅキ、気をつけて!』


 クレアの声が耳の奥から直接響く。

 香月はそれに応えるように地を蹴った。鋭く、強く、疾風をまとって突進する。捻り込むように鳩尾への拳打を放つ。

 それは迷いのない打撃だった。爆ぜるような打撃の衝撃が腕に伝わってくる。魔術人形の顔がわずかに歪み、後退する。だが、香月は追撃の手を緩めない。更に至近距離に肉薄する。


「っるぁッ!」


 香月は低く構え直し、拳打から肘打ち、肘から身体の体重と全身の力を叩きつけるようなハイキックへと流れるように攻撃を繋ぐ。

 肉体強化魔術で高められた身体による体術の連撃だ。常人の目では追えない速度だが──


(避けられた……!?)


 拳が打点をずらされ、肘が受け止められ、ハイキックは上体を反らされ空を切る。

 古代魔術師の魂がその身体に完全に馴染み始めているらしい。関節の動きは人間のものとは思えないほど滑らかだった。無駄のない回避だ。


「くっ……」


 焦りが胸を焼く。だが、突如──


「……」


 魔術人形の唇が動く。

 無音領域の中では声は聞こえない。しかし香月には読み取れた。


『その程度か?』


 冷たく、小馬鹿にするような挑発だ。


(……舐めやがって)


 怒りが込み上げた。だが、それを飲み込む。感情に流されれば、次の瞬間には命を落とす。

 香月は冷静に、拳の連打から至近距離での飛び回し蹴りに繋げた。横殴りの蹴りが、魔術人形の側頭部を狙う。

 

 だが、その瞬間。カウンターを喰らった。

 

 魔術人形がその場で身体をねじり、香月の懐に拳を叩き込んだのだ。


「……っ!」


 追撃で硬質な拳が顔面に直撃する。ひどく速く、重い一撃だった。

 視界が一瞬、白く弾け飛んだ。


『カヅキ!』


 クレアの声が再び、耳小骨を震わせる。焦り、恐怖、叫びが混ざった声だ。

 その瞬間、イヴが肉体を乗っ取られた世界、名古屋が焼け野原と化した未来──

他の構成員たちが、クレアが、殺された光景がフラッシュバックのように脳裏に浮かぶ。

 倒れてはいられない。ここで負ければ、世界が終焉を迎える未来が待っているかもしれない。香月は歯を食いしばって、踏みとどまった。


(まだだ……ここでやられるわけには──)


 だが、その意思を断ち切るように、続けざまの蹴りが腹部を貫いた。


「がああっ……!」


 内臓が揺れる。胃液が込み上げる。

香月の身体は宙を舞い、部屋の壁に叩きつけられる。崩れ落ちるように床へ倒れ込み、息が詰まる。


「ッッ……はあっ、はあっ……」


 立ち上がるのが精一杯だった。頭の奥がガンガンと鳴り、体が鉛のように重い。

 前を睨む。その視線の先には、寸分も乱れぬ姿勢で立つ魔術人形の姿があった。


『カヅキ……! もう持たない……! このままじゃ、無音領域が保てない……!』


 クレアの声が、震えていた。

 無音領域が消えれば、古代魔術師の第一世代魔術が解き放たれる。


(こりゃ、思ってたよりキツいな……)


 香月は血を吐き捨てながらも、足を踏み出した。

 前へ進む、ただそれだけのために魔力を肉体の隅々にまで注ぎ込む。


(何か突破口は無いか──)


