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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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20.無表情の裏側⊕

 満月亭の店内は、普段の賑やかな酒場と集会所を兼ねた雰囲気とは異なり、張り詰めた空気に包まれていた。

 魔術協会日本中部支部の実行班・処理班・戦闘班の面々が集結し、カウンターやテーブルには誰も座っていない。店内は会議のために拡張され、広々とした空間が生まれていた。



挿絵(By みてみん)



「さて、全員揃ったな。これより作戦会議を始める」

 

 ジェイムズの低く響く声が静寂を破る。彼の号令に、集まった者たちは一斉に姿勢を正した。


「今回の作戦の概要だが、始祖人類の先祖返りであるイヴさんの護衛だ。彼女の肉体を奪うという魔術師たちの思惑を阻止する。その上で、イヴさんの姿に似せた遠隔操作の魔術人形を囮として配置する」

 

 その遠隔操作した魔術人形というのは本当は香月の分魂を封入した物だ。

 一同が耳を傾ける中、ジェイムズの視線が鋭さを増す。


「作戦はこうだ。イヴさん本人は我々の会議拠点の一つに匿い、魔術人形を囮として敵を引きつける。そのために、教皇庁の検邪聖省にも協力を要請した。イヴさんの護衛は戦闘班を主軸に、実行班からカヅキとクレア、処理班から清香が加わる」


 ジェイムズは会議室となった満月亭の店内の中央に進み、傍らに置かれた布を被せられた物体に手をかけた。そして、一気にカバーを引き上げる。

 露わになったのは、等身大の少女の人形だった。

 その精巧さに、場の空気が一瞬息を飲んだ。


 柔らかなホワイトブロンドの髪、透き通るような青い瞳。それはカラーコンタクトで瞳の色を偽装した時のイヴそのものだった。繊細な指先や細やかな衣装の装飾に至るまで、まるで生きているかのような出来栄えだ。そこにあるのはただの人形ではない。まるで魂を吹き込まれたかのような、圧倒的な”本物らしさ”がある。

 

「さて、これが今回の作戦の要だ」


 ジェイムズが冷静に言葉を紡ぎ、全員の顔を見渡した。


「前回のカヅキの変身による囮作戦とは違う。この人形は、カヅキの機巧魔術によって動かす。魔術師たちはこれが本物のイヴさんだと信じ込むだろう。だが、実際にはこれこそが、今回の作戦の一番のカギとなる」


 ジェイムズはその場の空気を一瞬で支配し、構成員たちの視線を香月に集めさせた。

 香月は静かにその人形を見つめ、表情一つ変えずに他の構成員達の視線を受け止めた。

 これは陽子と香月で用意したイヴそっくりの魔術人形だ。だが、実際には機巧魔術で操る操作型の物ではない。香月の分魂を封入する形の自律型だ。それを、この場で知られるわけにはいかなかった。


「カヅキ」ジェイムズが改めて名を呼ぶ。その声には確認の意味が込められていた。「お前の遠隔操作でこの人形を動かし、敵を誘導する。その後、イヴさん本人を安全に守るんだ」

「ああ、わかった」


 香月は静かに答えた。その声には冷徹な響きがあったが、その目の奥には少しだけ緊張があった。

 クレア──そして、その裏にいる黒幕。

 これは敵を騙す為の罠だ。演技に徹しなければならない。

 クレアは相変わらず無表情のまま説明を聞いていたが、どこか探るような視線を魔術人形に向けていた。


(……やはり、気にしているか)


 イヴの魔術人形に近付いてその顔を覗き込むようにしてから、クレアがジェイムズに言う。


『おじ様。本当に、これで敵を欺けるの?』


 クレアが軽く眉を上げて尋ねた。

 その静かな問いかけは口調が平静だったが、彼女の目は冷静に何かを測っている。


「ああ、欺ける」ジェイムズが自信たっぷりに言い切る。「むしろ、ここまで精巧に作られた人形を見抜ける奴がいるとは思えない。それにカヅキの機巧魔術による動作は人間と見分けがつかないレベルに仕込んである」


 その発言も嘘だ。


「へえ……いつの間にそんな魔術を覚えたの!?」


 清香が驚きの声を上げるのも当然だった。香月は肉体強化魔術と人狼化を使う戦闘型の魔術師であり、精密な機巧魔術の技術を持つとは誰も思っていない。


「まあ、色々とな」


 香月は肩をすくめ、曖昧に笑った。もちろん、この場で本当のことを話すつもりも無かった。


(実際には、これは他の世界線で麗奈から剽窃した魔術だしな……)


 二人のやりとりを横目に、ジェイムズが続ける。


「囮とする魔術人形の方は護衛として検邪正省の祓術師の方々に着いてもらう。そして、我々の戦力を分散させず、確実に敵を欺くために、イヴさん本人の所在は最小限の者にしか知らせない。囮の魔術人形には厳重な護衛をつけるが、あくまで本命はイヴさん本人の安全確保だ」


 ジェイムズの言葉に、一同は無言で頷く。香月もまた、静かに聞いていたが、内心では別のことを考えていた。


(……本当に、これに引っかかってくれるのか?)


 魔術人形の精巧さには自信がある。陽子の監修のもと、細部まで完璧に仕上げたつもりだ。だが、問題はそこではない。


 敵には”内通者”がいる――クレアが、どこまで情報を渡すか。


 ふと、香月はクレアの様子を窺った。

 彼女は変わらぬ無表情のままだが、その瞳はまるで何かを確認するように魔術人形を見つめていた。


(……やはり、気にしてはいるな)


 クレアの真の目的を知らない者が見れば、ただ作戦の成否を案じているように見えるだろう。しかし、香月には違和感があった。まるで彼女は、確認しているように見える。


(……クレアは何を考えている? どこまでが演技で、どこまでが本心なのか……クソッ、わからねえ)


 じっと見つめ続けると、かえって警戒される。香月はさりげなく視線を逸らし、淡々とした態度を装った。

 

「では、次に作戦の具体的な流れを説明する」


 ジェイムズがそう言うと、店内の一角に設置された投影装置が起動し、魔術的なホログラムが浮かび上がる。


「魔術人形はこのルートで移動する。途中、一度大須商店街にある協会のセーフハウスに宿泊させ、あたかも身を隠しているように偽装する。そして、それを追跡してきた敵を待ち伏せし、決定的な打撃を与える」


 作戦図のラインが点滅し、移動経路が示される。香月はそれをじっと見つめた。


「カヅキ、お前には魔術人形の操作とイヴさん本人の護衛の両方を担当してもらう。敵の目を引きつけながら、状況に応じて対応してくれ」


 ジェイムズの言葉に、香月は無言で頷く。その視線の先では、クレアが再び魔術人形に目を向けていた。


(……クレアの動向次第で、すべてが変わる。頼む、思った通りであってくれ……)


 その思惑は、未だ霧の中だ。

ジェイムズの台詞が重複していたのを修正しました。

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