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【第五章完結】現代魔術は隠されている  作者: 隠埼一三
Episode Ⅲ 『時の回廊編』
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13.憑依

「魔術協会の規定で禁術扱いだって!? なんでそんなものを俺に覚えなきゃいけねえんだよ!」

 

 香月は思わず叫び声を上げると、目の前に立つ陽子に詰め寄った。その表情には困惑と苛立ちが混じり合っている。対する陽子はというと、香月の反応を楽しむような落ち着いた様子で微笑みを浮かべていた。その視線はどこか達観したもので、香月の動揺を意に介していない。

 

「まあ、落ち着きなよ。これは君にとって必要な事なんだ」そう言って一呼吸置いてから続ける。「それにね、この魔術を君に覚えさせるのは私が君の事を信じているからだ。君は必ずこの力を自分の物にできる」

「……その根拠は?」


 香月の問いには、疑念が色濃く含まれていた。だが陽子は微塵も動じず、少しだけ意味深な笑みを浮かべる。

 

「とある理由があってね。それは詳しくは教えられない。ただ、私が見た他の世界線での未来の君が辿り着いたひとつの可能性だ。君が伊深未来ちゃんを救い出す可能性を拡げる物になると思うよ」

 

 その言葉に、香月は息を呑んだ。

 他の世界線──その曖昧で漠然とした響きには、現実離れした説得力が含まれていた。

 陽子の瞳は真っ直ぐ香月を見つめていた。その瞳の奥には、計り知れない数と年月の経験と深い信念が宿っているようにも見えた。

 

「無理強いはしないよ。だけど、私としては君にはこの力を学んで貰いたいと考えている。いいや、これは君が学ばなければならない魔術さ」

「……」香月はしばらく無言で考える様子を見せたが、すぐに覚悟を決めた表情になると言った。「……わかった。陽子さんがそこまで言うのなら俺はそれを信じる事にしよう」


 その返事に陽子は満足そうに頷いたが、その次に放った言葉には緊張感が滲んだ。


「いい答えだ。しかし、これは禁術指定されている魔術だよ。習得している事は誰にも知らせない方が良い、まして君の仲間であっても知られてはいけないよ。もし知られたら君が魔術協会から抹殺指定されるだけでなく君の周りの人間にも危害が及ぶ可能性はあるからね」

「わかった」


 香月が頷くのを見て満足したのか陽子は重々しい口調を普段の軽やかさに戻して話を続けた。

 

「さあて、まずは新入りの麗奈ちゃんにその魔術を披露して貰おうかな」

 

 彼女の視線が麗奈の方へ向く。麗奈はその視線を受けて身を硬くしながらも、小さく頷いた。

 

「ここは魔術空間の中だ。空間跳躍魔術で外界から喚び出すという事は出来ないから──君の使い慣れた魔術人形では無いだろうけど、代わりの物は用意できる。それでも構わないかな?」

「ええ……」


 麗奈がやや緊張した様子で返事をする。

 

「大丈夫。私の用意してる魔術人形の素体は私の取引先謹製の特別製だから、魔術人形としての精巧さは保証するよ。それに罠みたいな物も仕掛けていないから、安心して憑依すると良い」

「ありがとう……ございます」

 


 麗奈は礼を言い、陽子は満足げに頷いた。そして胸元から一枚の紙切れを取り出した。

 それは魔術陣が描かれた特別な紙のようで、陽子はそれを地面に慎重に置くと、手を当てて魔力を込め始めた。紙切れが徐々に輝き始め、やがて光の中に煙のように消えていく。

 

「よしっ……ちゃんと来てくれたみたいだよ」

 

 陽子がそう言うと、麗奈は恐る恐ると言った様子で尋ねた。

 

「あれは……?」

「あれが今回君に憑依して貰う魔術人形さ」

 

 陽子は指を軽く鳴らして、召喚した魔術人形を示すように指さした。

 目の前に静かに佇む人形は青年の姿をしていて、端正な顔立ちと整った眼鏡が印象的だった。その造形の完成度に驚きながらも、麗奈は無意識のうちに眉を潜めた。

 

「どうだい、絶世なイケメン魔術人形だろう?」

 