 苦し紛れに考えるも、頭の中は鈍い痛みでまともに働かない。打撃の衝撃がまだ全身に残っている。魔力を流し込み、どうにか立ち上がっているだけで精一杯だ。


 その瞬間だった。


 ピキ、と音がした気がした。


 クレアの張っていた無音領域が、限界を迎えたのだ。


『──ッ!』


 クレアの悲鳴のような声が途切れ、音のある世界が戻ってくる。そして、それを待っていたかのように──魔術人形の唇が、再び動いた。


「この人形の肉体、なかなかに優秀だな。完璧な始祖人類の肉体とは言わぬものの、下手な魔術師の魔力量は遥かに凌駕する……」


 低く、くぐもった声。だがその響きは、確かに人ではなかった。


「……ふふ。この肉体、まるで人形師(ドールマスター)が闇市場で扱っている商品のようじゃないか。いや、それ以上か。お前のその肉体よりも上質だ」


 魔術人形の両腕が静かに広がる。


「あんなのと一緒にすんなよ……!」


 香月の声は低く、しかし激しく怒気を孕んでいた。

 その一言で、空気がピリリと張り詰めた。血を流し、膝をつきながらも、香月の眼光は鋭さを失わず、迷いなく魔術人形を射抜いていた。


「俺の身体を弄んだ、あの人形師と──俺が作ったその人形を、一緒にすんじゃねぇ……!」


 その言葉に、魔術人形の眉がかすかに動いた。


「……フン」


 口元が吊り上がる。嘲笑とも、あるいは皮肉交じりの称賛とも取れる響きがあった。


継ぎ接ぎの人形(フランケンシュタイン)が」


 その言葉は、挑発として静かに放たれる。


「お前の身体は、どちらかと言えば粗悪品だ。全身に走る魔術的な縫合跡、補強された臓器や筋肉──もはや元の肉体とは似ても似つかぬ、異物の寄せ集め。歪だな。まるで、学者が失敗作を無理やり動かしたような代物だ」

 

 言われ、香月が目を細める。

 

「そりゃどうも。フライドチキンの骨と業務用スーパーの肉で出来た歪な身体に満足している奴にそう言われて光栄だ。以前までは欲しかったんだろ、俺の身体が」

「ああ。だが、今はもう必要ない」

 

 魔術人形は淡々と言い、掌をこちらに構える。臨戦態勢といった具合か。無音領域から脱した今、魔術を行使できる状態に戻っている。


「貴様らを始末した後は、本物の始祖人類の肉体を奪いに行かせて貰う。この人形の肉体でその実行は十分に事足りるだろう」

「うるせえよ、アンタはここで終わりだ」


 香月は吐き捨てるように言いながら、拳を握り直して構える。


(さて、どうするか──)


 香月は思考を巡らせた。クレアの無音領域の魔術はそのコントロールの難しさの為に持続する時間が短い。もう一度頼ろうにもクレアに大きな負担を強いる事になるだう。

 肉体強化魔術による肉弾戦だけでは、恐らくあの魔術人形は倒せない。肉体強化魔術に人狼化の上乗せを使ってもそれは同じだろう。他の手立てが必要だ。以前までの戦いで使っていた戦法や魔術剽窃で入手した魔術で突破口にできそうな物は無いだろうか──


(……ん?)


 その時、香月はふとあることに気付く。

 魔術人形の肉体は、確かに今は古代魔術師のものとなっている。だが、その人形の肉体を機能停止させるとなるとどうしたら良いのか。もしくは古代魔術師の魂を殺すにはどうしたら良いのか。

 それを考えれば、自ずと取るべき行動の方向性は見えてくる。

 

(そういうことか……)

 

 香月の表情に笑みが浮かぶ。

 それは勝利を確信した笑みだった。


「……何だ?」


 魔術人形は訝しむ様に眉間に皺を寄せる。その反応に、香月はさらに笑みを濃くした。


「いや、ちょっと面白くなってきただけだ」


 香月の言葉に、魔術人形は微かに鼻を鳴らす。

 

「面白く……? この状況で何を言っている? お前はもう既にボロボロではないか。勝算などあるはずがない。ただ死ぬのを待っているだけだ」

 

 香月は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そして、冷静に応じた。

 

「アンタは古代魔術師としての第一世代魔術を使えるだろうけどさ。それで俺を倒せると思ってるのか? 魔術人形の身体に、賢者の石の力。そりゃ確かに手強いが、所詮は借り物──」

 

 言い切る前に、魔術人形の指がゆっくりと動いた。

 

「くだらない。ならば試してみるか?」

 

 魔術人形は詠唱を始めた。

 

「Come to me, the spirit of the storm.《天嵐の精よ、我が声に応えよ》」

 

 厳かな詠唱が部屋に響く。

 

「Blow the winds of change, shake the earth beneath my feet.《変革の風よ、吹き荒れよ、大地を揺るがし、我が足元を震わせよ》」

 

 言葉が進むにつれて、周囲の空気が変わっていくのを肌で感じた。何かが近づいている。それは今まで感じたことのない異質な存在感だった。


「Bring forth the power of the past, a legacy of might.《古の力よ、猛き遺産を解き放て》」


 詠唱が続くにつれて、魔術人形の周囲に不思議な光が集まり始める。まるで古代のエネルギーが呼び覚まされているかのようだ。

 そして、最後の一節が紡がれる。


「Reveal your strength.Emerge, Energy Storm!!《その力を示せ。顕現せよ、エナジーストーム》」

 

