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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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18.霧島麗奈攻略RTA2

 早速、作戦に取り掛かる。香月はL’ami(ラミ) de(ドゥ) rose(ローゼ)の事務室から空間跳躍魔術を使い、霧島麗奈のアジトへ飛んだ。

 次の瞬間、視界が切り替わり、彼は名古屋市内の丸の内にある高層マンションの一室に立っていた。足元に敷かれた重厚なペルシャ絨毯が、空間跳躍の衝撃を吸収するかのように柔らかく沈む。

 部屋は麗奈の几帳面な性格を反映して驚くほど整然としていた。ここへ来るのは三度目、そしてこうして直接麗奈を襲撃するのは二回目だ。

 

「だ、誰!? どうしてここに!?」


 驚きのあまり、麗奈は手にしていた本を取り落とした。紅茶の入ったカップが小さく揺れて、陶器のぶつかる音が部屋に響く。

 

「魔術協会日本中部支部構成員、大神香月。俺はアンタが探してるアンタの(かたき)さ。そして……早速だが、アンタの復讐を終わらせに来た」

 

 香月の姿を見た麗奈の反応は前回と同じ反応だ。突然の事に動揺する彼女に香月は淡々と告げる。その目は冷たく、一切の情を感じさせないものだ。

 

「ディヴィッドを殺したのは貴方なの?」

「ああ、そうだ。そして──」

 

 香月は音もなく彼女の懐に飛び込むと彼女の胸元に垂れ下がったネックレスの鎖を引きちぎった。

 

「……賢者の石! それを返しなさい!それは……私の……!」

「悪いな、これを使われると手を焼くもんでな」

 

 言いながら、香月はネックレスを自分の服のポケットに突っ込むと、咄嗟に麗奈の肩を掴んだ。そして、そのまま背中の自在術式に意識をかけ魔術を発動させる。

 

Leaping(リーピング)《空間跳躍》っ!」

「きゃああ!!」


 香月は麗奈を巻き込むようにlami de roseの事務室に空間跳躍する。ドサリと二人とも応接ソファの上に落ちた。

 

「な、何!?」

 

 突然の事に動揺する麗奈に香月は間髪入れずに叫んだ。

 

「陽子さん、今だ! やってくれ!!」

「うん、良い手際だよ少年。任せといて!」


 応接テーブルの上に、陽子はふわりと着地する。レースの縁どりの黒いスカートがヒラリと舞う。彼女は片手を天に掲げると指を鳴らした。

 

「Let us party,tonight!!《さあさ、今宵も宴の始まりだ! 新入りを手厚く歓迎しようじゃあないか!》」

 

 陽子の魔術工房の入口が開き、香月の意識が一瞬途切れると景色は一瞬にしてあの古城のような場所に移り変わった。

 

「ここは……!?」

「ようこそ、私の魔術工房へ」


 陽子は芝居がかった仕草で両手を広げる。その姿はどこか舞台役者のようだ。しかしその背後に広がる荘厳な工房は彼女の本質を如実に物語っているようだった。


「さて、まずは自己紹介といこうか。私は史門陽子、魔術師だよ」

「……霧島麗奈よ」

 

 彼女は少し不服そうにしながらも素直に名乗った。だが、その態度からは敵意を隠そうともしていない。

 陽子は胸元から下着に隠した植物の種子を掌に取り出して見せた。

 

「……私をこんな所に連れてきて何をするつもり?」

「なに、ちょっと君を私達の秘密結社に引き入れよう思ってね。抵抗しても無駄だよ」

「あら、無駄なのは貴方じゃないかしら?」

 

 麗奈が手を前に差し出す。その指には魔石の指輪があった。恐らく火炎の魔石を使うつもりなのだろう。

 

「強気だねえ」


 陽子は余裕の笑みを浮かべる。そして、掌の植物の種子を指で弾くように飛ばした。

 

「っ!?」

 

 種子は麗奈の額目掛け真っ直ぐ飛んでいき、命中してコツンという音を立てた。

 

「……何を、したの?」

 

 麗奈が額を押さえてよろめく。その瞳から光が消え、次の瞬間にはその場で崩れ落ちるように膝をついた。そして、そのまま倒れる。

 

「陽子さん、これは何なんだ? 何をした?」


 香月が訝しげに尋ねる。

 

「ん? ああ、ちょっとね」


 陽子は軽く答えると、麗奈の側へ歩み寄った。そして彼女の抱き抱えると、起こすように軽く揺さぶった。

 

