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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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21.二重の囮、計略の果てに

 そうして、この作戦は予定通りに実行と相成った。

 囮として使用する魔術人形は大須商店街を、敵を誘き寄せる為に歩き出した。恐らく、前回の周回と同じようにそちらへはレナードがやって来るだろう。その対処は検邪正省からロ二、そしてジェイムズの手配により夜咲く花々の庭からちょこや他のメンバーが警護に当てられている。

 そして、香月本人はというと、イヴ本人の護衛に回っていた。

 

 静かな部屋の中、窓から差し込む月明かりが淡く揺れる。

 クレアは、じっとイヴを見つめていた。

 何気ない会話の最中も、ふとした沈黙の瞬間も、彼女の視線はたびたびイヴへと向けられる。

 いや、それは「見つめる」というより、「観察する」と言った方が正しいかもしれない。

 まるで何かを確かめるように。


 香月はそんなクレアの様子を、何も言わずに見ていた。

 イヴはそんな二人の視線に気づいたのか、首を傾げる。


「どうしたの? 二人とも、じっと見て」


 穏やかな笑みを浮かべながら、イヴが問いかけた。


「いや、別に」


 香月は何でもないというように肩をすくめた。


「ふふっ、香月君ってば相変わらずそっけないんだから」


 イヴはくすっと笑い、軽く息をついた。


「……ね、今夜は月がきれいだね。こうして皆と落ち着いて話すのも久しぶりな気がする。あ、二人は作戦行動中だもんね……こんな呑気な事言ってちゃいけないのかな?」

 

 クスリと笑む彼女の言葉に、クレアはほんのわずかに表情を緩めた。


『まあ、そうだね……前の作戦ぶりだから久しぶりだよね……』


 だが、すぐにまた、じっとイヴを見つめる目に戻る。

 イヴはそんなクレアの視線を受けても、気にする様子もなく、のんびりと微笑んでいた。

 

『ねえ、カヅキ』


 ふと、クレアが香月に尋ねる。

 しかし、その目はまだイヴから離れていなかった。


「どうした?」


 香月はごく普通に応じる。


『イヴさん、大丈夫……なの? 様子が変だと思ったり……しない?』


 クレアの問いかけは、どこか探るような響きを帯びていた。


「どういう意味だ? 別に、普段と変わらないだろ」

『そうかな……そうかも……』

「そうだと思うぜ」


 淡々と答えながら、香月はイヴに視線を向ける。

 深く息をして、リラックスした姿勢で座っている。

 だが──クレアの視線は、なおも執拗にイヴを追っていた。


「……そう、だよね」


 そう言いながらも、クレアは納得していないようだった。香月はその様子を伺う。

 

(……クレアはどう出る?)

 

 香月はクレアの言葉の真意がわからなかった。彼女はイヴにしきりに気にしているように見えるが、それは本当に演技なのか?


「どうかしたのか?」

『……ううん、何でもない』

「そうか」

 

 その短いやり取りの後、二人は沈黙した。その静寂を最初に破ったのは香月だった。

 

「ところで、クレア」

『何?』

「今回の敵はイヴの肉体を狙う魔術師だ。だが、本当に奴らは一人なのか?」

 

 香月は淡々とした口調で尋ねた。敵の数はある程度わかっているが、クレアの反応を見る為だ。

 クレアがレナード、そしてその裏に居る死んでいる筈のエドワードに繋がっているのは確かの筈だが、どこまでと繋がっているかは少しわかりそうに無い。

 

 

「今回の敵はある程度の規模でグループを形成しているはずだ。なら、その集団のボスは誰だと思う?」

 

 香月の問いかけに、クレアはしばらく沈黙した。まるで何かを考え込んでいるかのようだったが、やがて彼女は伝声魔術でこう言った。

 

『ボクにはわからないよ』

「……そうか、そうだよな」

 

 そっけない返事に、香月は静かに相槌を返しただけだった。思ったような反応は引き出せないようだ。

 正直なところ、クレアが敵に繋がっているかどうかの確証はまだ得られていない。あくまで前の周回でレナードが言っていただけだが、仮に敵と繋がっていたとしても、この状況下で真実を話すとは思えなかった。