 詠唱が終わると同時に、構えた掌から巨大な魔力の塊が渦を巻きながら放たれた。その塊は部屋の壁を突き破り、まるで津波のように迫ってくる。

 

「うおっ!?」


 香月はとっさに身をかわすが、その魔力の余波に身体が吹き飛ばされる。

 

「チッ! これじゃあ接近すらできねぇじゃねえか!」


 なんとか起き上がりながら、香月は必死で考える。

 だが、思考はすぐに断ち切られた。

 

「無駄だ。この力の前では全てが無力。貴様らの浅知恵など通用しない」

 

 再び詠唱が始まる。今度は先ほどよりもさらに早い。

 

「A thousand storms shall gather around me, a tempest of destruction.《幾千の嵐よ、我がもとに集え。破壊の暴嵐となりて》」

 

 次の攻撃が来る。避けなければ。

 だが、どうやって──

 

(クソッ)

 

 香月は覚悟を決めた。ここで引くわけにはいかない。

 

(やるしかねえか)

 

 心の中で叫びながら、香月は地を蹴った。肉体強化魔術の力で一気に加速し、魔術人形に向かって突進する。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 魔力の渦に飲み込まれる寸前で身を翻し、そのまま魔術人形へと飛びかかる。

 

「無駄だと言った!」


 魔術人形は詠唱を中断し、両手を構える。

 

「なら、試してみろよ」


 香月はその言葉を遮り、拳を振り上げる。全身に流れる魔力を拳に集中させ、その一撃を弾丸のように撃ち出す。しかし、その拳が届く寸前で魔術人形は身体をねじり、攻撃を避ける。

 

「甘いな!」

 

 魔術人形の反撃が迫る。だが、香月はその動きを見切っていた。

 

「まだだ……っ!」

 

 拳を打ち出すと見せかけて、次の瞬間には身を屈めて懐に飛び込む。

 

「……ッ!?」

 

 魔術人形の目が見開く。その隙をついて、香月は魔術人形の身体に触れる。

 

「Analysys《解析》!」

 

 その瞬間、香月の手から魔力の光が溢れ出し、魔術人形の身体を包み込む。

 

「何……!?」

 

 古代魔術師が驚愕の声を上げる。その声には微かに狼狽が混じっていた。

触れた右手から骨肉魔術人形の内部構造や魔力の流れの情報が一気に香月の脳裏に流れ込んでくる。

 

(見つけた……!)


 骨肉魔術人形の体内は複雑に絡み合った魔力の経路と緻密な構造が織りなされているのは作ったのが自分だから無論わかってはいた。だがその中で二つ異質な部分があることに気付く。

 

──その一つは脊髄に遺された異物、虫だ。


 そのムカデのような形の小さな虫は、魔術人形の首の後ろから体内に侵入して寄生している。その虫こそが古代魔術師の本体だった物のようだ。もっとも、それは既に抜け殻となっていた。核として埋めた賢者の石に魂が乗り移った後だからなのだろう。

 古代魔術師の正体はその身を虫に変えた亡霊だった、それを知っただけでも一つの収穫と言える。


「……へえ、虫の身体。趣味が悪いな。エドワードの遺体が発見された時、首の後ろが何かに食い破られていたってのはこれのせいだったのか」

 

 香月の言葉に、古代魔術師は苛立たし気に言葉を返す。



挿絵(By みてみん)



「解析魔術……か。それがわかった所で貴様に何ができる?」

「そうだな──」

 

 香月はニヤリと笑ってみせた。

 

「目星はついたけどな。お前を倒す方法は」

「……何だと?」

 

 古代魔術師の顔に明らかな動揺が浮かぶ。香月はゆっくりと拳を構え直し、魔術人形を見据えた。

 

「ま、できるかどうかはわかんねえけど。やってみるだけの価値はある」

 

 そして解析してわかった事のもう一つ。

 香月の脳裏には、魔術人形の内部構造が鮮明に浮かび上がっていた。

 脊柱の接合部、関節の駆動源、骨格の中を巡る魔力導管——すべてが、イメージとして精密な設計図のように頭の中で展開されていく。


(魔術人形の骨に、微細な亀裂ができ始めていた……)