 誇らしげに陽子が胸を張るが、香月はその人形を見て陽子の言葉に若干の違和感を感じて首を傾げた。

 じっくりと人形を観察する。確かに整った顔立ちはしているが、どこにでも居るような大学生風の青年の姿だ。目を引くまでの華やかさはない。絶世という言葉が当てはまる程特別さも感じられない。服装も現代の流行に沿っているとは言い難く、全体的にどことなく古めかしい印象を受ける。

 

「……絶世……ふーむ……そうなのか? 俺にはよくわからないが……誰かモデルでも居るのか?」


 香月の問いに、陽子は楽しそうに笑みを浮かべながら答える。

 

「ああ、私のお兄ちゃんの二十年前の姿さ。とある職人に作って貰った特別製だよ。今見ても惚れ惚れするほどの美男子で顔がにやけてきちゃうよ。お兄ちゃんは私と違って吸血鬼の血が濃くなかったから、今じゃすっかりおじさんの姿になっちゃってるけど……私のお兄ちゃんはこんなに格好良かったんだなぁ……」

 

 陽子はまるで懐かしい夢を語るかのように、しみじみとした声で言葉を続ける。その瞳は、どこか遠くを見るように細められていた。その様子からは兄への深い……いや、ちょっと傍目から見たら深すぎやしないかと心配になるほどの親愛の念が感じられた。

 その様子を見た香月は、隣に居る麗奈に小声で耳打ちした。

 

「なあ……人形を使う魔術師ってだいたいああいうこだわりみたいなのがあったりするモンなのか? 俺はあんまり人形とかには詳しくないんだけどさ」

 

 麗奈は香月の言葉に、肩をすくめる。


「多分、お兄さんに相当な執着でもあるんじゃないかしら……。ただの肉親相手にしては……その入れ込み過ぎというか……」


 その声には、どこか呆れた響きが含まれている。

 

「あー……つまり、ブラコンって事か?」

「そうかもしれないわね……。それにあの魔術人形、何に使ってるかもわかったものでは無いかもしれないわ」

 

 麗奈の言葉に、香月は首を傾げる。

 

「……何だよそれ、どういう意味だ?」

 

 香月の問いに、麗奈は少し肩を落とした。そうして、どこか呆れた様子でこう続ける。

 

「わからないの? あの人形、魔術人形としてはかなり精巧に作られているわ。つまり、あの魔術人形は……その……」

「?」


 香月の間の抜けた反応に、麗奈は深い溜め息をつく。

 

「はあ……貴方って鈍感ってよく言われない?」

「……ふーむ?」

 

 香月はそう言われても、未だにピンと来ないという顔をしている。そんな彼の反応に痺れを切らした麗奈は更に大きな溜め息をもう一度吐くと、諦めたように言った。

 

「はあ……もう良いわ。自分で考えなさい」

 

 麗奈はそう言うと、香月の手を引いて魔術人形の方へと歩き出した。その行動に慌てて香月はついていく。

 

「ほら、早く行くわよ」

「……お、おう」

 

 二人は陽子の前に立ち、目の前の魔術人形と向き合った。すると、陽子は二人へ視線を向けて言った。

 

「準備は良いかな?」

「ええ、いつでも」

 

 麗奈が答えると、陽子は微笑んで言う。

 

「それじゃあ始めよう。君の魂を人形に定着させる所を実演して貰えるかな? 麗奈ちゃん」

「わかりました……やって見せます」

 

 そう言うと、麗奈は肩からかけた鞄から一つの指輪を取り出して自分の指に嵌めた。そうして人形の額に手のひらを当てて意識を集中させ始める。すると、麗奈の身体から紫色の魔力の光が漏れ出て人形に纏わり付き始めた。やがてその光が消える頃には、かがみ込んでいた麗奈は地に伏すように倒れて代わりに陽子の用意した魔術人形は瞼を開けた。

 そして、ゆっくりと立ち上がって二人の方を見た。

 

「どうだい? 私のお兄ちゃん人形は」

 

 陽子は感心した様子でそう言った。若き日の兄の姿の人形が動いている姿を見て嬉しくなっているような様子だ。

 それに対して魔術人形の中にいる麗奈が、各関節の可動域を確かめるように動かしながら答える。

 