 香月の本心としては、この幼馴染みが皆を裏切っているとは思いたくなかったのもある。

 

「……悪いな、変なことを聞いて」

 

 香月はそう言って会話を終わらせると、周囲の警戒を続けた。

 クレアの様子はどこか緊張感のある物だが、それは任務に対するものというより、何か別の理由があるようにも見えた。

 異変があったのは、それからすぐのことだった。

 

「あっ……くっ……! な、何……これ……!?」

 

 不意に、イヴがよろめき、地面に膝をついた。

 

『イヴさん、大丈夫?』


 クレアがすかさず声をかける。その声音には、本気で心配しているような響きがあった。

 だが──その瞳の奥には、明らかに別の感情が見え隠れしていた。


 驚愕、あるいは確信──


 香月の目が細められる。

 

「わからない……首の後ろが痛くて……急に身体が痺れるような感覚が──ううっ……!」

 

 イヴの顔が苦痛に歪む。その様子を見ていたクレアは、息を呑むような仕草を見せた。


──来た、敵だ。


 香月は即座に警戒態勢に入った。クレアもそれに続いて身構えるが、その表情にはどこか焦りが見える。

 

「カヅキ、これは……?」

「ああ」と短く答える。

 

 クレアの視線が鋭くなり、周囲を警戒しようとするが──敵の気配はない。

 

『……この感覚』

 

 不意に、クレアがぽつりと言った。その呟きには困惑の色が滲んでいるように感じられた。

 

『この感覚は──まさか!?』

 

 ハッとした様子で顔を上げたクレアは、すぐさまイヴのもとに──いや、その傍らにいた香月へ駆け寄った。

 

『カヅキ! イヴさんから離れて!』


 切羽詰まった叫びに、香月は来たかと身構える。これは予想できる行動だった。前の周回でクレアが取った行動だったからだ。香月を突き飛ばそうとするクレアを抱きとめ、その勢いのまま二人はもつれ合うようにして地面に倒れ込む。

 

『カヅキ! イヴさんから離れて!』

「落ち着け! 落ち着けって!」

 

 クレアが叫ぶのに、香月もまた大声で叫び返す。だが、クレアは止まらない。

 クレアの声は焦燥と不安に満ちていた。彼女の瞳には疑念や敵意はなく、ただ純粋な混乱と動揺が浮かんでいる。その反応は、香月にとって十分な安堵をもたらすものだった。


「いいや」


 香月がクレアの言葉を否定するのとほぼ同時に、イヴの身体に異変が起こった。


 まず、その全身が小刻みに震え始めた。それは単なる震えではなく、まるで目に見えない鎖で締め上げられているかのように、筋肉が軋むような音を立てて強張っていく。彼女の顔は苦悶に歪み、口からは耐え難い痛みを訴えるような声が漏れた。


「ううっ……ああぁ……!」

『カヅキ! 早く!』


 クレアの叫びに呼応するかのように、イヴの身体はさらに激しく痙攣し始める。指先は硬直し、爪が食い込むほどに拳を握り締めた。足元では影が揺らめき、不規則な波紋を描くように広がっていく。やがて、その歪みは彼女の全身を包み込み、見えない力が身体を締め上げるように骨がきしむ音が響いた。

 その苦しみは一瞬では終わらなかった。


「あああっ……ああぁぁぁっ……!」


 耐えがたい痛みに叫ぶ声が部屋中に響く。空気が張り詰め、まるで別の次元に引きずり込まれるような感覚が周囲を支配する。


 そして突如として、それは止まった。


 静寂が訪れ、まるで嵐の中心に立たされたかのような、異様な静けさが辺りを支配する。

 ゆっくりと、イヴが顔を持ち上げた。その動きはどこかぎこちなく、人間らしいしなやかさを欠いていた。


 そして、彼女の瞳が露わになる。


 そこには、明らかに”異質な”意思が宿っていた。瞳の奥には冷たく鋭い光が宿り、まるでこの世界の理すら無視するかのような、根源的な異様さを帯びている。

 香月はその変化を見届けると、満足げに口の端を上げた。


「──成功だ」

『えっ?』


 クレアの表情が驚愕に染まる。信じられないものを見たような、理解が追いつかないとでも言いたげな顔だ。

 だが、それも一瞬のことだった。

 彼女はすぐに冷静さを取り戻すと、険しい眼差しで香月を睨みつけ、問い詰めるように口を開いた。

 