 彼の目には、外見では分からぬ綻びが確かに映っていた。

 それもそのはずだ。骨肉魔術人形を構成する材料は、フライドチキンの骨と業務用スーパーで売っていた肉——本来なら戦闘に耐えうるはずのない、粗悪な代用品だと言って良い物だ。


(魔術が強力すぎるほど、この身体に与える負荷も……比例して増大する)


 表面上は滑らかに動いているように見えても、限界は近い。

 香月はその事実を冷静に受け止めながら、心の奥で戦略の構築を始めていた。


(……問題はタイミングだな)

 

 呼吸を整えながら、香月は次の一手を模索する。その視線の先には、古代魔術師の魂が宿る魔術人形が立っている。

 

「無駄だと言った筈だ!」

 

 魔術人形が再び詠唱を開始する。

 

「Bring forth the fury of the ancients, unleash their wrath upon my foes!《古の裁きよ、今こそ目覚め我が敵を貫け》」

 

 詠唱と共に、周囲の空気がさらに重くなる。部屋全体が震え始める。


「来るか……!」


 香月は身構えながらも冷静さを保ち続けた。クレアに視線を送ると、目を合わす。そして何やら口の中で呟いた後に魔術の発動の言葉を述べた。


Synergy(シナジー) Enhance(エンハンス)《筋力・神経反応融合強化》」


 背中の自在術式を意識し、麗奈の筋力・神経反応融合強化を剽窃し発動させる。


(そして、効果の上乗せだ──)


 低く構え、天井を仰いで咆哮する。


「ウォオォォォォォンッッ!!」


 筋力・神経反応融合強化と人狼化の重ねがけ。極限まで高められた五感を研ぎ澄まし、迫り来る脅威に対応する。魔術人形が魔力を解放する瞬間を狙って。


「Emerge,storms rage!《顕現せよ、ストームレイジ》」

 

 魔術人形の掌から雷光が迸る。

 だがその瞬間、香月はその掌に飛び込んだ。強化された肉体で雷光をかわしながら、拳を振り上げる。

 

「……!?」

 

 古代魔術師が驚愕する。その隙をついて、香月は今度は自在術式に清香の空間跳躍魔術を発現させる。

 

「Leaping《空間跳躍》」

 

 フェイントだ。古代魔術師の視界から香月の姿が消える。古代魔術師の意識の隙をついて瞬時に魔術人形の背後に転移する。

 

「な……!?」

 

 魔術人形が振り向く前に、その背中に肉薄する。

 

「これでも喰らえ……ッ!」

 

 拳を振り上げる。だが、古代魔術師もすぐに反応した。両腕をクロスさせ防御姿勢を取る。が、香月の拳はその腕をかすめるように肩へ伸ばされそれを支点にして古代魔術師の背後へと回り込む。そうして首へと腕を回した。動きを封じるように。


「Leaping《空間跳躍》ッ!」


 腕で抱え込んだまま古代魔術師を視界から消す。一瞬の後、二人はクレアの目の前に移動していた。


「クレアッ! 今だ!」


 叫びながら、クレアに向かって叫ぶ。クレアはそれに応えるようにすぐさま魔術人形の左胸に手を伸ばす。


「Resonant Colapse《共振破壊》」


 クレアの掌から放たれた魔力が核を貫いた。魔術人形の胸が裂け、そこに埋め込まれた賢者の石が露わになる。煌々と赤黒く脈打つその石は、心臓のように律動していた。


「これで……!」


 香月がとどめを刺そうと力を込めた瞬間──。


「──我が叡智を、私という存在を……舐めるなァアアアアッ!!」


 金属のように軋む声が響き渡る。次の瞬間、魔術人形の全身に赤黒い閃光が奔る。露出した賢者の石が、自らの核を守るかのように魔力を暴発させる。


「Ignite the eternal flame!《永劫の火炎よ、ここに灯れ》」

「Summon the storm of annihilation!《殲滅の嵐よ、我が呼び声に応えよ》」

「Unleash the darkness within!《内なる闇よ、今こそ解き放て》」


 呪文が次々と繰り出され、詠唱の余韻も無く魔術が連射される。雑でありながらも凄まじい力が込められている。天井を貫く雷撃、地を割る灼熱、重力を歪める闇の渦──


「くっ……!」


 香月は即座にクレアを抱え、空間を跳ねる。だが間に合わず、肩口をかすめた雷光が焼け爛れた布を弾き飛ばした。


『こいつ……ヤケクソになった……?』


 クレアの震えるような声が響く。魔術の発動ごとに、魔術人形の肉体が砕けていく。指が破裂し、腕の関節が逆に捻れ、脚は支えを失ったようにがくがくと揺れる。だが──それでも魔術は止まらない。