「さあ、起きて。もう怖くないよ」

「……っ!?」


 麗奈が意識を取り戻すと、彼女は驚いたように陽子の顔を見た。そして恐れるように後ずさった。

 

「ひぃっ! こ、これ以上何をするつもり!? 許して! こっ、殺さないで!!」


 その様子はまるで何かに怯えるようで、陽子の顔を凝視する目には明らかに恐怖の色が浮かんでいた。その怯え方は異常だった。

 

「心配しなくても殺したりなんてしないよ」


 陽子は苦笑しつつ麗奈の髪を優しく撫でた。その手つきはとても優しいもので、慈愛に満ちているように見えた。

 だが、そんな扱いをされてもなお彼女は怯えた様子だった。まるで母親にこっぴどく叱られた子供のように震えている。

 

「いったい、何をしたんだ? アンタの魔術か?」

「ああ、簡単な精神干渉魔術だよ。彼女には幻覚を見て貰ったんだ」

「へえ、どんな?」

「うん」頷き、陽子は腕の中で彼女を拒むように怯える麗奈の顔を覗き込んだ。「この数秒の間で五十回ほど、体感的には五分から一時間に一回。私達に挑むとそれはまあここでは言えないくらいな目に遭うという幻覚をね。思いつく限りのパターンを逆らう気が起きなくなるくらいまで体験して貰ったんだよ」

「だからあんなに怯えていたのか……ここでは言えないくらいって、どの程度のレベルだ?」

「うーん、そうだなあ。言える範囲なら……例えば、『もう許してくれ』って泣いて懇願しても無視して拷問し続けて生かさず殺さず精神崩壊するまでやり続けるだとか……。んー、他には──」

 

 そう言って、麗奈に見せた幻覚の例を挙げていく陽子の口調はどこか軽々しい。しかし語られていった内容は口に出すのも恐ろしいような香月でも震え上がるような物ばかりだった。だからここでは伏せておく事にする。

 並の経験をした程度の人には到底考え出す事も出来ないであろうそれは、まさに彼女が天才的な魔術師であるから故の発想といった所だろうか。

 陽子に逆らうのはよそう、そう思わされるような内容のオンパレードではあった。

 

「そ、そいつは……エグい……な」

 

 引きつった顔で香月が答えると、怯え切る麗奈の様子を見てご愁傷様と思った後に、そんな彼女を優しく抱き締める陽子の横顔を見た。

 

「……何て酷いマッチポンプだ。こうやって魔術師は人らしい感覚を失っていくのか……」

 

 香月は陽子の魔術に半ば戦慄した。だが同時に、その力の恐ろしさと同時に頼もしさを感じるのだった。

 

「さて、麗奈ちゃん。私は君の素質を高く買っている。君には魔術師としての腕前を格段に上げる為の知識を与えよう。魔術界で最も真理に近い魔術師だとか未来から持ってきた術法の開発者と呼ばれた私の指導だ。君の魔術の質を類稀なレベルまで引き上げてあげよう。だから、君には私の結社に入って欲しいんだ。良いね?」

 

 陽子は麗奈の耳元で囁いた。甘やかな口調ではあるし笑顔を浮かべてはいるが、だがその目は一切笑っていない。有無を言わせぬ迫力があった。

 

「はい……入ります……」

 

 彼女は小さく頷いた。その表情は恐怖に染まりきっていた。それに陽子は満足げに頷いた。

 

「うん、良い子だ」

 

     ◆

 

「さてと、後はこの骨肉魔術人形にこの賢者の石を埋め込むだけだ」

 

 香月が手元の紅い結晶の嵌められたペンダントを見つめながら呟いた。小さな石の中に凄まじい魔力が宿っているのを、指先に感じる。まるで生きているかのように脈打つ微細な振動が伝わってきた。

 

「ふうん……これが賢者の石? 確かに高濃度な魔力を感じるね……。オルランドの細工か。よくこんな物を作ったもんだよ」


 陽子は興味深げに香月の手から賢者の石を取り上げ、しげしげと眺めた。深紅の輝きに目を細めながら、魔力の流れを探るように指先で軽く撫でる。

 