「ええ……素晴らしい出来だと思います。まるでほぼ人間の身体であるかのような」

 

 麗奈の返答を聞いた陽子は嬉しそうに微笑んだ。すると、そんな彼女を見て香月が言う。

 

「……なあ、陽子さんよ」

「何だい?」

「この魔術人形に憑依するならさ、やっぱり麗奈に憑依して貰った方が良いんじゃないか?」

 

 しかし、陽子は首を横に振る。


「いいや、君に覚えて貰う。それに君に覚えて貰うのはより大元に近い方の魔術だ。だから、麗奈ちゃんがやったみたいに第三世代魔術の魔石を使う方法ではなくて、最終的には君にその根本の魔術陣を使いこなせるよう習得して貰うんだよ」

「そうなのか……」

 

 香月が納得した様子を見せると、陽子は再び麗奈の魔術人形に向き直る。

 

「さてと……それじゃあ、次は君の番だ。まずは憑依の感覚を掴まなきゃね」

 

 そう言って、陽子が目配せをすると、麗奈が軽く頷き人形を動かす。そしてその場に座り込むと、彼女は元の自分の肉体が身につけている指輪に触れた。すると、彼女の足下から紫色の光が現れて彼女を包み込む。

 やがてその光が晴れると、麗奈は元の肉体に再び憑依していた。麗奈が立ち上がり、憑依の魔石を香月に手渡してくる。

 

「さ、始めてくれ」

「ああ、わかった」

 

 香月はそう言うと、座り込んでいる魂の入っていない魔術人形の額にその魔石を翳した。意識を集中させ、魔石に刻まれた魔術陣を発動させる。すると、紫色の魔力の光が人形を包み込み始める。やがて光が消える頃には、人形がゆっくりと瞼を開けた。

 

「よし……成功だ」陽子は満足そうに言った。「これで君はこの魔術人形に憑依して動かすことが出来るはずだよ。それじゃあ早速動かしてみようか」

 

 陽子がそう言って促すと香月はゆっくりと立ち上がり、深呼吸をする。

 肺が身体の中で動く感覚がある。麗奈が言っていた精巧だというのはこういう事なのだろう。なるほど、これは確かに凄い物だ。ほぼ人間の肉体に近い。

 

「どうかな?人形を動かしてみて」


 陽子が聞いてくる。

 

「ああ、大丈夫だ。問題ないよ」


 香月はそう答えると、人形の右腕をゆっくりと動かして見せた。すると、その腕はまるで本物の人間の腕のように滑らかに動いた。

 

「よし……それじゃあ次は歩いてみてくれ」


 陽子はそう言うと、香月に歩くように指示をする。すると、その指示通りに歩き始めると、その動きもまるで生きている人間のように自然だった。


「おお……」


 香月は思わず感嘆の声を漏らす。


「よし、感覚は掴めたかな? それじゃ、次の段階だ。今度は分魂による憑依をして貰おう」

「分魂?」

 

 香月が聞き返すと、陽子は頷いた。

 

「ああ、そうだ。これは君が今憑依している魔術人形に自分の魂を分け与えるという物だ。まずは一度元の肉体に戻るんだ」

「ああ」

 

 香月は元の肉体の嵌めた指輪に手を伸ばして、魔石を発動させる。すると、まるで糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。

 自分の肉体に戻り、大きく息を吐く。

 

「はあ……なかなか、疲れるな」

「まあ、そうだろうね。だけどすぐに慣れるさ」陽子が微笑みながら言う。「それじゃあ、さっそく分魂を使って人形に憑依して貰おうか。方法は簡単だ。魔石に刻まれた魔術陣に魔力を流し込みながら自分の魂の一部だけを人形の肉体に移すイメージだ。アニメ的な表現をすると分身の術みたいな物だよ。やってごらん」

「ああ、なるほど。わかりやすいな。わかった」

 

 香月は頷くと、再び人形の額にある魔石に手を翳す。すると、紫色の魔力の光が彼から放たれて人形を包み込むと彼の魂の一部が人形へと移って行った。


「妙な感覚だな……感じているのは俺なのに、もう一つの俺の感覚が記憶に入ってくるような感じだ」

「それが分魂での憑依だよ。それを利用して自分の肉体と人形の身体をどちらも自律して動かすことが出来るようになる」

「ほう……なるほどな」

 