「崩れようが、砕けようが……! 貴様らを滅ぼすまで、始祖人類の肉体を手に入れるまで、私は止まらぬ!! 私こそが魔術師としての悲願、神域の存在となるべきなのだ!!」


 魂そのものを賢者の石に根付かせているのか、肉体の崩壊をものともせず、魔力の奔流が吐き出され続ける。

 香月は歯を食いしばる。このままでは、本当に全てが巻き込まれる。


「……もう、そんな事させやしねえよ。アンタには」


 見上げたその瞳に、怒りでも恐怖でもない、ただの静かな決意が宿る。


「その下らねえアンタの野望ごと、打ち砕いてやる。俺達の未来の為に」


 破滅の果てを見据え、香月は再び構えを取った。暴走する魔術師の魂に、終止符を打つために。

 その瞬間、かすかに魔力の流れが滞った。過剰な詠唱と連続発動により、核となる賢者の石が一瞬だけ明滅したのを香月は見逃さなかった。


──タイミングは、今だ。


 香月はその隙を逃さず、掌を構えた。


「畳み掛けるぞ、クレア!」

『うん!』


 即座に応えるクレア。ふたりの魔力が呼応し、まるで意思を持つかのように絡み合う。

 暴走して放たれる魔術の数々を避け、二人がそれぞれの方向から挟み込むように同時に古代魔術師に肉薄する。


「「Resonant Collapse《共振破壊》ッ!」」


 挟み込むように放たれた双方向の魔力は、共鳴しながら賢者の石へと殺到する。二重の振動が石の内部へ浸透し、わずかに不安定になっていた核の均衡を完全に崩壊させた。


 次の瞬間──


 核である賢者の石が激しい光を放ち始めた。その光は魔術人形の身体を包み込み、その表面を覆うように輝きを広げていく。

 魔術人形の身体が震え始め、その表面に無数の亀裂が走る。まるで内部から何かが膨れ上がるようにその身体が膨張してゆく。限界を迎えたのだ。

 

「ククク……ッ! ハハハハハハッ!!」

 

 核の光の中で、魔術人形が哄笑をあげた。

 

「やるじゃないか! まさかこの人形の核を狙ってくるとは! だが甘い! それだけでは私を滅ぼすことはできなァいッ!」

 

 その叫びと共に、魔術人形の肉体から再び強大な魔力が放出される。その衝撃波で香月とクレアの身体が宙を舞い、荒れた地面へと叩きつけられる。

 だが、クレアはすかさず魔術を発動させた。


「……させない。silent sphere《無音領域》」


 魔術人形の周囲に、球体状の無音領域が展開される。古代魔術師が今まさに詠唱を開始しようとしていた魔術が封じ込められた。


「……ッッ!!」


 その瞬間、香月は呻きながらも立ち上がる。

 泥まみれの手で地を払い、崩れかけた体を奮い立たせ、魔術人形へと再び走り出す。無音領域の中、動きが鈍った魔術人形の脇をすり抜け、彼は迷いなくその胸元に手を突っ込んだ。


 剥き出しになった核──賢者の石に指先が触れる。

 そして、直接握り込むようにして、それを体内から引き抜いた。


 無音領域の中で、魔術人形は苦悶の表情を浮かべる。その身体の動きが急激に緩慢になっていく。

 賢者の石を抜かれた影響だ。肉体の維持に必要な魔力が、今まさに失われているのだ。

 だがそれでも古代魔術師は諦めない。核を失いつつも残された魔力で反撃しようとする。

 その瞬間、香月の目が妖しく光った。

 

「悪いな。これで終わりだ」

 

 核を握りしめたまま、香月は掌に力を込めた。

 甲高い音と共に賢者の石が砕け散る。

 その瞬間、魔術人形の肉体が一気に崩れ始めた。石の破片と共に古代魔術師の魂が崩壊していく。肉体はまるで風化するように崩れていき、灰となって消え去っていく。そしてその灰もすぐに風に吹き散らされ、跡形もなく消え去る。

 そこには、虫の抜け殻だけが遺った。

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