 

『カヅキ……まさか……』

「ああ」香月は淡々とした調子で答えた。「囮作戦は、囮を用意していると敵に意識させる為のフェイクだ。こっちのイヴが本命だったんだよ」

 

 そう言って、香月が視線を向けたのは苦悶の表情を浮かべるイヴだ。

 

「大須商店街を今歩かせている囮の魔術人形は俺以外の奴に操らせてる」


 そう、大須商店街での囮作戦に魔術協会の面々を配置しなかったのは、操作型の魔術人形を麗奈に操らせる為だった。

 今頃、ロナルドとちょこ達が上手くレナードを取っ捕まえている所だろう。

 そして、賢者の石を埋め込んだ本命の自律型イヴ人形は──


「──そして、こっちが本命だ。作戦会議でジェイムズが見せた魔術人形、それがこのイヴだ。俺の分魂を封入した自律型だ。賢者の石を核に埋め込み、本物そっくりに作った本命の囮さ。本物のイヴは、魔術で感知されにくい空間に隠してある。つまり、これは二重の囮作戦だったってわけだ」

『でも、何で……』


 クレアが困惑の表情を浮かべた。彼女が戸惑うのも無理はない。

 

「敵に情報を漏らしていたのはお前だろ、クレア。だから、囮作戦の漏洩を逆手に取らせて貰った。お前はレナードに情報を渡していたが、恐らくそれはそれは裏切りの為じゃない」香月が一つ、嘆息する。「敵の黒幕を誘き寄せて、自分一人で全てを抱え込んで事態を食い止めるつもりだった。違うか?」

『っ……!』

 

 クレアが息を呑むのがわかった。図星のようだ。

 

「想像がついたんだ。言う事を聞かないと俺の事を殺すとでも脅されていたんだろ?レナード・オルランドに」

『……っ』


 問いかけるが、クレアは何も言わない。だが、その表情が全てを物語っていた。

 

「だが、その想像がついたとしても証拠は無かった。だから俺は偽の囮作戦を実行に移しつつ、クレアの動向を観る事にしたんだ」

『……いつ、から?』

「さあな? クレアの考えてる事なんか全てはわかるかよ。だが、薄々はその可能性を感じていた。お前が作戦会議中に魔術人形を気にしていた時だ」

『……あの時点で』

「ああ」香月は静かに頷いた。「お前の様子が変だったからな。囮の魔術人形をどう受け取るかが問題だった。だが、クレアが皆を本当に裏切るとも思えなかった。その時点で俺も色々考えたよ。そしてお前を信じる事にした」


 香月がクレアの目を覗き込む。

 クレアの唇がわずかに動くが、言葉にはならない。


「……レナードに何を約束させられた?」


 香月の問いかけに、クレアは一瞬迷うように視線を伏せた。だが、やがて小さく息を吐く。


『……ボクが、イヴさんの場所を伝えれば、カヅキには手を出さないって』


 それを聞いた香月は、小さく鼻を鳴らした。


「……だよな、そうだと思った。そりゃ、お前らしい選択だ」

 

 そこで香月は一度言葉を区切った。ここからが本題だと言わんばかりに深呼吸し、改めてクレアに向き直る。そして、再び口を開いた。


「信じてた。俺の幼馴染は、俺が殺されるかもってなったら俺の事を庇ってしまう……そんな奴だって。魔術学院(アカデミー)を卒業して真っ先に俺の事を追ってきてしまうくらいなんだ。クレアが俺の事、本当に好きだって事はよくわかってるよ」

『カヅキ……』

「さ、物の見事に罠に嵌ってくれた悪い魔術師の退治と行こうぜ。クレア、お前にも手伝って貰うぞ」

 

 香月はそう言うと蹲る魔術人形に向かって身構えた。

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