「ああ、これはディヴィッド・ノーマンが摘出したイヴの血液を魔石として結晶化させた物らしい。どこかから流れた物をレナード・オルランドが回収したんだろう」

「なるほど……。しかし、骨肉魔術人形の核にこれを使うとはまた面白い事を考えたね」


 陽子は感嘆するように息を吐いた。しかし、その瞳の奥には慎重な感情が見て取れる。興味本位で言ったわけではない。この周回の先で何が起こるのかが未知数になるからこそ、彼女は慎重にならざるを得なかったのだろう。

 香月は軽く頷き、視線を出来上がったばかりのイヴの姿をした骨肉魔術人形へと向けた。


「ああ、もしかしたら変身やただの見せかけだけの人形じゃ何かしらの方法で見破られるかもしれないと思ってな。それならこれを骨肉魔術人形に埋め込んだ方がより本物らしくなる……と思う」

「その根拠は?」

「イヴには不思議な存在感がある。たぶん、彼女の血にある莫大な魔力がそう感じさせるんだろうな。その賢者の石がイヴの血で出来てるなら、それを使えば尚更その感覚に似せる事ができる筈だろう?」


 陽子は再び石に目を落とした。

 香月の考えには一理ある。イヴの血液を元に生成されたこの魔石は、ただの高級な魔石を使うのとは意味合いが異なる。本物の一部を組み込むことで、魔力の波長や存在感まで限りなく本物に近づけることができるだろう。

 しかし、それには相応のリスクがある。

 陽子は賢者の石を指先で弄びながら、真剣な表情に変わった。

 

「うん、確かに理に適ってるね。でも敵がこれを核に埋め込んだ魔術人形を乗っ取って来た時にはどうなる? この石の強大な魔力を相手に戦わなくちゃいけなくなるよ。その覚悟はあるのかい?」


 投げかけられた問いに香月は短く息を吐く。そして、部屋の隅へと視線を向けた。

 そこには、二人のやり取りを黙って見守る麗奈の姿があった。

 彼女は何も言わない。無論、この周回の時点では彼女に賢者の石を用いて戦った記憶など存在しない。しかし──香月にはその記憶がある。

 あの戦いは、まともにやり合っていれば死闘の域に達する物だった。

 香月は再び陽子に向き直ると静かに頷いた。

 

「ああ、勿論だ。イヴの血を使用した敵を相手にした事は何度かある」


 麗奈だけではない。イヴの血を使った魔術薬で吸血鬼化したディヴィッドとも戦った。

 だが、香月はそのすべてにどうにか勝利してきた。

 

「……それにその石は破壊する事が可能だからな。いざとなったらそうすれば良いさ」


 それが最悪の手段だったとしても、イヴ本人の肉体を奪われた敵と戦うよりは、まだ勝ち目がある。

 少なくとも、今の時点では状況をコントロールできる範囲なのだ。

 香月の覚悟は、すでに決まっていた。

 陽子はその言葉を聞くと、目を細め、やがて小さく微笑む。

 

「そう、それなら安心だね。じゃあさっさと埋め込んじゃおうか」

 

 陽子は骨肉魔術人形の胸の中心に賢者の石を押し当て、魔力を込める。するとその赤い石は光を放ちながらゆっくりと体の中に沈み込んでいった。

 

「これでよしっと」


 陽子が手を払う。

 石は完全に人形の白い肌と同化し、表面からは消えていた。まるで最初からそこに存在していなかったかのように。

 香月はその様子をじっと見つめていたが、やがて表情を引き締め、話題を変えた。

 

「……それで、さっきの話だ。内通者の件なんだが」

「ああ、それね。その内通者をどうするつもりなの? 殺すの?」


 陽子はすぐに真剣な顔になり、香月を見つめる。彼女の口調は軽いが、問いの重みは決して軽くなかった。

 香月は首を横に振った。

 

「いや、そのつもりは無い……寧ろ俺は、そいつも助けたいんだ」

「ふうん……?」


 陽子が片眉を上げて、様子を伺ってくるように目を細めたのに香月は肩をすくめた。

 

「陽子さんに頼みがある。魔術空間の中なら、外部からの盗聴の心配はないんだよな?」


 陽子はその問いに少し考えた後、頷いた。

 

「うん、そうだね。だけど何でそんな確認をするんだい?」

「今から言う人物をこの魔術空間に集めて欲しいんだ。ここで作戦会議をする。……内通者にバレないようにな」


 陽子はその意図をすぐに察し、納得したように頷いた。

 

「なるほど、そういう事か。分かったよ、すぐに集めよう」


 陽子は軽やかに踵を返すと、香月の頼みを遂行するために動き出した。

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