 香月はそう言うと、人形を動かしてみる。軽く構えてパンチやキックをしてみる。すると、まるで自分がもう一人増えたような感覚に陥ると共に、そのもう一人が行っている動作をあたかも自分の事のように感じ取ることが出来た。

 

「これは面白いな……」

 

 香月は思わず感嘆の声を上げる。

 思えば、Reinrevert(リインリバート)輪廻遡行(りんねそこう)》で周回する事になる前に麗奈と戦った際に「分身」と言っていたのはこの分魂の方法だったのだろう。使い方によってはなかなか便利な魔術とも言えるだろう。

 しかしその一方で、この魔術には何か恐ろしい物を感じた。

 

「……これで一通り分魂による憑依はマスターできたね」陽子は満足そうな様子で微笑んだ。「さて」


 彼女は小さく一呼吸置いてから、香月の方をじっと見据えた。


「これで君は自分の魂を人形に定着させる方法を覚えたはずだ」

「……ああ」

「憑依の魔術陣は私が麗奈ちゃんの魔石を解析して用意しておくから、それを貰ったらちゃんと頭に叩き込んでおく事。それで自在術式で使えるようにしておいてね」

 

 陽子は彼に指示を与えつつ、事務的な口調に戻る。そして、少し間を置いてから、いつもの調子で軽やかに話を続けた。

 

「それじゃあ最後に私が温めてきた作戦の一番の肝だ。まずは分魂を戻してくれるかな?」

「ああ、わかった」

 

 香月は静かに目を閉じ、自らの魂を意識の深層から呼び戻す感覚に集中する。瞬間、分魂が人形から引き剥がされるように抜け、元の肉体へと還った。分魂が入っていた人形は、まるで生命を失ったかのように動きを止め、ただの物体と化していた。

 

「よし、これで良いか?」

 

 香月が確認すると、陽子は満足げに頷き返す。

 

「ああ、そうだね。それじゃあ続きを説明しよう」陽子は軽く人形を指差してから、香月の方に体を向け直した。「まずはその人形に解析魔術を使ってみてくれ」

「解析?」

 

 香月は怪訝そうに眉を寄せるが、陽子はその表情を意に介さず頷いた。

 

「そうさ、この人形は高度な造形魔術によって精巧に作られているから、その構造や素材を分析してまずは構造や仕組みを理解してもらうよ」

「なるほど……わかった。やってみる」

 

 香月は小さく息を吐くと、意を決して人形の額に手を翳した。


Analysys(アナリシス)《解析》」


 彼の掌から流れ込む魔力が人形へと染み渡り、やがて解析魔術が発動する。すると、香月の脳裏に人形の内部構造が流れ込んでくる感覚があった。


(これはほぼ人間の肉体といってもいいものだな……)


 しかし、香月の顔に微かな驚きの色が浮かぶ。そこには、明らかに人間と異なる特徴が存在していた。

 

「これ……魔力生物化してる……のか?」


 彼は静かに呟き、その視線を陽子へと向ける。

 

「心臓の代わりに魔石が埋め込まれていて、皮膚にも魔石との親和性を高める素材が使われている……魔石の粉かこれは……」


 香月の報告を聞きながら、陽子は満足げに頷き、再び言葉を紡ぎ出す。

 

「うん。ほぼ人間の肉体でありながら、魂はなく魔力生物化されている肉と骨の人形だよ。魔石に込められた魔力で肉体は生かされている。その魔力を動力源に動くのがこの骨肉魔術人形さ」

「なるほどな……それで、これを解析して俺にどうしろと?」


 香月の問いに、陽子は静かに口元を緩めた。その表情には、彼女が秘めていた計画の核心を語る心積りがあった。

 

「ああ、君にはこれと同じ構造で始祖人類の先祖返りである伊深未来ちゃんの人形を作って貰うよ」

次回より連載ストックが追いついてしまったので、出来上がり次第更新という形にさせていただきます。

どうか、作品のブックマークをお願い致します。


加筆修正について:一部おかしかった表現を修正、台詞に一部加筆しました。

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